立場の差




「えっ?」
 意識を取り戻したスザクの前には、見覚えのあるカワグチ湖のホテルがあった。
「……どういうことだ……?」
 つい先刻、スザクは己のゼロの仮面を取ってベッドに横になったばかりのはずだった。それが何故、カワグチ湖の、しかも自分が破壊したはずのホテルの前に立っているのか。しかも今自分がいるのは明らかに初期のランスロットの操縦席だ。
『スザク君』
 通信機から耳慣れたセシルの声が聞こえてきた。
『どうしたの、大丈夫? 計画、分かっているわよね?』
 確認するように声を掛けてきたセシルに、
「あ、はい、大丈夫です」
 そうスザクは応えた。どういうことか分からないが、今の自分はかつて日本解放戦線が人質を取って閉じこもったカワグチ湖のホテルの前におり、これから突入作戦を実行しようとしているところなのだと察した。
 逆行、という文字がスザクの頭の中を(よぎ)った。自分は、どうしたわけか未来の記憶を持ったまま過去に戻ったのだと。
 そしてスザクは記憶のままにホテルに突入していった、己が騎士となるユーフェミアを救うために。



「貴方が第7世代KMFランスロットのデヴァイサーなのですか?」
 スザクをはじめとした特派のメンバーを前に、救い出されたユーフェミアが問い掛けた。
「はい、殿下」
 何かおかしい、ユーフェミアの態度が記憶の中にあるものと違う、そう思いながらスザクは返した。
「名誉がKMFのデヴァイサーとは、余程人材がいなかったのですね、アスプルンド伯」
「はい、なかなか適合率的にランスロットの能力を引き出せる人材がいなくて、それで特別に名誉からも探しましたー」
「ふむ。名誉の操縦するKMFなど信頼しきることは出来んが、今回に限ってはそやつのお蔭で無事にユーフェミアや他の民間人を保護出来た。そのことには礼を言っておこう、アスプルンド伯」
 総督のコーネリアは、スザクを見ることもなく、ただロイドにのみその視線を向けた。ユーフェミアの視線も姉と同じく、ロイドとセシルにのみ向いていて、スザクを見てはいない。



 カワグチ湖の事件が片付いて、スザクは改めて現在の自分の状況把握に努めた。
 そして知り得たことは、記憶の中では自分はユーフェミアの口利きでアッシュフォード学園に編入し学生となり、そして幼馴染のルルーシュと再会していたが、現在のスザクは学園に編入などしておらず、ただランスロットのデヴァイサーとしてあるのみだった。
「どういうことだ?」
 誰に尋ねるともなく、スザクは己に問い掛けた。
 記憶の中とは異なる世界に自分は跳ばされたのだろうかと。



 その日、スザクはチョウフ基地にいた。
 かつての己の師である日本解放戦線の藤堂を処刑するためである。
 その頃、ユーフェミアは授賞式に出席するためにクロヴィス記念美術館にいた。記者の質問にも、よどみなくユーフェミアは答えていく。副総督として、政治に携わるのは初めてのことであり、戸惑いも多いが、姉の配慮と、教育係りであるダールトン将軍の手をかりて、手探りながらも副総督としての役目を全うしていく所存であると。
 やがて質問の中で、騎士の事を尋ねられた。
「まだ決めてはいません。皇族の選任騎士とは、とても大切な存在です。主従としていかにあるべきか、姉であるコーネリア総督とその騎士であるギルフォード卿を見て、それがどのようなものであるか充分に理解しているつもりです。ですからそれだけ慎重に、自分に相応しい騎士を、そしてその騎士に自分を選んでもらってよかったと思えるような人物を選びたいと考えております」
 美術館でそのような遣り取りが行われているとも知らず、スザクは藤堂を前にしていた。
 記憶の通りなら、ゼロに指揮された四聖剣が現れて藤堂を連れ去られるのだが、ゼロの、つまりはルルーシュの行動も違う。というより、ゼロおよび黒の騎士団の存在がないのだ。それはつまり、藤堂の処刑は無事に執行されるということなのだろうか。そしてまた、ゼロが存在しないということは、もしかしてルルーシュはこの世界にはいないのだろうかとも考える。
 わけが分からなかった。スザクには難しすぎる問題だった。
 だが刻々と時は過ぎ、処刑の時間を迎えた。
 そして、四聖剣の騎乗する日本製のKMFが登場した。
 やはり! とスザクは思った。表に出てきていないだけで、ゼロは、ルルーシュは存在するのだ。今も何処かで彼らに指示を出しているに違いない。そうであるならば自分はどうすべきなのだろうか。
 ゼロの正体はルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の元第11皇子。今ならばユーフェミアを失わずに済む。学園にルルーシュがいることを告げれば、ルルーシュに対しては裏切り行為になってしまうが、“行政特区日本”の悲劇を防ぐことが出来る。何よりもユーフェミアの命を救える。
 あれこれ考えているうちに、四聖剣にまんまと藤堂を浚われてしまったスザクだった。
 その様子を美術館にあるモニターで観ていたユーフェミアは誰にともなく告げた。
「やはり、所詮は名誉ですね。処刑すべきイレブンをみすみす見逃してしまうなど」



 美術館でそんなことがあったとも知らずに特派に戻ったスザクを、沈痛な面持ちのロイドとセシルが出迎えた。
「あ、申し訳ありません、役目を果たせずに取り逃がしてしまって」
 てっきり任務に失敗したことでのことと思ったスザクはそう言って頭を下げた。
 記憶の中では、ユーフェミアから騎士の指名を受けたことを知らされていたのだが、だいぶ勝手が違い、スザクは戸惑っていた。
「あー、その件でね、副総督からご指示が来たよ。君をランスロットのデヴァイサーから外すようにってー」
 言いにくそうにロイドがスザクに告げた。
「えっ? そ、そんな馬鹿な!?」
「本当のことよ。今回、処刑対象者だった“奇跡の藤堂”を逃がしたことで、やはり名誉をKMFのデヴァイサーにするのは認められないと。なんでも、美術館でチョウフ基地での様子を観ていらっしゃったらしくて、名誉とはいえ結局はイレブン、信用して大きな力を与えることなどすべきではないと仰って」
「そんなはず……。だ、だって僕はユフィの騎士に……」
 狼狽えながらそう呟くスザクに、ロイドは何を言っているんだい、という表情で見返した。
「君が副総督の騎士にだって? そんなこと有り得ないよ。君をランスロットのパーツにしたというか、出来たのだって特例中の特例なのに。第一、何だって君は副総督の愛称を知っていて、なおかつ愛称で呼ぶなんて不敬な真似をするかな?」
 ロイドの言葉にスザクは呆気にとられた。
 そうだ、今いるこの世界は自分の記憶の中にある世界とは違うのだと頭を切り替えた。
「す、すみません。それより、調べてほしいことがあって」
「何をだい? 最後だから出来る限りのことはしてあげるよ」
「アッシュフォード学園に、ルルーシュがいるんです! ブリタニアの元第11皇子のルルーシュです。今はルルーシュ・ランペルージという名前で、アッシュフォード学園のクラブハウスに妹のナナリーと二人で……」
 スザクの言葉に、ロイドは目を見開いた。
「何馬鹿なことを言っているのさ。ルルーシュ殿下なら、去年から本国で宰相であるシュナイゼル殿下の補佐をなさってるよ。殿下を呼び捨ての上、しかも殿下がこのエリアにいるだなんて、どっからそんな馬鹿な話が出てくるのかなー?」
 ロイドのその言葉に、スザクは言葉を失った。
 そんな馬鹿な。そんなはずはない。そこまでこの世界は前の世界と違うのか。ではあの四聖剣はゼロの、つまりルルーシュの指示なく動いて、自分の前から藤堂を連れ去ったというのか。
 目を見開いて突っ立ったままのスザクに、ロイドは無情に告げた。
「とにかくこの特派はシュナイゼル殿下の直属だけど、このエリアにいる以上、総督や副総督の命令も無視出来ない。だからとっても残念なんだけど、君をランスロットのパーツから外すことにしたよ。もちろん配属も変わる。荷物を纏めておきなー」
「ごめんなさいね、こんなことになって」
 セシルの言葉を最後に、二人はスザクの前から立ち去った。
 スザクは、唯々幾つもの疑問だけを頭の中で反芻するしかなかった。
 自分の身に何が起こったのか、何故この世界はこれ程までに自分の記憶の中の世界と違うのか。そして自分はユフィの騎士にはなれないのかと、それが残念で、悔しくてしかたなかった。

── The End




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