ルルーシュには、ナナリーの他にもう一人の妹がいる。それはルルーシュの双子の妹であるリリーシャである。
男女の二卵性とはいえ、双子は不吉として、生れ落ちてすぐ、リリーシャは母であるマリアンヌの後見をしているアッシュフォード家の伝手により、他家に預けられた。よって、そのことを知っているのは、今は亡きマリアンヌを別にすれば、出産に立ち会った産婆と、ルーベン・アッシュフォード、そしてそのルーベンから赤子を預けられた、アッシュフォード家に仕えるグレッグ・コールドウェルだけだった。
しかし双子ゆえの絆だろうか、ルルーシュもリリーシャも、物心つく頃には、何か足りないと、己には片割れがいるはずだとの認識があった。そしてそれぞれに知っているであろう相手を問い詰めた。ルルーシュはルーベンに、リリーシャはグレッグに。二人は重く口を開いた彼らから妹の存在を、兄の存在を知らされ、会いたいと思った。とはいえ、ルルーシュはブリタニアの第11皇子であり、リリーシャは実態はどうあれ、表向きはアッシュフォード大公爵家に仕えるコールドウェル家の娘に過ぎない。だが互いに会いたいという思いは募る。そうして二人はルーベンの計らいによって、アッシュフォードの屋敷にて、漸く対面することが叶った。それはマリアンヌが殺される一年前のことだった。 出会った二人は、やはり彼は、彼女は、双子の絆だろうか、互いに互いを己の片割れだと、紹介される前に即座にそう認識した。そして二卵性であるにもかかわらず、二人の違いは性別だけという程にそっくりだった。
「リリーシャ」
「ルルーシュ兄さま」
表だって会うことはこれから先もそうはないだろう。だが互いの存在を確認し、会うことが叶わぬならせめて手紙をと、二人は一月に一度の割合ではあったが、手紙の遣り取りをして、互いの近況を報告しあうようになった。
そんな中で起きた母マリアンヌの死と、それに伴う、ルルーシュとその妹であるナナリーの日本行き。
そのような状況下でも、ルルーシュはリリーシャに苦労して手紙を出した。流石にリリーシャからの手紙がルルーシュの元に届くことはなかったが。それでもルルーシュはリリーシャの無事を確信していた。もしリリーシャに何かあれば、自分の中の何かが失われたであろうから。 やがてブリタニアは日本にルルーシュとナナリーという二人の皇族がいるにもかかわらず戦端を開き、やがてそう長い時間を要せず、僅か一ヵ月余りで日本はブリタニアの植民地、即ちエリア11となった。
マリアンヌの死去により、その死を防ぐことが出来なかったとしてその責めを負い、爵位を剥奪され没落していたアッシュフォード家だったが、ルーベンの忠義は固く、終戦間際、彼は日本に足を踏み入れてルルーシュとナナリーの二人を庇護した。しかし日本に来たアッシュフォード家に、コールドウェル家は同行していなかった。あえてルーベンがそれを許さなかったのだ。
日本がエリア11となってから八年、一人の少女がエリア11に降り立った。
少女の名はリリーシャ・コールドウェル。一年前から突如として途絶えた兄ルルーシュからの手紙を不自然に思い、育ての親であるグレッグを説き伏せて、アッシュフォードが設立した学園に留学してきたのである。リリーシャはカラーコンタクトによって瞳の色を変え、髪の毛を染めてその色も変えていた。
そこで目にした思いがけない事実。
ルルーシュが今はランペルージの姓を名乗っているのはとっくに知っていた。この一年は絶えていたとはいえ、ずっと手紙の遣り取りはしていたから。だが彼の傍にいるのは妹のナナリーではなく、いるはずのない弟のロロであり、アッシュフォードは、ルーベンはリリーシャの存在を忘れていた。
ルルーシュの身に一体何が起こったと、いや、起きているというのか。
やがてルルーシュを観察しているうちに、自分の他にルルーシュを観察、いや、監視している者の存在に気付いた。それも一人や二人ではないし、ましてや素人でもなかった。
そうこうしているうちに、その監視者たちに異変が起き始めた。一人減り、二人減り、今では何人残っているだろうかという状態だ。そしてそれとほぼ時を同じくして、エリア11に異変が起きた。仮面のテロリスト、ゼロの復活である。
双子ゆえの直観だろうか、TVのモニターを通してではあったが、その姿を目にした途端、リリーシャはそのゼロが他ならぬルルーシュであると気付いた。
それを悟ったリリーシャは、隣のクラスであるルルーシュに手紙を出した。表向きはラブレターという形をとって。
ある日の放課後、その手紙を受け取ったルルーシュは、好きな相手からの告白を受ける、ある意味定番の場所ともいえる校舎の裏でリリーシャと出会った。今までにたった一度しか会ったことのない存在。しかもその彼女は、今は瞳の色も髪の色も変えている。それでもルルーシュには分かった。彼女が己の片割れであると。
「リリーシャ」
「ルルーシュ兄さま」
互いの名を呼びあう以外は言葉もなく、二人は互いに手を差し伸べ、差し伸べられたその手を取った。
「兄さまがゼロだったんですね。だから隠された、監視を受けていた、いえ、今もされているのでしょうか」
「機情は既にこの手の中だ」
「あの、兄さまの弟だというロロは?」
「既にこちら側に取り込んでいる。心配はいらない」
「兄さまがブリタニアに反逆するのは何のためかお聞きしても?」
「ナナリーが望んだ“優しい世界”を叶えるために。今の間違ったブリタニアを壊すために」
「ナナリーは知って?」
「いや、何も気付いてはいない」
ナナリーは一年前に皇室に戻り、今はこのエリア11の総督として赴任してきている。だが彼女に行方不明の兄を捜そうとしている気配はない。たった一度しか会ったことのない自分が必死になって捜していたというのに、14年もの間、ルルーシュに愛され守られてきたナナリーは、口では何をどう言おうと、実質的には兄を見捨てているも同様だ。ナナリーの本心がどうあれ、リリーシャにはそうとしか受け止められなかった。いくら目が見えないといっても、ずっと傍にいながら何も気付いていないというナナリー。自分はモニター越しであっても、ゼロが兄のルルーシュだと直ぐに分かったというのに。
「ナナリーはユーフェミアの唱えた特区を再建しようとしている。そして兄さまに参加を呼び掛けている。どうされるおつもりですか?」
「特区に参加は出来ない。かといって、反対すればナナリーと対立することになる。それは避けたい」
「……このエリアを去られるおつもりなのですね」
自分の考えを見透かされたことに、ルルーシュは一瞬だけ目を見開いた後、綺麗な微笑みを浮かべた。
「流石はリリーシャだ。俺が何を言わなくても俺の考えが分かる」
「だって私はルルーシュ兄さまの双子の妹ですもの。兄さまの考えは伝わってくるわ」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
「兄さま、私も行きます。今度は誰に遠慮する必要もないのですもの。兄さまの傍にいさせてください」
「苦労することになるぞ」
「分かっています。それでも構いません。また瞳の色を変えて、髪の色を戻して、イレブンのふりをして黒の騎士団にも入りましょう。そうすればずっと、そしてもっと近くに、兄さまの傍にいられます」
「後悔することになるかもしれないぞ?」
「こうして再び出会うことが出来たのに、また離れ離れで兄さまの身を案じて暮らす方が、私にとっては苦でしかありません」
「……そうだな、俺も本心を言うならおまえに傍にいて欲しい、リリーシャ」
「お傍にいます、ずっと」
やがて“行政特区日本”の式典の日、リリーシャは黒の騎士団のメンバーの一人として、エリア11を去った。
その日からゼロであるルルーシュの傍には常に一人の少女── リリーシャ── の姿があった。
── The End
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