立ち位置




「友達を売るのか!?」
 拘束服を着せられ床に抑えられたルルーシュは、スザクに向かってそう叫んだ。
 その様を黙って見ていたシャルルは、一言、スザクに告げた。
「そちは下がっておれ」
「は? ですが、このままルルーシュを……」
「下がれと申しておる!」
「は、はい」
 シャルルの恫喝のような言葉に、スザクは未練を残しながらもその場にルルーシュを置いて立ち去った。
 スザクの気配が完全に消えた後、シャルルは脇に控えている者に向けて声を掛けた。
「誰ぞ、ルルーシュの拘束具を外して着替えを」
「はっ、直ちに」
 控えていた者が、着替えを片手に姿を現し、ルルーシュに近付いて来た。
「さ、殿下、これにお着替えを」
 ルルーシュを床から抱き起こし、その拘束服の拘束を解くと、持っていた着替えを差し出した。
「何のつもりです、父上」
 意味が分からずにルルーシュはシャルルに問い掛ける。
「その答えは後程、そなたが着替えを済ませたら茶でもしながら話そう。着替え終えたら儂の私室に来なさい」
 皇帝の答えに訝しみながらも、ルルーシュは近侍の者の差し出す着替えに手を伸ばした。それは明らかに皇族服だった。



 衣服を改めたルルーシュは、案内されるままにシャルルの私室を訪れた。
 スザクによってブリタニアに連れてこられて以来、その瞳はずっと険しい。だがそんなルルーシュの様子に頓着することなく、シャルルは自分の前のソファに座るように勧めた。そこには、淹れられたばかりと思しき、湯気を立てる紅茶のカップが置かれてあった。
 シャルルの真意を測りかねながらも、ルルーシュは言われるままにシャルルの向かいのソファに腰を降ろした。
「そなたは憎んでいるのであろうな、七年前のそなたとナナリーに対する儂の仕打ちを。そして現在のブリタニアの国是もまた」
 ルルーシュがソファに腰を降ろしたのを見て、シャルルはそう切り出した。
「……憎むなというほうが無理でしょう」
 ルルーシュは怒りを込めた、けれど極力冷静さをもってシャルルに返した。
「そなたには済まないと思っている。だがあの時は、ああする以外、そなたたちの身の安全を図る方法が思い浮かばなかったのだ」
 そうしてシャルルは七年前のマリアンヌの死に関する真実を語り始めた。
「そんな馬鹿な! そんな話、信じられるものか!」
 マリアンヌの殺害はシャルルの双子の兄が為したこと、そしてマリアンヌの躰は死んだが、その精神はラウンズの一人、アーニャ・アールストレイムの中で生きているとのことに、ルルーシュはそのあまりにも馬鹿げた話を信ずることが出来なかった。
「でも本当のことだよ」
 突然、そう言って部屋の中に一人の床まである長い髪を持つ少年が入って来た。
「誰だ?」
「僕の名はV.V.。さっきシャルルが言っていた君たち兄妹の母親であるマリアンヌを殺した者だよ」
「おまえが!?」
 どうしても年下の子供にしか見えないそのV.V.と名乗る少年が母を殺したとは思えず、ルルーシュは問い返した。
「そう。僕はコードを継承して不老不死なんだ。シャルルとは、嘘のない世界を創ろうと約束をした。けれどマリアンヌの出現で、シャルルの意思が変わってしまうのではないかと危惧をだき、僕はマリアンヌを手に掛けた。今では後悔しているよ。マリアンヌが僕たちの同志であったことに変わりはなかった。手を下したのは間違いだったと」
「そんな……」
 V.V.の言う嘘のない世界というのがどういう世界を意味しているのかは分からないが、本来なら母に殺される理由は無かったのだと、V.V.の言葉からルルーシュは朧に察した。
「マリアンヌが死に、日本と開戦となり、そなたとナナリーが死んだとの知らせがあった後、兄さんと話し合った。儂たちが臨んだ嘘のない世界を改めて考えた。人類の集合無意識という神を殺し、人類の意思を一つに纏めること、それが嘘のない世界だと思っていた。だが、嘘をつかないと約束した兄さんは、マリアンヌを殺し儂に嘘をついた。それを聞かされた時、儂の世界は崩れた。
 そして思ったのだ。問題は嘘をつくかつかないかではなく、互いに信用出来るか否かだと。兄さんはもちろん、アーニャの中で生きているマリアンヌも儂の意見に賛同してくれた。
 しかし一度始めてしまったことは、急に取りやめることは出来ず、世界をブリタニアの支配下に置こうと侵略戦争を続けてはいるが、そうしてブリタニアが世界を治めることが出来れば、一つの国家として世界は纏まっていくだろう。
 儂としては、そうなった世界をルルーシュ、ゼロたるそなたに任せたいと思う。ゼロとしてのそなたの唱える、弱肉強食の否定、人種差別を廃止し、ナンバーズ制度のない、人に平等な世界こそ、儂たちが望む世界にもっとも近いのではないかと思う」
「な、何を勝手なことを……」
 シャルルの言葉にルルーシュはそう返すしか言葉を持たなかった。
「都合のいいことを言っているのは百も承知だ。だが儂は、儂たちはそなたに、ブリタニアが世界を征服した後の世界を任せたいと考えている。
 ついてはルルーシュ、そなたは再びエリア11に戻り、ゼロとしての活動を再開するがよい。ただし今度はエリア11だけではなく、世界を巻き込んだ上で、対ブリタニアとして」
「……父上……」
 シャルルが本気なのは、その瞳を見て漸く察することが出来たルルーシュだった。だが、果たしてシャルルが望むようなことが自分に出来るのだろうかという疑念もある。
 ギアスの暴走が原因とはいえ、“行政特区日本”の虐殺を引き起こし、ユーフェミアを死に至らしめた自分に、そんなことが許されるのかと。
「アーニャをそなたにつける。アーニャが、ひいてはその中にいるマリアンヌがそなたを護るだろう」
「……スザクは、どうなります……?」
 自分をシャルルに売ろうとしたスザクのその先は? それが気になるルルーシュだった。
「罰を与える。あれは皇族であるそなたを捕まえ不敬を働いた者。罰を受けるのは当然のことだ。
 エリア11で拘束された黒の騎士団については、そなたの考えで、助け出すなりなんなりするがよい。もちろん、表だって儂たちがそれに関与することは出来ないが、後はそなたの裁量如何だ」
「本当に、いいんですか?」
 念を押すようにルルーシュはシャルルに問い掛けた。それにシャルルとV.V.の二人ともが頷く。
 彼らには彼らの建てた計画の破綻が見えていた。だからそれを、自分たちの理想にもっとも近いものを持つルルーシュに託そうと決めたのだ。
「全てはそなたの望むままに、人に“優しい世界を”」
 そう告げて、表向きとは異なった己の立ち位置を、その心の内をルルーシュに託して、シャルルはルルーシュにアーニャを護衛としてつけてエリア11に送り出した。
 ちなみにその後、ゼロを捕まえた報償としてらラウンズの地位を望んだスザクがどうなったかはルルーシュの知るところではなかったが、風の噂では、皇族に弓引いた者として極刑に処されたとのことだった。

── The End




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