二人のゼロ




 エリア11総督ナナリー・ヴィ・ブリタニアの提唱した“行政特区日本”は失敗に終わった。
 参加者と思われた人々は、皆、ブリタニアとの「ゼロは国外追放」という約定を盾に、ゼロとしてエリア11を合法的に出国した。中華連邦に亡命したのである。結果、特区への参加者は誰一人としてなく、一般のブリタニア人から見ればただの税金の無駄遣いで終わったのである。
 一般の純ブリタニア人も名誉ブリタニア人も、特区のために税率を引き上げられ、総督たるナナリーへの印象を悪化させていた。その挙句に失敗したのでは、一体何のための税率引き上げだったのか。いや、実のところ、ナナリーは税率が引き上げられたことを知っていたのかすら怪しい。そしてそれは総督補佐たるナイト・オブ・セブンの枢木スザクにも言えた。
 エリア11の政庁が何とか機能しているのは、ローマイヤをはじめとした優秀な文官たちのお蔭といってよかった。
 しかしローマイヤたちのイレブンに対する態度は、ナナリーからすれば認められるものではなかった。だが実際にエリア11の施政を行っているのは総督でも総督補佐でもなく、ローマイヤたちであり、彼女たちがいなければたちまち成り立たなくなってしまうのは目に見えているのだが、肝心のナナリーもスザクもそれには気付いていない。ただローマイヤたちのイレブンに対する態度に反感を強めていくだけだ。ナナリーもスザクも自分に都合のいい部分しか見ていない、見ようとしていない。



 久しぶりにアッシュフォード学園に顔を出したスザクは、そのままクラブハウスにある生徒会室に足を向けた。
 中に入ると、そこには会長のミレイをはじめとして、副会長のルルーシュとリヴァル、そしてシャーリーがいた。
 ── ルルーシュ!? どうして……。
「久し振りね、スザク君」
「あ、はい」
 ルルーシュの存在に意識を奪われていたスザクは、ミレイの声に我を取り戻した。
「総督補佐なんて忙しいでしょうに、大丈夫なの?」
 シャーリーが気に掛けたように声を掛けてくる。
「ああ、一段落したからね」
「それって特区のことか? あの日、会長やルルーシュとここでTVで見てたんだけど、大変だったよな」
 リヴァルが気の毒そうに声を発した。
「ルルーシュと?」
「そっ。ここでいつもの如く会長の溜めた書類の整理をしながらTV放映見てたんだよ」
 ── そ、そんな……。それじゃあのゼロは……?
「どうかしたのか、スザク。顔色が悪いぞ」
 スザクの脳裏を占めるルルーシュが心配そうにスザクに声を掛けた。
「やっぱり忙しさに疲れてるんじゃないのか? もしそうなら帰って休んでいたほうがいいんじゃないのか?」
「い、いや、疲れてないっていったら嘘になるけど、休んでいるより、少し体を動かしたいんだ」
「それって、その疲れは精神的なもの、ってことね。まあ、あんなことの後じゃしょうがないか」
 ミレイはそれが“行政特区日本”の失敗のことだと思ってそう声に出した。
「それにしてもあれは壮観だったよな。あのゼロ、ゼロ、ゼロの山」
 おどけたようにリヴァルが口にする。
「リヴァル、少しはスザク君の立場になって考えてみなさいよ」
「あ、ご、ごめん、スザク」
 シャーリーに言われて、リヴァルは頭を掻きながらスザクに謝罪の言葉を述べた。
「いや、確かにあれはある意味壮観だったよ……」
 式典の日のことを思い出しながらスザクは答えた。
 そう、確かに壮観だった。何せ百万人のゼロだ。小さなゼロから大きなゼロ、やせ過ぎじゃないかと思われるゼロから太り過ぎだろう、という腹の出っ張ったゼロ、様々なゼロがいた。そしてその中には、本物のゼロも間違いなくいた可能性は高い。そしてゼロはルルーシュのはず。なのに、その式典当日、ルルーシュはこの生徒会室でミレイたちとTVを観ていたという。一体どういうことだ。今のゼロはルルーシュではないというのか。
「そ、そういえばロロは?」
「ロロなら買い物。俺たち書類の整理があるからさ、ルルーシュの奴は相変わらず過保護でロロを一人で出掛けさせるの嫌がってたんだけど、かといって買い物に行かないわけにもいかなくて、一人で出てもらったんだよ。何せ俺たちの胃袋がかかってるからな」
「だから俺が行くと言っただろう。さもなきゃ宅配で何か頼めばよかったんだ」
 リヴァルの言葉にルルーシュが反論する。
「だめよールルちゃん。ルルちゃんがいなくなったらこれだけの書類裁くのにどんだけ時間かかると思ってるの」
 これはミレイだ。元をただせばミレイが書類を溜め込んだのが原因なのだが、ミレイはそのことをすっかりきれいに棚に上げている。



 それから程なくして、スザクはラウンズの一人して中華連邦に渡った。ブリタニアの第1皇子オデュッセウスと中華連邦の天子の結婚式のためである。
 それを他のイレブンが知ったならば、怒りに震えただろう。なにせスザクは、日本を脱出するゼロに、残るイレブンを自分が守ると約束したのだ。にもかかわらず、その舌の根も乾かぬうちにエリアを離れたのだから。エリア11に残ったイレブンからすれば、あのゼロとの約束はどうなったのだ、所詮日本を捨ててブリタニアに走った裏切り者の言葉など、信用出来るものではないということになる。だがスザク自身にはそんなつもりはなく、しかし同時に、イレブン、つまりは日本人たちが自分をどう見ているかの自覚がない。
 オデュッセウスと天子の婚約披露の席に、中華の蓬莱島に脱出し、小さいながらも合衆国日本を設立、その代表となったスザクの従兄妹である皇神楽耶が、こともあろうにゼロのエスコートを受けて登場した。
 その登場に会場内が一斉にざわめいた。ゼロを取り押さえようとした者たちもいたが、出席者の一人であるシュナイゼルの言葉にその場は見逃され、ゼロもあくまでパーティーの出席者の一人として扱われた。
 そんな様子を脇に見ながら、スザクは誰からも見えないように柱の陰に隠れて懐から携帯を取り出した。掛ける相手はルルーシュ・ランペルージだ。
 数回のコールの後、「はい」とルルーシュの声がした。
「ル、ルルーシュ!?」
『俺に掛けといて何驚いた声出してるんだよスザク。それとも他の奴に掛けるつもりで、間違って俺に掛けたのか?』
「あ、ああ、ごめん」
『気を付けろよな、じゃあ間違いなら切るぞ』
「う、うん、ホントにごめん」
 言葉に詰まりながら、スザクは携帯を切った。
 柱の陰から会場内を見渡せば、相変わらず神楽耶をエスコートしたままのゼロの姿がある。
 どうして、とスザクは混乱した。ゼロは間違いなくここにいる。そしてルルーシュも、いた。とてもここで携帯に出ていたとは思えない。雑音が違った。ルルーシュが携帯に出た時、その周囲に人がいた気配はなかった。つまり、ルルーシュは一人でいたということだ。もしここにいるゼロが何らかの方法で携帯に出たとしたら、どんなに隠しても周囲のざわめきが聞こえていただろうし、第一、周囲が気付かぬはずがない。
 やはり今のゼロはルルーシュではないのか。しかしそれにしてはゼロの行動パターンは一年前と基本的に変わっていない。ゼロがナナリーの“行政特区日本”という政策からこの蓬莱島に身を移したのも、妹であるナナリーと対決しないためだろうと思われた。少なくともスザクはそう思っている。
 だのにルルーシュは特区式典の日にはミレイたちと共に生徒会室でTVで式典の様子を観ていたといい、今は神楽耶と共にこの賑やかな会場内にいるゼロとは別の場所にいる。
 どういうことだ、とスザクの頭は混乱の極みだった。
 今のゼロは本当にルルーシュではなく別人なのか、それとも他の誰かがルルーシュになりすましているのか。スザクにその答えは出せなかった。
 翌日、答えの出せないままにスザクはラウンズとしてゼロの指揮する黒の騎士団と戦う羽目に陥った。ゼロが結婚式の会場から花嫁たる天子を誘拐したためだ。
 ゼロ、君は一体何者なんだ!?── その疑問だけがスザクの中で膨らんでいく。

── The End




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