復 讐




 世界を征服した神聖ブリタニア帝国第99代“悪逆皇帝”ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアがゼロによって弑されてから、暫くは騒然となっていた世界も、今では超合集国連合を中心として、武力ではなく話し合いによって物事を解決し、世界を平和へと導き出してる。
 その様にナナリーは違和感を覚える。いや、怒りだろうか。
 ルルーシュの息が絶えるその瞬間に察知した事実。ルルーシュの真意、ルルーシュが為そうとしていたこと、そして彼が受けた様々な出来事。それらを思い出すたび吐き気がする。
 何故自分は最後まで兄を信じ切ることとが出来なかったのだろう。兄がゼロであったことに気付けなかったのだろう。兄がしようとしていたことに気付けなかったのだろうと、後悔ばかりがナナリーを責め立てる。そして同時に、ルルーシュの死によって地位を得た者たち達に対して激しい嫌悪を抱く。
 ルルーシュがブリタニアの元皇子と知って、ギアスで自分たちを操ったと勝手に決めつけ、その命を奪おうとした黒の騎士団の幹部たち。彼らは最後までルルーシュを罵り続けた。いや、今でもことあるごとに罵っている。自分たちの現在の生活が何によって齎されたものか知ろうともしないで。
 黒の騎士団でゼロの親衛隊長を務めていた紅月カレンは、ルルーシュに対して自分の理想を押し付けるだけ押し付けて、それが叶わないと知るや、ゼロが何者であるのかを知りながら、ギアスのことも知りながら、何度もルルーシュを裏切って殺そうとしていた。そして聞けば、今は彼女の愛機である紅蓮のキィを自慢そうに胸に掛けて、アッシュフォード学園に復学しているという。
 アッシュフォード学園で開催された超合集国連合の臨時最高評議会で、それまでそう呼ばれるようなことは何一つしていなかったのに、自分たちを裏切った存在としてルルーシュを最初に“悪逆皇帝”と罵った皇神楽耶。
 ルルーシュがゼロであることを、帝国への反逆者であることを、そして“行政特区日本”の虐殺の真犯人であると教えてくれた異母兄(あに)シュナイゼル。しかし彼もまたナナリーに嘘をついていた。ナナリーにペンドラゴンの民は避難させたと嘘をついてフ、レイヤの投下を容認させた。今になって改めて考えてみれば、シュナイゼルのその嘘を鵜呑みにしてしまった己が如何に愚かで世間知らずだったか分かるが、シュナイゼルが嘘をついた事実は事実だ。
 そして現在のゼロである枢木スザク。
 ルルーシュの生い立ちを知りながら、アッシュフォードに匿われていることを知りながら、ルルーシュの優しさに甘えて、名誉ブリタニア人の分際で、たかが一軍人の分際で、ルルーシュとナナリーを危険に曝していることに気付かずに、主であるユーフェミアの許しを得ているからと、彼女の選任騎士となった後も、アッシュフォード学園に通い続けた男。さらにはスザクは見も知らぬ得体の知れぬ子供の言葉だけを信じて、幼馴染であり、親友でもあるルルーシュの言葉を聞こうともせず、その真意を知ろうともせず、ルルーシュを時のブリタニア皇帝シャルルに売り渡した。
 そしてルルーシュはシャルルの持つギアスによって記憶を改竄され、C.C.を誘き寄せるための餌として24時間の監視体制の中に置かれた。
 スザクはそれを知りながら、ナナリーからルルーシュの存在を隠した。ギアスを持つルルーシュを卑怯と罵りながら、能力は違うとはいえ、同じくギアスを持つ皇帝の意に従った。主であったユーフェミアを亡くしたばかりだというのに、親友であるはずのルルーシュを皇帝に売って、臣下としては帝国最高の地位を、ラウンズとなることを求めた。
 さらにはシュナイゼルにシャルルの暗殺を進言した。それが為ったあかつきにはワンの地位をと要求して。その後にはルルーシュの騎士となって、ブリタニアの騎士にあるまじく、三度主を変え、最後にはルルーシュの命を奪った。ルルーシュが立てた“ゼロ・レクイエム”という名の計画の下に。
 だがナナリーはその計画を立てたルルーシュたちの真意を考える。“ゼロ・レクイエム”はルルーシュにとって贖罪であり、自分の死によって憎しみの負の連鎖を断ち切り、ナナリーの望む“優しい世界”を遺すためのものだった。だがスザクはどうなのだろう。最後までルルーシュと共にあった者たちから聞いた話では、スザクはずっとルルーシュを「ユフィの仇」と言い続けていたという。つまりはスザクにとっての“ゼロ・レクイエム”とは、ユーフェミアの仇を討つためのもので、“優しい世界”などというのはとってつけたおまけだったのではないのか。
 それらを考えたナナリーの脳裏を占めるのは、自分も含めて、ルルーシュを死に追いやった者たちへの怒りだった。



 ある日、ナナリーは近侍の者を使って、密かに無味無臭の毒薬を入手した。そしてそれをブリタニア代表、すなわちナナリーの住まう代表公邸で、ゼロたるスザクの食事に混ぜて提供したのである。
 ゼロはあくまで仮面の存在。仮面は口元が開くようになってはいるが、ゼロが表だってそれをすることは殆どなかった。だから食事は、公邸内に用意されたゼロの部屋で、ゼロ一人で摂っていた。そんな彼に毒薬の入った食事を出すのはさして苦ではなかった。寧ろ楽だった。実際にその毒薬を食事に混ぜた者は、ナナリーの「栄養剤です。最近のゼロは疲れてらっしゃるようなので」との言葉を信じ、実際には毒薬とは知らぬままにそれを料理の中に入れたし、それ以前に毒薬を入手した近侍は、その使い道をあえて問うようなことはしなかった。それはナナリーがかつては皇族であり、その近侍が皇族に仕えるのを誇りとしていた者だったからだろうが。
 ナナリーは待った。ゼロたるスザクの死を。この時程、時の経つのが遅いと感じたことはない。
 そしてそれが実行された翌日、使用人によってゼロが自室で息絶えているのが発見された。ナナリーが思った通り仮面は外されており、そこにあったのは枢木スザクの毒に苦悶した顔だった。
 ナナリーは周囲にはそっと分からぬように口元に笑みを浮かべた。まずはこれで一人、と。
 ゼロの死、そしてそれ以上に、ゼロの正体が枢木スザクであったことがマスコミによって報道され── ナナリーはそれを否定しなかったし、公邸に務める者たちに口止めもしなかった── 世界は騒然となった。
 枢木スザクはブラック・リベリオンにおいて皇帝にゼロを売って出世した男。その後も、幾度となくゼロと対峙している。ならば本当のゼロは何処に行ったのか。やはり黒の騎士団が発表したようにトウキョウ決戦で亡くなっていたのか。
 マスコミで、ネットで議論が白熱する中、ナナリーは重大発表がありますと、各国のマスコミに向けて連絡を入れた。
 世界中からマスコミがナナリーのいるブリタニア代表の公邸を訪れた。
 会見の間で、ナナリーは「まずはこれをご覧いただきたいのです」と、挨拶をした後にそう述べて、今はナナリーの手元にある、斑鳩の4番倉庫での出来事を映した映像を流した。音声を抜きにして。
 その場にいたマスコミも、そのマスコミが持ち込んだTVカメラを介してそれを観ていた者たちも、皆呆然とした。
 ゼロはルルーシュだった。黒の騎士団はゼロを殺そうとした。その場にシュナイゼルも映っていたことから、人々は簡単に想像した。黒の騎士団はシュナイゼルに言いくるめられてゼロを売ったのだ、裏切ったのだと。
「ご覧いただいた通り、我が兄ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアこそが真実のゼロです。兄の死後ゼロとなって現れたのは、裏切り者の騎士である枢木スザク。
 今こそ全てをお話ししましょう」
 そう言って、ナナリーは母マリアンヌの死後の自分たち兄妹を襲った境遇から、ルルーシュがゼロとなった経緯を話した。そしてブラック・リベリオンの際、彼が戦場を離れたのが浚われた自分を救うためだったことも。
 そしてゼロの正体を知った、彼の親衛隊長を務めていた少女に見捨てられた結果、スザクによって捕縛され、シャルルの前に引き出されて記憶を改竄され、ある少女を捕えるための餌として監視され続けたこと。やがて改竄された記憶を取り戻し再びゼロとして()ったこと。総督としてエリア11に赴任したナナリーのために蓬莱島に身を退()いたこと。
 第2次トウキョウ決戦の際、シュナイゼルの手によってフレイヤが投下される前に政庁を脱出し、愚かなことにそのシュナイゼルの甘言に騙されるまま、彼の言葉だけを信じて、総督としてはあるまじきことに身を隠し、かつての帝都であるペンドラゴンにフレイヤを投下したこと。
 そこまで話が進んだ時、会場内のあちこちで息を呑む音が聞こえた。質問をしようと手を上げる者もいた。けれどナナリーはそれを無視して話を進めた。
 それまでは“賢帝”と呼ばれていたルルーシュを、超合衆国連合の最高評議会議長である皇神楽耶が何の根拠もなく、“悪逆皇帝”と罵り、黒の騎士団幹部たちは何らその資格を有しないのにもかかわらず、ルルーシュを罵り、ブリタニアの内政に干渉しようとしたこと。それらは全て、自分たちがゼロを裏切ったことを知られないためのものだったこと。現に、ルルーシュを檻に閉じ込め、さらにはその命を奪うべく、黒の騎士団は学園内にエース機であるKMF紅蓮を潜ませていたこと。そして黒の騎士団は大量破壊兵器であるフレイヤを容認し、それを有するシュナイゼル陣営に与したこと。
 ついには“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画までも、僅かに残されていた証拠となるデータや証言と共に提示した。
「兄ルルーシュが望んだのは、人が人を虐げることのない、平等な社会、“優しい世界”です。そのために兄は自ら犠牲となりました。全ての悪の、負の連鎖を自分一人の命で断ち切るために。自ら世界のための人柱となったのです。
 翻って現在の世界の状態はどうでしょう。
 もちろん、何も気付かず、盲目的に異母兄(あに)シュナイゼルの言葉を信じてフレイヤを使用した私にも咎はありますし、それは甘んじて受けるつもりですが、罪があるのは果たして私だけなのでしょうか。
 シュナイゼルの諫言に唆されて、自分たちの指導者であるゼロを裏切った者たちに、兄を“悪逆皇帝”と罵った者たちに、そうして今は重要な役職に就いて栄光を謳歌している者たちに、果たしてその資格があると言えるのでしょうか。
 皆さん、どうかよく考えてください。現在の世界は、我が兄ルルーシュの犠牲の上に成り立っているのだということを。
 そしてもう一つ、私は告白します。
 現在のゼロであった枢木スザクの命を奪ったのは私です。我が兄ルルーシュの事情を全て知りながら、ただただ己の欲望のみのために動き、兄を父に売るということで終わっているはずにもかかわらず、いつまでも、何処までも、私にとっては異母姉(あね)であるユーフェミアの仇として、実の兄を殺した枢木スザクを、私は兄の仇として毒薬を使って殺しました。
 たとえどんな理由があろうと、兄は私が人を殺すのを良しとはしなかったでしょう。望んでなどいなかったでしょう。けれど私は、兄の優しさに甘え、兄の真意を知ろうともせずに自分の理想だけを押し付け、兄を裏切り続け、その命を狙い続け、計画の上とはいえ、最終的に直接兄に手を掛けたた枢木スザクを許すことは出来ませんでした。
 フレイヤのことも含めて、たとえそれがどのような罰であろうとも、私はそれを受け入れます。ですが同時に、兄を裏切り、死に追い詰めた者たちを許してほしくないのです。
 ただ今をもって、私はブリタニア代表の座から身を退き、後は副代表に任せて、与えられる罰を待ちます。世界の皆さんが真実を知って、そして本来罰を与えられる立場にありながら、英雄と呼ばれている愚かな者たちにも、私同様に相応しい罰が与えられることを望みます」
 それだけを告げると、ナナリーはマスコミの質問に答えることなく、ざわつく会場を去った。
 そうしてナナリーが向かったのは、生前の兄がよく足を運んでいたという場所。供の一人もなくその場に向かったナナリーは、そこにある小さな湖、いや、大きな池と言った方が相応しいだろうか、そこを覗き込むようにしながら、在りし日の兄を思い浮かべる。
「お兄さま、許してください。でもナナリーには他の方法を選ぶことが出来ませんでした」
 ナナリーの両の頬を止まらぬ涙が伝い続ける。
「今、お傍に参ります。今度こそ、お傍から離れません」
 そう言って、ナナリーは隠し持っていた毒薬の残りを呷った。遺された裏切り者たちに相応しい罰が与えられることを願いながら。



 その日の内にナナリーは遺体となって発見された。
 一部には、罰を受け入れると言いながら自害したナナリーに対する非難の声もあった。特にフレイヤの被災者、その関係者からの声は大きかった。しかしそうして死んでいった、己たちが何も知らず、知らされず、“悪逆皇帝”と呼び、まだ20歳にもなっていなかった若いルルーシュの死を歓喜して受け入れ、今また15歳という若さで兄の跡を追った少女を悼む声も大きく、それがまた、ナナリーが裏切り者と呼んだ者たちに対する反感を強めたのだった。
 世界は揺れ動く。一人の少女の告発とその死によって。

── The End




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