永き旅立ち




 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、ゼロの手にかかって死んだ、はずだった。
 が、気が付けば目に映るのはは白い天井。周囲に目を巡らせば、そこには自分に仕えてくれていた者の姿があった。
「C.C.?」
 今ルルーシュを取り囲む者たちの中で、おそらく最も状況を把握しているであろう人物、自分の共犯者の名を呼んだ。
「意識を取り戻したようだな、ルルーシュ、わが魔王よ」
「どういうことだ? 俺は死んだはずじゃ……」
「普通にいけばそのはずなんだが。あのCの世界で、もしやとは思っていたんだが、どうやらおまえはシャルルからコードを引き継いでしまっていたらしい」
「コードを? って、つまり不老不死!?」
 そう叫んで、ルルーシュは思わず横になっていたベッドに身を起こした。
「ああ。この場合良かったというべきか残念だったというべきか……」
 流石にその答えまではC.C.も言い切ることが出来なかった。
「生きておいでくださって何よりでございます」
 そう告げたのはC.C.とは反対側にいたジェレミアだった。
「……」
 ルルーシュ自身は己の身に起こったことに呆然として、言葉もなかった。
 死ぬはずだった。死ぬつもりだった。そのためのゼロ・レイクエムだったはずだ。それが何故、コードの継承だなんて、と様々な思いがルルーシュの脳裏を駆け巡る。
「で、どうするルルーシュ?」
「え? どうって?」
「何を呆けてるんだ。これからのことだ。ブリタニアの皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。少なくとも表向きには。が、実際はこうして生きている。しかも不老不死になった状態でだ」
「あ……」
 漸くルルーシュの意識が現実に戻ってきた。
「その前に、ここは何処なんだ?」
 今いる場所が何処かによって対応も変わってくる部分がある。
「パレードが行われていた大通りから外れた場所にある、小さな教会の一室だ。ちなみに司祭もいない無人の教会でな、丁度いいと、ジェレミアに連れて来てもらった」
「ナナリーたちは?」
「ジェレミアはおまえの躰だけをここに運んで来た。今頃ナナリーたちは、コーネリアをはじめとする黒の騎士団の残党の手によって救い出されている頃だろうよ」
「そうか」
 ルルーシュは満足したように頷いた。
「で、おまえはこれからどうする?」
 C.C.の問い掛けは元に戻った。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ」
「そうだな」
「そしてコードのお蔭で死ぬことも出来ない」
「その通りだ」
「ならば」一瞬ルルーシュは瞳を閉じて逡巡した。「旅にでも出るさ、ただのルルーシュとして」
「だが世間に出ればおまえの顔はよく知られているぞ?」
 言外に「それをどうするつもりだ?」との意味を込めてC.C.は尋ねた。
「世の中、自分に似た人間が三人はいるっていうだろう。それにあれだけ大袈裟にゼロに刺されて死んだ人間が、まさか生き返っているなどと思う奴はいないだろう」
 ルルーシュは何かふっきれたようにそう言いきってみせた。
「では、私を是非お供に!」
 それまで黙って二人の遣り取りを聞いていたジェレミアがそう口を挟んだ。
「駄目だ」
 ルルーシュは即座にそれを却下した。
「何故でございます、ルルーシュ様」
「おまえは目立ちすぎる」
 言いながら、ルルーシュはジェレミアの仮面を指さした。
 確かにルルーシュの言うように、ルルーシュの騎士としてその傍にいたジェレミアは目立つ、特にその仮面故に。
「ですが私は生涯をルルーシュ様に捧げると誓いました。計画通りルルーシュ様が亡くなられたならともかく、こうして生きておられるのにお傍にいられないのは……」
 耐えられそうにないと訴えるジェレミアに、ルルーシュは溜息を零した。
「ジェレミア、おまえ、俺が死んだ後はどうする予定だった?」
「……その際には、オレンジ農園でも営もうかと思っておりましたが……」
 ルルーシュは何故にオレンジ!? と思ったが、思って直ぐに思い出した。自分が最初にジェレミアにオレンジと告げたのだ、最初の出会いの時に。理由はそれかと知れて、ルルーシュは思わず脱力した。
「……予定通りオレンジ農園を営め。たまに訪ねてやるし、連絡も入れる。不老不死となった以上、死ぬことはないから守ってもらう必要はない」
「ルルーシュ様」
 それが妥協点だと告げるルルーシュに、ジェレミアはうなだれながらも頷いた。
「ルルーシュ、私は同行するぞ」
「C.C.?」
「私はおまえの唯一の共犯者たる魔女。魔女が魔王の傍にいるのは当然のことだろう?」
 そこには、おまえが生きているのなら、そのおまえ手作りのピザを捨てるのはあまりに惜しい、という流石に口にはされぬもう一つのC.C.の本音も多少はあったりしたが。
 腰に手を当て、当然のことだと言わんばかりのC.C.に、ルルーシュはこれは意を翻させるのは無理と判断し、仕方ないといった風情で了承した。
「ジェレミア、農園の場所が決まったら連絡を寄越せ。半年か、一年に一度くらいは顔を見せにいってやる。月に一度は連絡を入れる」
 体の半分が機械のジェレミアは、おそらく普通の人間よりも永い時間(とき)を生きる可能性が高い。その逆の可能性も、完全に否定しきれないが。だがいずれにせよ、そのあまりにも目立つ容貌を考えれば、そうそう街中に出ることも叶うまい。そして不老不死となった自分のことを考えれば、それが現時点ではもっとも良い手段だと、ルルーシュはそう思った。
「ルルーシュ様」
「おまえが実際にどれくらいの時間を生きることになるかは分からないが、少なくとも、おまえを知る人間の誰よりも永の時間を生きることとなるのではないかと思う。あくまで可能性の範囲で、断言は出来ないが。そうしたら、俺とおまえを知る者がいなくなったら、その時は共に旅をしよう」
「誠でございますか?」
 ルルーシュの言葉にジェレミアの顔に喜色が浮かぶ。
「おまえは俺の、俺だけの唯一の騎士だ。嘘は言わん」
 微笑みながらそう告げるルルーシュに、ジェレミアは改めて騎士として主への礼をとった。
「俺が生きていること、もし知らせるとしたら、咲世子くらいに留めておけよ」
 ルルーシュはジェレミアにそう忠告するのも忘れなかった。
 咲世子もまた、ジェレミアと同じく、ルルーシュを唯一仕えるべき主と言ってのけた存在だ。咲世子になら、ルルーシュがコードによって生き返ったことを告げても問題はないだろう。咲世子は忍びだけあって口も堅いし、ルルーシュが実は生きていると知れば、心の底から喜んでくれるだろう。
「他の者にはいいのか?」
「さっきも言った。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは死んだ。今の俺はただのルルーシュだと」
 重ねて告げられた言葉に、C.C.は微笑みを浮かべた。
 死んだはずの、けれど生きていた契約者、C.C.が魔女なら自分が魔王になればいいと言ってくれた共犯者。
 不老不死になったという状態を受け入れ、それでも前向きに一人の男として生きると告げるルルーシュに、C.C.は身を寄せルルーシュの上半身を抱き締めた。
「C.C.?」
「おまえを愛しているよ、私だけの魔王ルルーシュ」
「……」
 一瞬、C.C.の言葉に目を見開いたルルーシュは、次いで綺麗な笑みを浮かべた。
「これからの永の時間、共に生きて行こう、C.C.」
 C.C.の身体を抱き締め返して、ルルーシュはそう告げた。
 母であるマリアンヌが殺された時から、ルルーシュはナナリーのためだけに生きてきた。しかしこれからは違う。これからは自分のために、そして自分を愛していると言ってくれるC.C.と共に生きていこうと決めた。たとえそれがどれ程の永劫の時間であろうとも。
 そうして新たな生を送るために、ルルーシュとC.C.はジェレミア一人の見送りを受けて、密かに永の旅に出た。いつ果てるともしれぬ旅に。





 北ブリタニア大陸の南に広大なオレンジ農園がある。その農園の主は滅多に人前に姿を現すことはないが、そこで収穫されるオレンジは美味さに定評があった。
 今夜一年振りにこの農園を訪れると、その農園主に連絡を寄越した彼の主たちのために、農園主とそこで働く日本人と思しき年配の女性は、今夜はとびきりのご馳走を用意しようと二人で決めた。



 神聖ブリタニア帝国の最後の皇帝、“悪逆皇帝”と今なお呼ばれ続けているルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの死後、既に四半世紀以上の時間が流れている。ルルーシュとその騎士だった仮面を付けた男の顔を直接知る者も少なくなりつつある。ましてや当事者たちの姿はかつてのまま止まっている。彼らを見ても、もう誰も“悪逆皇帝”ルルーシュとその筆頭騎士たるジェレミア・ゴットバルトを思い浮かべる者はいないだろう。だから今度こそ、その永の旅に共に連れていってもらおうと、農園主であるジェレミアは心に決めていた。
 この農園は、これから先はジェレミアの養い子たる、既に立派に成長したアーニャと、これまで共に過ごしてきた咲世子が守っていくだろう、その生が終わるまで。
 そしてコード保持者であるルルーシュとC.C.、そしてギアス・キャンセラーの能力を持つ半機械人間のジェレミアだけが、人の生から離れた時間を生きていく。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが遺した世界を見守りながら。

── The End




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