宮廷生活




 上位皇族三人による直接の出迎えに、ルルーシュは為す術なくナナリーと共にブリタニア本国に戻った。いや、戻された、と言うべきか。
 母マリアンヌの死後、人質として── 名目上は親善のための留学生としてだったが── 当時の日本に送られてから、七年以上の時を経ての帰国である。
 ルルーシュは反ブリタニアのテロ組織たる黒の騎士団を()ち上げ、その指令たるゼロとしてあったが、そのことについても、突然のことで何も手を打つことが出来ぬままにエリア11を離れることとなってしまった。せめてもの救いは、“奇跡の藤堂”とその配下である四聖剣を黒の騎士団に迎え入れることが出来たことだろうか。連絡の取れなくなったゼロに対して団員たちは不安を掻き立てられるだろうが、藤堂がそれを纏めてくれることをルルーシュは願った。というより、ルルーシュにはそれを願うことしか出来なかった。



 ブリタニアに戻ったルルーシュとナナリーは、玉座の間と呼ばれる大広間で、他の皇族や貴族たち、そして文武百官の前で皇帝であり父でもあるシャルルに帰国の報告を済ませた後、かつて生まれ育ったアリエスの離宮に戻った。
 七年以上、住む者のいなかった離宮は、てっきり荒れているものと思い込んでいたルルーシュだったが、そこは思ったそれとは真逆に、そしてかつて以上の手入れがされており、また、侍従や侍女が詰めていた。
 それがルルーシュを出迎えた異母兄(あに)オデュッセウス、シュナイゼル、異母姉(あね)ギネヴィアの手配によるものであることは直ぐに知れた。
 ルルーシュは、早速に礼の手紙を認めると三人の兄姉の元に届けさせた。
 その手紙が届くのを待っていたかのように、三人がアリエスを訪ねて来た。
「ルルーシュ、わざわざ手紙をありがとう」
「いえ、これ程のことをしていただいたのですから、礼を述べるのは当然のことです」
 アリエスの一番格上の応接室に三人を通したルルーシュは、真っ先に口を開いたオデュッセウスにそう答えた。
「他に不自由はないかえ? 何かあればすぐに言いやれ。早々に手配しよう程に」
「いえ、そのようなことはありません」
 ギネヴィアの言葉に、現状で十分だと答える。
「落ち着いたらで構わないのだけれど」
「何でしょう、シュナイゼル異母兄上(あにうえ)
 ソファにゆったりと腰を降ろしたシュナイゼルが、ややあって口を開いた。
「私の元で働く気はないかい、宰相補佐として?」
「えっ?」
「宰相補佐、つまり私の片腕ともなれば、君にあれこれ言いがかりをつけてくるような者もいないだろう。陰では全くということはないかもしれないが、少なくはなるはずだ」
「……ですが、七年以上も皇室を離れ、一般庶民として暮らしてきた俺、いや、私に突然そのようなことが出来ようはずがありません」
「そんなことはないだろう」
「そなたの利発さはそなたが幼かった頃から、そなたの存在をよく思っていなかった者たちすらも認めていたこと。シュナイゼルが申す通り、文句など出ようはずがない。もし万一出ようものなら、(わらわ)たちが手を打とう程に」
 オデュッセウス、そして続くギネヴィアの言葉に、その通りというようにシュナイゼルが頷いた。
「君になら十分に私の補佐役が務まると思うよ。というより、君を抜きにしては考えられない。残念なことに、今の皇族は質的なことを考えれば人材不足この上ないしね」
「異母兄上……」
 ルルーシュは困ったような顔をしてシュナイゼルを見た。
「何も今すぐと言っているわけじゃない。まずは、七年以上も離れていた皇宮での暮らしに慣れることが先だしね」
「急でなんだが、明後日にでも、君の帰国を祝って、私の離宮で夜会を開く予定だ。そのつもりで用意しておいておくれ」
 オデュッセウスの言葉に、ルルーシュは一瞬呆気にとられ、しかしその言葉に疑問を持った。
「あの、私の、と仰られましたが、ナナリーは……?」
「あの()には、いきなり皇族の催す夜会への出席など無理だろう、車椅子ということを別にしても」
 それはつまり、オデュッセウスはルルーシュはともかく、ナナリーには皇族としての立ち居振る舞いが出来まいといっているのと同義だ。
「ナナリーはまだ14歳だしね、もう少し皇族としての勉強を積んでからでもいいだろう」
 オデュッセウスの言葉を認めたようにシュナイゼルが告げる。
 三人がその能力を認めているのはルルーシュのみであり、三人にとってナナリーという存在はルルーシュのおまけ程度の認識しかなかった。
 二人が戦後のエリア11でどうやって暮らしてこれたか、それはアッシュフォードによるところも大きかっただろうが、何より送られた枢木家での生活のことを考えれば、偏にルルーシュの存在があればこそのものであることを三人は知っている。
 枢木スザクのユーフェミアの騎士任命に伴い行われた身辺調査。その中で浮かんで来たルルーシュ・ランペルージという存在。
 それにシュナイゼルはその存在が実は異母弟(おとうと)のルルーシュであることを見抜き、過去、すなわち開戦前のルルーシュたちの滞在先であった枢木家の状況も調べさせていた。
 そして分かった、ルルーシュたちに対する枢木家の態度、日本人たちの態度に、ルルーシュがいなければ、もしナナリー一人であったならあの戦乱の中、いや、そうなる前すら無事に生き延びることなど出来なかっただろうことが知れた。
 故にシュナイゼルのスザクに対する目は厳しくなった。ルルーシュに知らせてはいないが、スザクがユーフェミアの騎士となったことを受けて、二人の皇族に仕える形となったスザク── 彼自身にその認識はなかったようだが。そしてそれはスザクを騎士として任命したユーフェミアにしても── を、少なくとも自分は認める意思はないと、ロイドにスザクの特派からの解任を告げた。もちろんKMFランスロットのデヴァイサーからも降ろさせた。ロイドから他にいいパーツがいないのに、との苦情は上がったが、それを聞き入れるつもりはシュナイゼルにはなかった。スザクはその存在自体が、皇室から隠れていたルルーシュたちを危険に曝していることに気付かず、考えもしていなかった。その程度の人間をシュナイゼルは自分の直轄の部隊に置いておくつもりはなかった。
「ともかく、ここでの生活に慣れてからでいいから、考えておいておくれ」
 念を押すようにシュナイゼルはルルーシュに告げた。



 オデュッセウス主催の夜会に続いてギネヴィア主催の茶会、シュナイゼル主催の夜会、と立て続けにルルーシュは呼ばれた。もちろんいずれも招待されるのはルルーシュのみで、必然的にナナリーはアリエスの離宮にて留守番をするしかなかった。
「お兄さま……」
「異母兄上たちも異母姉上(あねうえ)も、別におまえを無視しているわけではないよ」
 ある日、不安そうにルルーシュに声を掛けてきたナナリーに、ルルーシュはその意図を察してそう答えた。
「おまえが成長して、皇族として相応しい立ち居振る舞いが出来るようになるのを待っておられるだけだ」
「……今の私では無理だと、お異母兄(にい)さまやお異母姉()さまたちは思っていらっしゃるということですね?」
「それでなくてもおまえには目と足のことがあるからね。戻ったばかりのおまえに配慮してくださっている部分も多い」
「私は、お兄さまと一緒にいられればそれだけでいいのに」
 ナナリーは俯いてそう答えた。
「皇室に戻った以上、それは通用しないということを理解しておくれ、ナナリー」
 ルルーシュにしてみれば当然のことを言ったまでだが、ナナリーは不満そうだった。それでもナナリーには黙って頷くことしか出来なかった。皇族としての立ち居振る舞いを、そして為政者に連なる者としての知識を身に付けているかと問われれば、流石にナナリーも諾とは言えない自分を理解している。
「シュナイゼル異母兄上からは、いずれ落ち着いたら、補佐にと言われている」
「シュナイゼルお異母兄さまの補佐、ですか?」
 驚いたようにナナリーは顔を上げた。
「この皇室での立場をしっかりと固めるためにも、受けようと思っている」
 ルルーシュのその言葉に、ナナリーは不安になった。
 ルルーシュがシュナイゼルの補佐として働くということは、それだけルルーシュが自分の傍にいないことになるからだ。それはつまりナナリーにとって、未だ気を許すことの出来ない状態で、自分一人取り残されることを意味していた。
理解(わか)っておくれ、ナナリー。シュナイゼル異母兄上の元で働くということは、帝国宰相であり、第2皇子である異母兄上の後見を得ることを意味している。そうなれば以前のように弱者として切り捨てられ、他国に人質として送られるような可能性もなくなる。戻りたくて戻った皇室ではないけれど、戻されてしまった以上、どうやってこの皇室で生き抜いていくかを考えなければならない。おまえには寂しい思いをさせてしまうことになるけれど、それがおまえのためでもあるんだ」
 ルルーシュが皇室内で確固たる足場を築きあげれば、その妹であるナナリーもそう粗略に扱われることはないのだとの言外の言葉に、ナナリーは渋々頷いた。
 実際のところ、ルルーシュ一人に関していえば、既にオデュッセウス、ギネヴィア、そしてシュナイゼルの後見がある。そう、あくまでルルーシュ一人に対してだ。決してヴィ家に対してのものではない。ナナリーの立場は、ルルーシュの妹、それでしかないのだ。
 生き馬の目を抜く皇室で生き延びる術を見つけるのは容易ではない。ましてやナナリーは身体障害というハンデを負っている。ルルーシュはこの妹が、単に兄である自分に庇護されるだけの存在ではなく、たとえどのようなハンデを負っていても、一人でもこの皇室で生きていけるだけのものを身に付けて欲しいと思っている。
 そのルルーシュの思いが何処までナナリーに伝わっているか、それはルルーシュをしても測ることは出来なかったが、ナナリーはルルーシュの言葉に頷き返した。
「分かりました、お兄さま。でも、ご無理はなさらないでくださいね」
「分かっているよ」
 ナナリーの言葉に、ルルーシュは若干の不安を覚えながらも無難に答えた。



 程なくして、ルルーシュはシュナイゼルの補佐として働き始め、皇室に戻って来たばかりの庶民出の母を持つ皇子に何が出来るものかとの周囲の思惑を見事に覆して、ルルーシュはシュナイゼルの片腕と認められるだけの立場を確保した。もちろん、裏でシュナイゼルの牽制があったことも事実ではあるが。
 そしてナナリーは、一人離宮に引き籠った生活を送っている。離宮に籠っていれば、外界、つまりは離宮にいる以外の者と接触することは殆どなく、そうであれば、今のままで問題はないだろうという、ナナリーの甘えた考えが見て取れる。ナナリーのその態度はルルーシュが彼女に告げた言葉、つまりは彼の意に反するものであり、皇族としての立場を理解し、為政者に連なる者としての知識を身に付けようという積極的な行動を見せないナナリーに対して、ルルーシュは酷く失念を抱いたが、そうであればある程に、ルルーシュはナナリーを守るためにも己の立場をしっかりとしたものにすべく、シュナイゼルの元で忙しく働くことになる。
 そして空いた束の間の時間は、オデュッセウスやギネヴィアらに、離れていた間の分も、というように構い倒される日々を過ごしている。

── The End




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