溺 愛




 エリア11で起こったイレブンの一斉蜂起── ブラック・リベリオン。その後、今はエリア11となっているかつての日本に、兄ルルーシュと共に人質として送られた妹のナナリーだけが本国ブリタニアに戻って来た。
 それを訝しんだのは一人や二人ではなかったが、特にそれが顕著だったのが第1皇女ギネヴィアである。
 ギネヴィアは、齢の離れた異母弟(おとうと)であるルルーシュを大層可愛がっていた。ルルーシュとナナリーの母親は騎士候とはいえ元は軍人上がりの庶民であり、ギネヴィアはいい印象を抱いてはいなかったが、その長子であるルルーシュは別だった。母親譲りの艶のある漆黒の髪と、父親である皇帝シャルルに誰よりもよく似たロイヤル・パープルと言われる紫電の瞳を持つ可愛らしい子供に、ギネヴィアはいわばノックアウトされたのだ。
 帰国したナナリーは七年前のアリエスの悲劇と呼ばれる事件で母マリアンヌが殺された際に足を撃たれて機能麻痺となり、そのショックから失明している。そんなナナリーが一人でエリアとなった地で生きていけるはずがない。そこには幼い頃から利発で優秀だったルルーシュの存在があったればこそのことだと、ギネヴィアは思った。まして当のナナリーがブラック・リベリオンの前日まで兄ルルーシュと一緒にいたと証言したといっているのだから、エリア11の何処かにルルーシュが生きているのは間違いない。ナナリーが無事でルルーシュが死んだなどということは、どうしても考えられない。
 そう確信したギネヴィアは、腹心の部下たちをエリア11に送り込んだ。
 エリア11にはかつてのヴィ家の後見であったアッシュフォード家がある。そのアッシュフォードは、トウキョウ租界にエリア11でも有数の学園を創設している。ナナリーはその学園の中等部に通っていたと言っていた。ならばそこから捜すのが一番であろうと察しをつけたギネヴィアは、部下にそれを命じ、アッシュフォード学園を徹底的に調べ上げさせた。
 その中で浮かん出来た一人の存在。
 ルルーシュ・ランペルージ。
 通信モニター越しに送られてきたそのルルーシュ・ランペルージの面影は、正しくギネヴィアが捜す第11皇子のものでしかなかった。しかし不思議なことに、そのルルーシュにはロロという名の弟がいるという。同じように送られてきた写真のロロは、何処かしらナナリーに似た面差しをしていた。
 ギネヴィアはルルーシュ・ランペルージこそ自分が捜し求めるルルーシュに違いないと思い、彼が弟としているロロ共々、ブリタニアに、正確には自分の元に密かに連れて来るようにと指示を出した。
 何故密かにと言ったかといえば、部下の報告から、アッシュフォードに皇帝直属の機密情報局の者が複数名いるのが確認されたとあがってきたからだ。そのことが余計にギネヴィアに、ルルーシュ・ランペルージが己の求める第11皇子ルルーシュであるという確信を深めさせることとなったのだが、当の機密情報局はもちろん、皇帝も知る由はない。
 そうしてルルーシュとロロのランペルージ兄弟は、密かにペンドラゴンの一角にあるギネヴィアの離宮に連れてこられた。



 ギネヴィアの離宮の応接室の一つに案内されたルルーシュとロロは、何処か所在なさげに落ち着かずにいた。
 そこへギネヴィアが入って来た。
「ルルーシュ!」
 ギネヴィアはルルーシュの名を呼ぶと彼の元に駆け寄り、掛けていたソファから腰を上げて立ち上がったルルーシュを思い切り抱き締めた。
「ルルーシュ、やはり生きておったのじゃな。ナナリー一人が戻った時には、如何なることかと案じておったが、こうしてそなたの無事を確認出来たのは何よりじゃ」
 言いながら、ギネヴィアは抱き締めたルルーシュの額に、頬に口付けを送った。
「あ、あの、ギ、ギネヴィア皇女殿下、何か勘違いをされていらっしゃるのでは……?」
「勘違い? そのようなことあろうはずがない。(わらわ)がそなたを見間違えることなどあらぬ。そなたは間違いなく妾の異母弟、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアじゃ」
 そう告げた後、ギネヴィアはルルーシュを抱き締めたまま隣に立つロロに目を向けた。
「こなたはロロ・ランペルージというのじゃったな。ルルーシュとはどういう関係じゃ? 何故(なにゆえ)ナナリーではなく、こなたがルルーシュと共におる?」
「あ、その、僕は、ブラック・リベリオンの直後にルルーシュに兄さんに拾われて、その頃、記憶が混乱していた兄さんに弟だと思われて、それでそれからずっと一緒に……」
 ロロは、流石に事実を話すわけにもいかず、当たり障りのないと思われる、それなりに信用してもらえるだろうと思われる内容を告げた。
「記憶が? それでルルーシュは妾に勘違いなどと言っているのじゃな。その記憶は未だ混乱したままなのかえ?」
「は、はい。少なくとも妹のナナリーの、いえ、ナナリー様のことは思い出されていないようですし、ご自分のことも、ただの一般庶民だと。僕も兄さんのことは今回のことがあるまですっかりそうだと信じてましたし」
 ロロの説明に、漸く納得したかのようにギネヴィアは頷いた。
「そうであったか。さぞやエリア11では苦労したのであろうな。ましてやあのような身体障害を持つナナリーを抱えておったのじゃ。あるいはその苦労を忘れるために、こなたを弟と思い込んだのやもしれぬ」
「ギ、ギネヴィア皇女殿下、俺、いや、私は……」
 相変わらずギネヴィアに抱き締められたまま、ルルーシュはギネヴィアの考えを否定しようとしたが、ギネヴィアはその言葉には取り合わず、ロロの言葉が正しいものと思い込んだ。
「これからは何も心配することはない。今日よりは記憶が戻るまでこの離宮で、ロロとやらと一緒に過ごしや。そなたのことはこの離宮に勤める者以外には知らせておらぬし、その者たちに対しても箝口令もしいてある故、ゆっくり養生出来よう程に」
「ですから、私が皇女殿下の異母弟だというのは何かの間違いで……」
「兄さん、今だから話すけど、僕は兄さんの本当の弟じゃないんだよ。本当に、ブラック・リベリオンの後に兄さんに拾われたんだ。だからきっと皇女殿下の仰っていることは本当のことだと思う」
「ロロ!?」
 ロロの言葉に、ギネヴィアに相変わらず抱き締められたままのルルーシュは目を見開いた。
「どうしたら兄さんの記憶が戻るのかは分からないけど、皇女殿下が仰られるようにここでゆっくりするのが一番いいと思うよ」
 ロロは機密情報局からルルーシュの元に送り込まれた暗殺者で、ルルーシュの記憶が戻ったらルルーシュを処理するのが彼に与えられた役目だった。しかし共に過ごした月日に、ルルーシュから与えられる愛情に、ロロは陥落していた。今ではロロはルルーシュを本当の兄のように、本当に兄だったら良かったのにと思っている。
「ロロとやらの言う通りじゃ。記憶が戻るまでゆっくりここで過ごすがよい。
 そなたの部屋に案内しようぞ。必要なものは取り揃えたつもりじゃが、何ぞ不足があれば何なりというがよい」
 そう告げるギネヴィアは、ルルーシュの手を引いて応接室を後にした。もちろんロロはその後を着いていく。



 そうしてルルーシュのギネヴィアの離宮での生活が始まった。ルルーシュにとってせめてもの救いはロロがいることだったが、ロロの、自分はルルーシュの本当の弟ではないとの発言にショックを受けていた。しかしそう言われても、ルルーシュにとってはロロは間違いなく可愛い弟であり、誰よりも大切な存在であることに変わりはなかった。
 ギネヴィアはそんな二人の様子を見て、下手にナナリーと会わせるよりもこのままの方が良いだろうと考えた。身体障害を抱えるナナリーの存在は、ルルーシュにとって負担にしかなりえない。血の繋がりはない、本来ならば何の関係もない存在とはいえ、今の共に過ごしている様子からみるに、ロロといる方がルルーシュにとってはずっとよいのではないかと思い始めていた。
 ギネヴィアは父である皇帝シャルルにさえも、機密情報局の存在を思えば、ルルーシュを保護したことを伝えぬほうがよいだろうと判断して何も告げぬまま、自分の離宮においてルルーシュの記憶が戻るのを待ちながら、漸く手元に戻って来た異母帝を猫可愛がりしている。そしてルルーシュはそんなふうにギネヴィアに抱き締められたりといったスキンシップを取られながら、一方でロロに対して愛情を注いでいる。これもまたルルーシュにとって一つの幸せなのかもしれない。



 その頃、エリア11のアッシュフォード学園では、本国のギネヴィアの離宮でそんなことになっているとも知らず、突然姿を消したルルーシュとロロの行方を追って、ヴィレッタ・ヌゥをはじめとした機密情報局のメンバーが右往左往しているのだった。

── The End




【INDEX】