想 い




 ヴィレッタは思った。
 何故自分は扇などという愚かな男を選んでしまったのかと。
 扇はヴィレッタが記憶を失っていた間だけならともかく、記憶を取り戻した後も、記憶のなかった間に彼がつけた“千草”という名でヴィレッタを呼び続ける。
 それは、彼にとって大切なのはあくまで彼の理想の女である“千草”であって、ヴィレッタではないからなのではないか。ヴィレッタの、ブリタニア人であるヴィレッタ・ヌゥという存在を本当に認めているならば、扇はヴィレッタをいつまでも“千草”ではなく、“ヴィレッタ”と呼ぶべきではないのか。
 それだけではない。
 ヴィレッタの記憶のなかった間、扇は「外は危険だから」などと言って、結局はヴィレッタを監禁し、しかもあろうことか、扇が留守にしている間の自分の様子を監視カメラで撮影していたという。
 本来なら、人としてはいかに相手が彼の敵対するブリタニア人であろうとも、負傷者なら医者に連れていくのが筋だろう。そしてブリタニア軍なり警察に連絡するのが本来の在り方だ。
 だが扇はそのどれもしなかった。ヴィレッタは閉じ込められ、扇にとって都合のいいように言いくるめられ、絆されたからとはいえ肉体関係を持つにまで至った。純血派としてのヴィレッタならば、決して在り得ぬことだ。
 そんな男をどうして自分は恋しい男だなどと考えたのか。イレブンになってもいいとまで考えたのか。これまでの経過を思い起こせば吐き気がする。
 そして先刻、扇は、扇たちは帝国宰相シュナイゼルの言葉に乗せられるまま、自分たちの指導者であるゼロを裏切り殺そうとした。
 ゼロがイレブン── 日本人── でないことはとうに承知していたはずだ。聞けば、かつて結成当初の黒の騎士団を支援していたキョウト六家の重鎮であった桐原翁は、ゼロの正体を知っていたという。知った上で黒の騎士団に援助の手を差し出していた。何故そのことに思い至らない。
 あの4番倉庫でのゼロの言葉。あれがゼロ自身の諦めと自分に対する嘲笑だったと何故気付かない。ゼロの正体がブリタニアの元第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであるということは、エリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアの兄であったということだ。つまり第2次トウキョウ決戦で使用された大量破壊兵器フレイヤにより、ゼロは妹を失ったのだ。そんな彼が自棄になっていたと、どうして気付かない。
 全てを自分に都合のいいようにしか見ない、考えない男、それが扇要という男なのだと、ここに至ってヴィレッタは漸く察することが出来た。
 扇には自分のこと、日本のことしかない。だから超合集国連合を裏切るような行為── ゼロを売り渡して殺そうとする── も平然と出来る。いや、それは扇だけではない。“奇跡の藤堂”と呼ばれる男も同じだ。彼らには、自分たちが超合集国連合の外部組織、つまりは軍隊であるという自覚がない。彼らの意識は何処までいってもテロリストにすぎない。
 考えた結果、ヴィレッタは扇に分からぬように斑鳩を抜け出した。行先はブリタニア本国。そこまでのエネルギーが持つかどうか分からぬまま、ヴィレッタは1機の輸送機に乗り込み、斑鳩を飛び出した。



 無事ブリタニアまで辿り着くことの出来たヴィレッタは、軍の伝手を使って、かつて一時期離宮の警備をしていたことのある第1皇女ギネヴィアの元を訪れた。遠い記憶の中、ギネヴィアは齢の離れた異母弟(おとうと)であるルルーシュを可愛がっていたから。
 仮にもヴィレッタは男爵である。それが功を奏したのか、早々にギネヴィアとの面談が許された。
 通された応接室は、離宮に数ある応接室の中では必ずしも上等のものではないと知れたが、それでもギネヴィアに目通りを許されたことにヴィレッタは安堵していた。
 やがて応接室にやって来たギネヴィアは、床に膝をつくヴィレッタに声を掛けた。
「久しいの、ヴィレッタ。して、今日は何用あって(わらわ)を訪ねて参った?」
「はい、実は第11皇子のルルーシュ殿下のことにつきまして」
「何、ルルーシュのこととな?」
 ギネヴィアはヴィレッタの言葉に手にしていた扇を取り落とした。
「そのままで話もなんじゃ、椅子に掛けやれ」
 落とした扇を侍女に拾わせたギネヴィアは、ヴィレッタに椅子に座ることを勧めた。
 本当に第1皇女を前にして椅子に座るなどという真似をしてよいものなのだろうかと思いつつ、ヴィレッタは促されるままに椅子に座った。
「して、ルルーシュのこととはなんじゃ? ルルーシュは生きておったのか?」
「はい、生きておいででした、少なくとも三日前までは。その後のことは分かりませんが」
「……一年前、ナナリーが一人生きて戻った。それまでルルーシュと共にあったが、ブラック・リベリオンの騒ぎの際に離れ離れになってしまったと」
「皇女殿下は黒の騎士団のゼロのことをご存知でしょうか?」
「ゼロとな? 名前だけは承知しておる。このブリタニアに刃向かう不逞の輩と」
「実はそのゼロこそがルルーシュ殿下だったのです」
「何と!? それは真実(まこと)か?」
「はい、紛れもない事実です。現に私は一年前のブラック・リベリオン以降、記憶を改竄されたルルーシュ殿下の監視役でございました。ですがルルーシュ殿下は改竄された記憶を取り戻し、再びゼロとして()ち上がられました」
「……あれが、ルルーシュがブリタニアを憎んでいたとしてもそれは致し方のないことじゃ。
 八年前、あれの母であるマリアンヌが殺された後、幼い兄妹二人して、侵攻することが既に決定事項であった日本に送られた。そして妾はそれに対して何もしてやれなんだ。そのことは今も後悔しておる。
 確かにルルーシュの母であるマリアンヌは庶民の出、軍人の出、にもかかわらず皇妃だなどと、妾には許せなんだ。だが生まれてきた子に罪はない。ましてやルルーシュは聡明で利発な子じゃった。妾はこれでもルルーシュのことを可愛がっておったのじゃ。それがマリアンヌの死後の父上のあの仕打ち。第1皇女という立場にありながら、父上のなさりように怒りを覚えながら、何も出来なんだ。
 もしそのルルーシュが今も生きておるというなら、妾はなんとしてもルルーシュの力になりたいと思うておる。
 そちは三日前、と言うた。その後のことは何も分からぬのかえ?」
 ヴィレッタは逡巡した。思うことはあるにはあるが、確たる証拠はない。
「三日前、ゼロたるルルーシュ殿下は黒の騎士団の裏切りにあい、殺されるところでした。そこを、私と同じく殿下の監視役として、弟として傍にあったロロという少年に救われ、黒の騎士団の旗艦である斑鳩を離れました。
 その後、エリア11の神根島というところで、ブリタニア軍の同士討ちが発生し、そこに逃げ延びたゼロが関与しているのではないかと、シュナイゼル殿下と共に黒の騎士団は神根島に向かいました。私が知るのはそこまでです」
「ではルルーシュは……」
 ヴィレッタは首を横に振った。
「分かりません。生きておいでなのか、それとも亡くなられてしまったのか。
 ですが、ゼロは奇跡を起こす男と呼ばれた存在。そう簡単に亡くなられたとは思えません。確かに第2次トウキョウ決戦のフレイヤ使用で妹君を亡くされ自棄になってはおられましたが、もし神根島の出来事にルルーシュ殿下が関与しておられるなら、いえ、きっとそうだと私は思うのですが、ルルーシュ殿下は必ずや生き延び、三度(みたび)起ち上がられると思っております」
「そうじゃな。もしルルーシュが無事生き延びておれば、また別の形でブリタニアに対して起ち上がろうよ。その際は、今度こそあれの力になりたいと思う。そなたはどうじゃ、ヴィレッタ。そう思うからこそ妾を訪ねて参ったと思うが如何に?」
「私は、黒の騎士団の事務総長を務める扇という男に辱めを受けました。負傷して記憶を()くしていた間のこととはいえ、紛れもない事実です。そして扇は自分たちの指導者であるゼロを裏切りました。自分がしたことや、己らの能力のなさを棚に上げて。そんな私自身の憤りもあります。私怨だと承知しております。
 ですが、私はルルーシュ殿下を信じたいと思うのです。あの方は優しい方です。それは一年もの間、あの方の監視をしていた私にはよく分かります。ですから、もしまたルルーシュ殿下が起たれるならば、その時は殿下の傍らに立ちたいと、分不相応は承知の上でそう思うのです」
「よう言うてくれた。妾の方でもその神根島とやらのことについては調べてみよう。そしてルルーシュが生きていることが分かったなら、妾と共にあの子の力になってやってたもれ」
「はい、皇女殿下」



 そうして日が経ち、「皇帝陛下ご入来」の近侍の言葉に続いて、玉座の間と呼ばれる大広間に入って来た黒衣の少年の姿に、ギネヴィアとその傍らにあったヴィレッタは歓喜の笑みを浮かべたのだった。

── The End




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