秘 密




 二ーナ・アインシュタインには、物心着いた頃から、誰にも言えない秘密があった。



 私立アッシュフォード学園に在籍し、幼馴染とも言えるミレイとの関係から生徒会の手伝いもしている二ーナは、ある日、学園の大学部に間借りしている、特別派遣嚮導技術部、通称“特派”と呼ばれる、ブリタニアの宰相を務める第2皇子シュナイゼル直属の、KMFを研究している組織があることを知った。
 彼は、彼女は、覚えているだろうか、自分と同じように。そう思いながら、シンジュクゲットー掃討作戦が行われた日、すなわち、総督であるクロヴィスが暗殺された日の翌日、記憶に間違いはないのだと確信を持ちながら、ニーナは特派のトレーラーに足を運んだ。
「あの、すみません、ニーナ・アインシュタインと申しますが、ロイド・アスプルンド博士はいらっしゃいますか?」
 ニーナは入り口近くにいる職員の一人におどおどと声を掛けた。たとえいるとしても、相手は伯爵という位にある人物だ、果たして一学生に過ぎない自分に会ってくれるだろうかと疑問に思いながら。
 しかしニーナのそれは懸念に終わった。ニーナは直ぐにトレーラーの奥、事務室に案内された。そこで待っていたのは、ニーナの記憶の中にあるロイド・アスプルンドと、彼の副官であるセシル・クルーミーの二人だった。その他には誰もいない。ランスロットのデヴァイサーであるスザクすらも。
「君が今日ここに来たのは、ルルーシュ様の件、と思ってもいいのかな?」
 どう切り出そうかと思案しているニーナに、ロイドはにまにまと人の悪そうな笑みを浮かべながら問うた。
「し、知っているんですか、ロイド先生も?」
 勢い込んでニーナはロイドに尋ねた。
「知っているよ。というより、覚えている、というほうが正しい気がするけどねー」
 ロイドの答えにその横に立つセシルを見る。
「私も覚えているわ、ロイドさんと会った日に思い出したというか」
「で、君はどうしたい訳?」
「そ、それは……」
 ロイドに尋ねられて、ニーナは口籠った。
 ユーフェミアには死んでほしくない。そしてあんな大量破壊兵器── フレイヤ── を作り出して、大勢の人を死なせてしまうようなことはしたくない。さらに言えば、ルルーシュにもあんな死に方をしてほしくない、それだけだ。
「僕は陛下に、ああ、今はまだただのルルーシュ・ランペルージだったね、彼にも普通の幸せを見つけて欲しいと思っている」
「わ、私もです! ゼロのしたことは、必ずしも正しくはないけれど、間違っていることもあるけれど、それはブリタニアから見ただけの場合で、彼を支持していたイレブンには、また違った考え、捉え方があったんだと、今は思えます。そして、彼をあんなふうに追い詰めてしまったのは、ブリタニアという国とシャルル皇帝たちで、彼があんなふうに死ぬことはなかったはずなんです! 彼にだって幸せに生きる権利があったんです! それなのに私たちは……」
 最後の方は涙ぐみ、言葉にならなかった。
「あの方に生きていて欲しいと思うのは僕たちも同じさ。
 あの方の最期の記憶を持っていると今確認出来ているのは、僕たちと君の三人だけ。でもきっと、あの計画を知っていた人間は、その中でも、心の底では反対していた人間は、皆記憶を持っているのじゃないかと僕は思ってる。とはいえ、これはあくまで僕の推測にすぎないけれどね」
「じゃあ、ゴットバルト卿や咲世子さんも……」
「うん。あくまで僕とセシル君の希望的推測だけれどね。でも今日君が来たことで確信が強まったのは事実だよ」
「思い切って咲世子さんやゴットバルト卿に話を持っていってみるのも一つの手ではないかと、さっきロイドさんと話していたのよ。今ならまだルルーシュ殿下がゼロとなるのを防げるのだし」
「そうしたら、ユーフェミア様もあんなふうに亡くなられることもありませんね。ルルーシュ君も」
「あくまで可能性の話だけどね」
 その後三人で話し合った結果、ロイドがジェレミアに、ニーナが咲世子に接触してみることになった。



 本来ならば足を運びたくなどない政庁に、それでもロイドがその足を向けたのは、ひたすらにルルーシュのためだ。彼が記憶を持っているのなら、彼はルルーシュの死を望みはしないだろう。そのために動いてくれるだろう。彼、ジェレミア・ゴットバルトが記憶を持っていることを願いながら、ロイドは政庁に足を踏み入れた。
 一方、イレブンに対して嫌悪症とも言えるものを抱いているニーナだったが、ニーナは咲世子の優しさを知っており、ナナリーの世話役として彼女の傍にいることが多いことから、咲世子の人柄はそれなりに知っているつもりだ。咲世子は自分が嫌悪している他のイレブンとは違う、そう思いながら、放課後、ニーナはクラブハウスに咲世子を訪ねた。



「いやあ、実は卿と二人だけで話がしたくてね、さるお方のことで」
 ロイドはジェレミアの部屋に通されると、二人きりになったのを確認して唐突にそう切り出した。
「……貴様のいう“さるお方”とは、ルルーシュ様のことか?」
 ああやっぱり、そう思いながらロイドは頷いた。
「僕が卿と話をするとしたら、あの方のこと以外ないだろう?」
 チェシャ猫のような笑みを浮かべながらロイドは応じた。
「では、私の記憶の中にあるルルーシュ様のことは事実なのだな?」
 確認するようにジェレミアがロイドに尋ねた。ジェレミアの記憶の中、“優しい世界”を望み、その人柱となって死んでいったジェレミアのただ一人の主。
 出来うるならば、()の人に、二度とあのような死に方はしてほしくないとジェレミアは思っている。
「卿の他には、僕とセシル君、そして先日ニーナ君にも記憶があることが確かめられた。スザク君にはなかったけどねー」
 スザクに記憶がないのは、計画の何よりの当事者だからか。それとも、彼があくまでルルーシュをユーフェミアの仇としてその命を奪うことに躊躇いを持っていなかったからなのか、それは分からない。
「ゼロは、そして黒の騎士団はまだ出てきていない。今ならまだ間に合う。あの方がゼロとなることを止めることはもちろん、黒の騎士団に裏切られ、殺されようとすることも。そして何よりも、“ゼロ・レクイエム”を」
「あの方のあの計画を阻止し、あの方があのような死に方を為さることを止めることが叶うなら、私は何でもしよう」
 ジェレミアのその言葉に、ロイドは嬉しそうな笑みを浮かべた。
 その頃、ニーナは咲世子と二人だけで話がしたいと、ルルーシュやナナリーから離れて咲世子の私室で話をしていた。
「信じられないかもしれませんが、私には記憶があるんです。“ゼロ・レクイエム”と言ったら、お分かりいただけるでしょうか」
「!」
 ニーナの最後の言葉に、咲世子は目を見張った。
「ニーナ様も、なのですね」
 咲世子のその言葉に、ニーナは彼女にも記憶があるのだと理解した。
「はい。肝心のルルーシュ君や、ナナリーちゃんは? 私の見る限りそんな気配は感じませんけど」
「仰る通りです。お二人にはその記憶はないようです」
「スザク君もそうみたいです。
 今、ロイド先生がゴットバルト卿の元を訪ねています。あの計画を潰すために、ルルーシュ君を生かすために、あの時、あの計画に関わっていた私たちにだけ記憶があるんじゃないか、って。だから私は確認するために貴方に会いに来ました。貴方は、ルルーシュ君のあんな死に方、望んでいませんよね?」
 少しばかりの不安感に目を彷徨わせながら、ニーナは咲世子に問うた。
「はい」咲世子は力強く頷き返した。「“ゼロ・レクイエム”は、結局はルルーシュ様の自己満足と、枢木スザクのユーフェミア殿下の仇討ちだったのではないかと理解しています。ですから、ルルーシュ様に仕えることを至上とする私としては、何としてもそれを防ぎたいと思っています」
 咲世子の答えに、ニーナは今度はしっかりと咲世子の目を見つめ返した。
「なら、私たちは同志ですね。正直なところを言えば、ユーフェミア様をあんなふうに殺したゼロは未だに憎い存在です。でもだからといって、ルルーシュ君があんなふうに死ぬ必要はないと思うんです」
「その通りです。あの計画の後のことも多少記憶にありますが、あれは、決してルルーシュ様が望まれたものではないと思うのです。ルルーシュ様を裏切った恥知らずな扇要が日本の首相となり、ペンドラゴンを消滅させ億に近い民衆を殺しながら、それに気付くことなくブリタニアの代表となったナナリー様。お二人には人の上に立つ資格も覚悟もございません。そしてカレンさんは、ルルーシュ様を殺そうとしたKMFのキィを自慢げに胸に下げて、英雄として学園に復学されました。
 今は変わらずにナナリー様のお世話をしておりますが、記憶を抱えている身としては、それは心の底では苦痛でならないのです。せめてもの救いは、カレンさんが病弱を理由に、学園に殆ど姿を見せていないことくらいです」
 心情を吐露する咲世子に、ニーナは咲世子がそんなふうに想いながらナナリーの世話をしていたとまでは想像が働いていなかったことで自分を責めた。それは責められるようなことでは決してないのだが。
 ニーナは頭を切り替えた。
「今、ロイド先生たちとこれからのことをどうするか、とにかくゴットバルト卿や咲世子さんが記憶を持っているかどうか確かめてから、それを考えようとしているところです。協力、していただけますよね?」
「もちろんです、ニーナ様」
 躊躇いのない咲世子の答えに、ニーナは一安心したかのように笑みを浮かべた。



 それから数日後、新総督の到着を待たず、そしてまたクロヴィス暗殺犯の捜索や捕縛も後回しにして、シンジュクゲットーに本拠を置く、小さなテロリストグループである扇グループが、ジェレミア・ゴットバルト率いる純血派によって粛清された。その中には、表向きはシュタットフェルト家の令嬢である紅月カレンの姿もあったという。
 そして、ロイドはそれを見届けてから、学園のクラブハウスの居住棟にルルーシュを訪ねた。
「初めてお目にかかります、ルルーシュ殿下。ロイド・アスプルンドと申します」
 皇族に対する完璧な所作で礼を取りながら、ロイドは名乗りを上げる。
 ルルーシュは思わず座っていた椅子から勢いよく立ち上がり、その勢いに、椅子は後ろに音を立てて倒れた。
「な、何を言って……」
 真っ蒼な表情でロイドを見つめながらルルーシュは問う。
「全て存じております。殿下が妹君共々、アッシュフォードに匿われて皇室から隠れて過ごされていること。
 けれどもうその必要はございません。殿下方の後見には、かつて大公爵家だったアッシュフォード家にはおよばぬかと思いますが、我がアスプルンド伯爵家とゴットバルト辺境伯爵家が付きます。そしてルルーシュ様の才をもってすれば、皇室でも侮られることはないでしょう。身体障害を抱えられるナナリー様は無理かもしれませんが、何でしたらナナリー様のことはアッシュフォードに託して、殿下お一人が戻られてもよいこと。どうぞ私を、我らを信じて、皇室にお戻りください」
「……どうして……」
 どうしてバレた、どうしてそこまで自分に忠誠を誓おうとする、全てがルルーシュにとっては疑問だった。
「殿下にはお信じいただけないかもしれませんが、私とゴットバルト卿、そして殿下のご学友であるニーナ君とお世話をしている咲世子さんには、共通した記憶があります。その記憶の中で、殿下はブリタニアの皇帝となり、世界のための人柱として御自らその命を失われました。私たちはそのような事態を防ぎたいのです。殿下には幸せになっていただきたいのです。皇室から隠れたままに過ごすのは、いずれ破綻が訪れましょう。でしたら、私とゴットバルト卿を後見とし、皇子として皇室にお戻りになり、生涯を全うなさってください。それが殿下を失った記憶を持つ我らの何よりの願いです。必ずや殿下を皇室の様々な悪意からお守りするとお誓い申し上げます。ですからどうぞ、皇子として皇室にお戻りください」
 常の飄々としたロイドしか知らない者が見たら、その必死さは、一体何があったと疑問に思うだろう。だがそれ程にロイドは必至だった。
「殿下の母君であるマリアンヌ皇妃様の死の真相も、我らは他ならぬルルーシュ様ご自身からお聞きして存じております。そして現皇帝であるシャルル陛下が何を為そうとしているのかも」
「何っ!?」
「陛下が為そうとされていることを止めるためにも、皇室にお戻りください。それがひいては世界のためです。殿下が望まれた、ナナリー様の仰った“優しい世界”のためです」
 何処までも食い下がるロイドに、とうとうルルーシュは首肯した。
 母の死の真相はもちろん知りたかったし、父シャルルが為そうとしていることは、ロイドの様子から察するに、如何にしても止めなければならないことなのだろうと察することが出来たからだ。
 アッシュフォードは母マリアンヌの死後、爵位を剥奪されて没落したが、アスプルンド伯爵家とゴットバルト辺境伯爵家が後見に着くならば、確かに皇室に戻ってもそう簡単に侮られはしないだろう。庶民腹の出という陰口まで消すことは不可能だろうが。
 ルルーシュの脳内では様々な葛藤があったが、結果ロイドの説得を受け入れたのだった。



 それから数日後、新総督と副総督としてエリア11にやってきた、リ家姉妹の第2皇女コーネリアと第3皇女ユーフェミアを迎えた後、ジェレミア・ゴットバルトは軍を辞した。そのジェレミアを騎士として、彼とロイドの二人の後見を受け、さらには、咲世子は流石にナナリーの世話役としてエリア11に残ることとなったが、ニーナまでが、自らの意思でルルーシュの協力者、若いながらもお抱えの科学者として同行する運びとなり、エリア11で生きていた皇子として、ルルーシュはナナリーをアッシュフォードに、ミレイに託したまま、ブリタニア本国に降り立った。

── The End




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