ルルーシュの皇帝就任直後から、彼に対する熱狂的なファンがいた。それも一人や二人ではない。そして彼らは連携した。非公認のファンクラブの誕生である。
その美貌もさることながら、自分たちが心の中で拒絶しながらも、国是ということで逆らうことの出来なかった弱肉強食を否定し、ナンバーズ制度を廃止して人は平等であるとし、皇族や貴族たち特権階級の既得権益を廃止して税率も平等に見直し、誰に対しても公平な裁判を行うようにしてくれた、そんなルルーシュは、彼らにとっては神のような存在だった。
必然的に追っ掛け行動にも出る。とはいえ、相手は仮にも専制主義国家である神聖ブリタニア帝国の皇帝である。堂々と追っ掛け行動を取ることなど出来はしない。
そんな彼らは、彼らに出来る範囲で憧れの皇帝を追い続けた。
彼らの立ち入ることの出来ないような場所には、それとなく、誰にも分からないように、宮廷内にいる同士が盗聴器や隠しカメラを仕掛けた。少しでも憧れの皇帝の姿を、たとえ直接ではなくとも目にしたい、その声を耳にしたいという一心からだった。
そして彼らは知ってしまった。“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画のことを。
彼らは悩んだ。知ってしまったその計画を、果たして実行させてしまってよいものなのかと。何よりもルルーシュ自身が望み、立てた計画を打ち壊してしまってよいものなのか。
あちらを立てればこちらが立たず、といった状態である。
そうこうするうちに、ルルーシュは超合集国連合へのブリタニアの参加を求めるための臨時最高評議会に出席するために、エリア11へと飛び立ってしまった。
評議会の様子はTV放映によって全世界に中継されている。
彼ら以外にも、世界中の注目がその評議会に集まっていた。
そんな評議会の中、あろうことか、ルルーシュは一国の、しかも神聖ブリタニア帝国という巨大な国の君主であるにもかかわらず檻に閉じ込められ、議長からは“悪逆皇帝”呼ばわりされ、黒の騎士団の幹部たちからも罵詈雑言、国家に対する内政干渉を受けている。その在り様に、彼らは一様に怒りを覚えた。
そこに颯爽と登場したのがナイト・オブ・ゼロの騎乗するKMFランスロットである。
彼らが得た“ゼロ・レクイエム”の中で、ルルーシュを殺すゼロとなる男。憎むべき存在。だがこの場においてだけは、それがたとえ計画の一旦であるとしても、その登場に彼らは安堵した。少なくとも今はルルーシュが救い出されたのだから。
しかしその安堵も束の間の出来事だった。
帝都ペンドラゴンにフレイヤが投下されたのである。それによりペンドラゴンにいた彼らの仲間も、たまたまペンドラゴンを離れていた者を抜かして、その多くが命を落とした。
アヴァロンに仕掛けられた盗聴器から、それらがルルーシュの実の妹であるナナリーをこそ皇帝として担ぎあげたシュナイゼルたちによるものだとすぐに知れた。
実の妹が、七年もの間、いや、生まれた時からずっと共に過ごし、特に、かつて日本に送り出されてからは、身体障害を負った自分を献身的に世話してくれていた兄を信じずに、自国の帝都に大量破壊兵器であるフレイヤを投下するなどという行為が果たして許されるものだろうか。否、許されるものではない。ましてやナナリーはペンドラゴンには避難勧告が出ていた、民衆は避難させたなどと言っているが、それが事実無根であることは、ペンドラゴンにいた仲間の死、突然の連絡途絶によって証明されている。
そんな存在のための“ゼロ・レクイエム”など、決して許してはならない、ルルーシュの存在が何よりであると彼らの意見は一致した。
そうしてルルーシュは天空要塞ダモクレスと、あろうことか、ブリタニアを敵として戦ってきたにもかかわらずシュナイゼル側に与した黒の騎士団との間に戦端が開かれることとなった。フジ決戦である。
黒の騎士団が無能のならず者の集団であることは、彼らにはアッシュフォード学園で行われた評議会の在り様から認識していたが、そこまで愚か者の集団だとは思いもよらなかった。ダモクレス陣営に与するということは、大量破壊兵器であるフレイヤを認めるということだ。それが黒の騎士団には分かっているのだろうか。おそらくそのようなことまで理解はしていないだろう。既に得ている情報から察するに、連中はただただルルーシュ皇帝憎しで動いているのだと、黒の騎士団はルルーシュこそが自分たちが死んだと発表したゼロであることを知られるわけにはいかずにシュナイゼルについているのだと、彼らはそう判断した。
結果的に、フジ決戦はルルーシュ陣営の勝利で終わった。それは喜ぶべきことである。
しかしその後に待っているのが“ゼロ・レクイエム”であると彼らは知っている。一体どのように対処すべきか、彼らはトウキョウで直接対面して協議した。今まではネットなどでのやり取りが主で、実際に主だった者たちが集うのは実質初めてのことだった。
彼らの目的はただ一つ。
“ゼロ・レクイエム”の阻止、それに尽きる。
だが一体どのようにしたらそれが出来るのかが問題である。計画の概要は盗聴器、隠しカメラ、ルルーシュの近侍の証言から判明している。その時期がおそらくはフジ決戦の敗者の処刑時であろうことも、これまでの情報からほぼ間違いないと思われた。
ある一人から提案がなされた。
パレードの最中に、計画が最終段階を迎える前に、これまでに収集した盗聴器や隠しカメラで得た情報を表だって流してはどうかと。さすれば、如何に皇帝ルルーシュといえど、計画を変更せざるを得ないのではないかと。
それにはそこにいた殆どの者が賛同したが、では一体どうやってそれを実行に移すかがまた問題になった。
そこに別の一人が手を挙げた。
自分の知り合いにTV局のクルーがいると。彼を説得して、パレードの最中、街中の街頭スクリーンなどに映し出せばよいのではないか。映像は嘘はつかない。ましてや隠しカメラで撮ったものと知れればそれが真実と受け取られる。ルルーシュも否定しようがなかろうと。
他に手段を見い出せなかった彼らは、その一人の提案に乗って、件のTV局クルーに接触することにした。
幸いというべきなのだろうか、そのTV局のクルーも、彼ら程ではないものの、ナンバーズ制度や特権階級の既得権益を廃止したルルーシュを支持していた人物であり、フジ決戦後のルルーシュの変化に首をひねっていたことから、彼らの説明と証拠の品々から状況を理解して、然程苦労することなく協力を得られることとなった。
そしていよいよ処刑パレードの日を迎える。
大勢の警備に守られ、フジ決戦を制し、世界征服を成し遂げた皇帝ルルーシュがトウキョウの大通りをパレードする。
その沿道の片側には、処刑を待つ超合集国連合の首脳たち、黒の騎士団の幹部をはじめとする団員たちが磔にされている。
そんな中をパレードが進む。
彼らにとってはタイミングが問題だった。ゼロの登場を待つ、との意見が大勢を占めた。“ゼロ・レクイエム”はゼロによって成し遂げられるもの。ならばそのゼロの登場を待つほうが効果が大きいと。
そしてゼロが道の先に登場した。
待っていましたとばかりに、彼らは計画通り、街中の全ての街頭スクリーンに、これまでに集めた隠しカメラによる映像や、盗聴器による音声を一気に流し始めた。
ルルーシュの元に駆け寄ろうとしていたゼロの動きが止まる。
玉座に座ったルルーシュも立ち上がって、街頭スクリーンを見回した。それは沿道に溢れている民衆も同じだった。
ルルーシュとナイト・オブ・ゼロである枢木スザクの会話から、“ゼロ・レクイエム”と呼ばれる計画が民衆に明かされる。
鎖に繋がれたナナリーもまた、街頭スクリーンに見入っていた。
兄が、スザクが為そうとしていることを知って呆然としていた。そして自分が何をしたのかを初めて知った。この時まで、ナナリーはペンドラゴンの民衆は避難したと信じて疑っていなかったのだ、あまりにも愚かなことに。それを思い知らされたナナリーは自分の為したことに恐怖した。自分が殺してしまった億という数の、何の罪もない民衆。そして自分のために、憎しみの、負の連鎖を己の死でもって断ち切り、ナナリーの望んだ“優しい世界”を遺そうとしている兄。ナナリーの頬を涙が伝う。
「ゼロ! いや、枢木スザク! 貴様に陛下を殺させるわけにはいかない!」
「陛下、どうぞ陛下のそのお力でよりよい世界をお創りください」
「ナナリー皇女は大量虐殺者です、その罪の報いを受ける義務があります! それは死んでいった民衆の望みでもあります! 虐殺者がその罪を贖わないなど、あってはなりません! 黒の騎士団や超合集国連合の代表たちもです」
大通りの沿道両脇から、ルルーシュの前に姿を現わした彼らは口々に述べた。
「陛下が創り出そうとしている世界は陛下にしか出来ません!」
「どうぞ陛下、生きて、そして世界を導いてください」
民衆が、スザクだと言われたゼロを取り巻く。本当に枢木スザク、ナイト・オブ・ゼロ、“白き死神”なのかと。
観念したのか、ゼロは仮面を外した。そこに現れたのは、紛れもなく死んだはずの枢木スザクの顔だった。
それは街頭スクリーンから流された映像や会話が作られたものではなく、真実のものだということが明らかになったと同義だった。
立ち尽くしたルルーシュは、“ゼロ・レクイエム”の破綻の前に途方に暮れるしかなかった。
── The End
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