反 抗




 ブリタニアの“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロの手にかかって死んでから。間もなく四半世紀が経とうとしている。
 当時黒の騎士団の幹部だった者たちも、団に残る者や離れた者はいたが、皆それぞれに結婚し、子供をもうけていた。
 その子供たちも、親の繋がりの関係からか、年齢の差はあっても大層仲が良かった。
 そうしてその子供たちが集まって旅行していた時、ある一人の女性が彼ら、あるいは彼女らの前に姿を見せた。
「皆さん、扇元首相や黒の騎士団の幹部だった方たちのお子さんですよね。是非皆さんに見ていただきたいものがあるのですけれど」
 自分たちの親とほぼ同年代くらいと思われるその日本人女性に優しく促されて、彼らは訪れていた町の小さな公民館に入った。その中の一室に、スクリーンと映写機が置かれていた。そこに待っていたのは、年配の白衣を着た、壮年というにはまだ若いかもしれないが、自分たちの親よりは明らかに年上と思われる紳士と、その紳士に従うあまり齢の差はないと思われる女性、そしてその中では一人だけまだ明らかに若いといっていいだろう、顔の半分を奇妙な仮面で隠した青年だった。
「どうぞ、お掛けくださいな」
 自分たちを案内して来た女性に促されるまま、彼らは用意されていた椅子にそれぞれ腰を下ろした。
 窓には黒いカーテンが引かれ、小さな明かりの下、映写機が動き出した。



 それは、第2次トウキョウ決戦時の、黒の騎士団の旗艦“斑鳩”の4番倉庫での出来事だった。
 明らかに黒の騎士団のかつてのエース、紅月カレンと分かる女性と共に入って来た、黒衣に身を包み、仮面を被った、現在なお世界の在り方の一端を担っているゼロが入って来たところからそれは始まっていた。
 ゼロをペテン師、裏切り者と叫び罵る者たち。彼に銃を向ける幹部をはじめとする団員たち。
 ゼロは仮面を外した。
 そこに現れたのは、彼らが生まれる前にゼロによって殺された、今はもう国名も変わっている神聖ブリタニア帝国最後の皇帝、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの顔だった。
 あちこちで息を呑む声がするのが聞こえた。
 ゼロ、否、ルルーシュは、おまえたちは駒でありゲームだったのだと自嘲的な、見る者が見れば自棄としかとれない言葉を綴って幹部たちを煽っていた。
 そのゼロから離れるカレン。
 それを合図としたかのように、藤堂の「撃て!」の声が響き渡り、一斉に銃が放たれた。
 次の瞬間には、そこにゼロの姿はなく、1機のKMFが斑鳩から去っていく後ろ姿あった。
「な、何、あれ……?」
「ルルーシュ皇帝がゼロだったんなら、今のゼロは誰なんだよ」
「それ以前に、あれって、黒の騎士団が、お父さんたちがゼロを裏切った以外のなにものでもない場面じゃない!」
「そんなはずない! だって父さんたちは世界を悪逆皇帝から守った英雄で……」
 そんな子供たちに、彼らを連れて来た女性── 篠崎咲世子── が口を開いた。
「今お見せしたのは実際にあったことです。
 当時の黒の騎士団の日本人幹部たちは、時のブリタニア帝国宰相シュナイゼルの言葉を信じ、ゼロを売り、いいえ、殺して引き換えに日本を手に入れようとしました。
 この時、ゼロは、いえ、ルルーシュ様は、当時、弟として身近にあったロロという少年に救い出されましたが、引き換えにロロはその命を失いました。
 あとは皆さんが歴史で勉強してきた通りです。あ、いいえ、違いますね。ペンドラゴンを滅ぼしたのは、合衆国ブリタニアと名を変えた、かの国の、今なお代表の地位にあるナナリー・ヴィ・ブリタニアなのですから」
「そ、そんな……」
「嘘だ、親父たちがそんな卑怯者だったなんて……」
「貴方たちは次代を継ぐ者、真実を知るべき義務があるだろうと、今日のこの場を用意させていただきました。ご覧になられたものを信じられるかどうかは貴方方の判断にお任せします。ですがどうか、世間の評価だけに惑わされず、真実を見抜く力を身につけてください。
 ルルーシュ様が望まれた“優しい世界”のために」
「……“優しい、世界”?」
「そうです。そのために、ルルーシュ様はご自分の妹と対峙してフレイヤを無効化し、失わせ、最期は自らの命を懸けられました」
 咲世子のその言葉を最後に、子供たちを待っていた大人たちはその部屋を出ていった。
 黒いカーテンに覆われた暗い室内の中、子供たちは再度改めてその映像を見た。



 旅行から帰って来た子供たちの様子がおかしかった。
 親である自分たちに向ける視線が痛いと、扇たちは集まって話し合っていた。
 一体旅行先で何があったというのか、問い質した者もいたが、それに返されたのは非難だった。
 曰く、裏切り者の親の子になんて生まれたくなかったと。
 裏切り者とは何だ! との問い詰めには、
「裏切っただろう、ゼロを! 死なせただろう、本当のゼロを、ルルーシュ皇帝を!」
「な、何を言ってる。裏切り者はルルーシュの方だ、ルルーシュは俺たちを騙していた、その報いを受けたんだ!」
「自分たちの指導者を、超合集国連合の指示も待たずに殺そうとしたのは何処の誰だよ! シュナイゼルと密約を交わしたのは誰だよ! 何様のつもりだったんだよ! そんな人間とも知らないで尊敬していた自分が俺は恥ずかしい!」
 息子のその叫びに、彼の親である南は言葉を失った。
 自分を親に持ったことを恥ずかしいという息子の言葉に、南は何と返していいか分からなかった。
 旅行先で何があったのかは分からない。何も話そうとしてくれないから。ただ、自分が息子の信頼を、信用を失ったことだけは理解した。理不尽だと思いながら。
 南から息子とのやり取りを聞かされた扇たちは、子供たちと話し合いの場を持つことにした。



「おまえたちが旅行先で誰に何を聞かされたのかは知らない。
 しかしルルーシュは俺たちを裏切り、駒として、戦争をゲームとして楽しんでいた。そんな奴をブリタニアに売って日本を返してもらおうとしたことの何処に不思議がある。俺たちは当然のことをしたまでだ」
「父さん、ならあの恐るべき大量破壊兵器フレイヤを容認することも、あの時のペンドラゴンの民衆の死も当然のことだと言うんですか!?」
「そ、それは……」
「フレイヤを要するシュナイゼルの陣営と一緒に戦ったってことはそういうことでしょう、違いますか!?」
「平気な顔で大量虐殺を働くような人間を認めて、それに対抗してフレイヤをこの世から失わせたルルーシュ皇帝を罵る父さんたちの言うことは信用出来ない!」
「卑怯者は、世界に対する裏切り者は、いまなお“悪逆皇帝”と呼ばれて忌み嫌われてるルルーシュ皇帝じゃない、父さんたちだ! 世界は大きな間違いを犯したんだ!」

── The End




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