続・反 抗




 扇たちは、子供たちが旅行から帰って来て以来、自分たちに、親に対してやたらと反抗的になったことに頭を悩ませていた。
 だが子供たちがそれぞれの親たちに言うことの半分は事実である。
 確かに自分たちはゼロであったルルーシュを売った。しかし扇たちに言わせれば、それは正当な行為なのである。
 ルルーシュは自分たちを利用していた。ギアスという異能でもって自分たちを駒とし、ゲームのように戦争を楽しんで世界を支配しようとしていた。それは人の尊厳を無視した許されざる行為であり、そんなルルーシュを、日本を取り返すためにシュナイゼルに売った行為の何処が責められねばならないというのか。
 扇たちは個別にではなく、一緒になって子供たちの説得にあたったが、それはなお一層の反抗心を招いただけで、何の解決にもならなかった。



 一方、子供たちは子供たちで、親たちの態度に切れていた。
 親たちは自分たちの非を一向に認めず、その行為を正当化し、シュナイゼル側についたということは、大量破壊兵器であるフレイヤの存在を容認することだったということを決して認めようとしない。
 そんな親たちに、子供たちは最終手段に出ることにした。つまり、親たちが為したことを世間に公表することとしたのだ。親たちがしたことが本当に正しいことなのかどうか、世間に問うこととしたのである。
 幸い、自分たちの手元には旅行先で見せられた映像がある。それをネットで流せばいい。そうすれば否応もなく世間に広まる。そうして広まった映像を元に、当時のことが改めて調べられるだろう。そうすれば親たちの取った行動が本当に正しいものだったのかどうか、世間が評価してくれる、そう子供たちは思った。
 そうして親たちに分からぬように、子供たちは集まって、ネットで手元にある映像を流したのだ。それもあらゆるところに。



 ネットで公表された映像は、子供たちの予想通り、あっという間に世間に、世界中に広がった。
 かつて英雄とされていた者たちが取った行為、それは紛れもない裏切り行為として世界に受け止められた。それと同時に、本来のゼロが“悪逆皇帝”と呼ばれたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであったことが分かり、彼の業績が改めて見直されることとなった。
 そしてまた、ルルーシュ皇帝がゼロであったならば、今のゼロは一体誰なのかという論争になった。



 ネットで公開されたものが子供たちの手によるものだと察した扇たちは、子供たちを集めた。
「貴方たち、何ていうことをしてくれたの!?」
「お母さんたちがしたことを世間に公表しただけよ!」
 カレンの娘が当然のことをしただけだというように胸を張って答えた。
「やましいことがないなら、何を公表されようと困ったりしないでしょう?」
 玉城の娘も、自分たちは悪いことなどしていないと、公表されて困るということは、親たちが悪いことをしたということを認めることだろうと詰めよった。
「おまえたちは自分たちがしたことを分かっていない。世界に()らぬ混乱を招いただけだということが分からんのか!」
「要らぬ混乱? 真実を公表することの何処が要らぬ混乱だっていうんだ!?」
「父さんたちは勝手だ! 結局は自分たちがゼロに、ルルーシュ皇帝に対してしたことを知られたくないだけなんだろう?」
「それって後ろ暗いことがあるからだよな、違うのか。親父、おふくろも、どうなんだよ!」
 藤堂と千葉の間に出来た息子は、両親に詰め寄った。
「おまえたちに一体何が分かる!」
「お母さんたちこそ、自分たちが何をしたか分かってるの? 分かってないよね」
「父さんたちはゼロだったルルーシュ皇帝を裏切った。そしてフレイヤを容認してシュナイゼルと一緒になって、ルルーシュ皇帝と戦った。至極簡単な事実じゃないか」
「フレイヤを認めたわけじゃない! それ以上にルルーシュの存在を認めてはいかんのだ!」
「そんなの屁理屈だよ」
「屁理屈を言っているのはおまえたちのほうだろう」
 ほとほと困ったというように扇が口にした。
「今、ルルーシュ皇帝の業績が見直されている。あの人がやったことは、当時のブリタニアの皇族や貴族といった特権階級の既得権益を廃止して、ナンバーズ制度を廃止して、人は平等だって世界に示しただけじゃないか!」
「何も悪いことなんかしてないでしょう! それなのにお母さんたちはゼロがルルーシュ皇帝だって、ブリタニア人だって分かって、自分たちさえよければいいって、日本さえ返ってくればいいって、敵将のシュナイゼルに売ったのよね、殺そうとしたのよね」
「それを逃げられたからって、自分たちからルルーシュ皇帝を“悪逆皇帝”って呼んだんじゃない」
「本当に悪逆なのは、フレイヤを使って大量虐殺を働いた連中と、それと一緒になってルルーシュ皇帝と戦った父さんたちだ!」
「私たち聞いたもの、ルルーシュ皇帝はフレイヤを()くすために戦って、この世に“優しい世界”を遺すために自らの命を懸けたんだって!」
「そんなルルーシュ皇帝の犠牲の上に、親父たちは胡坐をかいてるんだ!」
「自分たちが何をしたのか、何をしようとしてたのか、もしあの戦争でルルーシュ皇帝が敗けていたら、どんな世界になっていたのか、ちゃんと考えていたのかよ!?」
「そうなったら世界はフレイヤの恐怖に支配されていたのよ! それの何処が平和なの!? 教えてよ、お母さん!」
 次々と放たれる子供たちの声に、扇たち親は満足に答えを返すことが出来なかった。
 子供たちの理論には破綻がない。しかし逆に自分たちはどうなのかと言えば、ただルルーシュは許すことの出来ない奴なのだと、それしかない。
 あのフジ決戦の結果が逆だった場合のことなど、今子供たちから指摘されるまで誰も考えたこともなかった。
 フレイヤの存在する世界と存在しない世界と、比較して考えたことなどなかった。ただルルーシュを倒せば平和が訪れると、扇たちはそう信じていたのだ。
 しかしそれは彼らの思い込みであり、逆にルルーシュが倒れていた場合、今の世界はフレイヤの下に支配される、真の平和とは程遠い世界になっていたのだと、今になって思い知らされる羽目になった。つまり、如何に当時の自分たちがきちんと物事を考えていなかったかを子供たちに責められる格好になっていた。
 扇たちは完全にお手上げ状態になった。子供たちに返す言葉は既に尽きていた。
 親子関係は完全に崩壊していた。
 だが崩れたのはそれだけではない。世間からの評価も英雄から地に堕ちた。醜い裏切り者として、大量虐殺者の仲間として見られるようになり、それぞれの世界から爪弾きにされ、次第に表の舞台から去らざるをえなくなっていった。子供にも配偶者にも去られ、世間から隠れるようにして孤独な日々を送ることになるだろうことが目に見えていた。それでも扇は最後まであがいていたが、選挙民の指示も失い、完全に政治家としての生命を絶たれた。かつては合衆国日本の初代首相として華々しくあった日々が嘘であったかのように。



 そして合衆国ブリタニアでは、代表であるナナリー・ヴィ・ブリタニアが、養子とした元皇族に所縁のある子供から責められていた。
義母(かあ)さまこそがペンドラゴンを消滅させて大勢の人を殺した張本人だったんですね! そんな人がこのブリタニアの代表に治まってるなんて間違ってます。直ぐに代表の座を退()いて罪を償うべきです」
「リカルド……」
 それを行った当時は異母兄(あに)シュナイゼルの言葉を信じ、ペンドラゴンの民は避難したと信じていたが、その後それが偽りだったのだと知ったナナリーは、義理の息子であるリカルドに対して返す言葉を持たなかった。ただ名を呼び掛けるしか出来ない。
「養子縁組は解除してください! 大量虐殺者である貴方を、もう義母(はは)とは呼びたくありません」
 悔しそうに眦に涙をためながらそう叫ぶリカルドに、ナナリーはただ力なく頷くしかなかった。
 ── お兄さま、これが、あの時お兄さまを信じなかった私への罰なのですね……。
 その翌日、ブリタニアではナナリーの代表を退()く旨が公表され、暫定的に副代表が代表の座に就くことが決まった。
 ナナリーは国防長官の地位にあった異母姉(あね)コーネリアと共に代表公邸を去った。その後二人が何処へ行ったのかは知れない。ただ、二度と表に出ることがなかったのは確かなことである。



 ゼロは、自分の役目は終わった、と側近にそれだけを告げて、自分の正体を最後まで明かすことなく表の舞台から姿を消した。ブレーンとしてあったシュナイゼルと共に。



 そんな世界の在り様を笑って見ている者たちがいた。
 これで漸く世界でルルーシュ様が正当に評価されることになるだろうと、それを喜んで、彼らは世界の片隅で祝杯をあげる。
「オール・ハイル・ルルーシュ」と声を上げながら。

── The End




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