実兄と異母兄 番外編2




 私の名はシュナイゼル。シュナイゼル・エル・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国の第2皇子にして帝国宰相の地位にある。父である皇帝シャルルは数多くの皇妃を持ち、結果、母の異なる兄弟姉妹もそれなりに数多存在する。そんな中、私には、かなり年の離れた実弟がいる。名前はロロ。面差しは私とは全くと言っていいほど似ていない。本当に自分の弟なのかと疑うほどに。どちらかといえば、第8皇妃の娘である第6皇女ナナリーの方に似ている気がする。だが、それも道理だろう。何故なら、私が持つもう一つの記憶の中で、ロロは記憶を改竄された異母弟(おとうと)であるルルーシュの監視役、記憶を思い出した時にはその命を奪う暗殺者として、その傍に、その時のルルーシュの実妹だったナナリーの代わりの弟としてあったのだから。しかし最期は、私の言葉に踊らされ、ルルーシュを裏切り殺そうとした黒の騎士団から、その命を懸けて彼を守り抜き、ルルーシュに「弟だ」と認められて、苦しいだろう中、それは嬉しそうな、幸せそうな微笑みを浮かべながら、ルルーシュの腕の中で息絶えた。きっかけはどうあれ、最終的にはルルーシュが“たった一人の大切な弟”だと認めた存在を、蔑ろにできようはずがない。ましてやルルーシュにも私と同じく記憶があるのだから尚更だ。もっとも、肝心のロロにはその記憶はないようだが。だから私はロロを甘やかし、大切にする。とはいえ、かつての、そして現在も同様のようだが、リ家のユーフェミアのようにはならないよう、ただ甘やかすだけではなく、厳しく躾けるべきところは厳しくしているし、勉学もきちんとさせている。皇族としてどこに出ても恥ずかしくないよう、ブリタニアの皇子として相応しくあるように。それが何よりロロのためであろうし、ルルーシュもそう望むであろうから。そしてそんな私を、ロロはきちんと受け入れてくれている。兄として慕ってくれている。ただ、記憶はなくとも、ルルーシュのことも私と同様に、いや、それ以上に慕っているように見受けられるが。それは、ルルーシュが父方のみで母方の血の繋がりがなくとも、異母弟妹たちを大切にしていることもあるのだろうが。
 以前の記憶と同じく、ルルーシュは第5皇妃マリアンヌ様を母として、第11皇子として生まれてきた。ただし一人息子で、他に弟妹はいない。だから余計に、異母とはいえ他の弟妹たちに対して優しいのかもしれない。そしてマリアンヌ様が庶民出であることは以前と変わりなく、そのためにマリアンヌ様とルルーシュは、多くの他の皇妃や一部ではあるが兄弟姉妹、そして貴族から侮られ、蔑まされているが。以前と違うのは、アリエスの悲劇が起きず、マリアンヌ様が変わらず健在であること、そしてルルーシュはその優秀さをもって、帝国宰相たる私の補佐の地位にある。
 ルルーシュの現在の立場、そしてその優秀さゆえに、多くの異母兄弟姉妹たちは彼を認めている。ことに弟妹たちにいたっては、彼らのために、忙しい中、週末になると茶会を開いたりしているのだから尚更だ。
 ただし、もちろん例外はいる。その代表がリ家姉妹であり、以前の彼の実妹だったナナリーだ。
 見受けたところ、姉のコーネリアには、私やルルーシュとは違って、以前の記憶はないと思われた。そして軍人としてはマリアンヌ様を尊敬しているようだが、皇族としては、その庶民出という血ゆえに、見下しているように思える。だからだろうか、かつてのようにコーネリアに溺愛されているユーフェミアが、ルルーシュの催している弟妹たちのための茶会に出席したことはない。聞いたところによると、ユーフェミア自身は出席したがっているようだが、今では既にルルーシュが招待状を送ることもなくなっているという。
 皆が皆、私やルルーシュのように記憶を持っているわけではない。むしろ記憶を持っている者の方が少ないと思える。しかし、このブリタニアという国自体、以前とは違う。故に、皇族たちの、互いに対する態度、感情も異なっているようだ。
 端的なのが、ルルーシュに対する感情、態度だといえるだろう。上位皇族の殆どが、ルルーシュの優秀さを認め、帝国宰相補佐としてある状況、その公務に取り組む姿勢に対して高評価を下している。血が全てではない、真に実力を認めている。そんな中で、リ家の第2皇女であるコーネリアだけが、血に縛られ、視野が狭くなっている。結果として、上位の者たちの間ではコーネリアだけが浮いている。孤立しているといっていいのかもしれない。ルルーシュへの態度ゆえに。彼女だけがルルーシュの実力をなんら評価せず、庶民腹の皇子と見下しているのだから。そして異母弟妹たちからも、自分たちに対して、優しく、時に厳しくはあるが、接してくれている大切な異母兄(あに)であるルルーシュを見下しているとしか見ることのできないコーネリアに対して、よい感情を持ちようがない。結果、兄弟姉妹間では、コーネリアは確実に孤立しているといえる。しかしコーネリアは、自分の態度は皇族としては当然のものであり、他の者の考え方の方が間違っていると考えているようで、自分が孤立していることに関しては馬耳東風とでもいうのか、さして気にしていないようだ。あるいは、そこまでとは気づいていないのかもしれない可能性も否定しきれないが。そしてその影響を受けてか、コーネリアの実妹のユーフェミアも同様だ。もっとも、ユーフェミアに関しては、以前と同様、コーネリアに溺愛され甘やかされすぎて、何も分かっていない、知ろうとしてすらいないのもたぶんに影響しているようで、兄弟姉妹間における自分の立場も分かっていないようだが。ちなみにリ家にはもう一人、クリスチャンという二人の姉妹の弟がいるが、彼は素直にルルーシュに懐き、慕っている。それはコーネリアがユーフェミアのみを溺愛し、大切にしていることに対する反動であるかもしれない。最近では、ルルーシュの優秀さを認めたアダレイド皇妃の彼に対する見方も変わって、クリスチャンにはルルーシュとの付き合いを勧めているらしいとも聞く。
 そしてもう一人。以前のルルーシュの実妹だったナナリー。以前、ナナリーはルルーシュを理解しなかった。身体障害を抱えて他国に追いやられ、そこでルルーシュから献身的な愛情を受けていたというのに、私の言葉に踊らされ、最も信頼するべき存在であるルルーシュを信じず、敵対した。「鬼、悪魔」と罵りもしたという。そんなナナリーに対して、ルルーシュを愛しいと思い、慈しんでいる私が、愛しいなどと思えるはずはない。大切に、など到底思えない。それでもルルーシュは、当初は自分の催す茶会にナナリーも招待していたようだが、実際にナナリーが応じることはなく、今ではルルーシュがナナリーに対して招待状を送ることもなくなっているという。ユーフェミアと同様に。ナナリーに記憶があるのかどうかは分からない。それほどの付き合いがないのだから、推し量れというのが無理な話なのだが。ただ、もしかしたらナナリーには記憶があり、それゆえに素直にルルーシュの招待に応じることができずにいる、と考えることもできはする。それはともかく、ナナリーの母親である第8皇妃の実家は、財政的には厳しいようだが、血筋的にはそれなりのものだ。しかし皇室の中では、ナナリーはリ家姉妹と同様に孤立しているといっていいだろう。
 現在の皇室は、記憶にある以前とは明らかに違う。血よりも実力。弱肉強食を謳っていたことを考えれば、ある意味、今の状態こそが正しいと言えるのかもしれない。だからそれを認められない者は孤立していくしかないのだ、コーネリアたちのように。そしてルルーシュは、以前のようにその出自故に侮られることなく、宰相補佐として十分にその能力を発揮し、そして認められているのだから。



 扉がノックされ、部下がルルーシュの訪れを伝えてきたことにより、私はすぐに通すように伝え、程なくしてルルーシュが入ってきた。
「閣下、先にお話のあった件につき、原案ができましたのでお持ちしました」
「もうできたのかい、さすがはルルーシュ、早いね」
「恐れ入ります」
 そう応じながら、ルルーシュは私に書類の束を持って近づいてきた。ふと時計を見やり、ルルーシュから書類を受け取りながら提案する。
「ちょうどお茶の時間だ。一緒にお茶をしながら、この件について話をしよう」
「は、はい」
 幾分戸惑い気味に応諾したルルーシュを見ながら、カノンに命じて二人分のお茶の用意をさせる。
 応接セットに席を移して、ルルーシュと向き合って座り、彼の持ってきた書類に目を通す。その間に、カノンが私たちの前に紅茶と、茶請けの菓子の支度をすると、執務室から退室していった。
「うん、よくできているね。だいたいこんな感じでいいのではないかな」
「ありがとうございます、閣下」
 公務に関わる時は、ルルーシュは決して自分のことを「異母兄上(あにうえ)」とは呼んでくれない。けじめといえば確かにそれが正しいことではあるのだろうが、いささか寂しい気がしてしまうのは否めない。
「ところで話は変わるが」
「はい、なんでしょう?」
 ルルーシュは口にしていた紅茶のカップを置いて、真面目な顔で問い返してくる。
「今週末の君のところのお茶会、ロロも行くそうだね。今から楽しみにしているようだよ」
「そ、そうですか」
 私の答えに、ルルーシュはいささか気抜けしたかのようにそう返してきた。
「で、私との、仕事抜きの私的な茶会は一体いつになったらしてくれるのかな? 他の異母兄姉たちともお茶をしているのだから、私ともしてくれてもいいだろう?」
 少し意地悪だろうかと思いつつ、前に一度言ったことのあることを聞いてみる。
「……そ、それは……」
「それは?」
「それは、異母兄上や異母姉上(あねうえ)がお茶に呼んでくださるので、断るのも悪い気がして、時間がある時だけ伺わせていただいているだけです」
「そうか。では、君と私的にお茶を、と思ったら、君の招待を待つのではなく、私が君を招待した方がいいということか」
「い、今の状態も、十分に私的なものと言えると思いますが」
「では、私が持っているものは何かな?」
 苛めているかな、と自覚しつつ、私は自分の手にしている書類をこれ見よがしにルルーシュに示した。それに対してどう答えたらよいか思案しているのだろう、ルルーシュの目が泳いでいる。公務となればこれ以上はないほどに優秀なのに、こういった遣り取りは昔から苦手のようだ。弟妹たちに対してはそれほどではないのに。なまじ、宰相と宰相補佐という立場にあるからこうなってしまうのだろうかとも考えてしまう。
「ではそうだね、週末は弟妹たちに予定を埋められているから、お茶ではないが、明日の晩餐、付き合っておくれ。公務のことは一切抜きでね。幸い今は急ぎのものはないし、それならいいだろう?」
 あまり苛めるのも、と思ってそう提案すると、明らかにルルーシュは安堵したかのように息を吐いた。
「……それでよろしいのでしたら」
「では決まりだ。明日を楽しみにしているよ。それと、この書類はこの後、もう少しじっくりと目を通して、何かあれば連絡を入れよう」
「はい」
 そう一言答えて、ルルーシュは立ち上がり、一礼すると退室していった。
 それを見送って、扉が閉まってから、私は思わずクスクスと笑ってしまう。
 私はルルーシュが誰よりも愛しい。慈しみたい。けれど、だからだろうか、好きだからこそ苛めてしまう、ということがあるそうだが、時にルルーシュをからかってしまう。ルルーシュがそれによって、私に苛められていると思ってしまったら元も子もないのだが。全ては愛しさゆえなのだと、そう理解してくれていればいいのだが、そういった人の感情にはどうやらいま一つ疎いらしいルルーシュには、私の思いがどこまで通じているか、甚だ不安になることもある。やはり、もう少しルルーシュに対する態度を変えるべきだろうか。からかって楽しむのではなく、本心から彼を愛しいと思っているのだと、はっきりと理解してもらえるように。

── The End




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