「異母兄上、いえ、陛下」
そう言って、皇帝執務室に入って来たのはリ家の末の息子、ルルーシュには異母弟にあたる第15皇子のクリスチャンだった。
「僕にも何かお手伝い出来ることはありませんか? 何でもいいんです、是非やらせてください」
クリスチャンはルルーシュがギアスを遣って皇帝即位を宣言した際、玉座の間にはいなかった。まだ社交界デビュー前であり、公務に携われる年齢でもなく、従って必然的に玉座の間にはいなかったのだ。
その存在がこうして自らルルーシュを手伝いたいと訪ねて来たことに、いささか疑問を感じるが、その瞳は真摯であり、ルルーシュを見つめるその眼差しには憧れに似たものが感じられた。
「先日、母上が後宮を辞される前に陛下にお会いした後、僕に仰られました。僕には是非とも陛下のお力になるようにと。僕はまだ大したことは出来ないかもしれませんが、少しでも異母兄上のお力になりたいんです!」
クリスチャンのその言葉に、ルルーシュは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「嬉しいことを言ってくれるな。だがまずは勉強が第一だ。私を手伝えるような力を身に付けることが、今のおまえがすべきことだ」
「まだ僕には異母兄上のお手伝いをするのは早いということですね?」
少ししょんぼりしてそう答えるクリスチャンに、ルルーシュは笑みを深くした。
「おまえの気持ちは嬉しい。だからこそ、勉学に励み、為政者となるに相応しい力をつけてほしい」
「分かりました。でも異母兄上、いえ、陛下、時々こうして陛下を訪ねてもよろしいですか? 陛下のなさりようを拝見するのも勉強になるかと思います」
気を取り直したように告げるクリスチャンに、ルルーシュは鷹揚に頷いた。
「いつでも、と気軽には言えぬが、時が許す限りはよいだろう。だが、まずは先程言ったように勉学に励むのが第一だ、それを忘れるなよ」
「はい! では今日はこれで失礼します」
そう言ってクリスチャンは執務室を退室していった。
クリスチャンにすれば、異母兄のルルーシュは憧れの対象である。
力が全てと言われたブリタニアで、その力で自分にとっても父であるシャルルを倒して皆を従わせて皇帝となり、その父の治世を否定して、次々とドラスティックな改革を行っている。
ルルーシュが行っているそれは、クリスチャンも考えていたことに近い。
弱肉強食を国是とするブリタニアにおいては間違った考えだと承知はしていたが、それでも強者が弱者を虐げるのは何処かおかしいと思っていたのだ。弱者は強者が虐げるものではなく守るべきものなのではないかと、クリスチャンはそう考えていた。それは今は亡き姉のユーフェミアが飼っていた、小動物に対して向けていた愛情から感じ取っていたことで、必ずしも人間同士のそれに当てはまるものとは限らないと思いつつも、弱者は守るべきもの、そうでなければ弱いものは生きていけないのだとそう思っていた。
そしてルルーシュはそれを実践している。その美しい容貌はもちろんのこと、僅か18歳にしてそれらの改革を成し遂げていくルルーシュに憧れを抱くなというほうが無理だ。捻くれた者ならば、嫉妬したかもしれないが、それをするにはクリスチャンは素直すぎた。そのあたりは姉のユーフェミアに似ているかもしれない。
そんな末息子を見て、母であるアダレイドは彼がルルーシュの力となることでリ家の、そして実家であるロセッティ家のためになるのではないかと、クリスチャンにルルーシュの力となるようにと言い残して離宮を去ったのだ。
それからというもの、勉強の合間をぬっては、そして皇帝たるルルーシュの邪魔にならぬ範囲で、ルルーシュの元を訪れ、教えを乞うクリスチャンの姿がよく見られるようになった。
そんな中、ルルーシュがエリア11、今や中立地帯となっているといっていいエリア11── 日本── のトウキョウ租界を訪れた際にその凶報は届けられた。
ブリタニアの帝都ペンドラゴンに、大量破壊兵器フレイヤが投下されたのだ。
実妹であるナナリーの生存を確認出来て嬉しいと思う一方で、ナナリーがシュナイゼルに上手く丸め込まれ、シュナイゼルの言葉を一方的に信じ込んで、実兄であるルルーシュの言葉を一つも信用することなく、否、聞こうともせずに、シュナイゼルのペンドラゴンの民は避難させたとの虚言を信じ込み、ルルーシュを敵と言い放ったその態度に、ナナリーの為政者としての自覚のなさに失望もした。
そして同時に、ペンドラゴンが消失したことで、自分を慕ってくれるようになっていた異母弟のクリスチャンをも失ってしまったことに悲しみを覚えたのだが、それは杞憂に済んだ。
そのクリスチャンから、ルルーシュ宛にアヴァロンに通信が入ったのだ。
「無事だったのか、クリス!」
『はい、異母兄上。丁度母上のおられる領地の本宅を訪ねた帰りで、ペンドラゴンにはいなかったのです。今は旧帝都のヴラニクスにある宮殿から通信しているところです』
「そうか、無事だったのだな、良かった」
自分を守って死んでいったロロのように、クリスまで失ってしまったのかと思ったルルーシュは心底安堵した。
「クリス、私はこれから一旦そちらに戻るが、ペンドラゴンが消滅してしまった以上、今おまえがいる旧帝都ヴラニクスを改めて帝都として、今後の国内外の処理にあたる。シュナイゼルたちとの対決もある。残念なことにその中にはおまえの姉であるコーネリアも含まれるが……」
クリスチャンを気遣うようなルルーシュの言葉の最後に、彼は首を横に振った。
『いいえ、どうかお気になさいませんよう。姉上は、こともあろうに自国の帝都であるペンドラゴンにフレイヤを落とし、そこに住む億に達する民衆を虐殺したのです。これは万死に値します。それよりも異母兄上の方こそ、実の妹であるナナリーを相手にしなければならないのですから、僕のことなどどうかお気になさいませんよう』
クリスチャンなりにルルーシュを気遣ってのことだろう。その言葉に、ルルーシュはロロを思い浮かべた。黒の騎士団に裏切られたルルーシュを、己の命を懸けて救ってくれた血の繋がらぬ弟を。
「クリス、まだ年若いおまえには大きな負担だろうが、可能な限り、ヴラニクスに首都機能を復活させるように尽力せよ、私も可能な限り早くそちらに戻る」
『はい、異母兄上、いえ、陛下! ご期待に添えるように頑張ります!』
ルルーシュの言葉に、自分に寄せられた言葉に感激したように、クリスチャンは目を輝かせて頷いた。そこには実姉であるコーネリアと敵対することになるのだとういうことは抜けていた。齢が離れ、どちらかといえば弟である自分よりもユーフェミアを慈しんでいた留守がちの姉よりも、今は身近にあってあれこれと色々なことを教えてくれる異母兄であるルルーシュのほうが、クリスチャンにとってはより身近な存在だった。そしてたとえ少しであってもそのルルーシュの役に立つことが出来る、それがクリスチャンにとっては何よりも嬉しかった。
ペンドラゴンが失われたことで、皇族はその殆どが死亡した。生き延びたのはたまたまペンドラゴンを離れていた極一握りの者たちだけだ。
本国に帰国しヴラニクスに降り立ったルルーシュは、そうして生き延びた皇族たちをヴラニクスに呼び寄せ、また国内各地から優秀な官僚を呼び集めた。
幸い、ペンドラゴンに集積されていた各種データは、ルルーシュが皇帝に就任して以降、シュナイゼルがフレイヤを持ったまま行方を眩ませていることから、万一のことを考えて国内数ヵ所に分散して同じデータを保管していた。後はそれを処理する役人、官僚と、ペンドラゴンにいて失われた軍人の確保だ。
ルルーシュは矢継ぎ早に指示を飛ばし、ヴラニクスを帝都としてその首都機能をあっという間に再構築してしまった。もちろん人的な部分においてはまだまだ足りぬものであったが、それも時間の問題だろう。
そんなルルーシュに対して、クリスチャンは凄いと思うと同時に、より憧れの念を強くした。
「母上、異母兄上はやっぱり凄い方です」
ある日の夜、クリスチャンはロセッティ家の本宅にいる母アダレイドと連絡を取った。
「あっという間にヴラニクスに首都機能を再現されました」
『そこまでとは、さすがは陛下だけのことはあるのう』
「はい」
『これからも陛下のお傍にあってそのお力になりや。それがこのリ家、妾の実家であるロセッティ家の、そして何よりもそなたのためになることじゃ』
「はい、母上。異母兄上のお傍で色々と勉強させていただきながら、少しでも異母兄上のお力になれるよう努力いたします」
『頼もしい言葉じゃ。そなたの姉たち二人は妾の期待を見事に裏切ってくれた。ユーフェミアは虐殺皇女と呼ばれて死亡し、コーネリアに至っては今では国賊じゃ。その分もそなたが頑張ってリ家をもりかえしてたもれ』
「はい、必ずや」
通信モニターの向こうにいる母アダレイドに、クリスチャンは力強く答えた。母の言う通り、自分が憧れ尊敬する対象である、皇帝であり異母兄たるルルーシュの力となることを誓って。
── The End
|