続・兄弟関係




 ルルーシュには母を異にする数多(あまた)の兄弟姉妹がいる。父であるブリタニア皇帝シャルルの皇妃が100人を超えていることを考えれば、それは当然のことといえるだろう。
 そんな中で、ルルーシュにとって真に兄弟姉妹といえる者が存在するとしたら、それはエリア11に残してきた唯一母を同じくする妹のナナリーだけだ。
 そして図らずも意に反して連れ戻された本国では、長兄のオデュッセウス、次兄のシュナイゼルに構い倒される日々を送っている。
 そこに加えて、エリア11の総督であるクロヴィスからは、週に数回は連絡が入り、ルルーシュのことを気に掛け、アッシュフォードに託してきたナナリーの様子を伝えて寄こしてくれている。それは素直にありがたいことだと思っている。ナナリーのことだけが、ルルーシュにとって唯一気がかりなことなのだ。
 現在、ルルーシュは宰相補佐の地位にある。
 本国に連れ戻されたばかりの頃のルルーシュは、当初はまた何処かの国への人質として送られるか、よくて飼い殺しの日々、下手をすれば暗殺される可能性が待っているだけだと思っていた。母を失い、後見だったアッシュフォード家が爵位を剥奪されて没落した今、ルルーシュは皇室においては間違いなく弱者に分類される存在だからである。それでなくても、母マリアンヌの出自の関係から、庶民腹の出の卑しい皇子と蔑まされていたのだから。
 しかしそれは杞憂に終わった。
 ルルーシュは、第1皇子であり皇位継承権第1位を有するオデュッセウス、そして第2皇子であり皇位継承権第2位という立場でありながら、帝国宰相という実質的には帝国のNo.2と言えるシュナイゼル、エリア11の総督を務める第3皇子クロヴィスの後見を受け、とても弱者などといえる立場にはない。
 その上、シュナイゼルから彼の補佐としての役目を与えられている。当初、この人事に対しては長年死んだものとして市井に暮らしていた者に宰相補佐など務まるものかと、そしてまた庶民腹の皇子に何が出来るものかといったやっかみの入った声が多く聞かれたが、それも日を追うごとに、ルルーシュの優秀さが披露されるにおよんで、その声は静かになっていた。
 現在のところ、三人の兄たちとの関係は良好といっていい。他の兄弟姉妹たちからは、はっきりと声には出されぬものの、やはり庶民腹の出の身分卑しい者として蔑まれているが、ルルーシュの後見たるオデュッセウスたちのことからそれが声に出されることはない、少なくとも表向きには。
 力が全てであるブリタニアにおいては、確かに庶民出の母を持つとはいえ、上位三人の皇子たちの後見を受け、立派に宰相補佐としての役目を果たしているルルーシュは、決して弱者といえるような立場ではない。寧ろ強者に属するといっても過言ではあるまい。
 しかしそこでルルーシュは考える。自分はいい。しかしナナリーはどうなのだろうかと。
 ナナリーは母が殺された時に被害に遭い、両足の機能は麻痺し、そしてまた、その時のショックが元で失明している。そんなナナリーは、果たして、既に強者に分類されるといっていいルルーシュの妹という立場であっても、彼女もまた強者となり得るのかといえば、甚だ疑問である。足については仕方ない。しかし、母を目の前で殺されたショックによる失明状態が続いている状態の者を、他の兄弟姉妹たちは決して強者などとは認めないだろう。それこそナナリーは弱者にしかなりえない。少なくともナナリーが光を取り戻し、為政者に連なる者、皇族としての自覚を持ち、それに相応しい立ち居振る舞いが出来ない限り、ナナリーはやはり弱者でしかあり得ないのだ、この皇室においては。
 それらのことを考えると、たった一人の母を同じくする大切な愛しい妹で、出来るなら共に過ごしたいと思っても、とても本国に呼び戻すようなことは考えられなかった。
 少なくとも今はアッシュフォードの庇護があり、また総督でもあるクロヴィスに気に掛けてもらえている。それで良しとしなければならないのではないかと思う。
 あれこれとナナリーのことを考えているルルーシュは気付かない。兄たちの思惑に。



 オデュッセウスもシュナイゼルも、そして今はエリア11にあるクロヴィスも、父である皇帝シャルルの唱える弱肉強食に従っている。従ってはいるが、それが心の底からのものかといえば実態は異なる。
 弱者は虐げられてしかるべきものという考えは、ブリタニアにおいては比較的新しい考えだ。それはシャルルが皇帝となり、実力主義、覇権主義を唱え、力が全てと他の国々に戦争を仕掛け、おのが植民地── エリア── と、ナンバーズ制度を導入してからのことである。
 それ以前は、古き良き騎士道精神を持つブリタニアにおいては、弱者は強者によって守られるべきものであった。
 それがシャルルが皇帝となって武力で版図を広げるようになり、堂々と弱肉強食の国是を打ち出してから変わった。シャルルは己の子供たちにですら、子供たち同士で皇位を巡って相争うことを良しと、推奨しているのだ。
 確かに皇位継承に限っていえば、昔から争い事が絶えず、順調に継承が為されたことは少ない。その度ごとに多くの血が流されている。それは変えられない事実である。
 しかし現在のブリタニアという国家の在り方を考えるに、大きくなりすぎた実は中から膿んでいくとの言葉もあるように、表向きはどうあれ、内実は疲れていた。
 いつまでも終わりのない戦争、いつ自分が死ぬか、自分ではなくとも友人知人、あるいは親兄弟姉妹、親族が死ぬか分からぬ日々、心休まらぬ日々に国民は疲れていた。
 そんな中で見つけ出された、死んだとされていた第11皇子ルルーシュは、オデュッセウスたちにすれば、手垢のついていない奇石だった。
 弱者として、人質として他国に送られ、そこで死んだとされ、自分たちと異なりブリタニアの政治に関わることなく、隠れて過ごしてきた存在。
 そんなルルーシュなら、現在は確かに力を与える為に宰相補佐としての役目を与え内政に関与させてはいるが、対外的に見れば、ルルーシュを()てることはブリタニアは変わったというメッセージを送ることが出来ると考えたのだ。
 つまるところ、オデュッセウスたち三人は、次期皇帝として、未だ明言してはいないがルルーシュを押すつもりで、彼を半ば無理矢理エリア11から連れ戻したのである。
 長兄たるオデュッセウス、帝国宰相たるシュナイゼル、第3皇子クロヴィスと三人が揃ってルルーシュを押せば、それに反対出来るような者は殆どいないだろう。仮にいたとしても、皇帝が政を殆ど顧みることなくシュナイゼルに投げている今、国内はシュナイゼルが掌握しているといってよく、反対する者たちに対してはシュナイゼルがどうにでも出来る立場にあるのだ。
 ルルーシュに対しては、彼が皇帝となることで弱肉強食の理念を捨てることが出来、そうすれば現在離ればなれになっているナナリーを手元に引き取ることに問題がなくなると説得出来るだろうと考えていた。
 そうして三人の兄たちは、異母弟(おとうと)のルルーシュを次期皇帝とすべく、誰にも、ルルーシュにさえそうと知られぬように動いていた。場合によっては、強制的に現在の皇帝である父を排除することすらも視野に入れながら。

── The End




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