暗 躍 終章




 ある日の夜、神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにある宮殿、その中に幾つもある離宮の一つ、帝国宰相シュナイゼルの離宮でのことである。
 シュナイゼルの私室の居間に、本人以外に二人の人物がいた。一人はシュナイゼルの副官であるカノン・マルディーニ伯、そしてもう一人はシュナイゼルが後見を務めていると言っていいだろう、彼の離宮に滞在している第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士であるロイド・アスプルンド伯である。
 最初に口を開いたのは、ロイドだった。
「ねぇ、シュナイゼル殿下」
「なんだ、ロイド?」
 香りのよい紅茶の淹れられたカップから、中身を一口含んでから、シュナイゼルはロイドに顔を向けて問い掛けた。
「考えたんですけど、大掃除する前に、身の回りの整理、しません?」
「身の回りの整理、ですか?」
 ロイドの告げた言葉を繰り返して確認するように問い掛けたのはカノンだ。
「そう、()らないものを処分しちゃった方がいいんじゃないかなー、と思いましてね」
 ロイドの告げる、大掃除やら要らないものが何なのか、彼はそれを直接口にはしなかったが、シュナイゼルとカノンはそれが何を指しているのか即座に理解した。
「確かにそうだね。いつまでも要らないものを置いておく必要は無いだろう。ただ、そのうちの一つに対しては、あの子が悲しむかもしれないけれど」
 シュナイゼルは、言葉の後半は少しばかり俯き加減で声を落とした。
 あの子、とは、もちろん、シュナイゼルが慈しんでやまない異母弟(おとうと)のルルーシュのことである。
「うーん、でもー、ここ暫くの様子を拝見していると、以前に比べたら、執着の度合いは少なくなってるかなー、と思えるんですよねぇ。っていうか、あちらの話を耳にされるたびに、眉を顰めて顔を歪めてらっしゃる。それは、あちらの方の様子に対して、嘆いているというよりも、寧ろ、呆れている、みたいな感じって言ったらいいですかねぇ。少しずつですけど、突き放し始めてるっていうかぁ、自分が関わる必要は無い、みたいな様子が見受けられるんですよ。あくまで僕の受けた感じで、ですけども」
「それは私も感じています」
 ロイドの言葉に同調したのはカノンだ。
「確かにあちらの方がいらっしゃらなくなれば、多少は悲しまれるでしょうけれど、多分、エリアにたった二人だけでいらっしゃった頃に比べたら、それは少ないと思われますわ」
「ふむ。しかし、一体どういったふうにもっていったものかな」
 シュナイゼルが考え込むようなそぶりを見せる。
「そんなの簡単ですよぉ。殿下だって分かってらっしゃるでしょうに。あちらの方々について、宮殿内外で問題になっている点、噂になっている点、それらを奏上して、宰相として考える対応を示されればいいんですよ」
「なにせ、こちらには現在、陛下たちにとって肝心要ともいえるルルーシュ殿下がいらっしゃるわけですから、あちらの方々の存在はさ程気にしていらっしゃらないでしょうし。それに第一、弱肉強食、俗事は任せる、と常日頃言っていらっしゃるんですから、せいぜいそれを実行していただけばよろしいのですわ」
「君もなかなかに言うねぇ、カノン」
 半ば感心したようにシュナイゼルは己の副官に応じた。
「殿下がご命令くだされば、いつでも必要な資料を取り揃えさせていただきますわ」
「なら、善は急げということだし、早速やってもらおうか。C.C.殿のことや、皇帝たちがやろうとしていることの状況を考えるに、早く動くにこしたことはないからね」
「畏まりました」
 シュナイゼルの命令に、カノンは拝命として礼をとった。
 C.C.は、現時点ではコードの一部を封印している。あくまで一部なので、不老不死であることに変わりはない。封印したのは、V.V.に己の居場所を突き止められることを防ぐため、そしてまた、ラウンズのシックスであるアーニャ・アールストレイムの精神の中に潜んでいるマリアンヌがCの世界を通じてC.C.にコンタクトを図ろうとしてくるのを防ぐためである。
 しかし何の拍子でC.C.がこのシュナイゼルの宮にいることを知られるかしれない。それを未然に防ぐためにも、確かに事を急ぐにこしたことはない。



 数日後、シュナイゼルは本殿の謁見の間にいた。
 皇帝の周囲には数名の侍従、そして何よりも、その傍らにラウンズのワンであるビスマルクが直立不動で立っている。
 片や、シュナイゼルの傍らには、彼の副官であるカノンが控えているのみである。
 皇帝であるシャルルの手には、カノンが提出した書類がある。
「本来なら、皇族や貴族、高位軍人に関することは枢密院の管轄するところですが、今回は対象者が対象者ですので、あえて、私からご報告させていただくことといたしました。
 まず、第6皇女のナナリーですが、彼女は確かに盲目であり、下半身不随で車椅子が手放せないという身体障害があります。それは何をどうしようと覆せることではありません。しかし、だからといってそれを理由に何もしなくてよい、ということにはならないはずです。ことに、臣民からの税金によって生かされている、存在を認められていると言ってもいい我々皇族は。ですが、実際、第6皇女はこのペンドラゴンに戻り、アリエス離宮に戻って来て以来、何もしていません。何かを学ぼうという気概すら見せない。これの何処に彼女が皇族である意味があるのでしょうか。目が見えずとも、足が動かずとも、本気で何かをしようと思えば、難しくはあっても決して不可能では無いはずです。それを、第1皇女であるギネヴィアなども本人に対して指摘しているとの話も漏れ聞いておりますが、第6皇女の行動には何の改善の兆しも見られません。
 また、皇族としての振る舞いにも多々の問題点が見受けられます。本来、皇族の住まう離宮を訪れる際は、それが誰であろうと、特に臣下であればなおさらのこと、離宮の主に対してあらかじめ、約束を取りつけ、先触れを出してから訪うのが筋。しかしながら、第6皇女が現在の主たるアリエス離宮においてはそれは全くないとの報告を受けています。ある特定の臣下が、アリエス離宮を訪れる際、これまで一度として約束を取りつけてからということはなく、時間がとれたからと唐突に訪問し、これに対して何の疑問も持たずに喜んで歓迎している。加えて、その人物は、第6皇女とその実兄である第11皇子を呼び捨てにしており、それを当然のこととして受け止めているとの由。そして逆に第6皇女の方がその臣下に対して“さん”付けで呼んでいるとのことです。これの何処が皇族として相応しい振る舞いと申せましょうか。ましてやそのようなアリエス離宮内部の者しか知らぬはずのことが、こうして漏れ伝わってくる。これは、第6皇女が離宮に勤める侍従や侍女たちを統制出来ていない、あるいは、侮られているとしか考えられません。皇族としての威厳を全く保ちえていないと申し上げていいでしょう。
 そしてもう一人、こちらは陛下直属のラウンズである以上、私が口を挟むのは越権行為かとも思いますが、先の第6皇女の話とも絡んでくることから、あえて申し上げさせていただくことといたしました。
 ナイト・オブ・セブンの枢木卿ですが、彼はブリタニアの騎士というものを到底理解しているとは思えません。
 先に述べたアリエス離宮を、時間がとれたからと、それだけで何の先触れもなく突然訪れ、件の第6皇女や、その兄であり、現在は私の離宮にて預かっております第11皇子のルルーシュを平然と呼び捨てにしている。ラウンズは如何に陛下直属とはいえ、臣下であることにかわりはなく、決して皇族の上に立つ身ではありません。しかし枢木卿は、彼が実際どのように考えているかは分かりかねますが、端から見た実際の行動として、彼のしていることは皇族を侮辱している以外のなにものでもないと判断いたします。
 それにもともと、彼は、主を守ることの出来なかった、いや、守ることをしなかった不忠の騎士です。皇族の選任騎士という身にありながら、主たるその皇族の傍を離れ、主が認めたからとはいえ、何も疑問を持たず、問題ないと平然と民間の学校に通い続けていました。そしてあのエリア11における“行政特区日本”の事件の際、彼は主の傍にはおらず、それ故に、既に廃嫡されていますが、当時はまだその発表はされておらず、第3皇女という立場にいたユーフェミアが、ゼロというテロリストに撃たれるのをそのままにしていたのです。彼がユーフェミアの傍にいたなら防げたであろうことが為されてしまい、さらには、彼の無知ゆえでしょう、彼は撃たれて負傷しているユーフェミアを、KMFでそのままアヴァロンに運ぶという、ユーフェミアの躰に対して負担のかかることをしています。その結果として、本来であれば治るべきものも、負傷は逆に悪化し手遅れとなってもいたしかたなかったことでしょう。彼はユーフェミアにとって、選任騎士としての役目を果たしきれていませんでした。それは彼が如何に皇族の騎士、選任騎士という立場を軽く考えていたかということです。
 そして、皇帝陛下におかれてはどのような意図をもって彼をラウンズに取り立てたのか、私には諮りかねることですが、彼は私が管轄する部署に所属していた、いわば私の部下でした。それをユーフェミアは私に何の相談もなく、自分の騎士として発表し、その後も何も言ってくることはありませんでした。その件については、所属長のアスプルンド伯が、データが取れる、ということから、特に私からは何も申しませんでしたが、これも由々しきことです。同時に二人の皇族に仕えるなどということはあってはならぬことなのですから。ですが実際にそれは行われていたことです。私は、第3皇女と、彼女の選任騎士となった枢木卿の二人から見下されていたといっていい状況かだったわけです。とはいえ、これは既に済んでしまっていることですし、アスプルンド伯のデータが取れる、とのことに、消極的ではありましたが、認めた部分もありましたので、よしとしましょう。
 ですが問題はこの後です。ラウンズとなった彼はアスプルンド伯に挨拶に赴きました。それはいい。ですが、その時に彼が口にした内容が問題なのです。
 彼は、こう言い放ったそうです。
『いつかワンになって絶対に日本を取り戻す。それが正しい方法だから。僕はゼロのような間違いは犯さない』と。
 ワンになりたい、でしたら分かります。帝国の騎士であれば、ラウンズのワンは誰もが憧れる地位です。ですが、彼は“なる”と断言していたとのことです。そして、エリア11となっているかつての日本を取り戻すとまで言っています。ワンとなれば、確かにエリアの一つを任されることはあります。それはワンにのみ与えられた権利です。しかし、“日本を取り戻す”という言い方からだけ察すれば、彼はエリア11を日本として解放する、そのためにラウンズとなり、いつかワンとなる、そういう意図を持っていると受け取れます。これは帝国に対する反逆と受け取られても致し方ない言葉です。しかし枢木卿はそのことには何ら思い至ることなく、かつての主を自分の不手際で守りきることなく失い、そしてゼロの首と引き換えにラウンズの地位を望んだ。つまり、ブリタニアの騎士の本質を何ら理解していない、平気で主を取り換えることの出来る尻軽の、騎士としての矜持をなんら持っていない不忠の輩としか私には思えないのです。
 これまで述べたことは、いささか私の主観も入っているかと存じますが、第6皇女と枢木卿、二人の言動に関しては、エリア11にあった頃の、調査の結果により判明したことから現在に至るまで、事実のみを記載したものを提出させていただきました。その内容から陛下には正しくあるべき状態をご判断いただきたく思う次第です」
 長くなったが、シャルルが口を挟まぬのをよいことに、シュナイゼルは言いたいと思っていたことを述べきった。いや、正確にはまだまだ言い足りない気分なのだが、それ以上言えばただの中傷ととられかねないと、そこで止めたと言ったほうが正しいかもしれない。
「……して、宰相としてのそなたはどうするがよいと考えておる?」
 少しの躊躇いを見せた後、シャルルは逆にシュナイゼルに問い掛けた。
「第6皇女は皇族としては相応しくありません。降嫁、という手段もありますが、現状では、これが皇族かと、皇女なのかと、降嫁先の貴族に侮られましょう。彼女だけですむのでしたらそれもいいでしょうが、それがひいては皇族全てに対してのものとなる可能性も否定出来ません。そう考えますと、廃嫡がよろしいかと存じます。
 枢木卿もまた、騎士と呼べる存在ではありません。そのような者がラウンズの一角を占めるなど、帝国にとっては恥以外のなにものでもないと私は考えます。ですから、ラウンズから外すのが一番と判断いたします。さらに申し上げさせていただくなら、騎士候という位も、彼のこれまでの言動からすれば相応しいとは申せず、とりあげてしかるべきかと考える次第です。
 ですがこれはあくまで私の考えに過ぎません。私は宰相という地位にあり、陛下から政に関しての権限を委ねられており、その立場からかように考慮いたしましたが、最終的にご判断をくだされるのは陛下であらせられます」
 そう言って、もう告げることはないということを示すように、シュナイゼルはシャルルに対して礼を取った。
「あい分かった。近日中に結論を下し、そなたのもとへ遣いを差し向ける。その後はその者の言葉に従って、そなたが動くように」
「畏まりました。それでは、本日はこれにて失礼いたします」
 シュナイゼルは副官のカノンと共に改めて一礼すると、謁見の間を後にした。
 二人の姿が謁見の間から消えた後、シャルルは手にしていた、シュナイゼルから提出された資料を投げ捨てると玉座から立ち上がり、ビスマルクを連れて立ち去った。



「守備は如何でしたー?」
 離宮に戻ったシュナイゼルとカノンを、ロイドがそう尋ねながら出迎えた。
「さあ、どうだろうね。答えは近日中に、とのことだったが、政を俗事と言って私に任せきりにしている方だ。私の考えをそうそう無碍には出来まいよ」
「何の話ですか?」
 サンルームに歩を進めながら話していた二人に、問い掛けの声がかかった。サンルームにいるルルーシュだ。二人の話し声が聞こえたのだろう。
「いや、少しね、整理したいものがあって、その件で陛下に謁見してきたんだよ」
「そうなんですか。でも、整理したいものって……?」
「いずれ分かりますよ」
 一体何だのだろうと首を傾げるルルーシュに、ロイドは笑みを浮かべながらそう答え、シュナイゼルは何も言わず、ルルーシュの向かいのソファに腰を降ろした。
 その様子から、ルルーシュは、今自分が尋ねることではないのだろうと判断した。
「そうですわ、ルルーシュ殿下。シュナイゼル殿下は決してルルーシュ殿下にとって都合の悪いことはなさりません。シュナイゼル殿下がなされることは、全てルルーシュ殿下とこれからの我が国のことを思われてのことですから、信じてお待ちになっていらっしゃればよろしいですわ」
 ルルーシュの考えを肯定するかのようなカノンの言葉に、ルルーシュは頷くのみだった。



 それから数日後、宰相から皇帝の名においての発表が行われた。
 それは、第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの廃嫡と、ラウンズのセブンである枢木スザクの、ラウンズからの除籍、および、騎士候位剥奪である。
 これにより、ナナリーは数日中にアリエス離宮から、ペンドラゴン宮殿から退去することになり、枢木スザクはただの名誉ブリタニア人の軍人となり、ただの名誉が本国にいるのは認められないと、エリア11に戻された。その戻った先のエリア11で枢木スザクがどのような道を歩むことになるのかは誰も知らない。
 ナナリーが廃嫡されることを知ったルルーシュは流石に悲しみを覚えたが、逆に、ナナリーは皇族ではない方がいいのかもしれないとも思った。皇族から離れれば、ルルーシュからすれば無意味で馬鹿げた皇位継承争いに巻き込まれることもなく、一臣民として平穏に暮らしていくことが出来るだろうから。ただ、彼女の持つ身体障害を考えた時、やはり不安は拭えないのだが、それについては、シュナイゼルが告げた。
「ナナリーは廃嫡に伴って一時金を下賜された。それを元に、帝都郊外にある、身障者専用の施設に入れるように手配したよ。ただ、いつまでもそこに居続けられるわけではないからね、あとはナナリー次第ということになるのだけれど」
「……ナナリーが、己の立場を何処まで理解しているか次第、ということですね」
「そういうことになるね」
 ルルーシュは、過日、整理、と言っていたのはナナリーとスザクのことだったのだと直ぐに理解した。スザクに対しては、もはや思うことは何もない。ただ、ナナリーが少しでも早く自分の立場を自覚し、そして何らかの行動を、彼女にも出来ることを見つけて、それをしてくれることを願うばかりだ。



 シュナイゼルたちは、ルルーシュが何を思っているかを察しながら、予定通りにいったと、ルルーシュのいないところ、書斎で祝杯をあげていた。
「これで、あとは大掃除を残すだけですわね」
「早く終わりにしたいものだね」
「ならば、ルルーシュも呼んでさっさと計画を立てるべきだろう」
 そう言いながら書斎に入って来たC.C.の言葉に、シュナイゼルは、そうですね、と軽く頷いて、侍従にルルーシュを書斎に連れて来るようにと伝えるために鈴を鳴らした。

── The End




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