困った妹 番外編3




 ナナリーの降嫁が決まって一番喜んだのは、おそらくリリーシャだろう。
 ナナリーはどうしたわけか、自分には姉はいない、兄のルルーシュだけだといって、ルルーシュに対する独占欲丸出しで、時にルルーシュの迷惑にさえなっていた。ナナリーが自分を姉と認めないのはまだいい、だがリリーシャにとっても大切な兄であるルルーシュに迷惑を掛けるようなことだけは、許せなかった。現に、既に一度大迷惑を掛けているのだ。それも私的なことではなく、国の威信を懸けた公務において。そのようなこと、二度とあってはならない。そのためにはナナリーが宮殿から去ることだと思っていたリリーシャは、ナナリーの降嫁が決まったことを我がこと以上に喜んだのだ。
 そしてナナリーの結婚式を数日後に控えたある日、比較的ヴィ家と交流のあった第3皇子クロヴィスや第2皇女コーネリア、その妹である第3皇女ユーフェミアが、ナナリーの結婚が決まったお祝いにとアリエスを訪れた。
 ところが今回の降嫁をよく思っていないナナリーは、訪れた相手の方が自分よりもずっと上の立場であるにもかかわらず、ふて腐れたかのように顔を出すこともしなかったために、必然的にリリーシャがその相手を務めることとなった。
「ナナリーは具合が悪いのかい?」
「マリッジ・ブルー、というものではなくて?」
 クロヴィスの問いにどう応えようかと一瞬リリーシャが悩んだところへ、ユーフェミアがすかさず答えた。
「マリッジ・ブルー?」
 クロヴィスはユーフェミアの言葉を繰り返しながら首を捻った。
「結婚を現実のものとして直面すると、結婚後の生活の変化や家庭を持つ責任感に不安を覚え、憂鬱となることですわ、お異母兄(にい)さま」
「精神的な症状ね。ナナリーの場合、ルルーシュの傍から離れなくてはならないから、余計それが大きいのではないかしら」
 リリーシャが説明し、ユーフェミアが補完するように答えた。
「そんなものがあるのかい」
「そなたでも知らぬことがあったようだな」
「大ありですよ、異母姉上(あねうえ)
 その遣り取りに、その場にいた者たちが小さく笑い合う。
「だが本当に大丈夫なのか、ナナリーは」
 コーネリアが心配げにリリーシャに尋ねた。ルルーシュから離れて結婚生活を送ることに問題はないのかと。
「この度のナナリーの降嫁は皇帝であるお父さまがお決めになったことですもの。いくらなんでも覆すことは出来ませんでしょう?」
「それはそうだが、ナナリーの異常とも思えるルルーシュへの態度を考えると不安でな」
「ご心配ありがとうございます、お異母姉(ねえ)さま。ですが、ナナリーも皇女なのですから、多少マリッジ・ブルーになることはあっても、なんとかやっていけると思いますわ」
 リリーシャは心にも思っていないことことを口にした。
 ナナリーのルルーシュに対する依存度は、コーネリアが言ったようにあまりにも異常だ。そしてルルーシュの妹である前に、このブリタニア帝国の皇女であるという己の立場をよく弁えていない節がある。
 たとえ母が庶民出とはいえ、皇女ともなればそこらにいる貴族とは格が違う。その貴族に侮られるようでは皇女とは認められない。そのような存在は貶められるだけだ。だがナナリーにはそれが分かっていない。
 あまりにも優秀な兄や姉を持ってしまったばかりに、己も優秀だと、出来ると、何の努力もせずにそう思い込み、あげく、先だっては外交において大失敗をやらかしているのだ。
 リリーシャは、正直なところ、ナナリーが安泰な結婚生活を送ることが出来るとは考えていなかった。それでもそれを表に出すようなことはしない。こうして訪ねて来てくれたコーネリアたちに心配を掛けたくないと同時に、侮られたくないという気持ちもある。
 クロヴィスやコーネリア、ユーフェミアは、母である皇妃マリアンヌが庶民出だということを然程気にせずにこのヴィ家と交流を持ってくれているが、他の異母兄弟姉妹の殆どはそうではない。コーネリアたちの方が例外なのだ。
 今頃、肝心のナナリーは、自分を外してリリーシャだけがコーネリアたちと談笑しているのを面白くなく思っていることだろうとリリーシャは思う。
 だがそれとて、ナナリー自身が出てくればそうはならないはずで、結局のところ全てはナナリー自身の日頃の行い、行動の結果だ。今回の降嫁決定を含めて。
 なのにそれを一向に自覚しないナナリーに、リリーシャもいい加減切れ掛けている。
 降嫁が決まった時のナナリーの荒れ様は凄まじいともいえるものだった。母であるマリアンヌすらも、ナナリーの余りの荒れ様に手を焼いて匙を投げたくらいだ。それでも一晩泣き喚いて周囲の者に当り散らして、翌日にはその疲れからか多少大人しくはなったが。
 ナナリーが大人しくなった理由には、ルルーシュがナナリーの結婚を喜んでいるのだという表現があったことも一理ある。
 兄が喜んでくれているのに、それを嫌なことだと言いたくない、という意地っ張りなところが出ている格好だ。しかしその一方で、ルルーシュは自分が傍からいなくなることを悲しんではくれないのかという思いもあって、ナナリーの心中は複雑なものになっている。
 自分の結婚を喜んでくれている兄、妹が出ていってしまうというのにそれを悲しんでくれない兄。だがそのどちらも同じ兄で、だからナナリーは、兄に対してどういう態度をとればいいのか分からなくなって部屋に閉じこもってしまう。
 ルルーシュの事情からすれば、いい加減兄離れしてほしいと思っていたところへの今回の降嫁決定で、これで無事に結婚すれば、ナナリーももう少し大人になってくれるだろうとの思いがある。
 二人のそんな状況を見ているリリーシャからすれば、ルルーシュの考えは甘いということになるのだが、いまさらルルーシュの考えに水を差すのも控えられて、何も言わずにいるというのが実情だ。
 けれどいくらマリッジ・ブルーを言い訳にしたとしても、こうして訪ねて来てくれた上位の皇族を無視するのはいただけない。三人共、ナナリーのルルーシュへの依存度を知っているだけに理解を示してくれているが、他の皇族が相手だったらこうはいかないだろう。もっともそれ以前に、他の皇族がこのアリエスにやって来るということ自体が殆どないのが実情だが。
「ああ、そうだ、今日はこれをナナリーに渡そうと思って持って来たんだよ」
 そう言って、クロヴィスは一枚のキャンバスを取り出した。
「あら、モデルはルルーシュなのね」
「ああ、お嫁にいったら、なかなかルルーシュに会うことは出来なくなるだろう? だからルルーシュに会えなくなっても少しは寂しさが紛れるようにってナナリーのために描いたんだよ」
 クロヴィスの言う通り、そのキャンバスには、アリエスの庭園を背景に東屋で一人お茶をしているルルーシュの姿が描かれていた。あまり大きなサイズではないが、却ってその方が手にとりやすくていいだろうとクロヴィスは判断したのだろう。
「流石お異母兄(にい)さま、ナナリーの気持ちをよくお分かりでいらっしゃいますね」
「その割にはマリッジ・ブルーを理解していなかったようだけど」
「ああ、本当によく描けているな」
「ナナリーに代わってお礼を申し上げますわ」
「今回は私たちの中で一番年下のナナリーの結婚が決まったわけだけど、異母姉上は如何なのですか?」
「わ、私がどうだというのだ、クロヴィス」
 クロヴィスの問い掛けに、コーネリアは少し慌てたように問い返した。
「異母姉上にはご結婚の意思はないのですか?」
「私は軍人だ。結婚よりも優先することがある」
「お異母姉さまらしいですわね」
「そんなことを言ってらっしゃると、私の方が先に結婚してしまいましてよ、お姉さま」
「だから! 私には結婚よりも軍人としてあることの方が意義が大きいと言っている」
 幾分顔を赤らめて、恥ずかしがっているのか怒っているのか判断につきかねるところだが、おそらくその両方だろう。
 女性として結婚に憧れがないとは言わない。だがそれよりも“ブリタニアの魔女”と異名を取る程の女傑としては、軍人としてブリタニアの版図を広げる方が優先される、といったところか。
「で、リリーシャはどうなの?」
「私はまだいいわ。お兄さまの公務を手伝っている方が面白いもの」
「公務って、そんなに面白いものなのかしら?」
 ユーフェミアがまだ分からないというように首を傾げる。彼女自身は高校を卒業した後、大学に進んで福祉関係の勉強を続けているところだ。
「それは人それぞれでしょうし、向き不向きもあると思うわ」
「だが少なくとも、ナナリーには公務は向いていなかったというところだな。今回の結婚がナナリーにとってよいものであればいいが」
 コーネリアの的を得た発言に、皆が頷いた。
 そうして暫く談笑した後、クロヴィスからナナリーへの祝いの品であるキャンバス一枚を残して皆帰っていった。
 後に残ったリリーシャは、深い溜息を吐き出した。
 本当に今日の来客が彼らだけでよかったと。そして同時に、ルルーシュが留守の時で良かったと。ルルーシュがいればナナリーはきっと顔を出しただろう。そして自分の降嫁に関してまた不平不満をぶちまけていたに違いないのが見えていたからだ。皇帝の決めた結婚を否定するなど、皇女としては許されることではない。つくづく困った妹だと思い、だがそれもあと数日のこと、それだけ我慢すればナナリーは嫌でもいなくなり、ルルーシュはリリーシャだけの兄になる。そのことを思えばあと少しの間くらい、ナナリーの不満に付き合ってやるのも悪くはないか、などとも考えるリリーシャだった。

── The End




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