兄弟関係




 ルルーシュは17歳になっていた。
 アリエスの悲劇で母を失い、当時の日本に親善のための留学という名の人質として、妹と共に送り込まれてから七年が経つ。
 日本という名の国で過ごした僅かの期間、それは家とはとても呼べぬ土蔵の中での暮らしであったが、初めての友人も出来て、楽しい束の間の日々を過ごした。それは本当に束の間のことで、程なくブリタニアは、日本にルルーシュとその妹のナナリーという二人の皇族がいるのも知らぬというように開戦し、僅か一ヵ月余りで、日本は敗戦、ブリタニアの11番目の植民地、すなわちエリア11となり、日本人はイレブンと呼ばれるようになった。
 ルルーシュとナナリーは、敗戦直後の混乱の中、即座に日本にやってきたかつてのヴィ家の後見であったアッシュフォード家に無事に庇護され、その後、ランペルージと名を変えてアッシュフォードが創立した私立アッシュフォード学園のクラブハウスに起居し、一般人として過ごしている。
 他の友人や仲間とも呼べる生徒会のメンバーに隠し事があろうとも、例えば男女逆転祭りなどというふざけたイベントで、生徒会長であるミレイに弄ばれようと、そして何よりも、ブリタニア皇室から隠れているという、いつ見つかるか、売られるか、場合によっては暗殺される可能性と常に向き合ってもいたが、それなりに楽しく充実した日々を過ごしていた。ブリタニアのやり方に対して思うところはあったが、それでもナナリーと二人、楽しい日々だった。
 だが、それはある日突然に破られた。
 何故、と思う。どうして今頃になってと。
 エリア11の総督であるブリタニアの第3皇子クロヴィスが、ルルーシュとナナリーを見つけ出したのだ。
 クロヴィスにしてみれば、今になってというよりも、かねてからルルーシュとナナリーを捜させており、漸くといった感であった。ただ、確かに何故今までアッシュフォードの存在に気付かなかったのかと、己の迂闊さに歯噛みはしたていたが。



 エリア11政庁からの迎えの車に、迎えに来た者に対して、今日のところは己だけで十分だろうと高圧的に出て、ルルーシュはナナリーをおいて一人で車に乗り込んだ。
 そして政庁に着き、クロヴィスのいる部屋に案内された。そこはクロヴィスの私室の居間だった。
 クロヴィスはルルーシュ一人でナナリーが一緒でないことを訝しみながらも、両手を広げて嬉しそうにルルーシュを出迎えた。
「ルルーシュ、やっと会えたね。無事な君の姿を見ることが出来てこんなに嬉しいことはないよ」
「……お久しぶりです、クロヴィス異母兄上(あにうえ)
 満面の笑みと本当に嬉しげな声のクロヴィスに対して、ルルーシュは固くこわばった表情でどうにか返した。
「今日は君一人なのかい? ナナリーはどうしている、元気なのかい?」
「……ええ、ナナリーも元気にやっています、目と足は相変わらずですが」
 ソファを勧められたルルーシュは、腰を降ろしながら答えた。
 やがて侍女の一人が二人に紅茶とお茶請けとしてイチゴのタルトを運んできた。
「君はイチゴが好きだっただろう、それで用意させたんだよ」
 相変わらず笑みを浮かべながらクロヴィスは言った。
「本国の異母兄上たちに、君とナナリーが無事なことを知らせたらとても喜んでらしたよ」
「!」
 既に本国にまで己たちのことが知られていると知らされて、ルルーシュは愕然とした。
 最早隠れている意味はなくなってしまった。これでまた皇室では弱者として、何処かの国へ人質として送られるか、よくて飼い殺しの日々がくるのだろう。場合によっては暗殺される可能性とて否定出来ない。そうルルーシュは悲観的に考える。その一方で、ならばせめてナナリーだけでも何とか皇室から離れて憂いのない日々を過ごさせてやりたいと、その方法はないものかと考えを巡らせる。
「オデュッセウス異母兄上もシュナイゼル異母兄上も、一日でも早く君の無事な姿を見たいと仰せだ」
 クロヴィスのその言葉に、ルルーシュはふと疑問に思った。何故二人の兄の名前だけが出てくるのだろうと。
 そして思い出す。皇室にいた幼い頃、他の異母兄弟姉妹たちの多くが、ルルーシュたちを庶民出の母を持つ、皇族とは名ばかりの卑しい生まれの子供と嘲る中で、今目の前にいるクロヴィスと、その彼が名前を出した二人の兄だけが、出自など関係ないと、己に対しても他の異母兄弟姉妹たちと変わらずに接してくれていたことを。
 そう思い出す一方で、ルルーシュは気が付かなかった。クロヴィスが、君の、とルルーシュ一人を指していたことに。加えて、彼らにとってナナリーはまるでルルーシュのおまけのような扱いをされていたことを忘れていた。
「こうして無事に生きていることが確認出来た以上、一日も早く本国へ帰って、異母兄上たちに無事な姿を見せて安心させてあげておくれ」
「……異母兄上は、俺が何故今まで名乗り出なかったのか、不思議には思われないのですか? 理由を考えられないのですか?」
 ルルーシュは、暗に皇室には戻りたくないのだとの意を込めて、クロヴィスに問い掛けた。
「君が皇室を、父上を嫌ってるのは分かっているよ。あんなことがあったところだし、父上のあの時の君に対する言葉のことを考えるとね。でも私たちは君が好きなんだよ、君を大切にしたいと思っている。君のことは私たちが守るから、だから皇室に、本国に帰ってくれないかな?」
 先程から、君たち、ではなく、君、とルルーシュ一人を指していることにルルーシュも遅まきながら気付いた。
「ナナリーのことは、皇室の争い事に巻き込みたくないなら、このままアッシュフォードに預けて守ってもらえばいい。このエリアの総督は私だし、気に掛けておくから大丈夫だよ。だから君だけでも本国に帰って、オデュッセウス異母兄上やシュナイゼル異母兄上を安心させてあげておくれ。あの二人は本当に君の無事を喜んでいるし、一緒に過ごしたいと思っているんだから。それは私もだけど、生憎と私はここエリア11の総督としてある以上、本国で一緒にというのは無理だからね」
 微笑みを浮かべながら、ルルーシュを安心させるように、君の気持ちは分かっているけれど、自分たちの気持ちも察してくれとルルーシュに告げる。
 その様にいつしか絆されている己をルルーシュは感じ取った。だがルルーシュにとって何より大切なのはナナリーで、ナナリーのためを思った時、どうすればいいというのだろうかと考える。



 それから数日後、ナナリーのためには己が力を付ければいいのだと、クロヴィスの言葉もあってそう結論づけたルルーシュは、ルルーシュと一緒に一端帰国すると言いだしたクロヴィスと共に機上にあった。
 ナナリーはアッシュフォードに残した。ミレイとルーベンに託して。
 最初はルルーシュが帰国するなら、皇室に戻るというなら自分も、と言ったナナリーだったが、今の状態ではルルーシュの足手纏いにしかならない、とのクロヴィスの言葉に、そして皇室で力をつけて必ず迎えに来るからとのルルーシュの言葉に、それならまめに手紙や電話をくださいね、と約束を交わして、ナナリーはそのままアッシュフォードに残った。
 そうして本国に戻ったルルーシュに対し、他の異母兄弟姉妹たちは、てっきり死んだとばかり思っていたのにしぶとく生きていたのかと、昔と変わらず侮蔑の視線を寄越したが、第1皇子であるオデュッセウスと第2皇子であり帝国宰相であるシュナイゼルの二人が歓迎の嵐でルルーシュを迎えたのは言うまでもない。
 二人は心底ルルーシュの無事を喜び、必ず君を守ってみせるからと、クロヴィスが告げたのと同じように、ルルーシュに約束をしてくれた。その一方で、ルルーシュが幼いころに既に見せていた才能の片鱗を覚えていたことから、活躍を期待している、との言葉も寄越したが。
 そうしてルルーシュは皇室に戻り、皇子として、そしていつの間にやら帝国宰相の補佐として、帝国を支える力、歯車の一つとなっていた。それはある意味剛腹ではあったが、皇室で力をつければそれがナナリーを守る力にもなると、ルルーシュは己を納得させ、己を甘やかし、何かと構ってくるオデュッセウスやシュナイゼル、しょっちゅうエリア11から連絡を寄越すクロヴィスに多少振り回されながら、皇室での日々を送っていくことになった。

── The End




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