愛しき者




 アヴァロンの主砲が唸った。標的は黒の騎士団の旗艦“斑鳩”である。
 それは、停戦協定は為ったと、文書を交わした正式なものでも何でもなかったにもかかわらず、呑気に構えていた斑鳩を直撃した。
 二度、三度と放たれるアヴァロンの主砲に、それを真面に喰らった斑鳩はもたなかった。
「何故だ、シュナイゼル! 俺たちは停戦したはずだろう!? 約束を破る気か!! おまえの言うようにゼロを、ルルーシュを返してやったのにこれはどういうつもりだ!?」
 墜落間近の斑鳩から、アヴァロンのシュナイゼルに向けて、黒の騎士団の事務総長である扇から通信が入った。
「裏切り者には死を。君たちはルルーシュを裏切った。一度裏切った者はまた裏切る。そんな者を私は信用しない。それに停戦したというが、そのような文書を遣り取りしたかな? 生憎と私の手元にはそのようなものは一切ないのだけれどね」
「シュナイゼルッ!!」
 醜く歪んだ扇の顔がモニター画面一杯に広がる。
「見苦しいね」
 シュナイゼルのその言葉を耳にした副官のカノンは、通信を切るように指示を下した。
 それとほぼ時を同じくして、墜落してゆく斑鳩の姿がアヴァロンの艦橋から確認出来た。
「他の艦艇に対しても同じく攻撃を。これを機に黒の騎士団トウキョウ方面軍を壊滅する」
 シュナイゼルの命令に、彼のいるアヴァロン以外の艦艇からも黒の騎士団の艦艇に対して一斉に砲撃が開始される。
 フレイヤ投下の後、KMFは全て艦に戻っており、その後のシュナイゼルたちの斑鳩訪問により、黒の騎士団はある種の無防備状態にあった。そんな状態のところへのブリタニア軍からの一斉攻撃に、黒の騎士団トウキョウ方面軍はひとたまりもなかった。
 次々と墜落していく艦艇。そこから飛び立とうとするKMFも放たれる主砲の餌食となった。
 そうして瞬く間に黒の騎士団トウキョウ方面軍は壊滅した。
 唯一残ったのは、ジェレミアの駆るサザーランド・ジークのみである。
 サザーランド・ジークのデヴァイサーがジェレミアであることを知っていたシュナイゼルは、カノンに命じて通信を繋げさせた。
『シュナイゼル殿下!?』
 突然のシュナイゼルからの通信に、ジェレミアは息を呑んだ。
「ジェレミア・ゴットバルト卿、一つ聞きたいが、卿の忠義は誰に捧げられたものか?」
『決まっている! 私が忠義を捧げるはただお一人、ルルーシュ様のみ!!』
 ジェレミアのその答えに、シュナイゼルは満足そうに頷いた。
「ルルーシュは今、私の元にいる」
『なっ! 一体どういうことです!?』
 信じられぬものを聞いたというようにジェレミアの瞳が見開かれた。
「黒の騎士団はゼロであるルルーシュを裏切り、私に売ったんだよ。だから裏切り者に相応しい死を与えた。だが卿はその忠義を捧げるのがルルーシュだと言うのなら、是非私の元に来てほしい。ルルーシュを守るためにその力を貸してほしい」
真実(まこと)、なのですか?』
「嘘は言わないよ。私にとってルルーシュは誰よりも愛しい異母弟(おとうと)だ。今は個室の方で休ませているが、ナナリーを失って気力も欠けている。そんな中、せめて卿が傍にいるだけでもルルーシュの気持ちも変わるかもしれない」
 ジェレミアにとっては苦渋の選択だった。本当にシュナイゼルの言葉を信じて良いのかどうか。
 だがルルーシュがブリタニア本国にいた頃、彼ともっとも親しくしていたのは紛れもなく今通信を繋いでいるシュナイゼルであることを、ジェレミアも承知している。それ程に、シュナイゼルのルルーシュに対する接し方は飛び抜けていた。
『……分かりました』
「理解してくれて嬉しいよ、ゴットバルト卿」
 やがてジェレミアのサザーランド・ジークは、アヴァロンからの誘導のまま、辿り着いた。
 降り立ったジェレミアを出迎えたのは、シュナイゼルの副官のカノンである。
「ルルーシュ殿下の元にご案内いたしますわ」
 その言葉に、ジェレミアはカノンの後ろをついて艦内を歩き、やがて大きな扉の前に通された。
「ルルーシュ殿下はこちらのお部屋にいらっしゃいます」
 そう告げて、カノンは扉を開いた。戦艦の中とは思えぬ程に豪華にしつらえられた部屋だった。その部屋の中央に置かれたベッドの上、ジェレミアにとっては見慣れた人が横になっていた。
「ルルーシュ様!」
 ジェレミアは慌ててそのベッドの傍に駆け寄った。
「では後はよろしく」
 見届けて、カノンは部屋を後にしてシュナイゼルのいる艦橋へと向かった。



「ルルーシュ様」
 ジェレミアは跪き、横になっているルルーシュを見た。
 その声に反応したのか、ピクリとその身体が僅かに動いた。
「……ジェレ、ミア……?」
「はい、ルルーシュ様」
「ああ、そうか、俺は……」
「俺は、黒の騎士団の連中に、異母兄上(あにうえ)に売られたんだ」
 そう告げるルルーシュの言葉に力はない。けれど意識ははっきりとしてきているのがジェレミアにも分かった。
 ゆっくりと身体を起すルルーシュに、ジェレミアは手を添えて助けた。
「ここは?」
「シュナイゼル殿下のおられるアヴァロンの中です」
「異母兄上の……?」
「はい」
「……戦闘は、どうなった? 何故おまえがここにいる?」
「黒の騎士団は、少なくともトウキョウ方面軍は壊滅しました、私のサザーランド・ジークを除いて。そこに、ルルーシュ様がこちらにおられると、シュナイゼル殿下から通信が入り、それで私は今ここにいるのです。
 シュナイゼル殿下は私にルルーシュ様を守るようにと仰られました」
 ジェレミアの言葉に、ルルーシュは不思議そうに目を見開いた。
「俺を、守る? 何から? だって、ここは異母兄上のおられるアヴァロンで、俺は捕らわれの身だろう?」
 そう言いながらルルーシュは部屋を見回し、そこがとても囚人を閉じ込めるようなところではなく、貴賓室といっていい内装であることに目を見張った。
「異母兄上は、一体何を考えているんだ……?」
 その問い掛けには、ジェレミアも答えを持っていなかった。何故ならジェレミアもまた、同じ疑問を抱いていたのだから。
 そんなふうにして少し経った頃、扉が開いて人が入って来た。シュナイゼルとカノンである。
「ああ、きちんと意識を取り戻したようだね。具合はどうだい?」
 シュナイゼルの問い掛けに、ルルーシュは思わず身構えた。
「一体どういうつもりだ、シュナイゼル!?」
 未だベッドの上にいるルルーシュに、シュナイゼルはベッドに腰を降ろしてその手を伸ばした。
 シュナイゼルの手は身を引くルルーシュの艶のある漆黒の髪を撫ぜた。
「私は、私の愛しい君をこの手に取り戻したかっただけだよ」
「ナナリーを殺した奴が何を言う!」
「ナナリーなら無事だよ、私が保護している」
「無事……?」
「フレイヤが爆発する前に保護した。今はこのアヴァロンの別の部屋で休ませているよ。流石に少し衝撃を受けているようなので、まだ会わせてはあげられないけれど、安心していい。君が悲しむような真似はしないよ」
 ルルーシュの髪を撫ぜていたシュナイゼルの手は、やがてその頬へと当てられた。
「君はもう何もしなくていい。黒の騎士団は君を裏切り、その裏切り者は既に私が葬った。君を傷つける者はもういない。安心していい」
「い、一体どういうつもりだ!?」
 シュナイゼルの言葉が理解出来ずにルルーシュは叫んだ。
「言っただろう、愛しい君をこの手に取り戻したかっただけだと。もう君が危険に身を曝して戦う必要などない。私の元で心安らかに過ごしているだけでいいんだ」
「はっ、つまり貴方のペットにでもなれということですか!?」
「そんなつもりはないよ。ただ君が私の傍にいてくれるのが私の望みだ。
 もし君が今のブリタニアをどうしても許せないというなら、私の元で私と一緒に変えていけばいい。そのためなら私は何でもしよう。君が私の元にいてくれるというなら、私は何でも出来る」
「な、何を馬鹿なことを……」
 信じられないことを聞いたというように、ルルーシュは苦笑するしかなかった。
「直ぐに信じて貰えるとは思わない。さっきまで戦っていた相手なのだしね。けれど私が本気だということを、いずれは信じておくれ。
 ナナリーにも、彼女の状態がよくなったら会わせてあげよう。それまで君ももう少し休んでいなさい。
 ゴットバルト卿、ルルーシュのことを頼んだよ」
「……イエス、ユア・ハイネス」
 ジェレミアの返事に頷いて、シュナイゼルはカノンと共に部屋を出ていった。
「本当に、一体何を考えているんだ、あの人は……」
 拳を握りしめながら、わけが分からないというようにルルーシュは唸った。



 結局、黒の騎士団による日本奪還作戦は失敗に終わった。それも旗艦“斑鳩”と、何よりもゼロという他に代えがたい存在を失って。
 ブリタニアはトウキョウ方面軍の壊滅を機に、黒の騎士団の本隊であるキュウシュウ方面軍もナイト・オブ・ワンを中心としたブリタニア軍が叩き、壊滅とまではいかなかったまでも、彼らは後退を余儀なくされた。
 トウキョウ方面軍で何が起こったのか、本隊はただトウキョウ方面軍が壊滅したことのみしか知ることは叶わなかった。
 そしてシュナイゼルの指揮するブリタニア軍はトウキョウ租界に展開するブリタニア軍を再編成し、自身はアヴァロンにて本国へと戻った。



 超合集国連合とブリタニア軍が膠着状態態になって一ヵ月程も経っただろうか。
 ルルーシュはジェレミアを騎士として、シュナイゼルの宮に身を置いていた。ナナリーはアリエス離宮にいる。ただし混乱にあるエリア11を見捨てた総督として、落伍者として。ちなみにエリア11には既に別の者が総督として着任している。
 そんな状態に歯噛みしながらも、ルルーシュはシュナイゼルの宮から出ることはだけは許されず、悶々とした日々を送っている。
 けれどシュナイゼルはそれだけで嬉しそうに、答えが返らぬと分かっていながらもあれこれとルルーシュに声を掛けてくる。
 本当にこの人は自分が傍にいればそれでいいのかと朧に察し始めたルルーシュだったが、かといって、今の状況を甘んじて受け入れるには、ルルーシュの矜持が高すぎた。
 何もせず、ゼロとして戦っていた日々を忘れ、自分を裏切った黒の騎士団の幹部たちを忘れ、ただ安穏と過ごす日々に、己でも気付かぬうちにその牙は折れていく。
 そんな日々の中、ルルーシュはふと思った。あの不老不死の自分の魔女は一体どうしているのだろうかと。そして何故、自分はシュナイゼルにギアスを掛けずにいるのだろうと疑問に思った。
 シュナイゼルに絆され始めている自分自身に気付かずに。

── The End




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