その日、神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにある宮殿の中、さらには玉座の間と呼ばれる大広間には、皇帝シャルルの命により、各エリアにいた皇族、貴族たち、そして文武百官が勢揃いしていた。
「皇帝陛下御入来」
近侍のその言葉に続いて、皇帝シャルルが姿を現し、広間の中、一段高い壇上にある玉座に腰を降ろした。
「今日集まってもらったのは他でもない。
急なことだが、儂は皇帝位を退いて隠居することとした」
シャルルの突然の退位宣言に大広間はざわついた。
「ついては儂の後継だが」
その言葉に、大広間は静まり返った。皇帝は誰を指名するのかと。
皇位継承権第1位を持つ第1皇子のオデュッセウスか、それとも、現在のブリタニアを実質動かしていると言っていい、そして巷では第1皇子を差し置いて次の皇帝と、かねてから囁かれているシュナイゼルかと。
しかしシャルルの口から紡ぎ出されたのはそのいずれでもなかった。
「かねてより儂の後継として教育を施して参った、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである」
シャルルの言葉に続いて、一人の少年が姿を現した。
まだ若い、けれど彼の今は亡き母第5皇妃マリアンヌに生き写しの美貌と、父シャルル譲りの紫電の瞳を持った少年。
しかし、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは八年前の日本侵攻前に人質としてその妹と共に当時の日本に送られ、その日本で命を落としたはずの存在である。それが何故今、次期皇帝としてあるのか、大広間にいた者の全てが疑問に思った。その場にいるナイト・オブ・セブンである枢木スザクや、ルルーシュの実の妹であるナナリーにとってはなおさらである。
スザクにとっては、ルルーシュは彼の主たるユーフェミアを殺した許すことの出来ない存在であり、ナナリーにとっては唯一母を同じくする実の兄である。
スザクは己の知るルルーシュが、実は本来の彼ではなく、彼の影武者であったことを既に知っているし、ナナリーにもそれは話した。しかし頭で知っているのと、目の前にその事実を突き付けられることには大きな差がある。
二人にとっては大層なショックだった。
スザクにとっては、実はユーフェミアの仇ではなくても、ナナリーにとっては七年の間、エリア11となった日本で共に過ごした兄ではなくても。
「いまこの時より、このブリタニアの皇帝はルルーシュである」
そう告げてシャルルは立ち上がり、ルルーシュに玉座に腰を降ろすように進めた。
皇帝となり、玉座に座ったルルーシュから声が発せられる。
「私が神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである。若輩の身ではあるが、かねてより父上の元で学んできたことを実践し、このブリタニアをより発展させるために尽くしていきたいと思っている。ついては、皆の協力を期待している」
シャルルを後見としたルルーシュの大広間に響き渡る声に、その場にいる者の全てが頭を垂れた。
「ビスマルク、そなたらラウンズは、今日この時より儂ではなくルルーシュに仕えるように」
「はっ」
シャルルの命に、ラウンズたちが頭を下げる中、ルルーシュが声を掛けた。
「父上」
「何だ、何か不満か?」
「父上が何故枢木をラウンズに取り立てたのかは不明ですが、私はナンバーズ上がりの騎士は要りません」
「そうか。では枢木はラウンズから解任し、他の者を」
「それから」
「まだ何かあるか?」
「皇帝の座を退かれたとはいえ、父上の御身を守る者も必要。ですから、ヴァルトシュタイン、卿はこれまで同様父上に仕え、父上をお守りしてくれ」
「はっ、ありがたきお言葉。肝に銘じて先帝シャルル陛下をお守りいたします」
改めてビスマルクは頭を下げた。
「嬉しいことを言ってくれるな、ルルーシュよ。では、ワンであるビスマルクと、セブンの抜けた穴、そなたがこれはと思った者を任命するがよい」
「はい、今すぐに誰とは申せませんが、いずれ見い出したいと思います」
そんな父子の遣り取りの中、スザクは歯噛みしていた。これでは一体何のために自分は親友であったルルーシュ── 実態は影武者だったが、彼がスザクの幼馴染であったことには違いない── を売ってまで出世を、ラウンズの地位を望んだのか、意味がなくなる。いずれはワンになって日本を取り戻す、そのための行為だったのに、皇帝となったルルーシュのただ一言で、ラウンズから簡単に解任されてしまう自分。それ程に軽い存在だったのかと、スザクは改めて思い知らされた。帝国最高の騎士と言われても、所詮は皇帝の命令一つでどうにでもなる、臣下の一人に過ぎないのだと。
一方、ナナリーはこの事態を素直に喜んでいいのかどうか悩んでいた。
スザクから、失明してからこちら、自分の世話をしてくれていたのが、母方の遠縁にあたるとはいえ、現在玉座にあるルルーシュではなかったことにショックを受けていた。そしてそれに気付かずにいた自分は兄の何を見ていたのかと。そんなふうに、実の兄を見分けることの出来なかった自分をルルーシュはどう見るのかと。
やがて気が付けば、玉座にはシャルルもルルーシュも既におらず、大広間の中も閑散とし始めていた。
「ナナリー」
「スザクさん」
二人はこれからどうなるのかを思い悩み、ただ互いの名を呼びあうしか出来なかった。
── The End
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