悪 友




 トウキョウ租界にある私立アッシュフォード学園に、名誉ブリタニア人が一人編入してきた。しかも皇族の口利きとのことである。
 名誉ブリタニア人── 純ブリタニア人からすれば差別の対象以外の何者でもない。自然、その編入生── 枢木スザク── に対するクラスメイトの視線が、冷めたものとなるのはやむを得ないだろう。
そんな中、スザクが高等部生徒会副会長ルルーシュ・ランペルージの幼馴染の友人と知れて、いささか、彼に対する視線の厳しさが消え、彼の学生生活が多少なりとも過ごしやすいものになったことは事実だ。とはいえ、スザク自身はそれが、自分がルルーシュの幼馴染という立場によるものだとは理解していない。ただ単に日々を重ねているうちに、自然と認められるようになったのだとしか考えていない。ルルーシュのスザクへの配慮、生徒会への勧誘などがなければ、生徒たちのスザクに対する対応に変化はなかっただろうに、肝心のスザクは何も気付いていない。
そんなスザクに対し、いいようのない思いを抱いているのは、ルルーシュの悪友を自認しているリヴァルだ。
悪友という、生徒会長であるミレイを除けば、ルルーシュとは最も近い位置にいると考えていたリヴァルにとって、幼馴染の親友という立場のスザクの登場は、少らからぬショックを与えていた。
 自分よりもルルーシュに近い存在。
 ルルーシュは人当たりはいいが、その実、身の内に入れている人間は非常に数少ない。その中の一人であると自負していたリヴァルだったが、そこに幼馴染で親友という存在が現れたのだ。表には出さないものの、リヴァルにしてみればあまり気分の良いものではなかった。
 とはいえ、ルルーシュが大切に思っている親友ならば、それなりに受け入れるのが筋だろうとリヴァルは思っていたし、それを実行に移しもした。
 だがいつの頃からだろうか、傍で見ていて、ルルーシュのスザクへの態度が微妙に変化したように見えた。
 スザク本人にすらそうと知れぬように、一歩距離を置いたように見えたのだ。
 それはスザクがブリタニア軍に属していることによるのかもしれないと、リヴァルは当初考えた。
 ルルーシュは祖国であるブリタニアを、そしてそのブリタニアの掲げる国是である“弱肉強食”を嫌っている。それは彼の妹であるナナリーが身体障害を抱える、ブリタニアにおいては弱者以外の何者でもないからかもしれない。
 しかしスザクがブリタニア軍に属していることは、彼の編入時から分かっていたことで、いまさらなことだ。
 学園内で何があるわけではない。しかし日を追うごとに、ルルーシュのスザクに対する態度に変化が見られるようになった。それは確としたものではなかったが、ルルーシュの身近にいてその様子を見ていればよく分かる。ルルーシュが身内と認めた者ならばなおさらだ。現に、生徒会長のミレイも、そんなルルーシュの様子に気付いている気配がある。
 それはもしかしたら、スザクの生徒会室内で綴られる言葉にあるのかもしれない。
 スザクは何かといえば、このエリア11の副総督であるユーフェミア第3皇女を礼讃している。そしてその一方で、前総督であるクロヴィス殺害の容疑者として連行されていた自分を助けてくれたゼロを、間違っていると批判してやまない。
 ルルーシュはブリタニアの皇族、貴族、軍人を嫌っている。なのに幼馴染で親友で、それを承知しているであろうスザクは、テロリストを否定するだけならばともかく、皇族を誉めそやしている。何故スザクは気付かないのだろう。彼が皇族であるユーフェミア皇女を持ち上げ誉めそやし、ゼロを否定する度にスザクから視線を外すルルーシュの態度に。それがリヴァルには不思議でならなかった。
 ルルーシュのスザクへの態度が決定的になったのは、スザクが一軍人ではなく、本来なら名誉ブリタニア人には許されない、ランスロットと呼ばれるKMFのデヴァイサーだと知れてからだ。そしてそれがきっかけで、スザクがユーフェミア皇女の騎士に任命されたことが駄目押しとなったのだろう。
 けれどあくまで表面上はスザクの幼馴染、親友という立場をとっているルルーシュに、スザクは相変わらず自分に対するルルーシュの態度が変わったことに気付いていない。自分に対することなのに、どうしてそこまで気付くことが出来ずにいるのか、不思議だ。そしてある意味、呆れもするし、感心もする、その人の感情の機微に対する鈍さに。
 スザクの騎士叙任式典のあった日、アッシュフォード学園ではミレイ発案── 実はそもそも言い出したのはナナリーだったと後で知れたが── による騎士叙任祝賀会にて、ルルーシュはスザクに笑みを浮かべながら祝いの言葉を述べた。しかしそれは、彼を良く知る者が見れば、表面的なもの、仮面であると分かるものだった。それも、何処かしら哀しみが込められているかのようにも、見る者には見えるものだった。しかしスザクには一向に気付いた様子はなく、心から嬉しそうに「ありがとう」と返していた。何故分からない、何故理解しようとしない、親友だと言いながら。リヴァルの中に、スザクに対する腹立たしさが募っていった。親友を名乗るなら、その相手がどんな気持ちでいるか推して知るべきだ、たとえ口にしなくとも、その表情から見て取れるだろう。悪友を自認する自分に分かって、何故それが親友と互いに言い合いながらスザクは分からない。
 要は、スザクは“親友”という言葉に甘えているのだとリヴァルは結論を下した。だからルルーシュを理解したつもりになって、自分の理想にあてはめ、真実の彼を見ようとしていないのだと。あるいは見ているつもりなのかもしれないが、それはあくまでスザクの事情であって、スザクはルルーシュの事情を考えようともしていない。少しでも理解(わか)っているなら、ルルーシュの前で皇族を誉めそやしはしないだろう。ルルーシュの皇族嫌い、貴族嫌いは、生徒会のメンバーだけではなく、クラスメイトをはじめ、学園に在籍する、特にルルーシュファンの間では、誰もが知っていることだ。それが何処からきているのかは流石に誰も知らないが。なのに平気でユーフェミア皇女をひたすらに素晴らしい方だと言葉を重ねるスザクは、到底ルルーシュを理解していないし、しようともしていないのだ。



「無理しなくてもいいんだぞ」
 リヴァルは祝賀会場の中、スザクからは聞こえない位置でルルーシュに声を掛けた。
「無理して笑う必要はない、そうと分かってない奴に笑顔で応えてやる必要なんてない」
「リヴァル……」
「俺は、おまえが親友だと言っているスザクとは違う、ただの悪友だ。けど、その親友よりも、俺はおまえのことを理解してるつもりだ。おまえがあいつの前でどれだけ親友でいようと努力しているか、俺は気付いてる。けど、親友っていうのは努力してその立場を維持しなけりゃいけないものなのか? そんなの、俺に言わせれば間違ってる。スザクはおまえの親友なんかじゃない。過去はどうあれ、今のおまえのことを何も理解しようとしない奴は、決して親友なんて呼べる存在じゃないと、少なくとも俺はそう思う」
 リヴァルのその言葉に、ルルーシュはくしゃりと顔を歪めた。
「すまない、リヴァル。理解ってたことなんだ、あいつが名誉になって、しかも軍人になっているって分かった時から、俺たちの道は違えてしまったんだって。けど、俺にとってあいつは、スザクは初めて出来た友人で、だから大切で、だからあいつの中にある俺に対する理想像を壊したくなかったんだ」
 そう言葉を綴るうちに、ルルーシュの眦に光るものをリヴァルは認めた。
「俺が、おまえの何よりの悪友の俺がいるだろ」
「リヴァル」
「俺は、出会う前のおまえの過去を知らない。おまえとあいつの間で何があったか知らない。けど、おまえの一番の悪友として、今のおまえを理解しようとしないあいつを、おまえの親友とは認められない」
 今のスザクをルルーシュの親友とは認めないとのリヴァルの言葉は、スザクが耳にしたなら思い切り否定したことだろう。自分は間違いなくルルーシュの親友だと。だがその言葉は、ルルーシュの中にストンと落ちた。
 ああそうか、今の俺には、何を知らずともスザクよりも俺を理解してくれる悪友がいるのだと。

── The End




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