「えっ? 何ですって、会長」
言われたことが直ぐに理解出来なくて、ルルーシュは思わず尋ね返してしまった。
「だからね、総督府主催で開かれる学生マナー選手権に、我が校の代表としてルルちゃんが出ることが決定しましたー」
「……何ですか、その学生マナー選手権て?」
「言葉の通りよ。ブリタニア人である以上、たとえ一般庶民であろうとも、しっかりしたマナーを身に付けているのが当然である。ってことで、何故か総督府主催で、そのための選手権大会が催されることになったのね」
ミレイの繰り返される言葉に、漸くルルーシュは納得した。
「じゃあ、この前行われた変なペーパーテストって、そのためのものだったんですか?」
「正解。男子の代表がルルちゃんなら女子の代表は私ね」
総督府は何を一体何を考えてるんだ、そんな選手権を、TV局ならまだしも総督府が主催するなんて。そんなに暇なのか総督府は、いや総督は。
思わず頭を抱えたくなるルルーシュだった。
「大丈夫よー、ルルちゃんなら。テーブルマナーにしろ一般常識にしろ、ルルちゃんなら完璧! もちろん私も完璧! よって男子も女子も優勝は我がアッシュフォードに決定!」
既に優勝が決まったことのように腰に手を当て胸を張ってミレイは告げた。
「もう、どうとでもしてください……」
この学園では生徒会長であるミレイが決めたことは覆らない、よっぽどのことでない限り。そしてそのよっぽどのことというのは、ルルーシュの記憶にある限り、一度としてなかった。つまり、優勝云々はともかくとして、自分がミレイと共にその総督府主催の学生マナー選手権とやらに出るのは決定事項であり、いまさら覆らないということだ。
「で、いつなんです、その大会とやらは?」
半ば諦めぎみの声でルルーシュは尋ねた。
「明日ですー」
「明日って、なんでそんないきなり!?」
「だって総督府で明日って決めたんだもの、私が決めたことじゃないわ」
「でもそれならそれで、もっと早くに分かってたことじゃないんですか!?」
「えー、実は一週間前には分かってましたー」
「ならなんでその時に言ってくれなかったんですか?」
「だって言ったらルルちゃん、逃亡企てると思ったから」
えへ、と悪びれない笑いをするミレイに、ルルーシュは脱力するしかなかった。
ルルーシュの弟のロロは、兄がそのような立場に選ばれたことを、流石は僕の兄さんだ、と喜ぶと同時に、その陰では、大丈夫なのだろうかと、実はルルーシュが皇族の出であることがバレたりはしないかとの不安もあった。ルルーシュの姓はランペルージ。あくまでもただの一般庶民だ。だが実態は違う。ルルーシュの本名は、今は彼自身すら記憶を改竄されて忘れているが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、つまりブリタニアの元第11皇子なのである。ロロはそのルルーシュの記憶が戻った場合の監視役として、赤の他人でありながら、上からの指令により弟という立場をとっているのだ。
しかし主催が総督府であり、学園側では既に出席者としてミレイとルルーシュの名簿を提出しているとのことで、いまさら理由もなく変えさせることは出来ない。ルルーシュではないが、分かった時点で知らせてくれればよかったものを、と唇を噛みしめた。
翌日、ルルーシュはミレイと共に政庁の中に足を踏み入れた。今は昼間であるが、なんでも本選は夜会形式で行われるらしい。そこで如何に紳士淑女らしく振る舞うことが出来るかが審査の対象であるとのことだ。
だから正装なのか、とルルーシュは会場の中からは見えない遠い空に視線を飛ばした。
会場となっている政庁の大ホールは、トウキョウ租界はもちろん、北はホッカイドウ地区から南はキュウシュウ地区まで、幾つもの学校から選ばれてやってきた大勢の学生たちで満ち溢れいている。
審査員である政庁の職員、選ばれた貴族たちは、給仕などをする役目の人間たちの中にまざっているらしい。つまり誰が本来の給仕役の人間で、誰が審査員なのか分からないようになっているのだ。とはいえ、役人や貴族なら、逆に給仕のぎこちなさが表れて、見る者が見れば割と楽に分かるだろうとルルーシュは思う。しかし招待された貴族の中にも審査員が含まれているらしく、それは流石に見抜けそうにないなとルルーシュは思った。
「それではこれから学生マナー選手権の本選に入ります。各自、貴族の夜会に招かれた客として振る舞ってください。その様子から審査を行います。では、始め!」
進行役の役人が一段高いステージの脇でそう告げた。
ルルーシュはアッシュフォード学園の女子代表であるミレイをエスコートして、会場の中央に向かった。
そこで二人は、貴族の一人に声を掛けられた。
「初めて見る顔だが、名前を聞いてもいいかね? ああ、こちらが名を名乗るのが先だね。私はジャック・コネリーという」
「ルルーシュ・ランペルージと申します。彼女はミレイ・アッシュフォード嬢です」
ルルーシュは自己紹介し、次いでエスコートしているミレイを紹介した。
「コネリー様は、私の記憶に違いがなければジョーンズ侯爵のご親戚の方でいらっしゃいますか?」
「ほお」コネリーは感心したように頷いた。「よく知っているね。ジョーンズ侯爵は私の大叔父だよ。今夜は是非楽しんでいくといい」
コネリーはそうルルーシュとミレイに告げると、次の選手のところへと向かった。どうやら彼は審査員の一人らしい。
「ルルちゃん、よく知ってたわね」
感心したようにミレイが小声で呟いた。
「昨日、貴族年鑑と首っ引きで調べておきました」
「流石は我が高の生徒会副会長。やることに抜かりはないわね」
「それはどうも。お誉めの言葉と受け取っておきますよ、会長」
「あら、もちろん誉めているのよ」
そんな会話を交わしているルルーシュとミレイの元に、幾つものグラスの乗ったトレイを持った給仕の一人が声を掛けてきた。
「お飲み物は如何ですか?」
「私も彼女もまだ未成年なのでね、ノンアルコールはあるかな?」
それでしたら、ミネラルウォーターとオレンジジュース、グレープフルーツジュースがございますが」
「では、私にはミネラルウォーター、彼女にはオレンジジュースを」
給仕はルルーシュに言われるまま、それぞれにグラスを手渡して立ち去った。
「アルコール入りでも良かったのに」
少しばかり不満気に告げるミレイに、
「マナー選手権でしょう? 未成年者がアルコールを摂るのはマナー違反ですよ」
つまり失格になると、ルルーシュは言外に告げた。
「ああ、そういうことね」
やがて会場の中に、よく知られているワルツの音色が流れ出す。
「お相手いただけますか? ミレイ嬢」
「喜んで」
ルルーシュとミレイは、近くにいた先程とは別の給仕に空いたグラスを渡すと、会場の中心に歩を進めた。
流れるワルツの拍子に合わせてステップを踏む。二人とも堂に入ったものだ。そんな二人につられるようにして、他の学生たちも踊り始めた。
会場の物陰から、そんなルルーシュとミレイの様子をじっと見つめている人物の姿があった。その人物の口元には笑みが浮かんでいる。
「見つけたよ」
声には出されなかったが、その人物はそう唇だけで囁いた。
そんなことがあるとは知らず、多くの視線に曝されながら、ルルーシュとミレイは時に提供されている料理に舌鼓をうち、時にダンスのステップを踏み、また他の審査員なのかどうか分からない貴族との会話に興じた。
そしてあっという間に3時間という制限時間が過ぎ、進行役の役人から終了のアナウンスが掛けられた。
「審査はここまでです。最終結果が出るまでは各自控室にいるように。結果は1時間後に発表ですので、その時間までにまたこの場に戻って来ること。以上、質問は?」
役人が会場内を見回すが、特に質問が出ることはなく、学生たちはそれぞれに政庁にやって来た時に与えられた控室へと姿を消していった。もちろんルルーシュとミレイもである。
「流石に疲れたわねー。ルルちゃんは?」
「俺も気が疲れました。もう今すぐにでも帰りたいです」
ルルーシュは溜息を吐きながらそう言い、部屋に置かれてあるミネラルウォーターに手を伸ばした。ミレイもそれにならう。二人とも、緊張感からか、自分で思っていた以上に相当喉が渇いていたらしく、一気にグラス一杯を飲み干した。
結果が出るまでの時間、特に何をすることもなく、二人はソファに腰を降ろして時間の経つのを待った。
「そろそろ時間ですね」
やがて時計を見て、ルルーシュがミレイに声を掛けた。
嫌がってはいたが、それでもきちんとやることをやるのは流石にルルーシュだとミレイは思う。同時に、会場内にいた他の学生たちのことも思い出し、やっぱり優勝は自分たちで決まりよ、と心の中で拳を握りしめる。
特に遅れる者もなく、再び大ホールは参加者の学生たちで埋まった。
学生の大会ということで、教育部門の官僚が審査結果を発表した。3位から順に発表されていく。そして、
「優勝者は、男子、アッシュフォード学園高等部のルルーシュ・ランペルージ君、女子、同じくアッシュフォード学園高等部のミレイ・アッシュフォード君」
やった、とミレイは笑い、ルルーシュの手を引いてステージに上がった。
二人に優勝トロフィーと賞状、そして学生相手らしく図書カードが商品として与えられた。
最後に総督がステージにあがり、簡単なスピーチを行う。
「今日は皆見事だった。選ばれたなかった諸君も、立派なマナーを披露してくれた。このエリアの総督として、本国に将来有望な学生が多くいることを自慢することが出来る。これからも神聖ブリタニア帝国の未来を担う臣民として、多いに精進してくれたまえ」
ルルーシュは顔にこそ出さなかったが、心の中で眉を顰めた。こんな大会如きで何が将来有望などといえるのかと。ブリタニアはマナーが出来ているだけで未来が開けるような、そんな生易しい国ではない。ブリタニア人に求められるのは強さだ。
帰宅の仕度をするためにまた控室に戻り、二人とも学生服に着替え終えたところで扉がノックされた。
まだ何かあったのかしら? と思いながら、ミレイは「はい」と返事をして扉を開いた。
そこに立っていたのは、ブリタニア人なら、いや、ブリタニア人でなくても知らぬ者は殆どいないであろう、ブリタニアの宰相たる第2皇子のシュナイゼル・エル・ブリタニアであった。
「で、殿下っ!?」
さしものミレイもシュナイゼルの突然の登場に腰を抜かさんばかりに驚いた。それはミレイのすぐ後ろにいたルルーシュも同様だ。
「久し振りだね、ルルーシュ。もしかしてとは思っていたが、こうして生きている君と会うことが出来て嬉しいよ」
「は?」
シュナイゼルの言っている言葉の意味が分からないというように、ルルーシュは呆気にとられた表情をした。
「覚えていないのかい、私を。君の異母兄を」
「お、覚えてるって、俺、いや、僕はただの一般の高校生で、皇族の、しかも第2皇子であられる殿下にそのようなお声を掛けていただけるような立場の者では……」
演技ではなく、本気でそう言っているようなルルーシュに、シュナイゼルは眉を顰めた。
「もしかして記憶を失くしているのかい?」
「失くしてなどおりません、殿下。僕はルルーシュ・ランページというただの一般庶民の学生です」
そう答えるルルーシュに、シュナイゼルはいい医者を探そう、とルルーシュの答えから外れたことを言ってルルーシュの腕を掴んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください、殿下!」
「今まで八年待った、これ以上待つ気はない」
「宰相閣下、ルルちゃん、いえ、ルルーシュは……」
ルルーシュはシュナイゼルに腕を引かれて連れ出され、ミレイが声を掛けるのを聞こえなかったかのように彼女の前で無情に扉が締められた。
「……ルルちゃんが、シュナイゼル殿下の、異母弟……?」
そんな馬鹿な、と思いながら、ミレイは閉められた扉を見つめることしか出来なかった。
ルルーシュと同じく記憶を改竄されているミレイは知らない。ルルーシュがかつて自分の家── アッシュフォード家── が後見をしていた第5皇妃マリアンヌの長子であることを。何も知らないミレイは、連れ去られたルルーシュを思い、これからどうしたらいいのかと途方に暮れるしかなかった。
── The End
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