治 世




 神聖ブリタニア帝国は第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアから、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとなってから変わった。
 何がかといえば、国是である。
 シャルルの時代は力が全てであり、弱肉強食を謳い、覇権主義、植民地主義だった。現にブリタニアの植民地── エリア── となった国は18ヵ国に上る。
 しかしルルーシュはそれらを否定し、ナンバーズ制度を廃止して、エリアの民もまたブリタニア人と同様の権利を有するものとした。
 そしてまた、エリアはナンバーで呼ばれていたが、それも廃し、元の国名をその名に州名として付けることとした。
 各エリアの総督にはそれまでの皇族ではなく、有能な選りすぐりの官僚が送り込まれ、新帝の政策を推し進めていく。
 そうして変化してゆくブリタニアに、けれど先帝のシャルルは何も口を挟むことなく、息子の治世を見守る姿勢を取った。故に宰相であるシャルルの第2皇子シュナイゼルをはじめとした皇族や貴族たちの殆どは、これは既定路線であり、それを考えての皇帝の交代だったのだと受け止めた。何しろルルーシュを己の次の皇帝とすべくその教育を行ってきたのはシャルル本人だったのだから。
 しかし全ての者がそれに納得したわけではない。
 その代表は、シャルルの元で、エリア11、現在のエリア日本州のテロ組織、黒の騎士団の指令であったゼロをシャルルに売って、その褒賞としてラウンズの地位を得た枢木スザクである。
 とはいえ、現在の彼は代替わりに伴い、ナンバーズの騎士は()らないとのルルーシュの一言によりラウンズの地位を追われ、今ではただの一騎士候であるに過ぎない。そして周囲からは、その騎士候の位すら、いつまで保持していられることやらと囁かれているのだが、そのようなことが噂されているなど、当の本人であるスザクは全く知る由もない。
 ましてやスザクはエリア11の出身、ナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人である。彼に同調する者はいない。
 唯一、スザクの味方といえる存在は、ルルーシュと母を同じくするナナリーである。
 何故そのような事態になったかといえば、八年前、シャルルの第5皇妃マリアンヌが暗殺された際、ナナリーも負傷して足の機能を麻痺させ、またその時のショックから失明してしまった。そんな状態で兄であるルルーシュと二人して、当時、既に緊張関係にあった日本に親善のための留学という名目の人質として送られ、その時の滞在先が首相枢木ゲンブ所縁の枢木神社であり、そこで知りあって友人となったのがゲンブの息子であったスザクなのである。
 ところが実態は異なっていた。
 ルルーシュは一人ブリタニアに残ってシャルルから己の後継者として英才教育を施されており、ナナリーと共に日本に渡ったルルーシュは彼の影武者だったのである。
 その影武者のルルーシュ自身も、己を第11皇子のルルーシュ・ヴィ・ブリタニア本人と思っていた。それはシャルルの記憶改竄によるものだったのだが、今はそれは余談である。
 彼は戦火の中をナナリーと共に生き延び、ヴィ家の後見だったアッシュフォード家に庇護された。そして長ずるに至り、ナナリーが望んだ“優しい世界”を手に入れるべく、絶対遵守というギアスを得たことをきっかけにテロリストのゼロとなり、黒の騎士団を結成してブリタニアに対して反乱の狼煙を上げたのだ。
 そんな中、当時エリア11の副総督であった元第3皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアは、イレブン── 日本人── とブリタニア人が平等に手を取り合って過ごすことの出来る“行政特区日本”の設立を宣言。しかしその式典の日に日本人虐殺を働き、特区は失敗、日本人はこれを契機にブラック・リベリオンと呼ばれる一斉蜂起に至った。
 そんな中、ユーフェミアの騎士であったスザクは、彼女を殺したゼロを追って捕まえ、皇帝シャルルの元に突き出したのである。ラウンズの地位と引き換えに。
 そして一年の時が過ぎ、スザクは真実を知った。己の幼馴染だった、己がゼロとしてシャルルに突き出したルルーシュが、実は彼の影武者だったことを。
 ナナリーはスザクからその事実を教えられ、愕然とした。自分は何故影武者を実の兄と信じ込んでいたのかと。何故、いくら目が見えなくなっていたとはいえ、疑うこともせずに過ごしていられたのかと。
 現在、ゼロがルルーシュの影武者であったことを知るのはスザクとナナリーの二人のみである。
 ラウンズの地位を取り上げられ、一騎士候に過ぎなくなったスザクは、誰からも、ラウンズ時代の同僚で比較的仲の良かったスリーのジノ・ヴァインベルグからも相手にされることはなく、招集により宮殿に参内しても、末席にただあるだけで発言権などないに等しく、彼を相手にするような者は誰一人としていなかった。
 その唯一の例外が、スザクと同じく影武者のことを知るナナリーなのである。しかしそのナナリーとて、第6皇女、第87位の皇位継承権を持ち、現在の皇帝であるルルーシュの実の妹でありながら、他の皇族や貴族たちからは殆ど無視された状態にあった。
 それはルルーシュのナナリーに対する態度によるところが大きい。
 目が見えなくなっていたとはいえ、すぐ傍にいたルルーシュが影武者であること、本来の兄ではないと見抜くこと、気付くことも出来ずにいたことをルルーシュは悲しんだ。所詮己はナナリーにとって実の兄かどうか見分けることも出来ない程度の軽い存在であったのかと。
 そしてルルーシュは早々にその悲しみを翻し、ナナリーに冷たく当たった。冷たく、というのは正しくはないかもしれない。ありていにいえば、無視したのである。
 実の兄である皇帝から無視される皇女。
 そんな皇女を他の皇族や貴族が気に掛けるわけがない。
 結果、ルルーシュの影武者の存在を知る幼馴染のスザクくらいしか、ナナリーの相手をしてくれる者が存在しないのである。
 スザクは思う。影武者だったルルーシュをゼロとして皇帝に突き出したりしなければ、その褒賞としてラウンズの地位を要求したりしなかったなら、事態は少しは変わっていたのだろうかと。
 ナナリーは思う。幾ら幼かったとはいえ、兄が兄ではないと気付くことが出来ていたら、今の本当の兄の態度は変わっていただろう、自分は変わらず兄の愛情を受けることが出来ただろうと。
 しかしいくらそう思ったところで、既に起きてしまったことはいまさら覆ることはない。
 スザクはただの騎士候の一人として、誰に構われることもなく貴族の末席にいるだけ、ナナリーは名のみの皇女として皇籍を保有するだけの存在でしかない。それが真実に気付くことの出来なかった己らの宿命と、ただ黙って受け入れることしか出来ないのだと、認めたくはなかったが、認めるしかないのだと、二人は諦め、現状を受け入れざるを得なかった。



 そんな二人を余所に、第99代皇帝ルルーシュの元、生まれ変わったブリタニアは世界の超大国として君臨し続ける。

── The End




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