ナナリーは皇室に戻ってからの日々、あまりにも以前の記憶の中にある自分に対する待遇と、現在の待遇の差に、どうして、と疑問を持っていた。
確かに、以前と違う行いをしたのだから、多少の差は出てきてもおかしくはない。けれど自分に対する対応はあまりにも違い過ぎる。
兄であるルルーシュはその才を見出され、帝国宰相である異母兄シュナイゼルの補佐となって頭角を現している。そして上位皇族たちに、その美貌と才能ゆえに愛されている。日々、忙しい仕事の合間を縫っては異母兄や異母姉、あるいは異母妹たちの催す茶会や夜会などに招待されている。
それに対して自分はどうだろう。かつてはあれ程父である皇帝から大切にされていたというのに。現在の自分は誰に呼ばれることもなく、父に構ってもらうこともなく、もちろん願いを聞き届けてもらうなどもってのほかの状態で、離宮に籠りきりの日々を送っている。
いつかそれとなくルルーシュに話したことがあった。
もっと自分の傍にいてほしい、他の皇族の茶会などに出席する際には自分も連れていってほしいと。
だがその願いに返ってきたのはルルーシュの呆れたような溜息だった。
「いまさら何を言っているんだ、ナナリー。皇室に戻ればおまえは身体障害を抱えた弱者でしか有り得ない、利用されて終わるだけだと、エリアにいた時に何度も言っていたはずだ。
それを皇室に戻るのを望んだのはおまえじゃないか。結局おまえは俺の言うことを何も分かっていなかったんだね」
「だって、だってそんなはずありませんでした! 私にはもう一つの記憶があって、その記憶の中では、皇室に戻った私はお父さまに大切にされ、エリア11の総督になりたいという願いも叶えていただきました! それが、どうして今は……」
「……おまえの言う記憶とやらがどういうものかは分からないが、夢でも見ていたんじゃないのか? 俺は最初から言っていたはずだ、皇室に戻っても良いことなど何もないと、それこそ何度も。だから母の後見だったアッシュフォードの好意によって、彼らに匿ってもらっているのだと。結局おまえは本当のところを何一つ理解していなかったようだが」
「そんな……」
全てを見越して皇室に戻ろうとしなかったルルーシュと、自分の中にある記憶のままに、皇室に戻っても何の問題もないと思い込んで、進んで皇室に戻ろうとしたナナリー。
実際に皇室に戻ってみれば、ルルーシュは今や政治の中枢にあり、ナナリーは離宮に引き籠った日々を過ごしている。そしてそんなナナリーに対して、他の皇族や貴族たちからは嘲笑と非難が起きている。
皇族でありながら、何の役目も果たそうとしない、何も身に付けようとせず、ただ離宮に籠っているだけの役立たずと。
そんな噂は籠りきりの日々を過ごしているナナリーの耳にも、侍女の陰口から入っていた。離宮の中ですら、ナナリーは侍従や侍女たちから、表面的には皇族として大切そうにされていても、影では非難を浴びている状態だ。
そんなある日、ナナリーは皇帝である父のシャルルから本宮へ呼び出された。
その呼び出しにナナリーは思った。これは何かが変わる前兆かもしれない。やはり父は自分を大切に思ってくれていたのだと。
しかしいざ本殿に出向き謁見の間でシャルルと向き合ってみれば、その口からはナナリーが思ってもみなかった台詞が吐き出された。
「エリア11からここへ戻って来て以来のそなたの様子を聞いてみたが、そなたには皇族としての自覚がないようだ。そのような者に用はない。さっさと嫁に行け。嫁ぎ先についてはそなたの兄のルルーシュに一任してある」
「お、お父さま! どういうことです、何故私が嫁がなければならないんです!?」
「皇族としての務めを果たそうとしない者が、いつまでもこの宮殿に留まる理由はない。たとえ身体障害を抱えていようと、皇族としての己を自覚し自分を磨こうとしていればまた話は別だったが、そなたにはそんな様子の欠片もない。そんな皇女はこの宮殿には不要だと申しておる」
「お父さま!! 嫌です、ナナリーはまだお嫁になどいきたくありません! お兄さまと一緒にいたいんです、それだけが今の私の望みです! それではいけないんですか!?」
「今のそなたはルルーシュの足を引っ張るだけだ。そんなことも分かっておらんのか!」
シャルルの恫喝に、ナナリーはビクッと身体を震わせた。
「……そんな……どうして……」
シャルルが謁見の間を後にした後、ナナリーは誰にともなく呟いた。
何故父は自分を大切にしてくれないのか。かつての記憶の中では、皇位継承順位こそ低かったものの、大切に扱われ、総督になりたいという望みさえ叶えてくれたのに、何故今の父は自分を認めてもくれないのかと、ナナリーは肩を落とした。
いまだ謁見の間に留まっている侍従が、ナナリーに分からないように嘲笑を浮かべている。この宮殿の中でナナリーは厄介者でしかないのだ、仕える者たちにとっても。そしてそれをナナリーは理解していないし、何故そうなっているのかを理解しようともしない。
離宮に戻ったナナリーは、その日も公務の関係で夜遅く戻ったルルーシュを待って起きていた。
「まだ寝ていなかったのか。もう遅い、いつまでも起きていないで早く寝なさい」
「お兄さま、それよりお話が……」
「疲れているんだ、話なら明日にしてくれないか。幸い明日は午前中だけなら時間がとれる」
「午前中だけ? なら午後は?」
ルルーシュの言葉にふと疑問を感じて問い掛ける。明日はルルーシュは休日のはずだ。
「昼からはギネヴィア異母姉上に呼ばれている」
「なら私も連れていってください!」
ルルーシュの腕を掴んでナナリーは縋った。
「おまえは呼ばれてはいないだろう? 呼ばれていない者を連れていくわけにはいかないよ」
「そ、そんな……」
「そういうことだから、おまえの話は明日の朝食の後にでも聞くことにするよ。どうせそうたいした話でもないだろう?」
離宮に籠りきりで何をするでもないナナリーが自分にする話など、たかがしれているとルルーシュは思っている。
「そんなことありません! 大切な話です! 私、お父さまからお嫁に行けと言われました!」
「ああ、そのことか」
上着を侍従に預けながら、納得したようにルルーシュは頷いた。
「そのことなら昨日のうちに父上から聞かされた」
「昨日? なら何故仰ってくださらなかったんですか!?」
「おまえの嫁ぎ先については俺が任されている。変な奴は選ばないから、それは安心していい」
「どうして!? お兄さまは私がいなくなってもいいんですかっ!?」
「……皇室に戻ることを望んだのはおまえだろう。俺は戻りたくなどなかったのに。なのにそうして戻ったおまえは何をしている? ただこの離宮に引き籠り、何を学ぶでもなく、皇族としての役目を果たすでもなく、ただ安穏と日々を過ごしている。それなら何処かの貴族の元に嫁いだ方が少しは皇室のためになるというものだ。全てはおまえが選び行ってきたことの結果だ」
「……そんな……」
アッシュフォードにいた頃はあれ程までに自分を慈しんでくれたはずの兄は、一体何処へいってしまったというのか。自分がいなくなっても構わないというのか。たった二人きりの、母を同じくする実の兄妹なのに。
ルルーシュの自分に対する態度が変わってしまったことを、ナナリーは嘆いた。しかしそれもまたナナリーがしたことの結果なのに、結局ナナリーには何も分かっていない。
そうして自分の中にある記憶は単なる夢だったのだろうかとナナリーは思う。そうとでも思わなければ、現状は、ナナリーにとってはあまりにも辛すぎるものだったから。
── The End
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