理解者




 今日は、エリア11副総督である神聖ブリタニア帝国第3皇女ユーフェミアの選任騎士の叙任式の日である。
 ユーフェミアが己の選任騎士として任命したのは、あろうことか、名誉ブリタニア人、つまり元ナンバーズだった。名は枢木スザク。戦前、このエリア11がまだ日本であった頃の最後の首相、自決したと言われている枢木ゲンブのただ一人の息子であった。そして、彼は名誉であるにもかかわらず、その優れた身体能力故に、帝国宰相シュナイゼル・エル・ブリタニア直轄の、KMF開発のための組織である、通称”特派”において、誰も乗りこなせないことから、適合率だけでその特派が開発したKMF“ランスロット”のデヴァイサー── 特派主任たるロイド・アスプルンドに言わせれば、パーツ、として── たることを特例的に認められた存在である。
 実際には、極一部の者を除いて、名誉ブリタニア人であるスザクがKMFのデヴァイサーとなっていることは知られていなかったが、チョウフ基地での、日本解放戦線に所属していたテロリスト、対ブリタニア戦争において、唯一ブリタニアに土をつけたことから“厳島の奇跡”の二つ名を持つ藤堂鏡志郎を処刑するためにあったそこで、スザクが操縦するところのランスロットは、今ではエリア11有数のテロ組織となっている黒の騎士団の力を借りた藤堂の部下たる四聖剣によって藤堂は奪取され、ランスロットのコクピットが切断されたことから、名誉ブリタニア人であるスザクがデヴァイサーであることが公に知られることとなり、それがきっかけで、ユーフェミアがスザクを己の騎士となる者であるとマスコミを前に宣言したことから、今日の叙任式に至った次第だ。
 叙任式はTV中継されていたが、誰もそれを、名誉ブリタニア人であるスザクが副総督たる皇女の選任騎士となることを認めていないのは、一目瞭然だった。画面に映る参列者たちの二人を見る視線を見ればよく分かる。実際、式典の最後、スザクが正面を向いて立った時、通常は行われるはずの拍手を誰もしようとはしなかった。そんな中、スザクの上司ともいえるロイドが、続いてダールトン将軍が拍手をしたことにより、他の参列者たちもいやいやながら拍手をしたのは誰の目にも明らかだった。それに気付いていないのは、本来の主役たるユーフェミアとスザクだけである。最終的に拍手を送られたことから、無事に済んだ、認めてもらえたと、あまりにも単純に思っていた。いかに周囲をきちんと見ていないか、これだけでよく分かる光景だ。
 そしてそれは何も式典会場だけの話ではない。TV中継を見ている者たちの反応とて同様だ。いや、寧ろ表に出されないだけ、ある意味、素直な反応だった。そう、揶揄や軽蔑に満ちた言葉が発せられていたのだ。ユーフェミアのお願いという名の命令の結果、スザクが在籍しているアッシュフォード学園においてすら。



 アッシュフォード学園高等部、クラブハウスにある生徒会室では、生徒会のメンバーがTV中継でその式典を見ていたが、その中継が終わると、ミレイはさっとTVのスイッチを切った。そして他のメンバーに向かう。ちなみに、現在この場にいないのは、本日の式典の主役の一人であるスザクと、何故か、そのスザクとは幼馴染の親友であるという生徒会副会長のルルーシュだった。
「みんなに聞いて欲しいことがあるの。ただし、これから話すことは決して他言無用。みんなの胸のうちにだけ収めておいて欲しいこと。もしそれができないというなら、今すぐここから出て行って。その判断を責めることはしないわ」
 ミレイの普段とは余りにも異なる真剣な眼差しと言葉に、メンバーは互いに顔を見合わせた。
「あの、どんな話かも分からないのでは、それを聞くか聞かないか、どうするかの判断もできかねるんですけど……」
 遠慮がちにシャーリーがミレイに告げる。
「確かにそうね」その言葉を受けて、ミレイは応える。「……そうね、今の時点では、これだけは言ってもいいかしら。……これからする話は、たった今、ユーフェミア皇女殿下の選任騎士となったスザク君に関係している、と」
「会長、その言い方からすると、スザクが関係してる話だけど、スザク自身のことじゃない。っとなると……、もしかして、ルルーシュのこと、ですか?」
 スザクガ関係している話、となると、スザクの立場、特にこの学園内における状況を考えると、彼の親友だというルルーシュのこととしか思えず、リヴァルはミレイにそう尋ねた。リヴァルがそう考えたのは、この場にルルーシュ本人がいないこともそれを意味しているのではないかと、その考えを深くしていた。
「……」暫しの躊躇いの後、ミレイは言葉にはしなかったが、軽く頷くことでそれに諾と答えた。
「それと「他言無用」の“他”には、スザク自身も含まれたりします?」
「ええ」
 リヴァルの再度の問いには、ミレイは即座に答えた。
「なら、俺はそれでいいです。話を聞きますよ、会長」
 スザクが皇族── ユーフェミア皇女── の口利きで編入してきて、ルルーシュが彼を自分の大切な親友だと告げる前は、何よりも己がルルーシュの一番の友人── 悪友── だと自認していたリヴァルは、これからミレイが話そうとしていることが何であるにしろ、ルルーシュとスザクに関する、かなり重大な話なのだろうと、それが分かっただけでそう返した。ルルーシュにとって大切な話なら、聞き逃すわけにはいかないと。
「私も聞きます!」
「あ、わ、私、も……」
「この場だけの話ということですよね。私も伺います」
 リヴァルに続いて、ルルーシュに好意を抱いているシャーリーが、ルルーシュのことなら聞かずにはおれないとでもいうように声をあげ、それにつられるように、ニーナも幾分躊躇いがちではあったが承諾し、それを聞いていたカレンも応じた。
「ありがとう、みんな」
 ミレイは思わずその場にいる生徒会メンバーに対して頭を下げた。ミレイのそんな様を初めて目にするみんなは、思わず驚いた。それでなくても、最初に見せたミレイの眼差しとその口調は、アッシュフォードのお祭り娘とも言われているミレイとは余りにも違っていたのだから尚更だ。
「まず先に、スザク君のことを話しておくわね。ああ、これはいずれ他の皆にも分かることだと思うから、これに関しては、他の誰かに話すかどうかは皆の判断に委ねるわ。
 この前、スザク君から連絡が入って、「ユーフェミア様がいいと仰ってくださっているので、これからも時間があって通える時は通学しますので、よろしくお願いします」ということだったわ」
「「「えっ?」」」
「そんな、嘘でしょう!? だって、皇族の騎士って、常にその主である皇族の傍に控えているものじゃないの? 違う、ミレイちゃん!?」
 リヴァルたちは信じられないというように驚きの声をあげ、スザクが騎士となったユーフェミアに対して、憧憬や敬愛── それ以上と言っていいかもしれない── ともいえる感情を持っているニーナは、信じられないというようにミレイに問いかけた。
「そう、ブリタニアの騎士は、常に主の傍にあってその主を守るべき存在。主の命令で何かをするために、というならまだしも、それ以外で主の傍を離れるなんてことは決してあってはならない。でもスザク君のその言葉をそのまま信じて解釈するなら、ユーフェミア皇女殿下は、自分の騎士であるスザク君に対して、常に自分の傍にいることを望んではいない、必要な時に傍にいてくれればいいと、そう思っているんでしょう。それが騎士というものだとも。そしてスザク君は、名誉ブリタニア人っていうことから、ブリタニアの騎士制度のことをしっかりとは知っていない。それどころか、知ろうともしていないのでしょうね。だから皇女殿下から言われたからと、言われるままに、この学園を退学することなく、在学して通学し続けると言っているのだから。そう、つまり、二人ともブリタニアにおける主と騎士の関係を真の意味では理解していないと言っていいのだと思うわ」
「そ、そんな……。それのどこがユーフェミア様の騎士なの……?」
 信じられないとニーナが呟き、他の者もその言葉に同意するように頷いた。
「スザク君が皇女殿下の傍にいないでこの学園に通学し続けるということが知られれば、他の人たちもみんなそう思うでしょうね。そしてたぶん、二人がやっているのは単なる主と騎士ごっこに過ぎない。本当の主従ではないと」
 そこで一端、ミレイは言葉を切った。そして改めて、口を開いた。
「で、ここからが肝心の話。ここからが、先に言った他言無用の話。OK?」
 みんな、特にニーナはミレイから告げられたスザクのことに呆気にとられながらも、それでも改まったミレイの次の言葉に、顔を引き締めた。
「ルルちゃんとナナちゃんの話だけど」まずそう告げて、一度この場にいるメンバーの顔を見回した。「二人の今の名前は、アッシュフォードが用意した偽りのもの。二人の本名は、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニア」
「えっ!? ブ、ブリタニアって、皇族っ!?」
「こ、皇族が一体どうして……?」
 ミレイから告げられた言葉に、みんなは驚きに目を見開いた。そんな中、カレンはあまりの話に怒りを覚え、膝の上で組んだ両手を強く握り締めた。その手は震えている。しかし、「他言無用」というミレイの言葉に頷いて話を聞くとした以上、今は黙って話を聞くしかないと耐えるしかない。なぜなら、カレンは他に子供のいないブリタニア人の父親に一人娘として引き取られ、ブリタニア人として生活しているが、実際は、それ以前は母親と、父親の違う今は亡き兄とともに、日本人の紅月カレンとして生きてきて、現在は兄の意思を継ぎ、今やエリア11有数のテロリスト組織である黒の騎士団に属している。しかもその立場は、黒の騎士団の指令である仮面のテロリスト、ゼロの親衛隊長なのだから。
「お二人のお母さまは、今は亡き第5皇妃マリアンヌ様。実際のところは調査打ち切りのために分からないけれど、公式発表としては、マリアンヌ様はテロリストによって暗殺されたことになっているわ。そしてその場に居合わせたナナリー様は足を撃たれて両足麻痺、そしてその時のショックから目を閉ざしてしまった。そんな、マリアンヌ皇妃という最強の盾を失って弱者となったお二人を、皇帝は名目上は親善のための留学生として、でも実態は人質として、開戦前の日本に送り出した。我がアッシュフォード家は、KMF開発の関係から“閃光のマリアンヌ”との異名をとっていたマリアンヌ様の後見をしていたのだけれど、マリアンヌ様が暗殺されたこと、つまり守れなかったとして、爵位を剥奪された。でも、当主であるおじいさまは、たった二人で日本に送り出されたまだ幼いお二人を見捨ててはおけないと、戦後すぐにエリア11となったこの地にきて、なんとかお二人を庇護したの。そしてルルーシュ様との話し合いの結果、ルルーシュ様とナナリー様が、生きていたとしてブリタニア本国に戻ったとしたら、きっとまた、政治の道具として他の国に人質として出されるか、最悪、暗殺される可能性もあるとして、二人は死亡したことにして、現在の偽りのIDを用意した。この学園は、そんなお二人のために創ったものなの。お二人をブリタニアから、皇室から隠すために」
「じゃ、じゃあ、もしかして、“悲劇の皇族”って言われてるのって……?」
 元々皇族というものに憧れを抱いていて何かと詳しいニーナが確認するようにミレイに問いかけた。
「そう、ルルーシュ様とナナリー様のことよ。ちなみに、お二人がスザク君のことを幼馴染の友人と言っているのは、お二人が日本に送られて預けられた先が枢木家、つまりスザク君の家だったから。そこで出会って親しくなったそうよ。もっとも最初の出会いはとんでもないものだったそうだけど。
 そして、今までは問題はなかった。いえ、皇族の口利きでスザク君が編入してきたことで、全くとは言えなくなったけど、それでもどうにかなっていた。だけど、これからは分からない」
「どういう、ことですか……?」
 恐る恐るといった形でシャーリーがミレイに尋ねた。
「スザク君が皇族の選任騎士となったからよ。それでなくてもスザク君は名誉ブリタニア人。周囲の人間は、思惑はそれぞれでしょうけど、スザク君の周囲を調べるでしょうね。いえ、もう調べられ始めていると言っていいでしょうね。そしてスザク君の傍には、ルルーシュ様とナナリー様がいる。幼馴染の親友という立場で。ルルーシュ様は、亡くなられたマリアンヌ様にとてもよく似ていらっしゃる。それらを考えれば、調べる者たちの中に、お二人がブリタニアの、死んだとされた皇子と皇女だということに気づく者が出てくるかもしれない。そうなったら、どうなるかしら?」
「連れ、戻される……?
「最悪は、考えたくないけど、殺される可能性……も……?」
「ええ」シャーリーとニーナの恐る恐るの、否定して欲しいとの思いから発された言葉に、ミレイは頷いた。「でも、スザク君はその可能性に少しも気付いていない。考えてもいない。ルルーシュ様は最初にスザク君に、自分たちは「アッシュフォードに匿われている」と仰ったそうだけど、スザク君はそこにある真の意味にまでは考えが至っていないみたいでね。つまり、お二人の立場が酷く不安定な、危険なものになってきたのよ。
 ルルーシュ様は母親であるマリアンヌ様を殺した犯人を捜すこともせず、負傷して治療をしているナナリー様を見舞うこともせず、マリアンヌ様を守りきれなかった我がアッシュフォードを責めて爵位を剥奪し、自分たちを日本に人質として日本に送り出し、しかも何の連絡もなく、自分たちの存在を無かったものとしたかのように日本との戦争を始め、日本を征服したブリタニアを、皇帝をとても憎んでいらっしゃる。たぶん、征服されたこの地のイレブン、いえ、日本人以上にね。
 それでも、自分には何もできないと、これまではあくまで一般のブリタニア人の学生として過ごしてくださっていたのだけど……。今はルルーシュ様の状況も変わってしまったみたいで。それが何なのか、詳しくは分からないの。私もそうと察しただけで、直接聞いたわけではないから」
「「「?」」」
「……何が、言いたいんですか、会長……?」
 聞きたいような聞きたくないような、そう思いながらリヴァルはミレイに問いかけた。
「ルルーシュ様、現在、ブリタニアに大反逆中。言ったように直接聞いたわけではなくて、あくまで私の推測なんだけど、たぶん、ゼロ、ってルルーシュ様だと思うのよね。自慢じゃないけど、私、これまでずっとルルーシュ様のことを見守ってきたし、観察眼には自信あるのよ」
「「えーっ!?」」
「ルル、いえ、ルルーシュ、様が、ゼロ……」
「ゼロが!? ゼロが、ルルーシュ君っ!?」
 みんな、驚いたようにそれぞれに反応したが、特にカレンの態度が顕著だった。それはそうだろう。紅月カレンとして、ゼロを指令とあおぐ黒の騎士団のエースであり、ゼロの親衛隊長という立場にあるのだ。これまでゼロの仮面の下について、疑問には思うことはあっても、それでもいいと、信じられる相手だと思っていた。キョウトとの遣り取りを聞いて、ゼロが日本人でないことまでは理解していた。それが、ミレイが推測だとはいえ、自分が、斜に構えて、と思っていたルルーシュに違いないと言っているのだから、驚くなというほうが無理だろう。
「そんなわけで、ルルーシュ様とナナリー様の立場、ブリタニアという国、皇室と、父親である皇帝への思い、そのあたりを理解して、それぞれ思うところはあると思うけど、スザク君や彼の周辺を調査するであろう者たちから、お二人を、無理は言わない、できる範囲、可能な範囲でお守りしてほしいの。それが無理だというなら、せめて、今ここで聞いた話は忘れて。お願い。私は、私はなんとしてもお二人をお守りしたいの、それだけなの」
 そう告げて、ミレイは再びみんなに対して頭を下げるという、普段の彼女からは考えられない行動をとった。
「……私、皇族って、それだけで憧れてたけど、そんな甘い世界じゃなかったんだね……」
「ルル、小さな頃から、ナナリーちゃんを抱えて苦労してたんだね。そんなこと少しも感じさせずに。ただの度の過ぎたシスコンだって思ってたけど、そんな経験してたら、当然のことだよね」
「水臭ぇ奴……。自分の立場を考えずにゼロの否定ばかりしてるスザクより、悪友の俺を頼れってんだよ」
 どれもが、ルルーシュのことを肯定すると思える言葉だったことに、ミレイは安堵した。
「……会長。まだ本当にそうなのか確信しきれませんけど、会長の言うようにゼロがルルーシュ君だというなら、ゼロの親衛隊長として、私、紅月カレンは、ここ、アッシュフォード学園内においてもルルーシュ君を守ります」
 カレンは、ルルーシュとナナリーがブリタニア皇族ということに当初は怒りを覚えたが、母親を殺されたこと、その後に辿った二人の経験、そして何よりもミレイが告げた、日本人以上にブリタニアとその皇帝を憎んでいるとの言葉に、意を決して告げた。
 そのカレンの言葉に、思わず皆の視線がカレンに向いた。それは驚きに満ちたものだった。ただミレイ一人が微笑していた。
「カレンさん、あなたが実は日本人との混血で、病弱設定も嘘だっていうのは気付いてたけど、さすがに黒の騎士団の人だったとは思わなかったわ。しかもゼロの親衛隊長だったなんて。でもなら尚更、同じクラスでもあることだし、ルルーシュ様のこと、もし何か万一のことがあったら、お願いできるわね?」
「はい」
 カレンの病弱設定が嘘だというのは、リヴァルもシャーリーも、そしてニーナももしかして、と思ってはいたが、黒の騎士団の隊員、しかもゼロの親衛隊長との言葉になかなか驚きから抜け出せない。しかしルルーシュを守ると告げた言葉に、ミレイの確認を肯定したことに、みんなは安堵した。
 ニーナについて言うなら、彼女のユーフェミアに対する感情が失せたわけではない。だが、スザクとの主従関係の状態を聞かされ、皇室のあり方を知り、ユーフェミアに対する感情が少なからず変わったのは否めない事実である。
 そうしてゼロことルルーシュは、我知らず、彼らが今後どのような行動に出るかはともかく、自分を理解してくれる者を手に入れることとなったのだ。他ならぬ、ルルーシュとナナリーの庇護者たるミレイによって。

── The End




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