続・皇子の帰還




 経緯はどうあれ、一度はブリタニア本国に戻ったルルーシュだったが、アッシュフォード学園の高等部に籍を置いている現在、それを終えてから改めて帰国する旨をシャルルに伝えて、ルルーシュは再びエリア11の土を踏んだ。
 出立の際、シャルルは残念そうではあったが、それでもこれが最後ではないのだと納得して送り出してくれた。
 エリア11に戻ったルルーシュを、妹のナナリーは勢い込んで喜び一杯に出迎えた。
 ブラック・リベリオンの際に一度は何者かに浚われたナナリーだったが、その終息と共にナナリーはアッシュフォード学園に戻されていた。ただルルーシュは本国に無事でいるとだけ知らされて。
「本国は如何でしたか? 何も危険なことはありませんでしたか?」
 クラブハウスに戻って最初の夕食の席、ナナリーはルルーシュに本国での様子を必死に聞き出した。
「それではお兄さまが高等部を卒業されるまでは今までの通りなのですね?」
「ああ、ブリタニアで何処かの高校に通うという方法ももちろんあったが、ミレイたちとのことを考えれば、せめて卒業までは共に過ごしたいと思う」
「そうですね」
 そう返すナナリーの答えは何処か残念そうなものに聞こえた。それはルルーシュの気のせいだったのだろうか。
 実を言えば、ナナリーはルルーシュが本国に戻ったことで何も危険なことがないならば、自分も共にすぐにでも本国に帰りたいと思ったのだ。自分がブリタニアの皇室においては、弱者以外の何者でもないという認識は全くなかった。兄が認められているならば、自分も何の問題もないはずだと簡単にそう考えていた。
 翌日、クラブハウス内の生徒会長室で、ルルーシュはミレイと二人だけで会っていた。
「ご無事のお戻り、何よりでございました、殿下」
「ここにいる間はその呼び方は止めてください、会長」
 一瞬躊躇い、けれど即座にミレイは態度を改めた。
「じゃあ、ルルちゃんは高等部卒業までは今まで通りここにいるってことね?」
「ええ」
「じゃあ、それまではこれまで通り生徒会副会長としてよろしくね、ルルちゃん」
 ミレイはそう気さくにルルーシュに声を掛けた。が、次に疑問が浮かんだ。
「ルルちゃんはそれでいいとして、ナナちゃんはどうするつもりなの?」
「……ナナリーは、今のままではあの皇室では弱者でしかありません。たとえ父の庇護があったとしても、何処まで無事にいられるか。
 俺は、俺が高等部を卒業したら本国に帰ることは伝えました。後はそれまでのナナリーの様子を見ながら考えます」
 それはつまり、突き放すようなことになるが、ナナリーに皇室に戻っても大丈夫といえるような進歩がない限り、たとえ離れ離れになろうと、ナナリーを置いていくことを示していた。
 そうと察したミレイが尋ねる。
「それでいいの?」
 ルルーシュは首肯した。
「仕方ありません。今のままでは、ナナリーは皇室で何の憂いもなく無事に過ごすのは無理でしょう。目が見えず、足も動かず、そうして身体障害を負って……。けれどナナリーのように、あるいはそれ以上に障害を負っていても、それに屈することなく生きている者も存在します。ナナリーにそれだけの気概があるなら、一緒に連れ帰るのは吝かではありません。寧ろ共に暮らせるのだから、そのほうが何倍も嬉しい。しかしナナリーにその気配がないなら、いつまでも今のままにあって何の変化も見られないようなら、残念ですが置いていく他ありません。その際には会長に、アッシュフォード家に負担を賭けてしまうことになりますが……」
 最後まで言わせることなく、ミレイは頷いた。
「気にしないで、ルルちゃん。もしそうなったら私がナナちゃんの面倒を見るわ。日常のことに関しては咲世子さんがいるし、ルルちゃんが心配することはないわ。私を信用して任せて」
「会長」
「それにまだ一年もあるわ。その間にナナちゃんの自覚が芽生えれば、ルルちゃんはきちんとナナちゃんを連れていくつもりでいるんでしょう?」
「ええ、出来ればそうしたいと考えています。たった一人の大切な妹ですから」
 ルルーシュにとって唯一の実妹。だからこそ危険な目に合わせたくはない。皇室の悪意に曝させたくない。だがそれに立ち向かえるだけの気概がナナリーにあるならば、共に連れて行くことに躊躇いはない。全てはナナリーの今後次第だ。
 そしてルルーシュはエリア11の在り方に思いを馳せる。
 ブラック・リベリオンの失敗により、エリア11は矯正エリアに格下げされた。そして総督であるコーネリアは負傷を負い、その負傷が癒えぬまま出奔したという。
 おそらくそれは、行政特区でユーフェミアが突如あのような真似をしでかした真実を探ろうとしてのことだろう。だが本国はユーフェミアの件に関しては乱心の末の出来事であり、その行いの咎により処刑したと発表した。一度皇室から正式にそう発表されたことを覆すことは叶わない。少なくとも、今の皇帝であるシャルルから代替わりし、他の者── この場合はコーネリア── が帝位に就かない限り。
 ユーフェミアの特区虐殺の咎は、ゼロであった自分にあるとルルーシュは知っている。ギアスの暴走により、ただのたとえ話だったはずの「日本人を殺せ」という言葉が命令となってしまった。そうして日本人虐殺に走ったユーフェミアを止めるには、彼女を殺すしかルルーシュには方法は見いだせなかった。
 しかしブリタニアの最新医療を用いればユーフェミアは死なずに済んだはずだ。なのにユーフェミアは死んだ。何故か。皇籍を奉還し、ただのユーフェミアとなり、国是に反する特区を提唱したユーフェミアはブリタニア本国にとっては邪魔な存在でしかなかったからだ。
 つまりユーフェミアの死の直接の原因はルルーシュにあるが、それを決定的なものにしたのは、他ならぬユーフェミア自身の行動にあったのだ。果たして姉のコーネリアはそれを理解しているのだろうか。
 そしてまた、ルルーシュは囚われた黒の騎士団の団員たちを思い浮かべ、現状を考えた。もはや組織だってテロを起こすだけの力を持つテログループはこのエリア11には存在しない。行政が上手く働けば、あまりにも無用なイレブンへの虐げがなくなれば、矯正エリアからの脱却もそう遠いことではあるまい。
 黒の騎士団の団員たちに申し訳ないと思い、C.C.がどうなったかと悩みながらも、ナナリーが望む“優しい世界”を現実のものとするために、長い時間がかかるだろうことは承知の上で、今度はブリタニアの内側に入って変えていこうと決意するルルーシュだった。同時に、おそらくは内側からの方が母の死の真相を知る機会も増えるだろうとも考えて。



 そして一年──
 ナナリーは変わらなかった。結果、何故、どうして、と問い詰め、自分も連れていってくれとせがむナナリーをミレイに託して、ルルーシュは一人ブリタニアへと向かった。

── The End




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