自 立




 玉座の間でのルルーシュの披露目があった日以来、スザクは苦悩していた。
 何故、クロヴィスを、ユーフェミアを殺したテロリストのゼロであったルルーシュが皇族として、皇子として、しかも皇位継承権第12位をもって皇族に復帰などしたのかと。
 そんなことの為に自分はルルーシュをシャルルに突き出したわけじゃない。
 彼の犯した罪を罰して貰うために、ユーフェミアの仇をとるつもりで突き出したのだ、決して皇族復帰させるつもりでなどなかった。
 しかし現実にルルーシュはナナリーと共に皇族として復帰し、上位の皇族たちと親しくする日々を過ごしている。
 そこにはかつてルルーシュが語っていた、庶民出の母を持つとして侮られていたという様子は、微塵も見受けることは出来なかった。
 それが余計にスザクの思いに拍車を掛ける。
 そんなある日のこと、第1皇子オデュッセウスから夜会への招待状がスザクの元に届いた。それは何もスザクに限ったことではなく、多くの、けれど主に高位の皇族、権威ある貴族たち、そしてスザクを含むナイト・オブ・ラウンズに対してであった。ちなみに会の主催の名目は、ルルーシュとナナリーの皇族復帰を祝してのもの。
 そんな主旨の夜会になど、スザクは正直出席したくなかった。だが主催する相手は仮にも第1皇子。その皇子の主催する会を、如何にラウンズとはいえ臣下に過ぎない身で、任務に就いている状態ならともかく、そうでもないのに理由もなく出席を断ることは、流石のスザクも出来ないと思った。
 そうしてスザクはオデュッセウス主催のその夜会に出席したのだが、来たくて来たわけではないスザクの表情は最初からすぐれなかった。それは誰の目から見ても明らかで、出席者の多くの者から無言の批判を浴びていたが、スザクにはそれに気付く余裕などなかった。
 そんな中でスザクに声が掛けられた。
「スザクさん」
 その声に慌てて振り返ると、そこにいたのは車椅子に乗ったナナリーだった。ナナリーが今乗っている車椅子は、アッシュフォード学園にいた頃のものに比べると皇族らしくずっと豪華なものになっていた。
「こちらに戻ってからはお会いするのは初めてですね。ブリタニアはどうですか?」
 ナナリーに対しては何も含むもののないスザクは、ここにきて初めて素直に、優しげにナナリーに答えた。
「そうだね、ここは何もかも広大で豪華で、圧倒されっぱなしだよ、ナナリー」
「まあ。でもスザクさんはラウンズとなられたのですもの、これからだんだんとそれにも慣れていきますよ」
「そうだといいんだけどね、ナナリー」
 その二人の遣り取りを聞きつけた者がいた。
「随分とおかしな遣り取りになっているわね」
「カリーヌ殿下!?」
「カリーヌお異母姉(ねえ)さま?」
 第5皇女のカリーヌであった。
「おかしな、とはどういうことですか、お異母姉さま?」
「あら、おかしいじゃない。皇女の貴方が臣下を“さん”付けで、臣下が皇女の貴方を呼び捨てなんて」
「!」
 カリーヌの言葉にスザクはハッとしたが、ナナリーはそれを弁護するようにカリーヌに返した。
「でも、スザクさんは昔からのお友達ですし、私より年上ですもの」
「年上のお友達、ねぇ。ナナリー、貴方には皇女としての矜持はないの?」
 ナナリーを馬鹿にしたようなカリーヌの言葉に、スザクは思わずカッとなった。だがここでそれを表面に出してはいけない、との僅かな自制心が働いた。
「年上の方を敬うのは当然のことではありませんか」
 何がいけないのか分からないというように、ナナリーはカリーヌに告げた。
「年長者を敬うのはいいことよ、確かにね。でもそれは貴方が皇族である以上、同じ皇族に対してだけ。対してそこにいるのは、お父さまである皇帝陛下直属とはいえ、結局は臣下、つまり皇女である貴方の目下の者なのよ。目下のものをどうして敬わなければならないのかしら? 私はそこがおかしいって言っているの。分からない?」
「で、でもスザクさんはお友達で……」
「貴方たちが二人だけでいる場でなら誰も気にしないでしょうけど、分かってるの? ここはオデュッセウスお異母兄(にい)さまの離宮で、お異母兄さま主催の夜会だって。つまりここにいるのは貴方たち二人だけじゃなくて、ましてや私的な場所ではなく公的な場所だってこと」
「何やら険悪な雰囲気だね」
 カリーヌが言い終えたところへ、そう言ってシュナイゼルが入って来た。
「シュナイゼルお異母兄さま。険悪なんてことはないですわ。私はただナナリーに、皇女としてのけじめを教えていただけですもの」
「皇女としてのけじめ、とはまた穏やかではなさそうだね」
「だって、ナナリーったら枢木を“さん”付けで呼んで、それを相手が年上なんだから敬うのは当然だ、なんて言ってるんですもの。その上、その枢木は皇女のナナリーを呼び捨てだし」
「ふむ。だが枢木卿が皇族を呼び捨てにするのは今に始まったことではないからね」
 何気に自分を責めるシュナイゼルの言葉に、スザクは拳を握りしめた。
「相変わらず自分の立場を理解していないようだ。それにしても、ナナリーも、となるとルルーシュの気苦労が増えるね、気の毒に」
「ど、どういうことですか、シュナイゼルお異母兄さま?」
 シュナイゼルの言葉に、意味が分からないというようにナナリーが疑問を口にした。
「だってそうだろう? 妹の君が皇女としての、皇族としての立場を弁えていないということになるのだから」
「そ、そんなことは、自分がこのブリタニアの皇族だということは十分に分かっています」
「それなら、臣下に自分を呼び捨てにさせるなんてことはしないはずだけどね」
「え? だって、スザクさんは……」
「そこだよ」
「?」
 シュナイゼルの指摘に、ナナリーは首を傾げた。本当に意味が分かっていないというように。
「カリーヌが言ったように、皇族が臣下を“さん”付けで呼んだりはしないものだよ。臣下が皇族を呼び捨てにしたりしないようにね」
「で、でも、私たちはずっとこうして……。それはお兄さまだってご存じのことです」
「それは君たちが皇族としてではなく、一般庶民として市井に紛れて暮らしていた頃のことだろう?」
 今は違うのだと言外にシュナイゼルは告げたのだが、それが何処までナナリーに伝わっているかといえば甚だ疑問である。
「面白いことになっているようだね」
 そう言って入って来たのは、ルルーシュを連れた今日の夜会の主催者であるオデュッセウスと第1皇女のギネヴィアだった。
「お兄さま」
 気配でルルーシュが傍に来たことを察したナナリーが、ルルーシュに助けを求める。
「私、ずっとスザクさんのこと、スザクさん、って呼び続けてきましたよね。それって間違ったことだったんですか?」
「以前は、間違ったことではなかったね」
「以前、は?」
「皇室に戻るまでは一般庶民として暮らしていたのだから、決して間違ったことではなかったよ。だが今は違う。今のおまえはこのブリタニアの皇女であって一般庶民であった頃とは違う。そしてスザク、いや、枢木卿は騎士候という位を持ち、皇帝陛下直属の騎士たるラウンズであるとはいえ、結局は皇族に仕える臣下の一人に過ぎない。その臣下を“さん”付けするのは間違いだよ、ナナリー」
「そんな……」
 ルルーシュの言葉に、自分の言動が間違っていると言われて、ナナリーは顔色を変えた。
「それだけではないね」オデュッセウスが口を挟んできた。「君とルルーシュがこの皇室に戻って来てからの君の様子を観ていると、どうにもルルーシュに頼りきりで自立しようという気配が見えない」
異母兄上(あにうえ)の仰る通りじゃの。ブリタニアは力が全て。そして同時に自らの足で立ち自らの力で戦うのが皇族たる者の在り様じゃ。じゃがそなたにはそれが見られぬ。目も見えず足も動かぬというのは理由にならぬ。目が見えずとも、足が動かずとも、それでも出来ることはあるはずじゃ。じゃが、そなたは何もしようとしておらぬ。ただ流されておるだけにしか見えぬのは(わらわ)の見間違えかのう?」
「そんなことありませんわ、ギネヴィアお異母姉さま。ナナリーはコーネリアお異母姉さまに守られて、この皇室の闇を知らずにいたユーフェミアお異母姉さまと同じ。いいえ、それ以下だわ。目が見えないことを理由にして何も見ようとしていないし、足が動かないことを理由にして自分からは何もしようとしていないんですもの。そしてその負担を全てルルーシュお異母兄さまに被せようとしている。ユーフェミアお異母姉さまより悪質だわ」
 ユーフェミアのことを持ち出されて黙っていられなくなったのはスザクだ。
「カリーヌ皇女殿下! ユフィは、いえ、ユーフェミア皇女殿下はご自分の理想を持っていらして、それを実行されようとしていました。それがダメになったのは全てゼロの」言いながらルルーシュを睨んだ。「ゼロに貶められてのことです。何も知らずにいたなどということは決して……」
「ユーフェミアは廃嫡された。皇女ではないよ」
 オデュッセウスがスザクの言葉を遮った。それに続いてシュナイゼルが告げる。
「あの娘は、コーネリアに守られ過ぎて己の皇族としての立場を弁えていなかった。だから平気で政庁を抜け出したり、ナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人に過ぎない君を、突然、周囲に何の相談もなしに己の騎士に任命したりなどしていた。しかも特派に所属する、つまりは私の部下であたる君を私に一言の連絡もなく。とても皇族としての矜持があったとは言えないね。そこにもってきて、弱肉強食という国是を否定した特区の設立など、馬鹿げたことにも程がある。あの特区のために、エリア11に住むブリタニア人がどれだけ犠牲を払ったと思っているのかな。私たち皇族は民あってのもの。そして国家はその民衆の治める税金によって動いている。それをあの愚かな娘は理解していなかった。皇族なら当然理解していてしかるべきことをね」
「そのような何も分からぬ愚か者に払う敬意などなければ、この皇室にいるべき場所もない。ナナリー、君もユーフェミアのようになりたくなくば、皇族としての己の立場を弁え、皇族らしくふるまいなさい」
「それが出来ぬというなら、そなたにこの皇室にいる資格はないと思うことじゃ。よく考えて行動しやれ」
 オデュッセウスが、そしてギネヴィアがナナリーに告げる。
「にしても、そこな何も分かっておらぬナンバーズには、やはりそれ相応の処罰が必要なようじゃな」
 ギネヴィアのその言葉に、スザクは思わず身構えた。
「ルルーシュ、枢木卿は君の友人だろう、何か言うことはあるかい?」
 シュナイゼルがルルーシュに尋ねた。
「友人だったのはエリア11にいた頃の話です。今は違いますから、どうかお気になされませんよう」
「お兄さま!」
「ルルーシュ……」
 ナナリーが今はもうスザクは友人ではないと言い切るルルーシュを責めるように呼び、スザクは己を切り捨てたルルーシュの名を信じられないというように呼ぶだけだった。先に友人であるルルーシュを皇帝に売って、友人という関係を破滅させたのは他ならぬスザク自身であったというのに。そしてその後も皇族に復帰したルルーシュを恨み続けてきていたのも忘れたかのように。
「君がそういうなら遠慮することはないね。皇帝陛下にお話しして処分を考えていただこう。今のままでは他の皇族や貴族、騎士と呼ばれる者たちに対して示しがつかない」
 シュナイゼルのその言葉を最後に、当事者たるスザクと、そしてナナリーを残して、他の者はその場から去っていった。それを遠巻きにして見ていた他の参列者たちは、クスクスと嘲るような笑みを零している。
 己らの存在だけが、ブリタニアの宮廷では異質だったのだということに、漸く気付いた二人だった。それはあまりにも遅きに失したが。

── The End




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