敵と味方




 神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは、Cの世界と呼ばれる、この世とは異なる世界でその生を終えた。シャルルの命を奪ったのは、シャルルの実の息子のルルーシュであり、それは神たる人の集合無意識への「人の時間(とき)を止めないでくれ!」との強い願いだった。神はルルーシュのその願いを聞き届け、シャルルとその同志であるマリアンヌを拒絶した。結果、シャルルとマリアンヌの躰は消失したのである。



 暫くの時を経て、神聖ブリタニア帝国は揺れいていた。何故なら唯一無二の存在である皇帝が行方不明であり、帝国宰相たるシュナイゼル・エル・ブリタニアとも連絡が取れなくなっていたからだ。
 官僚たち、特に高級官僚は、指示を受けるべき相手の不在に右往左往するしかなかった。
 そんな中、皇帝の名において皇族とペンドラゴンにいる貴族たちに対し、玉座の間と呼ばれる大広間への招集がかかった。彼らは戸惑いながらも、皇帝の命令との一言に、皇帝は無事だったのだとの安心感をもって、文武百官と共に大広間へ足を踏み入れた。
 やがて近侍の「皇帝陛下御入来!」の言葉と共に姿を現したのは、壮年で体格のがっしりしたシャルルではなく、黒衣の学生服と思しき服に身を包んだ細身の一人の少年だった。
「私が、第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」
 玉座に腰を降ろした少年──ルルーシュ──が何の気負いもなく告げる。
「ル、ルルーシュ!? そなた生きて……」
 狼狽えたような第1皇女ギネヴィアの言葉に続いて、一歩前に踏み出した青年がいた。第1皇子であり第1位の皇位継承権を持つオデュッセウスである。
「ルルーシュ、生きていてくれたんだね、嬉しいよ」
「はい、地獄の底から舞い戻って参りました」
「けれど皇帝を名乗るというのは……」
「第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアは私が弑しました。先帝の唱えていた弱肉強食の国是にのっとれば、その先帝を倒した私が玉座に座ることに不思議はないと思いますが?」
 異議を唱えようとするオデュッセウスに、ルルーシュは静かに答えた。
「しかし……」
「そうですね。ではもっと簡単にお話ししましょう」
 食い下がるオデュッセウスに、ルルーシュの両の瞳が朱に煌めいた。
「我に従え!」
 ルルーシュのその言葉と共に、大広間に紅い鳥が飛んだ。それと同時に巻き起こる歓声。
「「「オール・ハイル・ルルーシュ! オール・ハイル・ルルーシュ!」」」
 それが第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア誕生の瞬間であった。
 数日後、皇帝となったルルーシュに謁見を求める者たちの姿があった。それが先帝シャルルのラウンズたちであるということに、ルルーシュは訝しみを覚えながらも、己の騎士であるジェレミアを伴って謁見の間に入った。
 謁見の間には、ワンとセブンを除いた他のラウンズたちが揃っていた。
 スリーのジノ・ヴァインベルグが口を開いた。
「ヴァルトシュタイン卿からの命令で、我ら、ルルーシュ様にお仕えするために参上いたしました」
 ジノの言葉に、ルルーシュはその柳眉を寄せた。
「そのビスマルクはどうした?」
「……先帝陛下の跡を追って殉死なされました。ただ、我らにルルーシュ陛下のことを託されて」
 その言葉に、ルルーシュはさもありなんと頷いた。
 ビスマルクはただの騎士、ラウンズではなく、シャルルにとって同志ともいえる存在だった。そのビスマルクがシャルルの跡を追ったのは当然のことかもしれない。そして同時に、他のラウンズたちにシャルルとマリアンヌの息子であるルルーシュに仕えるように言い残したのも、朧気に納得出来るような気がした。
「ここにいるジェレミアが私にとってのナイト・オブ・ワンである。そのことを認めることが出来るというのであれば、喜んで卿らを私の騎士として任じよう」
 ルルーシュのその言葉に、ジノをはじめとするラウンズたちは改めて深い礼をとった。
「元帝国宰相シュナイゼルが行方不明である。しかもシュナイゼルはあの大量破壊兵器であるフレイヤを持ち出しており、宰相という立場にありながら姿をくらませたということは、この私に、この神聖ブリタニア帝国に刃向かう意思ありと思っている。いずれ対する時が来よう。その時にそなたたちの力が得られるならば、私としては嬉しいことである」
「もったいないお言葉にございます。我ら、これよりは亡き先帝シャルル陛下に変わり、ルルーシュ様に誠心誠意お仕えする所存でございます」
「そなたたちがその言葉通り、私のために力になってくれる時を楽しみとさせてもらおう」
 王者の威厳でそう告げるルルーシュに、ジノたちは深く頭を垂れるだけだった。
「ところで、セブンの枢木スザクはどうした?」
 立ち去ろうとして、ルルーシュはふと疑問に思ったことを問い掛けた。
「枢木はラウンズという立場にありながら、先帝陛下を暗殺しようとし、ワンに討たれました」
「そうか」
 納得し、今度こそルルーシュは謁見の間を後にした。
 本来、騎士が仕えるべき主はただ一人。そしてシャルルのワンであったビスマルクはシャルルの跡を追ったが、残ったジノたちにはあえて主を変えてでもルルーシュに仕えよと命じ、ルルーシュはそうして彼の前に現れた彼らを受け入れた。
 ならば、きたるべきシュナイゼルとの決戦を考えて、己の機体を整備し、腕を磨き、いつなりと出撃に備えるのがルルーシュの騎士となった己らの役目と、ラウンズたちは行動を開始した。



 やがて迎えたフジ決戦──
 ルルーシュの実妹であるナナリーこそを皇帝と擁し、天空要塞ダモクレスをもってルルーシュに立ちふさがるシュナイゼルと、シュナイゼルの言葉を信じ、ゼロであったルルーシュを裏切り者として、世界に立ちふさがる悪として、これを討たんとする黒の騎士団。
 そんなシュナイゼルたちを前に、ジェレミアをはじめとして、今は己のラウンズとなったジノたちを前面に配してルルーシュは対した。
 問題は、ダモクレスに搭載されたフレイヤである。
 対フレイヤとしては、ニーナ・アインシュタインの協力によりアンチ・フレイヤ・システム、すなわちアンチ・フレイヤ・エリミネーターがもう少しで出来上がるところまできている。それまでの時間が稼げればいい。
 次々と敵のKMFを撃ち落していくラウンズたちの活躍を、ルルーシュは笑みを浮かべてアヴァロンから見つめていた。
 彼らラウンズたちに対して、ルルーシュはギアスを用いてはいない。にも拘らず、彼らはかつてルルーシュに述べた言葉通り、ルルーシュのためにその全能力を行使している。ルルーシュにとって、彼らは嬉しい誤算だった。先帝シャルルを弑したルルーシュを、主の仇と狙ってくることはあっても、まさか自分の味方になるなどとは思ってもみなかったのだ。
 戦闘の中、ダモクレスからは容赦なくフレイヤが放たれた。
 その度にルルーシュの心は不安に押しつぶされたが、彼の騎士たちはそれを逃れ、何とかしてダモクレスへの侵入を果たそうと努力している。
 やがて、ロイドが艦橋に姿を見せた。
「出来たか?」
 その姿を認めたルルーシュが一言尋ねる、何が、ともなく。
「はい、陛下。問題は、如何に使用するかです。フレイヤの組成は刻一刻と変化します。それを計算しアンチ・フレイヤ・エリミネーターに入力するのは、自然陛下と陛下の愛機である蜃気楼に頼るしかありません。ですがその後、そのエリミネーターを使用する段階となると──
 ロイドが言葉を濁す。組成を解析して入力出来たとして、どうやってそれをフレイヤにぶつけるか。この場に枢木スザクがいたなら、ランスロットがあったなら、それは自然スザクの役目となっただろう。しかしそのスザクは既にいない。
「ならば、スリーのジノにしよう。機動力という点でいえば、他にはあるまい。問題は俺とジノのタイミングの問題だな」
 そう言って、フッとルルーシュは苦笑を浮かべた。
「出る」
 そう一言言い置いて、ルルーシュは蜃気楼のある格納庫へと移動した。傍らにはアンチ・フレイヤ・エリミネーターを開発したニーナの姿がある。
「理論的には問題はないと思うの。問題があるとすればそれは……」
「時間、だな。ここまでくればあとは賭けに出るしかない。他にフレイヤを無効化する方法はないし、この世をシュナイゼルの恐怖政治に支配させるわけには決していかないのだから」
「ルルーシュ君……」
 決意を固めたルルーシュを、ニーナが不安そうに見上げる。
「行って来る。上手くいくように祈っていてくれ」
「ええ」
 ニーナはルルーシュの言葉に頷いて、格納庫に姿を消すルルーシュを見送った。
 蜃気楼の出撃に、ダモクレスの中ではシュナイゼルがナナリーに告げた。
「ナナリー、これが最後だ。ルルーシュを討てば平和が訪れる」
「はい、シュナイゼルお異母兄(にい)さま」
 それでも一瞬の躊躇いの後、ナナリーはフレイヤの発射スイッチを押した。
 蜃気楼出撃の前、己の果たすべき大役を聞かされたジノは焦ったが、その一方でそんな役目にルルーシュが自分を選んでくれたことを光栄と思い、全力を尽くしますと返していた。
 その言葉通り、ジノは愛機を蜃気楼に寄せた。
 と、そこに割って入ろうとした敵機──カレンの紅蓮──があった。
「ルルーシュ、あんたはここで私が殺してあげる!」
「そうはさせぬ! 何も見えておらぬ愚か者に、ルルーシュ様を殺させはせぬ!」
 ジェレミアのサザーランド・ジークが紅蓮の前に立ちふさがった。
「ルルーシュ様はフレイヤを!」
「任せる」
 短いその遣り取りに、カレンは歯ぎしりした。
 かつてゼロを、すなわちルルーシュを守るのは自分の務めだった。けれど今のルルーシュの傍にはジェレミアをはじめとしたラウンズたちがいる。だが、間違っているのはルルーシュで、自分は、自分たちは間違ったことなどしていない。なんとしてでもここでジェレミアを落とし、蜃気楼を落としてみせると、カレンは紅蓮を駆った。
 確かに今の紅蓮はラクシャータとロイドの双方の手によってこれ以上はないくらいのワンオフ機になっている。しかし、自分たちの目的が正しいと盲目的に信じ込み、目の前しか見えていないカレンには、この戦いの持つ真の意味は全く理解出来ていなかった。
 なんとしてもフレイヤを止めるとの覚悟の下に戦っているルルーシュやラウンズたちをはじめとするブリタニア軍と、ただルルーシュを倒せば全ては上手くいくと思い込んでいる黒の騎士団、そしてナナリー。
 運命の神は、全てを知り、全てを懸けたルルーシュに、彼に味方する数多(あまた)の兵士たちに味方した。
 ジノはルルーシュの期待に応えてアンチ・フレイヤ・エリミネーターを使いこなし、フレイヤの発射のために僅かに解除されたダモクレスのブレイズ・ルミナスを絶対守護領域を有する蜃気楼がその能力でもって自軍を、ジノをはじめとするラウンズたちをダモクレスに侵入させた。
 流石にジェレミアはその機体の大きさからダモクレスに侵入を果たすことは出来なかったが、ルルーシュの最も信任篤きナイト・オブ・ワンとして、黒の騎士団のエース機である紅蓮と戦いながら、ダモクレスの外に展開するブリタニア軍を指揮した。
 ダモクレスに侵入したドロテアたちは、ルルーシュの読みに従って動き、脱出艇に乗り込もうとしていたシュナイゼルとその副官であるカノンを捕え、ジノは庭園に一人ポツンといたナナリーを抑えた。
 ナナリーはこの場に来るのはてっきり兄のルルーシュだと思い込んでいた。そんなナナリーにとって、ジノの登場は思いもよらぬことだった。
「ジ、ジノさん。貴方たちはお兄さまのギアスによって操られているんです。どうか目を覚ましてください」
「シュナイゼル殿下にいいように操られているのは貴方の方でしょう、ナナリー皇女殿下。貴方は無情にも帝都ペンドラゴンにフレイヤを投下し、億に近い無辜の人々を虐殺した」
「そ、そんなことありません! ペンドラゴンの民は避難させたとシュナイゼルお異母兄さまが……!」
「ですが実際に私の両親が、兄が、多くの友人たちが一瞬のうちに死んでいきました。全ては貴方方が投下したフレイヤによって」
「そ、そんなはず……」
 そんなことはない、何かの間違いだ、ジノは兄に操られてそう思い込まされているだけだと、ナナリーはジノの言葉を信じようとしない。
 だがナナリーがジノの言葉を信じようと信じまいと、そんなことは関係ない。今ジノがすべきは、ナナリーの身柄を押さえ、彼女の持つフレイヤの発射スイッチを取り上げることだ。ジノはナナリーの言葉には耳を貸さず、ただ与えられた役目を果たすべく行動した。
 ダモクレスの外では、さしもの紅蓮もジェレミアの前に敗れ、既に墜落していた斑鳩をはじめとして黒の騎士団は軍としての態を為さず、ダモクレスもまた、ルルーシュと彼に従うラウンズたちの手に堕ちた。
 ルルーシュはダモクレスの進路を太陽に向けると、ダモクレスに侵入した者たち、捕えた者たちと共にダモクレスを脱した。
 決戦終了後、ダモクレスから自国の帝都にフレイヤを投下し、大量虐殺を働いたシュナイゼルやナナリーたちには、彼らが行方を絶った時点で皇族特権が剥奪されていることから、処刑という判決が下り、黒の騎士団の幹部たちにも、処刑や終身刑、無期懲役、あるいはその立場に相応しいと思われる刑がくだされた。
 扇や藤堂をはじめとした黒の騎士団幹部たちはルルーシュを罵り続け、カレンもまたルルーシュを疑い、間違っているのはルルーシュだと叫び続けている。しかし大量破壊兵器であるフレイヤを容認し、その下で戦った彼らに対する世間の目は厳しい。牢獄の中、そんな世間の自分たちを見る目も知らず、彼らはその行いに相応しい罰を受けるだろう。
 フレイヤの()くなった世界で、人々から賢帝と呼ばれるルルーシュの下、世界から争いはなくなり、やがてはブリタニア人の選民意識、差別意識もなくなっていくだろう。世界は“優しい世界”へ向けて動き出している。

── The End




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