優しい嘘




 世界を征服した“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロの剣の前に倒れてより一年。世界を覆ったのは、無秩序という名の嵐だった。
 ことにそれが顕著なのは、黒の騎士団において事務総長という立場にあった扇要を初代首相とした、合衆国日本だった。
 黒の騎士団の古参の幹部として、名だけは高く、そのおかげで首相の座にまで登りつめた男。
 しかしそれが名のみであり、首相たるに相応しい実力は何ら持っていないことが周知のこととなるのは早かった。
 それでも黒の騎士団CEOであるゼロの意見を聞き入れていたなら、まだもう少しうまくいっていただろう。だが扇は、「君の言うことは信用出来ない」とゼロの進言を聞き入れることはなかった。結果訪れたのは、政治腐敗と賄賂の横行、所得税を始めとする様々な税の増税である。
 第2次トウキョウ決戦の際に投下されたフレイヤにより壊滅した租界の復興は、フジ決戦終了後、ルルーシュが殺される前までに急ピッチで進められ、寸断されたライフラインも修繕されていた。しかしルルーシュの死後、首相となった扇はゼロの言葉を聞き入れることなく、ブリタニア人に対する差別発言を繰り返し、言葉だけではなくそれが日本人の行動にも表れるようになり、それが原因でブリタニア人たちが相次いで日本を脱出してブリタニア本国に戻ったために、極端な税収不足となり、結果、増税となったのである。
 それでなくてもエリア時代の荒れたままの状態の日本返還で、かつてのゲットーの整備などに金がかかるところにもってきて、税の殆どを負担していたといっていいブリタニア人たちが去り、そのツケが日本人たちに厚く伸しかかってきたのである。
 しかしそれは何も日本だけに限ったことではなかった。ただ日本の荒れ様が他よりも酷過ぎただけだ。
 本来ならゆっくりと復興状況と照らし合わせながら返還されるはずだったブリタニアのエリアは、各国の亡命政権の要望により、合衆国ブリタニアの代表となったナナリーによって、その復興状況を確認することなく返還された。荒れたままに返還された各国と、既にブリタニアとの戦争に疲弊していた国々。世界が荒れたのもむべなるかなである。
 世界中で人々は思う。こんなはずではなかったと。ルルーシュの死によって、世界は話し合いによって平和理に運営され、ブリタニアというたった一つの超大国による支配が終わり、平等な世界が齎されると思われていた。だが実態は激しく異なる。
 対ブリタニア戦争は終結したが、今度は各国間同士での紛争が始まったのだ。ブリタニアの支配によって押さえつけられていた民族間同士の、領土の所有権を巡っての、あるいは宗教を巡っての、その他、様々なことを要因とした争い、時に大規模なテロ行為が世界のあちこちで起こっている。
 こんな状態になると分かっていれば、たとえどれ程に“悪逆”と言われようと、ルルーシュの支配下にあった方が世界は一つに纏まっていたのではないか。政治学者の中にはそのように考える者もいた。



 その日、合衆国ブリタニアの新首都ヴラニクスの下町にある小さなレストランで、一組の男女がテーブルを挟んでいた。
「結局、私たちだけになっちゃったのねー」
「そうですね、会長」
 それはかつてトウキョウ租界に設立されていた、私立アッシュフォード学園高等部の生徒会長だったミレイ・アッシュフォードと、生徒会役員の一人だったリヴァル・カルデモンドだった。
 ニーナ・アインシュタインはブラック・リベリオン後本国に戻り、一時、フレイヤの件からアッシュフォード学園に戻って隠れていたが、ブリタニア軍に身柄を押さえられて以後、会えていない。シャーリーは第2次トウキョウ決戦以前に死んだ。ロロは戻らず、ロロの兄であり生徒会副会長だったルルーシュは、ブリタニア皇帝として登極し、フジ決戦の後の戦勝パレードでゼロの手にかかって命を散らした。その後、黒の騎士団のエースパイロットであったカレンが紅月カレンとして復学したが、その後の日本の状況から、アッシュフォードは日本からの撤退を余儀なくされた。カレンはルルーシュを倒すのは自分だといい、復学したカレンはそのための彼女のKMFのキィを自慢げに首から下げていた。イレブンからは彼女は英雄として扱われていたが、アッシュフォード学園の中では違った。何故ならそこにいたのはブリタニア人ばかりであったからである。けれど日を重ねるごとに生徒たちは学園を去っていった。カレンを憎々しげに見つめながら。カレンは生徒たちのそんな視線に気付くことなく毎日を謳歌していたが、やがてアッシュフォードの日本からの撤退が決まり、必然的にカレンは日本にそのまま残り、リヴァルだけが最後まで生徒会役員の一人として残り、全ての処理を終えて日本から去ったのである。
 先に卒業しブリタニア本国でフリーのキャスターとして活躍を始めていたミレイに、本国に戻ったリヴァルが連絡を取り、以来、時々二人だけで会うようになっていた。会えば出てくるのは楽しかった思い出と、ルルーシュの理解出来ない行動についてだった。二人ともルルーシュが皇族であったことも知らなかったのだ。
 そして今日もまた、いつもの愚痴が口を出そうになった時、テーブルに一つの影が落ちた。
「久し振り、ミレイちゃん、リヴァル君」
 それはニーナ・アインシュタインだった。
「「ニーナ」」
 二人の声がハモった。
「二人に話をしたいっていう人がいて、出来ればこれから一緒に来てほしいの」
「私たちに?」
「ええ。特にミレイちゃんには協力してほしいことがあって」
 二人は顔を見合わせた後、ニーナの申し出を受け入れて一緒にレストランを出た。
 ニーナが二人を案内したのは、レストランから然程離れていないところにある小さな教会だった。
 正面の扉を開いて中に入ると、そこには数人の男女がいた。男の内の一人は、ルルーシュの筆頭騎士として名を馳せたジェレミア・ゴットバルトであり、もう一人は、一時期ミレイの婚約者だったロイド・アスプルンドだった。女性は、一人は日本人の篠崎咲世子、いま一人はミレイの記憶に違いがなければロイドの副官だった女性だ。そして残る一人、ライトグリーンの髪と琥珀色の瞳を持つ見知らぬ少女。
「ニーナ、よく連れて来てくれた」
 最初にそう口を開いたのは、その見知らぬ少女だった。
「ジェレミア」
 少女がジェレミアの名を呼ぶと、ジェレミアは一歩前に踏み出し、ミレイとリヴァルが「何?」と思った一瞬、ジェレミアの片方の瞳が煌めいた。
「な、何、これ!?」
「何だよ、こんな、こんなこと、俺は……」
 ジェレミアが二人に対してギアス・キャンセラーを使用したのである。二人は頭を抱えて蹲った。
 ミレイの頬を涙が伝っていた。
「ルルーシュ様……」
 そんな二人に向けて少女が両腕を伸ばしてきた。
「何をする気だ!?」
 思わずリヴァルが叫んだが、二人は少女の両手にそれぞれ片腕を持たれた。
 そして二人の脳に一気に流れて混んでくるものがあった。
 やがて二人から手を離した少女が名を名乗った。
「私の名はC.C.。ルルーシュの唯一の共犯者たる魔女。今おまえたちが実感したものはルルーシュの記憶」
 C.C.が二人に実感させたのは、C.C.がルルーシュと契約を交わして以降のルルーシュの全てだった。
 ナナリーの望みを叶えるために仮面のテロリスト── ゼロ── となったルルーシュ。しかしナナリーを浚われてスザクに捕らわれシャルルに売られた。
 その後、記憶を改竄され24時間の監視体制下におかれ、C.C.を釣るための餌とされた。
 記憶を取り戻して再びゼロとなり、総督として赴任してきた妹のナナリーとの対立を避けるためにルルーシュは中華連邦の蓬莱島に身を退()いた。
 続く戦い、そして結成された超合集国連合。
 第2次トウキョウ決戦でのスザクによるフレイヤの投下、それに続く黒の騎士団幹部たちの裏切り。ルルーシュを命懸けで守って死んでいったロロ。
 神根島での父シャルルとの対決、そこで知らされた両親の真実と、ルルーシュの願い。
 その後のルルーシュとスザクの軌跡。
 記憶はルルーシュの死で終わっていた。満足そうに全てを受け入れて死んだ、ルルーシュの微笑みを浮かべた貌で。
「馬鹿ね、ルルちゃん……」
 ミレイは眦に涙を浮かべながら呟いた。
「馬鹿だよ、あいつ」
「じゃあ、今のゼロはスザク君?」
「そうだ」
「ニーナは私に協力して欲しいことがあると言っていたけれど、それは何?」
「今おまえたちが知った事実、ゼロ・レクイエムの公表」
 ミレイの問いにC.C.はそう答えた。
「でもそれは、あいつの望んだことじゃないだろう?」
 リヴァルの疑問にそこにいたミレイを除く全員が頷いた。
「これは私たちの願い、望みだ。世界はルルーシュが望んだようにはならなかった。ゼロ・レクイエムは失敗した。だが英雄と持て囃された者たちは、今もなお英雄面で闊歩している。ペンドラゴンにフレイヤを投下し、フジ決戦でも躊躇いなくフレイヤを撃ち続けたナナリーは、いまだ聖女扱いだ。吐き気がする。
 それでも、世界がルルーシュの望んだような世界になってくれていたなら、こんなことを考えはしなかった。だが現実はどうだ? 僅か18歳に過ぎなかったルルーシュの命の上に築かれた今の世界の在り様なんだ!? 何のためにルルーシュは死んだ!? そして何故あいつを裏切り死に追い込んだ奴らは我が物顔をしている! 私たちはそれが許せない。世界を変えることは出来なかった。ならばせめて、ルルーシュを死に至らしめた者たちに復讐を! そして世界に真実を。ルルーシュは“悪逆皇帝”などではなく、あいつこそが他の誰よりも世界の平和を望んでいたことを知らしめたい。
 だから報道キャスターであるおまえの力を貸りようと考えたんだ、ミレイ・アッシュフォード」
「正直なところ、私、今でもユーフェミア様を殺したゼロだったルルーシュ君が憎い。でも、それと同じ位に、あんなふうに死んでいったルルーシュ君が、誰にも何も理解されずに“悪逆皇帝”と罵られ続けているのが辛い。だからお願い、ミレイちゃん、力を貸して」
 両手を胸の前で合わせてミレイに頼み込むニーナの姿に、そしてそこにいる人々の真剣な眼差しに、ミレイは頷いた。
「分かったわ。どうやるのが一番いいのかその方法は今はまだ分からないけれど、ルルちゃんの真実の姿を世界の人々に知ってもらいましょう。もしかしたらそれがきっかけになって、世界はいい方向に動いてくれるかもしれないし」
 ミレイのその言葉に、その場にいた者たちの顔に微笑みが浮かんだ。



 それから数ヵ月後。世界中のTVやネットがジャックされた。
 最初に映し出されたのは、ゼロに剣で胸を刺され、けれどそれを満足そうに受け入れているルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの貌だった。続いて、かつての黒の騎士団の旗艦“斑鳩”の4番倉庫での映像が流れた。
 そこで世界の人々は知った。ルルーシュこそが真のゼロであったことを。
 それからさらに続く内容に、人々は息を呑んだ。
 ゼロを裏切った黒の騎士団幹部たち、ブリタニアの帝都にフレイヤを投下して億にのぼらんとする人々を虐殺してのけた、今は聖女と呼ばれている少女。
 ルルーシュこそが誰よりも世界の平和を望み、人柱となって死んでいったことを人々は知った。
 そんな人々の悲しみや怒りは、最初はルルーシュを“悪逆皇帝”と呼んでいた自分に、そしてやがて彼をそのように追い詰めていった者たちに辿りついた。
 そして“悪逆皇帝”という嘘をついて死んでいった少年のために、世界のあちこちで人々が()ち上がった。今度こそ、誰に頼るのでもなく、自分たちの力で、彼が望んだ世界を手に入れるために。



 さらに数ヵ月後、代表が変わったばかりの合衆国ブリタニアの首都ヴラニクスの片隅にある小さな教会で、幾人もの男女がシャンパングラスを掲げていた。
 自分たちの願いが叶ったこと、叶いつつあることを祝して。

── The End




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