続・唯一の存在




「私の愛するルルーシュを、返していただけますね」
 シュナイゼルは黒の騎士団幹部たちにそう告げた。



 ゼロことルルーシュは、妹であるナナリーを失ったことに室内で失意に暮れていたが、そんなルルーシュをカレンが呼びに来た。
「扇さんが、4番倉庫に来てほしいって」
 その言葉に疑念を持つ余裕も、考える余裕もなく、ただルルーシュは仮面をつけると、言われるがままにカレンと共に4番倉庫へ向かった。
 黙したきりのルルーシュを、カレンを心配げに見上げる。
 フレイヤの投下による政庁の消失── それは総督であるナナリー、つまりはルルーシュの妹の死を意味していた。それが分かっているだけに、カレンはルルーシュに掛けるべき言葉を持たなかった。



 やがて辿りついた4番倉庫で、二人を出迎えたのは多数の団員たちだった。彼らの手には銃が握られている。
「これはどういうことなの、扇さん、藤堂さん!?」
 ゼロに変わってカレンが、中心人物であろう二人に疑問を投げ掛けた。
「ゼロはブリタニアの元第11皇子だった! ギアスという力で俺たちを操り騙し、駒として利用していた奴なんだ!」
「裏切り者であるゼロを粛清する。紅月君、その場を離れたまえ」
「そんなっ、どうして!?」
 一体どうしてゼロの正体が二人に知れるところとなったのか。ましてやギアスのことまで。第一、確かにルルーシュはギアスを持ってはいるが、それが使用されたのは、唯一の例外を除けば全て常に騎士団の作戦のためでしかなかったというのに。
 カレンが改めて周囲を見回すと、二階部分に帝国宰相シュナイゼルを筆頭にブリタニア人たちの姿があった。
「扇さん、藤堂さん、止めてください! 貴方たちはシュナイゼルに言いくるめられてるんです!」
「君がゼロに言いくるめられてるんだろう、紅月君」
「藤堂さん!!」
 カレンは必死に扇と藤堂の行動を止めようとしたが、藤堂は右手を挙げた。それは銃を構えろとの合図のようだった。
 そして藤堂が「撃て」との言葉を発する前に、シュナイゼルから待ったがかかった。
「間違えていただいては困りますね、扇事務総長、藤堂統合幕僚長」
「え、何を間違えていると?」
 扇は、引き渡すのはゼロの死体で十分だと思っていた。故にシュナイゼルに不思議そうに尋ね返した。
「私は異母弟(おとうと)のルルーシュを返してくれと言ったはず。それが死体でいいなどと言った覚えはありませんよ」
「そ、そんな……」
「ゼロを生かしたまま放っておくことは出来ない。奴がギアスという力で人を操ることが出来るというなら、なおさら生かしてはおけない。だからこそ貴方はゼロを、ルルーシュを返せと言ってきたのではないのか!」
 藤堂が自分の考えを述べるが、シュナイゼルは歯牙にも掛けない。
「私は、私の愛するルルーシュを返して欲しいと言ったまで。ゼロの死体を寄越せなどということは一言も言っていませんよ。さあ、銃を降ろして、私のルルーシュを返していただきましょう」
 その言葉に続いて、シュナイゼルの副官であるカノンが二階から降り、ゼロに近付いた。
「さ、ルルーシュ殿下、シュナイゼル殿下がお待ちです。シュナイゼル殿下がそうなるように仕向けたとはいえ、簡単に貴方を裏切り殺そうとするような者たちの元にいつまでも留まられる必要はございません。シュナイゼル殿下の元へお帰りください」
「カノン! 何を考えている! ルルーシュはユーフェミアを殺した奴だ! ここで死ぬべきだ!」
 カノンの言葉を聞いていたコーネリアは、ルルーシュが戻るなど許せぬとばかりに声を張り上げた。
「君にも分かってはいないようだね、コーネリア」
異母兄上(あにうえ)……?」
「私はルルーシュに帰って来てほしいだけだよ」
 シュナイゼルとコーネリアの遣り取りを聞いていた黒の騎士団の団員たちは、どうすべきか迷っていた。それ以前に、命令を下すべき扇と藤堂も戸惑っていた。
 ただゼロの傍にいるカノンのみが、シュナイゼルからの命令を果たすべく、ゼロの手を取る。
「さあルルーシュ殿下。いつまでもこのようなところにおられることはありません」
 そう言って、カノンはゼロの手を引きシュナイゼルの元へと連れて行こうとする。既に思考を放棄したルルーシュは為されるがままだった。
「ま、待ちなさいよ、ゼロは私たちの……!」
「貴方たちの何だと? 今、ゼロであるルルーシュ殿下のお命を奪おうとなさっているのは貴方方でしょう?」
「そ、それは……」
 4番倉庫の中で銃を構えている団員たち。その様を見れば、カレンに返す言葉はなかった。
 程なく二人は二階で待つシュナイゼルの元にたどりついた。
「さあ、その無粋な仮面を取って、素顔を見せておくれ、ルルーシュ」
 シュナイゼルの言葉に、カノンがゼロの頭部全てを覆う仮面を外した。そこから現れたのは、彼の亡き母マリアンヌによく似た、そして父譲りの、数多(あまた)の兄弟姉妹の中でも最も似ているであろう紫電の瞳を持つ少年の貌だった。
「ああ、マリアンヌ様によく似てこられたね。小さかった頃も可愛らしかったけれど、ますます美しくなって。こうして君の貌を見ることが出来て嬉しいよ」
 そう言って、シュナイゼルはルルーシュを抱き締めた。
「異母兄上、何を考えているのです! こやつはユフィを殺した……」
 コーネリアの言葉を耳にしたシュナイゼルは、カノンに視線で合図した。
 カノンはシュナイゼルに命じられるまま、銃を取り出しそれをコーネリアに向けた。
「異母兄上! どういうことです、貴方は何を考えて……!」
 向けられる銃に一歩引きさがりながらコーネリアはシュナイゼルに問う。
 だがシュナイゼルがそれに応えることはなく、カノンの持つ銃が火を吹いた。
 カノンの放った弾丸はコーネリアの眉間を貫き、コーネリアは何を言うことも出来ぬまま後ろに倒れた。
 その様に呆気にとられたのはカレンはもちろんのこと、その場にいた黒の騎士団の者たち全てであった。
「それでは、約束通り、ルルーシュは返していただきましたよ」
 シュナイゼルはそう告げて、生気の失せたルルーシュの肩を抱き寄せてその場を後にした。二人の後ろに従うのはシュナイゼルの副官たるカノンのみであり、コーネリアの死体はその場に残されたままだった。
「こ、これで日本は返ってくる!」
 気を取り直したのか、扇が嬉しそうに叫んだ。
「俺はゼロの身柄と引き換えに日本を返せとシュナイゼルに言った。そしてゼロはシュナイゼルの抑えるところとなった。約束は履行される。日本は返ってくるんだ!」
 嬉しそうにそう続ける扇を、カレンは眉を顰めて見つめた。
 ゼロ奪還の折り、卜部はその命を懸けてゼロを救い出した。それがこんなことのためだなんて、ゼロを売って日本を取り戻すなんて、何か間違ってる。けれどそう思いながらも、帝国の皇子だったルルーシュをブリタニアに売ることには躊躇いを覚えることもまたなかった。



 ルルーシュを連れてアヴァロンに戻ったシュナイゼルは、一旦カノンにルルーシュのことを任せた。
 カノンはシュナイゼルの命じるまま、ルルーシュをアヴァロンの中でもシュナイゼルの私室に次いで豪華な室内に連れていった。
「さ、とりあえずはこちらでお休みください、ルルーシュ殿下。全てはシュナイゼル殿下が良くしてくださいます」
 ルルーシュはカノンに言われるまま、促されるままに、上着を脱ぎ、ベッドに横になった。今は何も考えたくない。だから眠ってしまおう、そう思って。
 その頃、アヴァロンの艦橋では、その主砲を黒の騎士団の旗艦である斑鳩に向けていた。
「裏切り者には死を。ルルーシュ、君を裏切った者たちを許しはしないよ」
 アヴァロンの主砲が全力を解放して斑鳩に向けて放たれた。

── The End




【INDEX】