「君は生きろ」
ルルーシュは自分から身を離したカレンに、小さな、やっと聞き取れるかのような声でそう囁いた。
どうして? 何故、ルルーシュは自分にあんなことを言ったのだ。
カレンは自室で思い悩んでいた。
ゼロがルルーシュ・ランペルージ、否、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであることは、自分はブラック・リベリオンの際から知っていた。そして彼にとって何よりも大切な存在が妹のナナリーであることも。
ルルーシュはブリタニアを憎んでいた。かつては租界内でブリタニア人に虐げられているナンバーズを救っているところを見掛けたこともあった。その姿に偽りはなかったはずだ。
大量破壊兵器フレイヤの、よりにもよって政庁に向けての投下によって、その多くが消失したトウキョウ租界。その中にはルルーシュの妹であり、このエリア11の総督であるナナリー・ヴィ・ブリタニアも当然いて、それはすなわち、彼女がフレイヤの爆発に巻き込まれて死んだということだ。
何をおいても、誰よりも大切に慈しんでいたルルーシュにとっての唯一の存在が失われ、黒の騎士団に裏切られて、それでどうしてルルーシュが自棄にならないと言えるだろう。
あの自分に銃を向けた幹部をはじめとする黒の騎士団の団員を前に、既に彼が生きる希望を失っていたとしたら、ましてやあの場には、何故か敵国であるはずのブリタニア帝国の宰相シュナイゼルまでいたのだ、全てを放棄して、諦めて、生きる意欲も理由も失って、団員たちを煽り立て自分の死を受け入れたとしても不思議ではない。
少なくとも、ゼロがルルーシュであることを知っていた自分は、彼がそういう人間だということを分かってしかるべきだったと、カレンはいまさらながらに思う。
翻って扇たちはどうなのだろう。
詳しくは知らない。戻って来た時には、扇たちとシュナイゼルたちの会談は終わっていたらしく、カレンはゼロを、ルルーシュを4番倉庫に連れて来るようにと言われただけだ。
扇たちはカレンと違って何も知らなかった。そこをあのシュナイゼルに上手く言いくるめられたとしたら。そしてゼロの正体を知り、ギアスのことを適当に吹き込まれたとしたら。そうしたらゼロに裏切られたとしてゼロをブリタニアに売り渡そうと、いいや、それ以上に実際に4番倉庫であったように排斥、すなわち殺そうとしたとしてもおかしくはないだろうとカレンは思う。
自分は、扇たちに全てを打ち明けておくべきだったのかもしれない。
しかしそれは出来なかった。ブリタニアから解放されたばかりの扇たちに、ゼロはブリタニアの元皇子でした、などとはとても言える状態ではなかった。
ゼロであるルルーシュが、ナナリーが総督として“行政特区日本”を提唱した時、争うことなく中華に亡命し、蓬莱島に退いたのも、全ては妹のナナリーと対峙することを避けるためだったのだろうと、今改めて考えてそう思う。
ルルーシュにとっては妹のナナリーが全てだったのだ。ブリタニアへの反逆も。その意味では、確かに黒の騎士団はルルーシュにとって、利用する駒だったのかもしれない。
だがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアについて、あの逃亡していた一年の間に調べたこと、C.C.から聞かされたことを考えれば、彼が本心からブリタニアを憎んでいたのは紛れもない事実だ。加えて、今は亡きキョウト六家の一人、桐原翁は唯一ゼロの素顔を見ていた。その上で黒の騎士団への援助を決め、ゼロについていくようにと示した。それは桐原翁もまた、ルルーシュの意思を知っていたからに他ならない。
黒の騎士団の裏切りに、妹の死に、自分の生を諦めたルルーシュ。そんなルルーシュに自分は何をした? 扇たちの言葉に従い、親衛隊長でありながら守るべきゼロの、ルルーシュの傍から離れ、けれどそのルルーシュから「君は生きろ」との言葉を貰った。ルルーシュは自分の死を覚悟しながら、自分に対しては生きることを望んでくれた。
自分はルルーシュの傍を離れるべきではなかった。離れてはいけなかった。
遅きに失すると思いながらもカレンはそう考える。
現在、斑鳩は神根島に向かっている。こともあろうに敵であるブリタニア軍と共闘するために。それは一体何のためだ。何のために今までブリタニアと戦ってきたというのだ。ルルーシュの犠牲の上に── 確かにそれ以前に多くの命が失われてはいたが── 手に入れられるようなそんな簡単なものだったのだろうか。
誰よりも母国であるブリタニアを憎んでいたルルーシュ。そのブリタニアを壊そうとしていたルルーシュ。その姿に偽りはないと、カレンは信じたいと思った。
神根島に行くのは、ブリタニア軍同士が何故か相争っているためだ。そこにシュナイゼルはルルーシュのギアスが介在すると読んだ。すなわちそこにルルーシュがいると。
不思議な遺跡のあった神根島。あそこにはブラック・リベリオンの時のことを考えれば、きっとルルーシュの持つギアスに関連する何かがあるのだろうとカレンは漠然と思った。でなければ、ロロによって救い出されたルルーシュが神根島に赴く理由が見当たらない。
そしてそれ以上に、戦闘区域外だった神根島にブリタニア軍が存在する理由が見当たらない。
あの島には、自分が考えている以上の何かがあるのだ。だからルルーシュは神根島に渡った。そしてブリタニア軍同士を相争わせ、その隙に何かを為そうとしている。一旦は生を諦め死を受け入れたルルーシュが。
ならばゼロであるルルーシュの親衛隊長として、自分は彼の元に赴くべきなのではないのか。ルルーシュが為そうとしていることに手を貸すべきではないのか。これまでのルルーシュの行動を翻って考えてみるならば、それは少なくとも、現在のブリタニアの存在を否定するもののはずに違いないからだ。ならばそれは自分の目的とも最終的に合致することに違いはない。現在のブリタニアが壊れれば、エリアは遠からず解放される、その方向に持っていけるはずだ。
そこまで考えて、カレンは決意した、ルルーシュの傍にいくことを。たとえそれが兄のように慕わしく思っている扇を裏切ることになろうとも、決して間違ってはいないはずだとそう思えるから。
神根島に到着した斑鳩から、扇たちの制止を振り切ってカレンの乗る紅蓮が飛び出していった。
── The End
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