そのパレードはトウキョウ租界の大通りで行われていた。
沿道を埋め尽くす人々。その沿道に添って磔になっている黒の騎士団の幹部をはじめとした団員たち、超合集国連合に加盟する各国の代表たる議員たち。
沿道に「オール・ハイル・ルルーシュ!」の叫び声が木霊する。
もちろん、そんな者ばかりではない。世界の征服者たるルルーシュに怖れを抱いている者、嫌悪を抱いている者もいる。しかしブリタニアは天空要塞ダモクレスを要する旧皇族、超合集国連合およびその外部機関である黒の騎士団に勝利し、ルルーシュのその才の前に、力の前に表だって批判を口に出来ずにいる。
だがブリタニアは、皇帝ルルーシュの下に世界を征服した。今まで誰にも出来なかったことを、20歳にもならぬ、青年とは言い切れぬ、寧ろ少年といっていい若者が為し遂げたのだ。ルルーシュの下、世界は歴史上初めて一つになった。
ルルーシュの下、既に皇族や貴族たち特権階級の既得権益も、ナンバーズ制度も廃止された。
ただ在るのは皇帝ルルーシュただ一人のみだ。
その下では、立場の差や富裕の差はあっても身分の差はない。
ブリタニア人も、名誉ブリタニア人も、ナンバーズも、それ以外の国も最早存在しないのだ。
歓声の中で続けられるパレードを、とあるビルの一室から憎々しげに見つめている者たちがいた。
ブリタニアの元第2皇女コーネリア・リ・ブリタニアとその騎士であるギルフォード、かつてのブラック・リベリオンで功績ありとして男爵位を受けたヴィレッタ・ヌゥ、そしてそんな彼女らに従っている、かつての黒の騎士団の残党。
コーネリアたちはなんとかしてルルーシュを倒し、縛についている、かつてシュナイゼルやコーネリアが第99代皇帝として擁した、ルルーシュの実妹であるナナリーをはじめとする処刑を待つ身である者たちを救い出さんとして今まで過ごし、結局は何もなし得ぬままに戦勝パレードであり、また同時に処刑のためでもあるこの日を迎えてしまったのだ。
今も歯ぎしりをしながらパレードを見送っている。
ルルーシュの周囲は、彼の第一の騎士であるジェレミア・ゴットバルトをはじめとしたブリタニア軍によって守られており、ごく僅かしかいないコーネリアたちは手が出せずにいた。
しかしこの機会を逃せば、ルルーシュの命を奪うことは別にしても、処刑されようとしている人々を救うことは出来ない。そんな思いがコーネリアたちに焦りを生ませる。
そんな中、突如としてパレードが停まった。
何があった、と停止したパレードの前を見れば、そこにはトウキョウ決戦の折りに死亡したと発表された、死んだはずの謎の仮面の男、黒衣を纏ったゼロの姿があった。
ゼロは生きていたのかと、多くの者が思った。
ゼロの死を発表した黒の騎士団はあのゼロは何者かと訝った。何故ならゼロの正体は、皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアその人であったのだから。
ゼロがルルーシュ目がけて駆け出した。
皇帝を守るべく、パレードの先頭にいたKMFの銃器から射撃が行われたが、ゼロはそれを起用に避けてルルーシュのいる玉座へと迫る。
沿道の人々がざわめく。ゼロの復活を内心で喜ぶ者、何をいまさらと思う者、世界を征服した覇者に刃向かう気かと訝む者、受け止め方は様々だったが、ゼロの手にした剣に彼がルルーシュの命を狙っているのだと察した者たちは、非難の声を発した。殆どの者にとって、覇者たるルルーシュは英雄なのだ。かつてエリア11において、そして超合集国連合にあって英雄であった男は、今では覇者に刃向かう愚か者でしかない。
もし今ルルーシュが死ねば、世界は再び荒れるのが彼らには見えていたからだ。何故ならルルーシュの死によって解放されるであろうナナリーをはじめとする旧皇族やそれに従う者たちは、フレイヤによってブリタニアの当時の帝都たるペンドラゴンを消滅させ、大量虐殺を働いた人道に劣る卑劣極まりない者たちであり、また、その大量破壊兵器であるフレイヤの存在を認めた者たちなのだから。
その騒ぎの中、コーネリアたちは意を決したように潜んでいたビルを飛び出した。
「ここから先は一歩たりとも陛下の元へは行かせん!」
ジェレミアがそう声を張り上げてゼロと渡り合う。
ルルーシュは玉座に座したまま、その様子をただ黙って見ていた。
その玉座の下で、鎖に繋がれたナナリーがジェレミアと剣を交わすゼロを見ていた。
どうして? ゼロはお兄さまで、お兄さまはあそこにいらっしゃるのに。
ナナリーは混乱していた。
ジェレミアの剣を躱したゼロが玉座に駆け上ろうとする。
ジェレミアの仮面に隠された瞳が光り、その手にした剣がゼロを背中から貫いた。
「な、何故……?」
振り返ったゼロが、小さな声を発した。
スザクは予定通りにゼロ・レクイエムが遂行されると、そう信じて計画のままに行動した。なのに、この現状は一体どういうことなのだと、スザクの脳裏を疑問が駆け抜ける。
「貴様に陛下を、ルルーシュ様を殺させるわけにはいかん。世界はルルーシュ様の下でやっと一つに纏まったのだ。それを荒らさせるわけにはいかん。貴様には死んでもらう」
口には出さずとも、ゼロ・レクイエムに反対の意を持っていたジェレミアをはじめとする者たちは、スザクに知られぬように、時間はかかったが、ルルーシュをどうにか説得し、ゼロ・レクイエムを止めさせることに成功し、ルルーシュは計画を変更していた。“悪逆皇帝”としてゼロに殺されるのではなく、あくまで彼が理想とする明日を、自ら創り出し、それを己がこれまでしてきたことの贖罪としようと。
そしてスザクはそれに全く気付いていなかった。気付かれぬようにしていたということもあるが。
そこには、ルルーシュの、親友と信じていたスザクに裏切られ続けていたという事実、思いがあったのは、決して否めないだろう。そしてそれが故の現状である。
今度は正面から倒れたゼロの心の臓を目がけてジェレミアの剣が突き出される。
「「ゼロ!」」
磔にされた黒の騎士団のメンバーの何人かからゼロを呼ぶ声がする。かつて彼らが裏切ったはずのゼロの名を。
ビルを飛び出したコーネリアたちがパレードの前に姿を現したのはまさにその時だった。
それに気付いたジェレミアが冷静に命令を下す。
「反逆者を捕えよ!」
コーネリアたちは取り囲まれ、ルルーシュの下に辿り着くことも出来ぬままに傷を負って捕えられ、あるいは命を落とした。
「お異母姉さま!!」
倒れ行くコーネリアに、それを目にしたナナリーが声を張り上げる。
沿道にいた人々の声はその殆どが歓喜で溢れていた。
自国の帝都であるペンドラゴンにフレイヤを撃ちこんだ一味の一人が倒れたのだ。自分の身内を、友人を無慈悲に奪った女が死んだのだ。それで死んだ者が生き返るわけではない。だが少なくとも、仇の一端は討たれたのだ。
沿道に「オール・ハイル・ルルーシュ!」の叫びが先にも増して広がる。
玉座にあったルルーシュは、片手を上げてそれに応えた。
わーっという喜びに満ちた歓声がそれに応じる。
その歓声の中、ジェレミアはゆっくりとゼロの仮面に手を伸ばし、それを外した。そこから現れたのは、フジ決戦で死んだとされた枢木スザクの顔だった。
かつて祖国を捨て名誉ブリタニア人となり、皇族の騎士となり、エリア11の希望だったゼロを先帝シャルルに売ってラウンズという地位を得て、EU戦線においては“白の死神”の異名を取り、シャルル亡き後、皇帝となったルルーシュの騎士となり、今またゼロと姿を変えて、世界の覇者たるルルーシュを殺そうとした、裏切り続けることしか知らない男。
そんな男の死に様に、ルルーシュに対するのとは別の歓喜の声が沸き起こった。
祖国を捨てた男、ブリタニアの騎士のなんたるかを知らず、次々と主を変え、立場を変えて、己一人出世して生き延びてきた男の憐れな末路に涙するのは、彼の幼馴染とも言えるナナリーだけだった。ナナリーにとってスザクは、一時は敵に回ったとはいえ、紛れもなく自分にとって大切な友人、幼馴染だったのだから。だが同じく幼馴染であったはずの玉座にあるルルーシュは顔色一つ変えていない。
ナナリーは知らず、スザクに裏切られ続けたルルーシュには、既にかつての友に対する感慨はなかった。それがたとえ皇帝として即位した時に己の騎士とした男であっても。ルルーシュにとって、スザクは己を裏切り、己をユーフェミアの仇と狙う男でしかなかったのだから。
「片付けろ」
ジェレミアが周囲にいたブリタニア兵に命じた。
「このようなお見苦しいところを防ぐこと叶わず、ご身辺をお騒がせしましたこと、誠に申し訳ございません」
膝を付き、片手を胸に掲げて皇帝に対する礼をとったジェレミアがそう言上した。
ルルーシュは「構わぬ」と告げた後、一瞬考えたように間を開けた後、言葉を続けた。
「興が削がれた。処刑は日を改め、今日のところはこのまま政庁に戻ることとしよう」
「イエス、ユア・マジェスティ」
パレードは取りやめとなり、その行列は政庁へと引き返すこととなった。
だが沿道を埋め尽くす人々の「オール・ハイル・ルルーシュ!」の叫びは途絶えることはない。
後日、改めて処刑が行われたが、それは非公開でのものだった。そしてまた、パレードの際に磔にされていた者たちの全てが処刑されたわけでもなかった。単なるルルーシュの気まぐれかどうか、それは知れない。
ただ、大量破壊兵器フレイヤに関わった者たちと、かつてアッシュフォード学園で行われた超合集国連合臨時最高評議会において、皇帝たるルルーシュに対して卑劣といっていい行いをした黒の騎士団の幹部の一部のみが処刑され、超合集国連合の各国代表は、代表の身を退くことで許され、黒の騎士団の一般団員は処刑を免れ、その立場によってある者は終身刑となり、ある者は一定期間の刑期となった。
あるいはそれは、ゼロ、否、裏切りの騎士である枢木スザクの死と引き換えの、所謂恩赦といえなくもなかった。
世界は、賢帝と呼ばれる皇帝ルルーシュの下で繁栄の時を迎えようとしている。
── The End
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