告 発




「シュナイゼルの言う通りだ! ゼロは俺たちを騙していたペテン師だ!」
 第2次トウキョウ決戦、ブリタニアがトウキョウ租界に大量破壊兵器フレイヤを投下した後、停戦協議のために訪れた外交特使であるシュナイゼルを主としたブリタニア側と、ゼロを欠く黒の騎士団トウキョウ方面軍の幹部たちとの会談に、一人のブリタニア人女性を伴って黒の騎士団の事務総長である扇はそう叫びながら会議室に入って来た。
「ゼロは俺たちを騙してたっていうのか!?」
 ゼロの親友を自称する玉城が応じる。
「その通りだ。ギアスという力を使って、俺たちを利用してきたんだ」
「それは、つまり俺たちにも……」
 南が恐る恐る扇に尋ねた。自分たちにもそのギアスという力が使われているのかと。
「そうだ。現に千草もその被害者の一人だ」
 そう告げて、扇は自分の後ろにいる女性を示した。
 会議室内にいる者たちの視線が一斉に、扇が千草と呼んだ女性に集まる。
「……私は“千草”ではない」
「何を言ってるんだ、千草!」
 扇に千草と呼ばれた女性は否定の言葉を発し、それに対して扇は不思議そうな顔をした。扇にとって彼女は“千草”以外の何者でもない。
「私の名はヴィレッタ・ヌゥ、元は純血派に属し、現在はブリタニア皇帝直属の機密情報局に属する身だ」
「純血派だって!?」
 千草、否、ヴィレッタの言葉に、その場にいた黒の騎士団側の反応は大きかった。
「ゼロが帝国の第11皇子ルルーシュ殿下であられるのは、シュナイゼル殿下が仰られた通りで間違いない」
「じゃあ、やっぱりゼロは……」
 俺たちを騙していたのか、との南の言葉をヴィレッタは遮った。
「しかし殿下のブリタニアに対する憎しみは本物。それもおそらく、ここにいるイレブン、いや、日本人の誰よりも深いもの。何故なら、ブリタニアは殿下を八年前、既に開戦することが決定している日本に人質として妹君と共に送り出した。つまり殿下を見捨てたのだ。
 殿下が日本にいらっしゃることを承知の上で、ブリタニアは開戦した。そうですね、シュナイゼル宰相閣下?」
 確認するようにヴィレッタはシュナイゼルに問い掛ける。
「日本人は親善のために送られたルルーシュとナナリーを殺した。結局二人は無事に生き延びていたが、それが日本侵攻のきっかけであって、決して見捨てたわけではないよ」
「白々しい」
 ヴィレッタは仮にも帝国宰相たるシュナイゼルに、厳しい視線を向ける。
「生き延びて成長された殿下は、C.C.からギアスという力を得て、ご自分たち兄妹を見捨て、弱者を切り捨てるブリタニアに対し、ゼロという仮面を被って反旗を翻された。
 けれど枢木スザクによってブラック・リベリオンの時に捕縛され、その後、殿下は記憶を改竄され、C.C.を釣るための餌として我々機密情報局の24時間の監視下に置かれた。私はその時の責任者でした。
 ですがやがて殿下は記憶を取り戻され、再びゼロとして()ち上がられ、超合集国連合を創り上げられた。全てはブリタニアに対抗するために。殿下のブリタニアに対する憎しみは真実の物です。
 確かに私は一度殿下のギアスにかかっています。ですがそれは、殿下がまだゼロとして起たれる前のこと。殿下の前に立った私からKMFを奪うため。それだけです。その後の殿下の、ゼロとしての言動に偽りはありません。
 偽りは寧ろ、扇、貴様のしてきたことだ」
 ヴィレッタの最後の台詞に、今度はその場にいる者たちの視線が一斉に扇に向けられた。
「な、何を言ってるんだ、千草?」
「おまえは、負傷し記憶を失った私に何をした? 記憶を()くし不安感にさいなまれていた私を言いくるめて部屋に閉じ込め、監視カメラで部屋にいる私の動向を探り、ついには私が貴様に頼らざるを得ないように仕向けて、男として私に手を出した」
「なっ、それは強姦ではないか!」
 同じ女性である千葉が思わず叫んだ。
「そうだ。そしてやがて私が記憶を取り戻した時には、既にブラック・リベリオンが決行されており、私は黒の騎士団が本部としていたアッシュフォード学園に向かった」
「あっ」と杉山が叫んだ。「あの時の、扇を撃った女!」
 思い出したというように、杉山はヴィレッタを指さした。
「何、本当か?」
「確かにあの時の女だ!」
 幹部たちの遣り取りにヴィレッタは頷いた。
「あの時の自分の行動が間違っていたとは思わない。当時の私はブリタニアで成り上がることしか考えていなかった」
 実際、その時の功績を買われて、ヴィレッタは男爵位を得ている。
「その後の一年近く、私は記憶を改竄されたままの殿下を見てきた。そして記憶を取り戻された後の殿下も。先程も言ったように、殿下の言動に偽りはない。確かに殿下には、シュナイゼル宰相の言う、ギアスという絶対遵守の力がある。“行政特区日本”の虐殺のきっかけは殿下のそのギアスの力が暴走したためのもの」
「暴走だと?」
 コーネリアが口を挟んだ。
「ギアスの力が暴走し、殿下がユーフェミア皇女に説明中に告げた一言、たとえ話に持ち出された「日本人を殺せ」が命令となってしまい、ユーフェミア皇女はそれを実行に移した。決して殿下の本意ではなかった」
「だが現にルルーシュは! そのためにユーフェミアを殺してっ!!」
「他に! ギアスにかかってしまったユーフェミア皇女を止める手立てがなかったからです。それでもブリタニアの医療技術をもってすれば、皇女は死ぬようなことはなかった。つまり皇女を本当に殺したのは、他ならぬブリタニアです。ブリタニアは皇女を見殺しにしたのですよ」
「そ、そんな馬鹿な……」
 信じられないというようにコーネリアがうつろに呟く。
「殿下がギアスを使用されたのは、全てご自身の身を守るためと、黒の騎士団の活動のため、作戦を実行するための手段として使用されたのみ。それは確かにゼロの起こした奇跡の種。ギアスが暴走したユーフェミア皇女の時を除けば、殿下がギアスを使用されたのは黒の騎士団の活動のためでしかなかった。
 扇、貴様が言うように、殿下が黒の騎士団を騙し利用していたなどという事実はない。
 殿下が日本人ではないということは最初から殿下が言われていたこと。そしてブリタニア人であるということは、ブリタニアの元皇子であるということは確かに隠しておられたが、かつて黒の騎士団の援助をしていたキョウト六家の桐原は知っていたこと。いや、知っていたからこそ、キョウト六家は、桐原は黒の騎士団に援助をした」
 ヴィレッタの言葉に、黒の騎士団の幹部たちは、かつて桐原の前で、彼にだけ見えるように仮面を外したゼロを思い出した。
「じゃあ、ゼロがペテン師だっていうのは……」
「確かに殿下が黙って隠しておられたことはあった。だが殿下がゼロとして今まで起こされてきた言動は全て真実。ゼロは、殿下は扇が言ったようなペテン師などではない! 私は人体改造をされて、ギアス・キャンセラーの能力を身に付けさせられたゴットバルト卿によって、私に掛けられたギアスを解いてもらった。不安ならおまえたちもゴットバルト卿にキャンセラーを掛けて貰えばいい。そうすればおのずと分かるはずだ。もしギアスにかかっていたら、その時の記憶がなくなる。キャンセラーを掛けられれば失われた記憶が戻る。キャンセラーによって戻る記憶があれば、それがギアスを掛けられた証拠。
 けれど私が知る限り、殿下が黒の騎士団のメンバーにギアスを掛けられたことはない。あの方は優しい方だ。一度身内に入れられた者を、ギアスを掛けて操ろうなどということはなされない。
 第一、ギアスに掛けられ操られているというなら、今ここで殿下に疑念を持つこと自体が不自然だと、何故気付かない? そして敵対するブリタニアが自分たちに不利になる情報を持ってくるなどということが、このような状況下であるとお思いか!」
 ヴィレッタの言葉に藤堂は唸った。シュナイゼルたちの言葉に、示された情報に引き摺られかけたが、考えてみれば確かにヴィレッタの言うように、敵が自分たちに有利になるような情報を持ってはきても、不利になる情報を持ってくるはずがないのだ。
「だが、だからといって純血派という貴様の言葉を何処まで信じることが出来る!」
「確かに私は純血派だった。だが今ではそれを後悔している。殿下の、ゼロの言葉に、私は純血派に身を置いていたことを恥じている。
 そして、扇のかつての私に対する態度から言おう。扇は信ずるに足りない男だ! 記憶のない女に手を出すような不埒な輩! そんな男こそ、信ずるに値しない!」
「千草! 何を言うんだ! どうして俺を信じてくれない、俺はいつだっておまえのことを……」
 ヴィレッタに取りすがるように告げる扇を、彼女は冷たく突き放した。
「私は“千草”ではないと言っている、その手を外せ! 貴様に触れられるなど虫唾が走る!」
「千草!!」
「扇は真実を見ようともせず、考えようともせず、いたずらに黒の騎士団内を混乱させようとしている。そんな男の何処が事務総長などという肩書が相応しいものか! 私に言わせれば、その肩書に、己にそれに相応しい能力があるなどと過信している愚か者でしかない。古参というそれだけの理由で与えられた、重責を担えるような能力のある人間ではない」
「千草……」
 己を否定し罵るヴィレッタに、扇は信じていた者に裏切られた思いで、力なく床に膝を付いた。
「シュナイゼル宰相、貴方方が殿下になさってこられたことは、ただ殿下を見捨てられたことだけです。殿下は対ブリタニアという点においてなくてはならない方。それを言葉巧みに殿下を、ゼロを排斥されようとするのは、敵としては当然のことでしょうが、ゴットバルト卿同様、殿下に忠誠を誓った今の私には通じません。お引き取り願いましょう!」
 異議はあるかと、ヴィレッタは会議室内を見回した。
「……南、扇を連れていって監禁しておけ」
「藤堂さん!」
 扇は藤堂の言葉にその名を叫んだ。
「貴様を放っておけば、黒の騎士団内に()らぬ混乱を招くだけだ」
 そう言って南に扇を会議室内から連れ出させた後、改めて藤堂はシュナイゼルたちを見た。
「停戦は受け入れよう。どちらにしろ、今のトウキョウ租界の状況を考えれば、そちらもこちらも陣営を立て直す必要がある。
 しかし受け入れるのは停戦のみ。ゼロを引き渡すことは出来ない。ゼロあってこその我が黒の騎士団だ」
 ヴィレッタの言葉を聞き続けることで冷静に事を考えられるようになった藤堂は、シュナイゼルにそう言い切って、ゼロの引き渡しを拒絶した。
「……今は致し方ありませんね。いつか、今日のことを後悔される時がきますよ」
 そう捨て台詞ともいえる言葉を残して、シュナイゼルは副官のカノンと共に会議室を去り、コーネリアは黒の騎士団の捕虜として残されることになった。取引材料がないのだから、それも致し方ないといえるだろう。
「ヴィレッタ・ヌゥ、貴様はブリタニアを裏切る気か!」
「私はルルーシュ殿下に忠誠を誓いました。それだけです」
 独房に連れていかれるコーネリアは、ヴィレッタに侮蔑の視線を向けて叫んだが、ヴィレッタは自分の信念を貫くだけだとコーネリアに返した。
 残った会議室のメンバーに、ヴィレッタは告げる。
「このエリア11の総督であるナナリー皇女は、ルルーシュ殿下の、つまりゼロの実の妹君です。フレイヤによって殿下はその妹君を亡くされた。どうか殿下の今のお気持ちをお察しください」
 ヴィレッタのその言葉に、フレイヤが投下されトウキョウ租界が消失した後の、ゼロの「ナナリーを探せ!」との、今となっては悲痛ともとれる叫びが藤堂の脳裏を(よぎ)った。
「そしてどうか、殿下のブリタニアへの憎しみを疑われませんよう。殿下は皆さん同様に、いえ、それ以上にブリタニアを憎み、これを壊そうと思っておられます。その意思に、扇の言ったような偽りはありません」
 ヴィレッタは会議室内に残った幹部たちにそう告げて、頭を下げた。

── The End




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