排 除




 少女は見ていた。
 少女の愛した少年が、彼の部下に裏切られ、彼の偽りの弟に命を救われるのを。
 少年は少女と共に見ていた。
 血の繋がりはないとはいえ、自分の兄だった少年が、両親の真実を知り、人の未来を望む姿を。そしてその望みを叶えるために、実の妹に「卑怯者」と罵られながら、真実を隠したままその命を散らすのを。
 二人は、互いの中にあったわだかまりを解消した。少女の愛した少年を、偽りの存在だった自分を弟と認めてくれた少年を救うために。あのような無残な死に方をさせないために。
 二人は祈った。人の集合無意識たる神と呼ばれる存在に。ただ二人の愛した少年を救うために、そのためだけに必死に祈り、神はその願いを聞き入れた。



 少女── シャーリー── がある夢を見て目を覚ましたその日は、このエリア11に住まうイレブンの、副総督であったユーフェミアの唱えた“行政特区日本”での虐殺事件をきっかけとした一斉蜂起── ブラック・リベリオン── から数ヵ月経った日のことだった。
 その夢の中で、シャーリーが思いを寄せているルルーシュはゼロによって殺された。
 今、ゼロという存在はいない。ゼロはスザクによって捕縛され、本国ブリタニアで処刑されたことになっている。
 けれどシャーリーが思い出したゼロは、彼女のクラスメイトのルルーシュで、しかも彼にいたのは目と足が不自由な妹のはずだったのに、何故か傍にいるのは弟のロロという存在。しかしそのロロにもシャーリーは覚えがあった。誰よりも兄であるルルーシュを慕っていたロロ。そして、その兄に対する、歪んだともいえる愛情のせいで自分を殺したロロ。
 しかもそのロロは、夢の中、ゼロであるルルーシュを守って死んでいった。
 果たしてそれは本当に夢だったのだろうか。
 その日の放課後、シャーリーは生徒会のための買い物に出た。本来ならリヴァルが付き合う予定だったのだが、リヴァルは掛け持ちの新聞部の用事で外すことが出来ず、ロロが付き合うことになった。順当にいけば同年代でもあるルルーシュが付き合うのが筋だったのかもしれないが、彼の体力不足は周囲の認知するところであり、かつ、生徒会長が溜めこんだ書類の処理には欠かせない存在であることから、彼の弟のロロにお鉢が回ってきた格好であった。
 しかしそれはシャーリーにとっては良い機会だった。
 街で一通りの買い物を済ませて学園に戻る途中、シャーリーはロロに声を掛けた。
「ねえ、ロロ」
「何ですか、シャーリーさん」
「貴方はルルーシュのことをどう思ってる?
「どうって、大切な兄さんですよ」
 小首を傾げながら、何をいまさらというようにロロは答えた。
「それは私を殺そうとする程に?」
 その問いに、ロロは思わず足を止めた。
「シャ、シャーリーさん……」
「私の中にはもう一人の私の記憶があるの。その中で貴方はルルーシュとは血の繋がりのない赤の他人の偽りの弟で、でもルルを守って死んでいった。そしてルルはブリタニアの皇帝になって、実の妹のナナちゃんと戦争して、ゼロに殺されて死んでいった。“悪逆皇帝”と罵られながら」
 暫く黙ってシャーリーの言葉を聞いていたロロは、ふっと息を吐き出しながら告げた。
「貴方にも記憶があるんですね」
「それはロロにもあるっていうこと? つまり私の持つもう一つの記憶は、真実ということ?」
「僕の記憶の中にはCの世界と呼ばれる世界でのこともあって、その中で、僕は貴方に僕の知る全てを告げました。どうして僕が貴方を殺したのか、兄さんの身に何が起きているのかも含めて。そして僕たちは二人して、僕が死んだ後の兄さんのことを見守っていた。兄さんがゼロに殺されるまでの全てを」
「ロロはどうしたいと思ってる?」
「兄さんにあんな死に方はしてほしくない、それだけです」
「なら私たちは同志だね。私はルルが好き。だからあんなふうに死んでいくルルを認めたくない、あんなふうに誰にも理解されないまま死なせたくない」
「ジェレミア卿や咲世子、それからC.C.は、ああ、あとロイドさんとセシルさんも知っていましたよ、兄さんの意思を」
「でもそれだけじゃいや。“悪逆皇帝”なんて罵られるのはルルには相応しくない。そんなことにはさせたくない」
 決して大きな声ではない。周囲のことを慮って二人にしか聞こえないような小さな声での遣り取りではあるが、互いの思いはしっかりと伝わっていた。
「じゃあ、どうしましょうか?」
「ルルには機密情報局の24時間体制での監視がついているのよね?」
 シャーリーの言葉にロロが頷いた。
「そしてその責任者がヴィレッタ先生で、黒の騎士団がゼロであるルルを裏切ったきっかけの一つ」
「そうです」
「なら、まずはヴィレッタ先生にいなくなってもらって、24時間の監視体制をどうにかして、それから、それからどうしたらいいのかな……?」
 シャーリーは最後までどうしたらいいのか思いつかなかった。それにロロが解答を出した。
「今はまだ最後まで答えを出す必要はないと思います。とりあえずは出来るところからでいいんじゃないでしょうか」
「じゃあ、まずはヴィレッタ先生の存在ね」
「ええ」
 二人は互いの顔を見ながら笑った。これから二人がやろうとしていることは、とても笑って出来るようなことではないが、それでも目的のためには喜んでそれをやろうと。



 ある日、トウキョウ租界の中にあるエリア11政庁内にある教育委員会に、一通の投書があった。
 その投書に記されている内容は、私立アッシュフォード学園において、ある教師が一人の生徒に対してストーカー行為を働いているというショッキングなものだった。
 しかしたった一通であり、何処まで信用出来るものかと教育委員会ではそれは放置された。
 だがそれは始まりにすぎず、毎日似たような投書があり、時にはその教師が撮ったものを手に入れたとして、一人の生徒の写真が複数枚入っていることもあった。度重なるその投書に、教育委員会もついに重い腰を上げた。
 そして調べたところ、アッシュフォード学園のその問題の教師には必要な教員免許がないことが判明した。教育委員会はストーカー行為以前に、教員の資格を持たない者が教師を務めているという事実に愕然とした。私立とはいえ、何故そのようなことがまかりとおっているのか。
 事態を重く見た教育委員会は、その教師に限らず、アッシュフォード学園に存在する教師たち全てを調査した。その結果、なんと五人も無免許の教師がいたのである。
 教育委員会は学園の理事長であるルーベン・アッシュフォードを呼び出した。
「貴方の学園では、教員免許を持っていない教師を雇うのが当然のことなのですか」と。
「そ、そんなことはございません。雇用に際しては、きちんと教員免許を確認しています」
「ですが実際に我々が調べたところ、貴方の学園では教員免許を所持していない者が五人もいます」
 その言葉に愕然としたルーベンの様子に、ルーベンもまたそれを知らなかったのだと教育委員会のメンバーは察した。
「これがその五人です」
 示された五人のリストを見せられたルーベンは、五人とも今年に入って雇い入れた教員だが、いずれも教員免許を確認した上での採用だったことを伝えた。
 ルーベンの申し立てが真実ならば、教員免許という公文書偽造である。
 ここに至って、教育委員会だけの問題ではなくなった。
 教育委員会は警察に連絡を入れ、また、裁判所を通して公文書偽造の罪で五人に対しての逮捕状が出された。しかもその内の一人の女性についてはストーカー疑惑もある。
 警察がアッシュフォード学園に入り、五人が逮捕され、五人の住まう部屋も確認され、特に問題とされた女性の部屋からは、ある特定の一人の生徒の写真が何枚も見つかった。
 学園内は騒然となった。それはそうだろう。教師としてあった者たちが、実は教員免許を持たない者であり、自分たち生徒は、そんな人間の授業を受けてきたのである。
 生徒にとってはそれは果たして単位として認められるのかと言う問題が出てきた。それに対しては、定められた教科書、定められた課程で行われたことであり、また、問題の五人の採用に関しては学園理事長であるルーベンも騙された被害者であったことから、特例として問題無しとされた。
 問題は逮捕された五人である。
 彼ら五人は、実はいずれも皇帝直属の機密情報局の人間であり、誰も正式な教員免許などはなから持っていない。つまりいずれもアッシュフォード学園に入り込むために偽造されたものであり、公文書偽造に関しては言い逃れは出来ない。しかも彼らは機情の人間であり、直接彼らのことを知る者は互いをおいて他にない。ましてや極秘である任務を打ち明けるなどもってのほかだ。
 けれど彼らは楽観していた。自分たちからの情報が届かなくなれば、疑問に思った上の人間が動き、事の次第を知って自分たちを解放すべく動いてくれると。だから五人はあくまで神妙な顔をして警察に拘置されていた。
 そしてある日の夜。
 拘置されている五人の元へ一人の少年がやって来た。
 齢は彼らの誰よりもはるかに下だが、彼もまた、今回の任務を行う上での同僚である。救いの手だと彼らは思った。
 しかしそれは彼らの思い込みでしかなかった。何故なら、少年の手にはサイレンサー付きの銃が握られ、彼らに向けられていたのだから。
「ロロ、裏切るつもりか!?」
 女性ということで一人だけ別の房にいたヴィレッタがそれを見て叫んだ。
「僕は兄さんの弟です。兄さんを守るために行うことの何が裏切りなんでしょう?」
 裏切りと言われたことが不本意であるかのようにロロは答えた。そして何の躊躇いもなく、その銃が連射される。
「ロロ、おまえは……っ!」
 一人になったヴィレッタの前に立ったロロは、口元に笑みを浮かべた。
「僕は、いえ、僕たちは決めたんです。兄さんを守る、決して兄さんを誰かに殺めさせたりしないって」
「僕、たち?」
 複数形だったことにヴィレッタは疑問を抱いた。
「ええ、僕とシャーリーさんです。さようなら、ヴィレッタ先生。貴方のことは決して嫌いじゃなかったけど、兄さんを裏切る貴方を許す気は、僕たちにはないんですよ」
「裏切るも何も私は……」
 その後に続く言葉がヴィレッタの口から発せられることはなかった。
 薬で眠り込んでいる拘置所の職員を余所に、誰に気兼ねすることなく拘置所を出たロロを、表で待っていたシャーリーが出迎えた。
「終わった?」
「ええ」
 頷いたロロにシャーリーは嬉しそうな笑みを見せた。
 ルルーシュを守るためなら何でもしようと決めた二人にとっては、今まで何人もの人間を仕事として殺めてきたロロはもちろん、シャーリーにも加害者たる意思はなかった。アッシュフォードに教師としてではなく一般職員として入り込んでいた他の機情のメンバーも既に排除済みである。
 二人にある共通の思いはたった一つ、ルルーシュを守ること。ただそれだけで、彼を守るためならそれがどんな存在だろうと排除しようと心に決めていた。そう、やがてやってくるだろうナイト・オブ・セブンとなった枢木スザクも、既に二人の排除リストに入っていた。
 そんなことを知りもしないスザクが、機情からの連絡が途絶えたことに疑念を抱きながらエリア11の地を踏む日は近い。

── The End




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