ルルーシュがエリア11で見つかりシュナイゼルの宮に引き取られてからこちら、ナナリーは一度として兄ルルーシュに会うことが叶わなかった。
最初に先触れもなしに訪れた時は、先にお約束を取ってからいらしてくださいと侍従に追い返された。二度目、約束を取ろうと連絡を入れたが、侍従によって断られた。予定が入っているからという理由で。そしてその予定については教えてもらえなかった。三度目、ついに侍従から、シュナイゼルからナナリーの訪問は断るように言い付かっていると言われてしまった。ここに至って、漸くナナリーは、シュナイゼルは自分とルルーシュを会わせる気がないのだと気が付いた。
自分はルルーシュと母を同じくする彼の唯一の実妹であり、数多いる異母兄弟姉妹とは異なる。なのに何故シュナイゼルは、自分がルルーシュと会うのを駄目だというのか分からず悩んだ。
しかしナナリーにはそれを相談するような相手は存在しなかった。彼女は皇室に戻った当初は父である皇帝シャルルから大切に扱われていたが、ルルーシュが帰国して来て以来、それもなくなった。後見たる貴族もいない彼女は、皇帝の庇護がなくなった今、相談出来るような相手もなく、皇室の中では疎外されていた。とはいえ、ナナリー自身、自分が疎外されているとはあまり感じてはいなかった。目と足が不自由なことから必然的に離宮に籠りがちになってしまうナナリーは、どうしても周囲に疎くなってしまう。故に疎外されていることとにすら本当の意味で気がついていない。ただ相談出来る相手がいないということで、何故、という疑問が浮上するだけだ。だがその要因の一つが、何よりも自分が離宮に籠りがちで、外に出ようとしないことにあるという事実には思い至らない。
そんなふうにしてどうしたらよいのかと考えあぐねていた日々のある日、ナイト・オブ・セブンとなっているスザクがアリエスにナナリーを訪ねて来た。いつもの如く前もっての連絡もなく、突然の訪問である。これが他の皇族だったなら、いかに皇帝のラウンズといえど、所詮は臣下に過ぎず、前もって約束を取り付けるのが筋と怒るところだが、ナナリーはスザクの突然の訪問をこれまた常のように喜んで出迎えた。アリエスに務める侍従侍女たちが眉を顰めていることには一切気付くことなく。
「久し振りだね、ナナリー。急なことでどうかと思ったけど、たまたま時間が空いたものだから、それで訪ねさせてもらったよ」
スザクのその言葉に、ちょうど紅茶のカップをテーブルの上に置こうとした侍女の手が一瞬止まった。
いかに臣下としては帝国最高位の騎士たるラウンズとはいえ、所詮は臣下。その臣下の身でありながら、いくら皇位継承権が低かろうと、仮にも皇女であるナナリーを呼び捨てにするとは、一体自分を何様だと思っているのかとその侍女は思ったが、それは本当に一瞬のことで、相手に不自然に思われることもなくカップはテーブルの上に置かれた。
「訪ねて来てくださって嬉しいです、スザクさん」
部屋を下がろうとした侍女はそこでもまた一瞬動きを止めた。
臣下が皇女を呼び捨てで、皇女が臣下をさん付けである。おかしいこと甚だしい。許されざることだ。だがナナリーはそれを不自然には思っていないらしい。流石は庶民腹の皇女、ましてや皇室で育ったのは7歳になるかならぬかまで、その後はエリアとなる前の日本に送られ、以来市井に暮らしてきただけのことはある。そういえば、前にスザクが訪ねて来た時もそうだったと思い出しながら、皇室の、皇族の在り方を理解していないのだと、侍女はそう考え、何事もなかったかのように部屋を下がった。
本来、仕えるべき皇族のことは見ざる聞かざる言わざるであるが、このアリエスではナナリーは侍従や侍女たちからもすっかり侮られている。仕え甲斐のない皇女であると。そして彼らは嘆くのだ、どうしてこの宮への配属となったのかと。
そんなことになっているとは知らず、ナナリーとスザクは会話を進めていた。
「あれからルルーシュとは会ったかい?」
「いいえ、それが一度も。再会した翌日に尋ねたのですけど、その時は約束がないといって断られ、その後は、約束を取ろうと連絡を入れてもシュナイゼルお異母兄さまの宮の侍従から、私の訪問は一切断るようにお異母兄さまから申し付かっていると言われてしまいました。ですから一度も会えていないんです。スザクさんはどうですか?」
「そうか。それはちょっとおかしいね。僕は職務で出ていることが多いからまだ会えていないのは仕方ないけど、君がそんな状態におかれているとは思わなかったよ」
「このこと、相談出来る方もいなくて、私、お兄さまにお会いしたいのに、一体どうしたらいいのかと……」
「そうだね」
スザクにとってルルーシュは幼馴染の友人ではあるが、今はそれ以上に、ユーフェミアを殺した憎い仇のゼロだ。しかしナナリーにとってはルルーシュはたった一人の大切な実兄であり、会えないと嘆く彼女の状態を何とかしてやりたいと考える。
「この際、ルルーシュではなく直接シュナイゼル殿下に話をしてみるのはどうかな?」
「シュナイゼルお異母兄さまに、ですか?」
「そう。離宮が駄目なら宰相府の方に連絡を入れて」
「ああ、そうですね。そういう手がありましたね」
ナナリーはいい案だと両手を合わせて喜んだ。
「明日にでも早速宰相府に連絡を入れてみます」
「僕の方でも、何とか君がルルーシュに会えないか、他の方法を考えてみるよ。僕も相談出来る相手っていったらロイドさんくらいしかいないし、そのロイドさんとも最近はなんだか縁遠くなっちゃってるんだけどね」
そう言って、スザクは何気なく肩を竦めた。
「ロイドさんて、アスプルンド伯爵ですよね、シュナイゼルお異母兄さまのご友人の」
「そう。以前僕がいた特派の主任で、今はルルーシュの騎士だよ。だからそっちの方からルルーシュに連絡を取れないか、話してみるよ」
「是非お願いします、スザクさん。ああ、今日は本当に助かりました。私一人では一体どうしたらいいのか分からなくて、ずっと悩んでたんです」
その後、一旦はその話は打ち切られ、二人は世間話や子供の頃の話、エリア11のアッシュフォード学園にいた頃の話などに花を咲かせて、スザクは2時間程で帰っていった。
侍従や侍女たちがナナリーとスザクをどう見ているのか、全く気にもせずに。
翌日、宰相府ではシュナイゼルとその副官のカノン、そしてルルーシュと彼の騎士となったロイドが揃っていた。
「要は、如何に父上に退いていただくかだね」
「一番早いのは、盛ること、かなぁ」
何をか、といえば、もちろん毒である。
「殿下なら入手は楽でしょ?」
そのロイドの問い掛けに、シュナイゼルはフッと軽い笑みを返すに留めた。
「ただ毒見役がいるからね、そう思った程簡単ではないよ」
「あら、その人物をこちらに引き入れてしまえば簡単ではありませんか。ルルーシュ殿下がいらっしゃるのですし」
カノンはこともなさげにそう告げた。
「ああそうか、そうだね、その手があったか」
うっかり忘れていたというようにシュナイゼルが鷹揚に頷いた時、執務机の上に置かれた電話が鳴った。それにすかさずカノンが受話器を取る。
「はい」
『ナナリー皇女殿下が、シュナイゼル閣下にお目にかかりたいとおみえですが』
「閣下は執務中でお忙しいお立場です。お帰りいただいて」
『畏まりました』
遣り取りが聞こえていた他の三人は揃って溜息を零した。
「あの娘は駄目だね。皇族としての立ち居振る舞いが出来ていない。市井にいたのが長かったからといって、それは言い訳にはならない。己の立場を弁えた振る舞いをしなければならないのに、その努力をしているふうにも見えない」
「……そうですね。アリエスに務める侍従や侍女たちからも、あまり芳しい話は聞こえてきません。
前にもあったそうですが、昨日、スザクがナナリーを突然訪問して来て、しかも皇女であるナナリーを呼び捨てにしていたと、そんな話が回ってきているような状態ですからね」
実の妹のことでありながら、臣下に呼び捨てにされるのを許しているという、市井にいた時と同様のまま、皇族としての立場を考えない妹に失望したという態でルルーシュは告げた。浚われるようにして戻った皇室とはいえ、皇族なら皇族らしくあるべきなのに、何故それが出来ないのか、しようと努力しないのかと。
「スザク君と言えば、実は昨日の夕方、僕のところに連絡がありましてねぇ」
「スザクから?」
「「ナナリーがルルーシュに会いたがってるんですけど、何とかなりませんか」ってさ。スザク君も自分の立場を弁えていないねぇ。この前、もう立場が違うんだって言ったばかりなのにさぁ」
「所詮ナンバーズですもの、仕方ありませんわ」
「スザクは理解ってないんですよ。このブリタニアを内から変えるんだって息巻いてましたからね。専制主義国家であるブリタニアで、一臣下に過ぎない身で何が出来るか、何も理解っていない」
「理解っていない者同士で何が出来るというのか、教えてほしいものだね」
そう言葉にのせて、シュナイゼルは口元に皮肉気な笑みを浮かべた。
「ともかく、C.C.の存在もありますし、彼女がここにいることがバレる前になるべく早く対応した方がいいでしょうね。余計な時間を取りすぎて、嚮団のV.V.とかいう人物に出てこられても困る」
「そうだね、早いに越したことはない。父上のギアスのことが分かっている以上、下手に人を使うことも出来ないし、やはり盛るのが一番だろう。カノン、手配を頼むよ」
「畏まりましたわ。出来るだけ無味無臭のものを」
「細かいことは任せるよ」
「はい」
「父上のことが済んだら後は君だ、ルルーシュ」
シュナイゼルはカノンに向けていた視線を、自分の正面に座るルルーシュに向けた。
「本当に俺でいいんですか?」
「もちろん。そのために君を私の手元に連れ戻したんだからね。それに、今まで帝国宰相としてあった私よりは、君の方が手垢が付いていない分、ブリタニアが変わったことを世界に示しやすい。
君を推すことについては私が付いているから、そうそう誰も手出しは出来ないだろうし、その点も安心していい」
「異母兄上」
「言っただろう、全ては君のためにと」
そうして皇位簒奪のための手段が、シュナイゼルを中心に内密に進められていく。
当の皇帝は、息子たちがそんなことを考えているとも知らず、ましてやルルーシュの記憶が戻っているなどということには思いも至らず、己の目的を果たすべく、今日も政を宰相であるシュナイゼルに任せ、黄昏の間に籠ってアーカーシャの剣を完成させるべく余念がない。
── The End
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