続・対 峙




 エリア11のフジを中心に、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍と、天空要塞ダモクレスを要するシュナイゼル率いる旧ブリタニア軍は対峙した。
 本来ならシュナイゼル軍ではなく、ナナリーの名が出てくるべきだろう。ルルーシュに敵対宣言を行ったのも、自分こそが第99代皇帝であると称したのも、いずれもナナリーなのだから。
 しかしナナリーがシュナイゼルの傀儡であることは誰の目から見ても明らかだった。それに気付いていないのは、おそらく当の本人だけであるに違いない。
 故にこの戦いは、ルルーシュ対ナナリーではなく、ルルーシュ対シュナイゼルなのである。
 新しいブリタニアを具現する“賢帝”ルルーシュと、旧悪弊を背負ったブリタニアの元帝国宰相シュナイゼル。
 その対決を、世界中が息を顰めて見つめていた。
 何故ならその戦いが今後のブリタニアの在り方を、ひいては世界の在り方を変えていくものになるのが明らかだからである。なにせシュナイゼルにはブリタニアの帝都ペンドラゴンを一瞬のうちに消滅させたフレイヤがある。この戦いにシュナイゼル陣営が勝利すれば、それはフレイヤという大量破壊兵器が、いつ自国に落とされるか分からない恐怖の時代の幕開けとなるのだ。故に世界はルルーシュ率いるブリタニアの勝利を願い、祈っていた。
 黒の騎士団がシュナイゼル陣営についたことで、数の上ではほぼ互角となっている。
 しかし何故黒の騎士団がシュナイゼル陣営についたのか、それは世界中の人々にとって疑問であった。シュナイゼル陣営につくということは、すなわち大量破壊兵器フレイヤを容認するということに繋がる。果たして参戦した黒の騎士団はそれをきちんと認識しているのであろうか。ましてや黒の騎士団は、本来超合集国連合の外部機関に過ぎず、政治的発言権はない。その上、超合集国連合最高評議会の代表たちは、ルルーシュ率いるブリタニア正規軍に抑えられ、旗艦たるアヴァロン内にいる。本来ならば静観すべきところではないのか。でなければ黒の騎士団は、超合集国連合の代表たちの存在を軽視していると言われても反論の余地がない。だが当の黒の騎士団幹部たちはそうは考えなかったようで、ただルルーシュを倒せればよいとしか思っていなかったようだ。ルルーシュが死に、シュナイゼルが覇権を握った後のことに考えの至る者は、少なくともその幹部たちの中にはいなかったらしい。
 そうして幕を上げたフジ決戦であったが、ルルーシュの、フジに眠るサクラダイトをそのまま兵器として爆発させて利用するという作戦の前に、シュナイゼル陣営に属する多くの者の命── その殆どは黒の騎士団の者たちだったが── を奪ったが、シュナイゼル側にはまだフレイヤという切り札がある。問題はそのフレイヤである。しかしシュナイゼルをして、ブリタニアの旗艦、すなわちルルーシュのいるアヴァロン内にてアンチ・フレイヤ・システムが刻々と組み建てられていることを知る由はなかった。
「気をつけてね、ルルーシュ。失敗は許さなくてよ、スザク!」
 アヴァロンに乗艦しているユーフェミアは、ルルーシュには労うように優しく、そしてスザクにはハッパを掛けるように力強く言葉を掛けて、開発されたばかりのアンチ・フレイヤ・システム、すなわちアンチ・フレイヤ・エリミネーターを搭載したルルーシュのKMF蜃気楼を見送った。
 二人はたった一度きり、それもテスト無しぶっつけ本番のそのシステムに全てを懸けて、放たれたフレイヤに向かった。そんなルルーシュを止めようとカレンの紅蓮が襲ってきたが、それはC.C.の操るランスロット・フロンティアが身を盾にして防いだ。
 C.C.に感謝しながら、ルルーシュは刻一刻とその組成を変えるフレイヤの解析を行い、データをアンチ・フレイヤ・エリミネーターに注入する。
「スザク!」
 名を呼ばれたスザクは、渾身を込めてダモクレスから発射されたフレイヤ目がけてアンチ・フレイヤ・エリミネーターを放った。
 願いが通じたのか、失敗の許されないただ一度のそのチャンスを、ルルーシュとスザクは手に入れた。フレイヤはその効力を発揮することなく、消滅したのである。
 その事実にさしものシュナイゼルも驚いた。
「まさかそんな玩具を用意していようとはね」
 そう呟いたシュナイゼルは、副官のカノンと共に脱出艇の置いてあるフロアに足を進めた。皇帝を僭称したナナリーを、一人、ダモクレス内の庭園に残して。所詮、シュナイゼルにとってナナリーの価値はその程度だったのだ。ナナリーを担ぎ出すことで、少しでもルルーシュを牽制することが出来ればいいと。しかしそれは無駄に終わった。ならば後はダモクレス内に侵入したルルーシュたちをダモクレス共々葬り去り、己は改めてダモクレスとフレイヤを造り、ルルーシュ亡き後の世界を支配しようと考えて。
 しかしシュナイゼルのその考えは甘かった。というより、既にルルーシュに読まれていた。
 脱出艇のモニターに映し出されたルルーシュの顔。モニターに映るルルーシュと遣り取りしていたはずが、気が付けばルルーシュはシュナイゼルの後ろにいた、シュナイゼルの肩に手を掛けて。
「チェック・メイトですよ、異母兄上(あにうえ)
 そう告げたルルーシュの瞳が朱に煌めいた。
 そうしてフジ決戦は終結を迎えた。戦端を開いて僅か数時間のことである。
 ルルーシュがスザクと共にアヴァロンに戻ると、ユーフェミアが格納庫に駆け込んで来て、蜃気楼から降りるルルーシュに思い切り抱きついた。
「お帰りなさい、ルルーシュ。それから、おめでとう」
 そんな様子を隣で見ていたスザクが一言。
「ユフィ、僕には……?」
 自分に対しては一言もないのかとぼやくスザクを、ユーフェミアは突き放した。
「自分で考えることもせずに、何処の誰ともしれない子供の言い分だけを間に受けてルルーシュを裏切ってお父さまの前に突き出した上に、出世を強請るような、そんな騎士を持った覚えはないもの」
「だって、それは……」
「普通に考えて、突然現れた見知らぬ子供と自分の親友と、どちらを信じるかっていったら、親友よね。なのに貴方はその親友を信じず、何も知ろうともしなかった。そんな貴方の本性を見抜けずに騎士に任命した私が間違っていたわ」
「ユフィ! そこまで言わなくても……」
「貴方はそれだけのことをしたのよ。しかも私が死んだら直ぐにお父さまの騎士に乗り換えて。そんな尻軽、ブリタニアの騎士とは言わないわ。だからルルーシュ、前にも言ったけど、こんなバカに後を任せて死のうなんてこと考えるのは止めてね。貴方が“賢帝”として世界を治めていくのが一番いいんだから」
 ユーフェミアの態度と言葉におされっぱなしだったルルーシュは、ただ頷くしか出来なかった。
「わ、分かったから、いい加減離れてくれ、苦しい」
「約束よ、ルルーシュ。ゼロ・レクイエムなんて馬鹿な計画、私は決して認めませんからね。やろうとしたら貴方たちが実行に移す前に世間に公表するわよ!」
「わ、分かったから……」
「スザクもいいわね!」
 頷くルルーシュとスザクに漸く得心したというように、ユーフェミアはルルーシュから離れた。



 戦争が終われば待っているのはその後処理だ。
 シュナイゼルとナナリーは軍事裁判の結果、処刑と決まった。コーネリアはダモクレスの中にはいなかった。シュナイゼルの副官カノンの証言により、ルルーシュたちとの交信の後、コーネリアがシュナイゼルに対して異論を述べ、結果、シュナイゼルがコーネリアを処断したとのことで、その遺体も既に処分済みとのことだった。ユーフェミアが生きていたことを知り、彼女と対決するのを避けようとでもしたのかもしれない。しかしそれは遅きに失し、コーネリアはフジ決戦を待たずして命を落とした。ちなみにナナリーは一切そのことを知らされていなかったらしい。だがナナリーはシュナイゼルの言葉を盲信し、コーネリアが自分の傍からいなくなったことについても、シュナイゼルの、負傷した傷が悪化して休んでいるとの言葉を信じていたとのことで、そのことを知らされたルルーシュは頭を抱えるしかなかった。ルルーシュは確かにナナリーを甘やかし、極力世間の荒波から守ってきたが、そこまで考えなしの世間知らずだったとは、流石にルルーシュも思っていなかったのだ。
 カノンは終身刑となり、他に生き延びたシュナイゼル陣営の者たちにはそれぞれの立場に見合った刑期が与えられた。
 黒の騎士団の処遇に関しては、ルルーシュは全て超合集国連合の判断に任せた。それはある意味、今後のブリタニアの超合集国連合に対する態度の試金石ともなろう。
 結果、黒の騎士団の幹部たちは一掃され、ことにフジ決戦で黒の騎士団のシュナイゼル陣営での参戦を煽った事務総長の扇と統合幕僚長の藤堂は終身刑を申し渡された。総司令であった黎星刻は、元々の病気に加えてフジ決戦での無理が祟ったのか、判決が下る前に病死した。部隊長クラスにはそれぞれに刑期が与えられた。その中には紅月カレンの名もあった。一般団員は軽い刑で済んでいる。何よりも扇たちに煽られた結果とのことが明白な事実としてあったからである。



 その日、回ってきたその書類に、ルルーシュは一旦その手を止めた。それは、シュナイゼルたちの処刑執行に関するものだった。
「ナナリーはナナリーの道を選んだ。これはその結果。ナナリーはペンドラゴンの民を、シュナイゼルお異母兄(にい)さまにいいように言いくるめられてのこととはいえ虐殺してしまった。それは変えようのない事実よ。責任は取らなければならないわ。なんて、行政特区で日本人虐殺をした私の言えた台詞ではないけれど」
 今は髪の色を変え、名を変えて、皇帝たるルルーシュの主席秘書官を務めるユーフェミアの言である。
「ユフィ……」
「駄目」ユーフェミアは首を横に振った。「今の私はリンよ、貴方の秘書のリン・ガーランド。虐殺皇女のユーフェミアは、エリア11でその罪を背負って死んだわ。そしてゼロだった貴方も、第2次トウキョウ決戦で死んだ。今の貴方はゼロだったルルーシュ・ランペルージではなく、このブリタニアの第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。それを忘れないで」

── The End




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