フランツ・シュレーダー、私立アッシュフォード学園高等部2年、生徒会所属。燃える炎のような赤い髪と、それと相反するような薄蒼の瞳、ひときわ高い長身、細身ではあるが引き締まった肉体と、際立った運動神経を持っている彼は、女性に対しても紳士的であたりがよく、アッシュフォード学園の女生徒の間では、生徒会副会長であるルルーシュ・ランペルージと2分する人気者である。
そんなフランツは、周囲からはよく行動を一緒にしているルルーシュと親友であると認識されている。だがフランツ自身の認識でいえば、彼はルルーシュの騎士である。
ルルーシュ・ランペルージは本名をルルーシュ・ヴィ・ブリタニアといい、神聖ブリタニア帝国の元第11皇子、第17位皇位継承者である。しかし10歳の時に母である皇妃マリアンヌを暗殺されて失い、その後、3歳年下の妹のナナリーと共に、当時既に緊張関係にあった日本に親善のための留学という名目で人質として送られ、やがてブリタニアは二人の存在を無視して開戦、日本は僅か一ヵ月程で敗戦し、ブリタニアの新しい植民地、エリア11となった。
そんな中でルルーシュとナナリーを庇護したのが、かつてマリアンヌの後見だったルーベン・アッシュフォードだった。そして現在、アッシュフォードの庇護の下、ルルーシュはナナリーと共にランペルージという偽りのIDを持って、アッシュフォード学園に在籍している。
ルルーシュとフランツが出会ったのは、ルルーシュがアッシュフォードの中等部に入った時であったが、それは偶然ではなく、フランツの側、正確にいえば、フランツの育ての親である伯父のグレゴール・ゲンシャーの計らいによる。
グレゴールはかつて“閃光のマリアンヌ”と謳われたルルーシュの母親を崇拝していたといっていい。そして彼女が暗殺された日、奇しくも彼はマリアンヌの住まうアリエス離宮の警護に当たっていた。しかし警護の役目を十分に果たすことなく、マリアンヌは凶弾に倒れた。その後、父親でもある皇帝シャルルが二人の遺児を日本に送ったのを知ったグレゴールは、アッシュフォードとはまた別に、二人を救うべく日本と開戦する直前に養い子のフランツを連れて渡日したのだ。
そうして見守り続けている中、両国は開戦し、日本は僅か一ヵ月程で敗戦し、ブリタニアの新たな植民地、エリア11となった。
戦後、二人がアッシュフォードに庇護されたのを見届けたグレゴールは、けれどそれで安心することなく、密かに二人の様子を伺い、二人がアッシュフォードの創立した学園に入学するのを確認すると、フランツにマリアンヌの長子であるルルーシュを守るようにと、同じように学園に入学させたのである。つまりフランツは入学当初から、ルルーシュを守るのを役目と伯父に諭され、またそうあるべく、ルルーシュの間近にいることが出来るようにと、最初から彼に近付き知己を得たのである。そうして今は、表向きは周囲から同じ年に入学したリヴァル・カルデモンドと同様に、ルルーシュの親友としての立場を得ている。ただしリヴァルに関していえば、周囲の見方はルルーシュの親友というより、悪友といった感が強いものであるのだが、それは余談である。
その日、たまたま生徒会の用事で別行動をとっていたフランツは、チェスの代打ちの帰りにルルーシュが行方不明となったことに酷く不安がっていた。
フランツがリヴァルから聞き出した話では、不審な動きをしていたトラックが工事中の道に突っ込んで停止し、そこにルルーシュが入り込んだこと、その後、トラックは再び動き出し、見失ったこと。やがてテロの発生、テロリストの操るKMFとブリタニア軍とが交戦、総督のクロヴィスはシンジュクゲットー掃討作戦を発令していたのである。
やがて掃討作戦は終了したが、ルルーシュは戻らず、フランツの不安はいや増すばかりだった。
何故今日に限って別行動をとってしまったのか、何故別行動をとった日に限ってそんな不測の事態に陥ったのか、フランツは動揺したが、ただ無闇に探し回ることも出来ず、もんもんとしてルルーシュの帰りを待つことしか出来なかった。
やがて総督のクロヴィスが暗殺されたとの情報が流れる中、ルルーシュは無事に帰宅した。それにフランツがどれ程安堵したかは、本人にしか分からないだろう。ただ、フランツの中にはクロヴィスの暗殺に関して、もしや、と思うところがあった。状況は分からないまでも、ルルーシュにはクロヴィスを暗殺するだけの理由があることを彼は知っていたのだから。そしてクロヴィスが暗殺された時に、所謂アリバイのなかったルルーシュを繋げて考えた時、もしや、という考えが脳裏を過ったのだ。だがそれでも、フランツのルルーシュに対する、彼を守らなければという忠誠に揺らぎはなかったが。
それからさして日をおかず、一人の名誉ブリタニア人がクロヴィス総督殺害容疑者として連行された。その名誉ブリタニア人の名は枢木スザク。
フランツはその人物のことを、直接にではないがよく知っていた。日本最後の首相枢木ゲンブの嫡子にして、かつてルルーシュたち兄妹が預けられていた枢木神社で、彼ら兄妹が親交を持った相手。
スザクを連行する列の前に、1台のトラックが停まった。そこには、ブリタニアが開発したという毒ガス入りのポッドと、頭部全てを覆う不思議な仮面と黒いマントを纏った細身の人物が立っていた。
その人物はゼロと名乗り、クロヴィスを殺したのは自分であると声明を発し、スザクを連れてその場から立ち去った。どういったわけかブリタニア軍は逃亡するそのゼロとスザク、その仲間たちを進んで見逃したのである。
その様子を寮の自室にあるTVで観ていたフランツは、慌てて携帯を手にとった。そして一番最初に登録されている番号に掛ける。しかしそれは虚しく呼び出し音が鳴るだけで、相手が出る気配は一向にない。考えて、フランツは彼── ルルーシュ── の住むクラブハウスに足を運んだが、そこではルルーシュとナナリーの世話をしている名誉ブリタニア人の篠崎咲世子が、ルルーシュは帰宅していない旨を伝えてよこしただけだった。
分かりました、と一端はクラブハウスを出たフランツだったが、寮に戻る気にはなれず、そのまま玄関前でルルーシュの帰宅を待つことにした。
フランツが何故そこまでしたかといえば、ゼロと名乗った人物がルルーシュであると確信したからだ。マントで全身を多い、仮面で顔を隠し、変声機で声を変えていても、それでもずっとルルーシュを見てきたフランツには分かったのだ、ゼロはルルーシュであると。そしてやはりクロヴィスを殺したのがルルーシュであるとの確信も、いや、確認も取れた。
だからといってフランツのルルーシュへの思いに変わりはない。伯父のグレゴールから叩き込まれたルルーシュ殿下をお守りせよ、との教えももちろん根底にあったが、共に過ごすうちに、この方は自分が守らねば、との思いが強くなったこともあってのことである。
やがて帰宅したルルーシュを、フランツはクラブハウスの玄関前で出迎えた。
「フランツ? 今頃どうして?」
「貴方を待っていました」
いつもの「君を」ではなく「貴方を」と言われたことに訝しみを感じながらも、ルルーシュは「中で待っていれば良かったのに」と軽く声を掛けた。しかしそれは疲れを感じさせる声だった。
「少しでも早く、貴方のご無事を確認したかったので」
「一体どうしたんだ、いつものおまえらしくもない。それより話があるなら中に入ろう。いつまでも外で立ち話もなんだろう」
ルルーシュはそう告げて、フランツをクラブハウス内に引き入れた。本心はスザクに己の手を振り切られたことのショックから誰とも会わずに済ませたかったのだが、常ならぬフランツの様子にそれは躊躇われたのだ。
居間で咲世子の淹れてくれた紅茶を飲んで疲れを癒しながら、ルルーシュはフランツに問い掛けた。
「一体今日に限って何があったんだ、いつものおまえらしくないぞ」
「TVを観ていました。ゼロは、貴方ですね、ルルーシュ殿下」
「っ!」
「私は伯父のグレゴールに言われて、中等部に入った時から、貴方を守るべくお傍にありました。そうです、そのために私は貴方に近付いたんです、貴方を守るために。もちろん全てを承知の上で」
「フランツ……」
「貴方が母国であるブリタニアを、貴方たち兄妹を捨てた皇帝をはじめとする皇族方を恨んでいるのは理解しているつもりです。ですから、貴方をクロヴィス暗殺犯のゼロとして政庁に売ろうなんてことは考えていません。ただ、貴方に危険なことはしてほしくない、それだけです。それでももしどうしてもそれを止めることが出来ないと仰るなら、私も連れていってください、貴方をお傍で守る者として」
「どうしてそこまで……」
「貴方こそが自分が仕える主だと、そう思ったからです。私は例え周囲からは認められずとも、貴方の騎士のつもりでいます」
フランツの言葉にルルーシュの顔がくしゃりと歪んだ。
つい先刻、スザクに差しのばした手を振り切られた後であったために、ずっと自分の傍にいて自分を守ってくれる存在がいたことに、漸く気付いたルルーシュの眦に光るものがあった。
「……フランツ、おまえの気持ちは嬉しい。だが俺はもうクロヴィス異母兄上を殺してしまった。既にこの手は血に塗れている。いまさら止められない。もうそれだけの行動を起こしている」
「ならばなおのこと、私を御身のお傍に。どうか私を貴方の騎士と認めてください、殿下」
「俺はもう殿下なんて呼ばれる立場じゃないし、騎士を持てる立場でもない」
「そんなことは私には関係ありません。殿下が私をどう思ってくださるか、受け入れてくださるかどうか、それだけです。そして私は例え殿下がお認めくださらずとも、殿下の騎士として殿下をお守りいたします」
フランツのその言葉に、ルルーシュは目を瞑り唇を噛みしめた。
「……俺は帝国への反逆者だ。それでもいいと?」
「イエス、ユア・ハイネス」
フランツは座っていた椅子から立ち上がり、ルルーシュの前に片膝を付くと、彼の右手を取ってその甲に口付けをした。
その時から、ルルーシュの、そしてゼロの傍には常にフランツの影があった。ゼロの傍にいる時は、己の目立つ容姿を考えてウィッグを被りカラーコンタクトレンズで瞳の色を変えていたが。
そして帝国への反逆者であると知ってもなお、自分の傍にいてくれるフランツのお蔭だろうか、皇族であるユーフェミア副総督の口利きでスザクが学園に編入してきた時も、スザクが黒の騎士団が“白兜”と呼ぶKMFのデヴァイサーだと知れた時も、そして何よりもユーフェミアがスザクを己の騎士に任命しその叙任式を目にした時も、傍らにあるフランツの存在に心慰められるかのように、そのショックは思っていた程強くなかった。辛くないといえば嘘になる。スザクはかつて己が「ブリタニアをぶっ壊す」といった言葉を聞いていたはずで、自分がブリタニアを、父皇帝を如何に憎んでいるかを知っているはずなのに、日本人である誇りを捨て名誉ブリタニア人となることを選び、軍人となり、ブリタニアのルールを守るを良しとする、己とは異なる立場を選んだ。そして中からブリタニアを変えると声高にいい、今はお飾りと揶揄されるユーフェミア副総督の騎士となったが、彼が騎士たる者がどういう存在かを理解しているかといえば、否、だろう。それは何よりも自分の傍にいてくれるフランツの存在が証明している。
心の内だけではあったが、フランツを騎士とし、身体だけではなく心までも守られて、ルルーシュは己の信ずる道を進む。
── The End
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