外交儀礼




 神聖ブリタニア帝国の超合集国連合加盟に関する臨時最高評議会に参加するために、ルルーシュは一人、アッシュフォード学園に降り立った。
 本来ならブリタニアの皇帝たるルルーシュの立場で護衛なし、とは有り得ぬ話である。
 しかしルルーシュの本来の目的は別にあり、それが既に達成されるであろうことが確実な今、皇帝たる自分を出迎えるのが、超合集国連合の外部組織たる黒の騎士団のエースパイロット一人ということに内心では呆れを覚えながらも、表面上は穏やかにその状態を受け入れた。
「会場に案内します」
 硬い表情でそう告げてルルーシュに背を向けたカレンに、ルルーシュは内心で溜息を吐いた。
 超合集国連合には外交儀礼という言葉は無いのかと。
 今回の超合集国連合側の態度は、明らかに一国の君主を迎える礼儀に反している。それが誰の采配かは別にしても、誰かしか、何処かの国の代表が、真に国家の代表たる人物がいるならば、このような采配が行われるはずがない。所詮、超合集国連合は寄り合い所帯に過ぎず、黒の騎士団は、その主だった幹部らち── 殆どが日本人なのだが── もテロリストの意識が抜けない集団で、本来あるべき礼儀を求めるのが間違いだったかと、ルルーシュはそう思った。
 ルルーシュは気を落ち着かせるために、校内を少し歩きたい旨をカレンに伝えた。
 その言葉がカレンに何を思わせたのかは知れない。
 歩きながら、ルルーシュに背を向けたままでカレンはゆっくりと口を開いた。
「私、貴方には感謝している。貴方がいなければ、私たちはシンジュクゲットーで死んでいた。そうしたら今の黒の騎士団もなかった」
「……」
「私は嬉しかった。ゼロに必要とされたことも、光栄で、誇らしくて。ゼロがルルーシュだって知った時、私はわけが分からなくなって、貴方を見捨ててしまった。でも再びゼロとしてブリタニアと戦う貴方を見て、私は……」
 そこまで告げて、声を詰まらせたカレンはおもむろに振り向いた。
「貴方は日本を解放してくれると思ってた。何であの時、私に「生きろ」なんて言ったの? 私、貴方は私のお兄ちゃんの意思を継いでくれる人だと思った。だからブラック・リベリオンの時、扇さんも貴方を守れって言ったのだと思った。それなのにブリタニアの皇帝なんかになって! 貴方は何をやりたいの? 何が欲しいの? 力? 地位? それともやっぱりこれも貴方にとってはゲームに過ぎないの?」
「……」
「ねえ答えてよ、ルルーシュ!」
 ただ黙ってカレンの言葉を聞いているルルーシュに、カレンは歩み寄り両手を伸ばした。
 と、バーンという音があたりに響き渡った。
「ル、ルルーシュ」
 カレンは右の掌で自分の頬を抑えた。
 一瞬、カレンには何が起きたのか分からなかった。ただ頬が熱く、痛かった。それで漸くルルーシュに頬を叩かれたのだと悟った。
「ルルーシュ! あんた一体……っ!!」
 何のつもりかと問おうとする前に、それまで口を閉ざしていたルルーシュが答えた。
「そなたこそ何のつもりだ。出迎えの時から思っていたが、どうやら超合集国連合には外交儀礼というものがないらしい。そのような国々とは話し合いの場を持つだけ無駄だ。そのような集まりにブリタニアが参加する意義もない。私は帰らせてもらう」
 冷たく言い捨てて、ルルーシュは踵を返した。
 カレンはルルーシュの言葉に、右頬を抑えたまま呆然と立ち尽くした。
「ま、待ちなさいよ、ルルーシュ!!」
 一国の君主を、政治的発言権のない組織の一構成員が呼び捨てにする。それがどれ程に、外交上のマナーに反した行為であるか分かっているのだろうか。いや、カレンには分かっていないに違いない。
 ルルーシュは来た時よりもいささか足早に校舎を後にした。
 校舎の外に出た時、別の出入り口から超合集国連合の議員たちが数名、ルルーシュの姿に気が付いて慌てて駆け寄って来た。
「ル、ルルーシュ陛下、何事がありましたか?」
「あまりに遅いので出てみれば、外に出られたということはどういうことです?」
「会談の場所は……」
「……我が国からの申し入れでわざわざお集まりいただいたのに申し訳ないが、今回の話はなかったこととさせていただこう。外交儀礼を何一つ分からぬような娘一人を出迎えに寄越し、あまつさえその娘は私に詰め寄った。そのようなことを許す超合集国連合に、我がブリタニアが加盟する意義を見いだせない」
 そこまでルルーシュが告げた時、若い女の声が響いた。
「ルルーシュ、あんた一体何のつもりよ!」
 そう叫んだカレンは、ルルーシュの他に彼を取り巻く議員たちの姿を認めて足を止めた。
「「「……」」」
 気まづそうな沈黙があたりを支配する。
「あのような態度をとる娘一人を出迎えに寄越すような組織に、私は価値を見出せません。そんなことをしたらブリタニアの品位を疑われるだけです。今日のためにわざわざ集まられた代表の方々には申し訳ないが、これは同時に代表方の、我がブリタニアに対する評価の表れと判断せざるを得ません。失礼する」
「ルルーシュ陛下、お待ちを!」
「決して我々にそのようなつもりは……」
 ルルーシュは議員たちの言葉に耳を貸すつもりはないというように、自分を学園まで連れて来た飛行艇にさっさと乗り込み、皇帝が席に腰を降ろしたことを確認したパイロットは外での遣り取りを知らぬように、皇帝はもうこの場に留まる意思がないのだと、そう判断して飛行艇を発進させた。
 後に取り残された議員たちはカレンに近付いた。
「君は、仮にも一国の君主であるルルーシュ陛下に何をした!」
「一国の君主を、しかもいくらまだ完全に敵対関係が完全に解かれたわけではないとはいえ、大国であるブリタニアの皇帝を呼び捨てにするなど、一体何を考えている!」
 カレンはその勢いに押されるように一歩後ろに引いた。
「ち、違います、彼は、ルルーシュは元は私のクラスメイトで……」
「クラスメイト? ルルーシュ皇帝と君が? 何を馬鹿なことを言っているのかね」
「仮に本当にそうだったとしても、ここは公的な場だ。状況を考えたまえ」
「君の愚かな行動のお蔭で、我々はブリタニア皇帝の機嫌を損ねてしまった。この先ブリタニアから何を言われても、我々は外交儀礼を何一つ知らぬ愚かな集団としか見られない!」
「議長の神楽耶殿の言葉があったからとはいえ、君のような物事の道理を知らぬ娘一人を出迎えに出したのがそもそもの間違いだった」
 議員たちから次々と繰り出される非難を前に、右頬を赤く腫らしたカレンは、自分が何をしでかしたのかを理解しきれぬまま、それでも今日の会談は自分のとった行動が元で流れたのだと、それだけを理解して脱力したようにその場に座り込んでしまった。
 私は何をしたの? ただルルーシュの真意を知りたかった、それだけだったのにと、そう思いながら。

── The End




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