フレイヤの嵐




 TV画面に映るのは、神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにある宮殿の、その中でも最も広い玉座の間と呼ばれる大広間で、そこは大勢の皇族や貴族、文武百官で埋め尽くされている。
 その一番奥にある玉座に座っているのは、20歳にも満たぬ艶のある漆黒の髪と、ロイヤル・パープルと呼ばれる紫電の瞳を持つ少年── ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。彼は父である第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを弑した自分が第99代の皇帝であると告げたばかりだ。
 そしてその脇に立つのは、シャルルの元でナイト・オブ・セブンであった枢木スザク。
 画面の中、「オール・ハイル・ルルーシュ」の声が響き渡っている。



「あの子は死ぬ気だね」
 自室に戻った青年── 金色の髪とルルーシュよりは幾分薄めの紫の瞳を持つ、ブリタニア帝国の元宰相であり、ルルーシュの異母兄(あに)でもあるシュナイゼル・エル・ブリタニアはそう告げた。
「それで、殿下はどうなさるおつもりですか?」
 シュナイゼルにそう尋ねたのは、彼の副官カノン・マルディーニである。
「決まっている。私が望むのはあの子の命だよ」



「え? お兄さまが、ゼロ?」
 シュナイゼルは今、異母妹(いもうと)のナナリーの部屋で彼女と二人で向かい合っていた。
 第2次トウキョウ決戦において使われたフレイヤの被害からナナリーを救い出していたシュナイゼルは、彼女を己の手元に庇護していた。ナナリーの生存を知る者は、今このカンボジアにいる者たちだけだ。
 そしてナナリーは自分が死んだことになっていることを知る由もなく、また総督という立場でありながらその責務を放棄したという自覚もなかった。ただ異母兄シュナイゼルの言う通りに、促されるままに今ここにある。
「ああ。そして彼にはギアスという異能がある」
「ギアス? それはどんな力ですか?」
「人の意思を捻じ曲げ、自分の思い通りにする力だ」
「そんな力をお兄さまが?」
 ナナリーの眉が寄せられた。
「そうだ。以前の“行政特区日本”でのユフィによる虐殺も、彼女がルルーシュの持つそのギアスという力によって操られた結果のものであることが今では分かっている」
「そ、そんな……」
 あの優しかった兄ルルーシュがテロリストのゼロ。その事実だけでもナナリーには重いことだったのに、さらにギアスなどという力のことが知れて、彼女は信じられないというように首を横に振った。
「あの優しかったお兄さまがそんなこと……」
「悲しいことだけれど事実だよ、ナナリー。先だって特使として訪れた黒の騎士団の旗艦である斑鳩における幹部たちとの会談でも、扇と言う幹部の一人がギアスのことを認めていた。ルルーシュはその力を使って、自分たちを騙し駒としていたのだと」
「そ、それでは黒の騎士団の皆さんも……?」
「ああ。少なくとも古参の幹部たちはそうだろうね」
 シュナイゼルの言葉に誘導されるように、ナナリーの中に答えが出てくる。
「信じられません、あのお兄さまがそんなふうになってしまわれたなんて」
 そう言葉にしながらも、ナナリーの中では既にシュナイゼルの言葉が真実のものとなっていた。
 優しかった兄のルルーシュは、ギアスという力を得て変わってしまったのだと。
 人の意思を捻じ曲げて自分の思い通りに操り、“行政特区日本”では自分にとっては異母姉(あね)になる異母妹(いもうと)のユーフェミアに日本人虐殺を犯させ、挙句、自らその命を奪った。そんな血も涙もない存在に変わってしまったのだと。
「わ、私はどうすれば……。私に何か出来ることはありませんか?」
 兄が変わってしまったならば、それを止めるのは自分の役目だと言うように、ナナリーはシュナイゼルに問うた。
「今の時点では、静観しているしかないね」
「でも……」
「まだダモクレスが完成していない今、ブリタニアを抑えたルルーシュに対抗する力がない。
 それにルルーシュがブリタニアを抑えたといっても、完全に全土を制圧し終えたわけではない。あの時、玉座の間にいた者が全てではないからね。ルルーシュが完全にブリタニアを掌握するにはまだ時間がかかるだろう。彼が本当に動き出すのはその時だ。そしてそれまでにはダモクレスも完成しているはず」
「それでは遅すぎはしませんか?」
「けれど、ダモクレスもない今の我々には対抗する手段がないのだよ。ダモクレスさえ完成すれば、いかようにもルルーシュと対抗することが出来る。我々の手元にはフレイヤもあるしね」
「フレイヤ……」
 その言葉にナナリーは一瞬震えた。第2次トウキョウ決戦で初めて使用されたブリタニアの新兵器。一瞬でトウキョウ租界に大きな被害を与えたというその兵器は、もう少しシュナイゼルの手が遅かったらナナリーの命も奪っていただろう。
「ルルーシュが最終的に何を目的にしているか分からない今、とりあえずはダモクレスの完成を待ちつつ、黙って見ているしかない。けれどルルーシュの目的が分かったらその時は、その内容によっては……」
「その時は、私がお兄さまを止めます。それがお兄さまの実の妹である私の役目です」
「分かってくれて嬉しいよ。君には辛い思いをさせてしまうことになるけれど」
「いいえ、いいえ、お兄さまが変わってしまわれたのなら、妹として私がそれを止めなければ。お兄さまがどんな野望をもって動いているのかは分かりませんけれど、少なくともお父さまを弑し、ギアスの力で皆さんの意思を捻じ曲げて皇帝の座に就くなど、許すことは出来ませんから」
「当面、ルルーシュはブリタニアを掌握することに忙殺されているだろう。その間に私は集められるだけの情報を集め、ダモクレスの完成を急がせる。ルルーシュが動いたらその時は頼んだよ、ナナリー」
「はい、シュナイゼルお異母兄(にい)さま」
 ナナリーが頷いたのを確認して、シュナイゼルは彼女の部屋を後にした。
 ああ、本当に素直ないい()だ。こちらの言うことを全て素直に信じてしまう。言葉一つでどうとでも動かすことの出来るいい駒だ。
 シュナイゼルは心の中でそうほくそ笑んでいた。



「ナナリー、ルルーシュが動いた」
 その日、ナナリーの部屋を訪れたシュナイゼルの第一声がそれだった。
「本当ですか?」
「ああ、超合集国連合に加盟するための評議会に出席するため、エリア11、日本を訪問するそうだ。そうなればブリタニアは手薄になる」
「ブリタニアが手薄にって、それでは、お兄さまは……」
「ああ、おそらく超合集国連合加盟というのは隠れ蓑で、実態は連合の代表たちをギアスで掌握し、ひいては世界を掌握することが目的だろう」
「世界を……」
 世界── その一言にナナリーは息を呑んだ。
「それで、私たちは、私はどうすれば……?」
「幸いダモクレスも先日完成なった。ルルーシュの動きを見据えながら我々も動く。
 その際には君に、君こそがブリタニアの第99代皇帝であるとして()ってもらいたい」
「私が皇帝、ですか? シュナイゼルお異母兄さまではなく……?」
「我々は君を全面に押し出す。その方が少しでもルルーシュに対する牽制になると思うし、世界に対しても、穏健派の君が出ることでブリタニアは変わると信じさせることが出来る」
「ブリタニアは変わる?」
「そうだ。ブリタニアは変わる。ダモクレスとフレイヤがある今、もう世界が相争うことはない。ルルーシュとの戦いがこの世界での最後の戦いになるだろう。その後は、世界はフレイヤの前に争うことなく平和が訪れる」
「平和が、つまりは、争いのない優しい世界が訪れるということですね?」
「そうだよ」
 ナナリーには分かっていない。フレイヤによる世界の支配がどういうものなのか。
 彼女ははフレイヤの力がどれ程のものか分かっていない。()えていないから、というのもあるだろうが、トウキョウ租界がたった一発のフレイヤでどれ程の被害を出したのか、伝聞でしか聞いておらず、正確な判断を持たなかった。そしてそんなフレイヤの恐怖に曝された世界が、本当に彼女の望むような優しい世界でなどあろうはずがないのに、ただ争いのない世界、イコール優しい世界と思い込み、勘違いし、そしてその勘違いに気付いていない。
「ルルーシュがトウキョウにいる間に、ペンドラゴンにフレイヤを投下する」
「えっ? ペンドラゴンにですか? それではペンドラゴンにいる皆さんは……」
「もちろん前もって避難勧告は出しておくよ。私としても無辜の民衆に無用な被害を与える気はないからね。けれど帝都にフレイヤを投下すれば、ブリタニアは中枢を失い混乱する。それはルルーシュの気勢を殺ぐことにも繋がる。それに第一、ルルーシュ側にはフレイヤに対抗する手段はないしね。だからペンドラゴンにフレイヤを投下することについて、君の許可が欲しい」
「わ、私の許可なんて……」
「言っただろう。君が第99代の皇帝だと。だから皇帝たる君の許可が欲しいのだよ」
「帝都の皆さんはきちんと避難させるのですよね?」
 ナナリーは再度確認し、シュナイゼルは彼女には見えていないのを承知で頷いた。
「もちろんだよ」
「それならば、お兄さまとの戦いを有利に進めるためにも、シュナイゼルお異母兄さまが良いと思われる手段を講じてください」
「ああ。黒の騎士団も我々に協力してくれることになった。君を騙し嘘をつき、多くの人々をギアスという異能でその意思を奪って操り、世界を己のものとしようとする野望を抱くルルーシュと、その片棒を担ぐ枢木スザクに鉄槌を」
「はい、シュナイゼルお異母兄さま」
 そんな異母兄妹の遣り取りを、カノンはシュナイゼルの後ろで黙って笑みを浮かべながら見つめていた。



 さあ、ルルーシュ。これが私から君への贈りものだ。
 帝都ペンドラゴンへのフレイヤの投下。それによって引き起こされる史上最大の大量虐殺。これ程の悪逆非道な非人道的な行為を、一体何処の誰が許すことが出来るだろう。誰も出来やしない。
 そしてそれに対抗し得るのは君しかいない。
 私自身を含めて、君の覇道の邪魔になる者は全て私が排除しよう。
 だから馬鹿な考えは止めて、君が世界にただ一人の皇帝として君臨するがいい。そしてその時こそ、この世に君が望む“優しい世界”を創り出しなさい。

── The End




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