疑似家族




 ある日の放課後。
「ルルーッ!」
 その声と共に、クラブハウス内にある生徒会室の扉が開かれた。
 聞きなれぬ声に、皆の視線が一斉に扉に向かう。
 そこに立っていたのは、細身で長髪、サングラスとヘッドフォンを付けた一人の、青年と呼ぶにはまだ幾分早そうな、少年だった。
「マオ、一体どうしたんだ、何かあったのか?」
 扉から丁度真向かいの席に座って書類の処理をしていたルルーシュが、その手を止めて入って来た少年に声を掛けた。
 それと同時に皆の視線が、今度は少年からルルーシュに移る。
「やることなくて退屈だったから、遊びに来た」
「おまえなぁ……」
 ルルーシュがマオと呼んだ少年の言葉に頭を抱える。
「彼、ルルちゃんの知り合いなの?」
 皆を代表して生徒会長のミレイがルルーシュに尋ねる。皆興味心身でルルーシュを見つめている。
「ええ。まあ、なんというか、家族みたいなものですよ」
「家族!?」
「だって、ルルの家族っていったら妹のナナちゃんだけでしょう?」
「マオなんて奴がいたなんて聞いてないぞ、ルルーシュ!」
 生徒会のメンバーから次々と声を掛けられる。それは単に質問のようでもあり、問い詰めるようなものでもあった。
「本当の家族はもちろんナナリーだけですよ。マオは血の繋がりはないけど、まあ、家族みたいな存在といっていいかと」
「一体何処で引っ掛けて来たの!? それとも引っ掛けられたの?」
 一人放っておかれているマオは生徒会室の中に入り込み、ルルーシュに近付いていく。
「僕が先にちょっかい掛けたんだよ。ね、ルル」
 ミレイの質問に答えたのはルルーシュではなくマオだった。
「ちょっかいって……」
 たまたま今日は軍務に空きが出来て学園に来て、そのまま生徒会に顔を出していたスザクは思い出していた。
 以前、ナナリーを浚ってルルーシュを脅した奴ではなかったかと。それが一体どうしてこんな、ルルーシュが「家族」というような関係になっているのかと疑念に思う。
「まあ、色々ありまして……」
 ルルーシュははっきりとは答えない。というよりも答えられない。
 それを無視してマオは答えた。
「だってさ、C.C.がルルを共犯者だっていって一緒にいるから、僕がルルに嫉妬したんだよね。C.C.だけが僕にとってただ一人の家族だったのに。だからルルには意地悪しちゃったんだ。けど、ルルは僕の気持を分かって、僕を受け入れてくれた」
「意地悪って、何されたんだ?」
「それ以前にC.C.って一体誰よ!? それに共犯者って何のこと!?」
 シャーリーはルルーシュに好意を寄せている。それは恋愛的な意味でだ。
 それ故に、すわ己のライバル出現か、と慌てる。だが次に、共犯者という言い知れぬ怪しげな言葉に、そのC.C.とやらはルルーシュを悪い道に引きずり込もうとしている存在なのかとも思う。
「マオ……」
 どうしてそこまで言う、とルルーシュは思わずマオを睨みつけた。
 ルルーシュの内心の声を読んだマオは早々にルルーシュに誤った。
「ごめん、ルル。でも他にどう答えたらいいか分からなかったんだ」
「仕方ないな」
 そういって、ルルーシュは溜息を吐いた。
「共犯者っていうのは、言葉の綾みたいなもので、別に何か悪いことに手を出すとかそういうことじゃなくて、なんていうのか、同じ志を持った同志、みたいな奴で」
 裏で黒の騎士団などというものを創りあげ、ブリタニアに対してテロという名の抵抗運動をしているのだから、本来十分悪いことなのだろうが、敢えてそれは伏せておく。黒の騎士団がしていることは何もテロだけではなく、犯罪者の摘発などもやっているのだし、あながち嘘ばかりではないと、ルルーシュは無理矢理己を納得させた。
「マオはそのC.C.が昔拾って一緒に育った奴で」
 C.C.が不老不死で、マオと一緒に育ったのではなく、C.C.がマオを育てたなどとは口には出せない。
 ルルーシュの内心を読み取ったマオは、彼の表向きの発言を黙って聞いていた。
「他に行くところがないっていうマオを俺が引き取ったんですよ」
「ああ、だからなのね、咲世子さんが、最近見知らぬ子供が一人増えた、って言ってたのは」
 ミレイが納得したように答えた。
 数日前、咲世子からクラブハウスに起居する人数が一人増えたと、ルルーシュから当面頼むと言われたといってきていたことを思い出したのだ。
「じゃあ、そのC.C.っていう人はどうしてるの? マオ君だっけ、そのC.C.って人と一緒のほうがいいんじゃないの? だってもともとそのC.C.っていう人がルルと行動を共にし始めたのがきっかけなんでしょう?」
 極当然の疑問のようにシャーリーがルルーシュとマオに尋ねた。
「C.C.もクラブハウスにいる時があるよ、いない時もあるけど」
 答えたのはマオだ。
「ええっ? じゃあ、増えたのは一人じゃなくて二人? でも咲世子さんは一人だって言ってたわよ」
 ミレイの疑問も当然のことだろう。C.C.は現在のマオのように一部屋を使っているのではなく、クラブハウスにいる時はルルーシュと同じ部屋で起居しているのだ。そして滅多に部屋の外に出ないから流石の咲世子も気付いていないだけのこと。しかしそれを口にするわけにはいかない。
 ルルーシュから無言のうちに、これ以上C.C.のことを言うなと言われたマオは、
「だってルルの傍って一緒にいて凄く楽なんだもん。とても気持ちいい。それにナナリーも優しいしね」
 己が思っていることだけを口にした。己が望む望まないに限らず、有効範囲内にある人間の心の声を聴いてしまうマオにとっては、過ごせる場所は限られてくる。ヘッドフォンで常にC.C.の声だけを流して他の声を遮断しているからどうにかある程度の人混みの中で過ごせてはいるが、それでも常に傍にいて楽な人間というのはどうしても限られてくるのだ。
「マオだっけ、もうルルーシュにちょっかいは出さないのか?」
 確かめるようにルルーシュの悪友を自認するリヴァルが問うた。
「しないよ。もうする必要ないから。だってルルが言ったように、僕たちは家族だから」
 C.C.がお母さんで、ルルはお父さんだ、というのはマオの心の声である。ちなみにナナリーについては、ルルーシュの妹というだけでさして深い感情は抱いていない。ただ優しい子だとそう思っているだけだ。
「ならいいけど、でも今は生徒会のお仕事中だから、遠慮してもらえると助かるんだけどね、マオ君」
 珍しく生徒会長らしい発言をするミレイに、ルルーシュは頷いた。
「おまえが邪魔しなければもう少しで片付く。そうしたら帰るから、先に部屋に戻っていてくれ。帰ったら相手をしてやるから」
 半ば疲れたような声でそう告げるルルーシュに、マオは
「分かった、なるべく早く帰って来てね、待ってるから」
 そう告げて、やって来た時と同様に唐突に引き上げていった。
 扉が締められた後、スザクがルルーシュに問い掛ける。
「本当に大丈夫なの? 彼って、あの時の彼だろう?」
「ああ、もう心配いらない。今のあいつは、さっきも言ったように俺の家族みたいなものだから」
 何処か怪しげな微笑みを浮かべながらそう答えるルルーシュに、スザクはそれ以上のことは言えなかった。ただ「家族」と言われるマオに対していいようのない嫉妬心を抱いたが、スザクはそれを自覚してはいなかった。
 扉の外で、そのスザクの本音に気が付いたマオは、笑みを浮かべながら自室へ戻っていった。
 枢木スザク、おまえはもうルルーシュの手を離した、ルルーシュはおまえのものじゃない、僕とC.C.のものだ、とそう思いながら。

── The End




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