主と騎士




 全てのきっかけは、アリエスの悲劇── 第5皇妃マリアンヌの暗殺── だった。
 ジェレミア・ゴットバルトは、庶民の出でありながら軍功を挙げて騎士候として皇帝の騎士たるナイト・オブ・ラウンズとなり、遂にはその美貌から皇帝に見初められて皇妃にまで登りつめたマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアを敬愛していた。故に、軍務についての最初の任務で、マリアンヌの住まう宮であるアリエス離宮の警備に回されたことを大いに喜んだ。
 しかしそれは一夜にして悪夢となった。
 アリエス離宮が襲われ、マリアンヌが殺害されたのである。そして遺されたマリアンヌの二人の子供は、弱者として、既に関係が険悪化しつつあった日本に、親善のための留学生という名目の下、人質として送られた。そして程なく、ブリタニアと日本の開戦に際して、二人の子供は暴徒と化した日本人に殺されたとの報告が入り、それを知ったジェレミアがイレブンという名に変えられた日本人たちを恨んだのは、当然のことだっただろう。
 日本という名を奪われエリア11となったその地は、余力を残しての敗戦だったこともあって、他のエリアと比べテロ行為が頻繁であった。そのエリア11において純血派を組織したジェレミアは、辺境伯という身分もあって、軍人として要職に就いていた。
 シンジュクゲットー掃討作戦中にエリア11総督である第3皇子クロヴィスが暗殺され、その容疑者として、ジェレミアは一人の名誉ブリタニア人、枢木スザクを捕えたが、クロヴィスを殺したのは己であると名乗り出た仮面で顔を隠した“ゼロ”と名乗る謎のテロリストにその枢木スザクを奪われ、彼の名誉は毀損された。
 ジェレミアは己の名誉を回復すべく、新総督たるコーネリア第2皇女の指揮の下、日本解放戦線とのナリタ戦役に赴いたが、ゼロを執拗に狙ったところを逆に撃墜され、瀕死の憂き目にあった。
 ナリタ戦役において行方不明として死亡扱いとされたジェレミアだったが、実際にはバトレー将軍によって拾われ、人体改造手術の実験体となっていた。
 その後、ブラック・リベリオンの最中に現れたジェレミアはゼロを執拗に追い、そのゼロのKMFであるガウェインと共に神根島沖の海中深く没したが、今度はギアス嚮団の手によって拾い上げられ、さらなる改造を受けてギアス・キャンセラーという能力を授けられた。
 そしてそんなジェレミアに与えられた任務は、ゼロことルルーシュ・ランペルージの殺害であった。そのために再び訪れたエリア11で、ジェレミアはルルーシュと出会い、実は彼が、かつて、そして今もなお敬愛するマリアンヌの遺児であると知り、ルルーシュの目的とするところを知ってルルーシュに忠誠を誓った。
 ルルーシュこそはマリアンヌ皇妃亡き今、己が忠誠を捧げる人物であるとジェレミアは認めたのである。こうしてジェレミアはルルーシュの、つまりはゼロの騎士となった。
 騎士にとって何よりも重要な役目は、主の生命(いのち)()を守ることであり、その意思に添うことである。
 ルルーシュを己の唯一の主とし、その騎士となったジェレミアは、かつてエリア11において純血派を組織した人物と同一人物であるとは思えぬ行動に出た。すなわち、黒の騎士団に入団したのである。しかしそうはいってもジェレミアが従うのはゼロたるルルーシュのみであり、黒の騎士団の他のメンバーは、幹部といえどその眼中にはなかった。
 ルルーシュはゼロとして、対ブリタニア行動を考え、幾多の国々を巻き込んで超合集国連合を設立した。黒の騎士団はその超合集国連合の剣であり盾でもある外部機関という立場にすぎないものだったが、超合集国連合の精神的支柱は、間違いなく黒の騎士団のCEOたるゼロ個人であった。
 超合集国連合最高評議会の出した第壱號決議の下、日本に侵攻した黒の騎士団であったが、二手に分かれた一方のトウキョウにおいて、ブリタニアは新兵器である大量破壊兵器フレイヤを撃ち、黒の騎士団に大いなる被害を齎した。もっともそれ以上に、本来ブリタニア軍が守るべきトウキョウ租界そのものに、そこに住むブリタニアの一般臣民に多大なる被害を出したのだが。
 フレイヤ被害による混乱の最中、黒の騎士団の旗艦である斑鳩を訪れ、ブリタニアの外交特使である帝国宰相シュナイゼルにより、ゼロの正体、すなわち、ゼロがブリタニアの元皇子であることと、ギアスという人を従える力を持つという情報を齎された黒の騎士団の幹部たちは、CEOであるゼロを裏切り、殺そうとした。ジェレミアはその事実は知らされなかったが、ゼロ死亡との報に、彼が黒の騎士団を離れたのは当然のことであったし、さらにはジェレミアが己の主と定めたルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが神聖ブリタニア帝国の第99代皇帝として即位したとの情報に、即座にブリタニアに舞い戻って皇帝となったルルーシュの前に膝を折ったのもまた至極当然のことだった。
 皇帝となったルルーシュの治世、ブリタニアはその国是を180度変えた。皇族や貴族たちなどの持つ既存の特権の剥奪、財閥の解体、ナンバーズ制度の廃止、復興を促してから状況を見ての順次のエリア解放等々。
 しかしジェレミアは、主の意思に従うのは騎士として当然の務めと、ルルーシュの方針に逆らうことなく従い、ルルーシュの意に従わない地方貴族の掃討行為を進んで行っていた。
 そしてルルーシュから打ち明けられたゼロ・レクイエムという計画。その計画を聞かされた時、ジェレミアは我が耳を疑った。
 悪逆皇帝として世界を統一し、その後、ゼロとなった枢木スザクに己を殺させ、後に優しい世界を遺すという壮大な計画。ルルーシュ自身の生命を代償にしたその計画に、正直ジェレミアは賛同しかねた。
 何処に主がその生命を失うのを認める騎士がいるというのか。しかし他ならぬその主自身がそれを計画し、望んでいるのである。
 ルルーシュはゼロとしてあまりにも多くの人の生命(いのち)を奪い過ぎたと、その償いに己の生命を差し出し、その後に優しい世界を遺せるのなら、それに勝るものはないと言うのだ。
 ゼロとしてルルーシュのしてきたことなど、ブリタニアという国家がシャルルの元で行ってきたことに比べれば、如何程のことであろうか。そしてまた主たるルルーシュの生命と引き換えに得られる優しい世界などというものは、己にとっては何の価値もないのだということを、ジェレミアは分かっている。しかし肝心の主であるルルーシュは、それを理解していない。第一、いくらルルーシュが事前にそれなりの手を打っていたとしても、彼の生命を人柱として作られる後の世界が、本当に優しい世界足り得るものかも分からないというのに。
 世界は聡明なるルルーシュによって賢く治められる方がより確実でいいと、ジェレミアはそう思う。
 しかしルルーシュの決意は堅く、ジェレミアはその意思を覆す言葉を持たなかった。何よりも主の意思を尊重したいという思いもある。だがそれが主の生命と引き換えというところに惑う。
 ジェレミアにとって、主であるルルーシュの意思は何よりも大切で、その存在は他の何よりも、世界そのものよりも重かった。それ程までにジェレミアの己に対する忠誠が重いものだとは思いもせずに、ルルーシュは計画を立て、遂行していく。
 日を重ねるということはそれだけ主の生命の終わりの日が近付くことなのだと、そうと知りながら、ジェレミアはルルーシュの、ただひたすらに余りにも堅いルルーシュの意思に黙々と従う。ルルーシュの望みを叶える、それだけのために。



 対立するシュナイゼル率いる陣営とのフジ決戦も終え、ゼロ・レクイエム終幕の日、パレードに出る前にジェレミアはルルーシュと二人だけで話す機会を得た。というより、ルルーシュがその時間を作ったといった方が正しいのかもしれない。
「ジェレミア、今までよく俺の意思を尊重して仕えてくれた。改めて礼を言う」
「何を仰います、陛下。騎士たる者、主と定めた方に従うのは当然のことです」
 その時を迎えようとしている今になっても、なお諦めきれない胸中を隠してジェレミアは答える。
「これからは誰かのためではなく、おまえの好きなように生きてくれ。そしてその世界が優しいものであることが、俺の何よりの望みだ」
 貴方のために生きることが私の何よりの望みです、と心の中で答えながら、ジェレミアはルルーシュに礼をとった。



 皇帝直轄領となったトウキョウ租界でのパレードの途中、突如現れたゼロによってルルーシュはその生命を奪われ、ジェレミアは興奮する観衆の中、務めて冷静にルルーシュの遺体を守って政庁へと戻った。
 そしてルルーシュの死と共に表の世界から身を引いたジェレミアは、ギアス・キャンセラーを掛けたことにより、ペンドラゴンの消滅によって係累を失くしていたこともあり一人きりとなっていた、彼に懐いたアーニャを養い子として引き取り、かつてゼロであるルルーシュによって名づけられたオレンジの名に従うかのように、オレンジ農園を営んでいる。
 真昼の明るい日差しの中、ジェレミアは空に浮かぶ太陽に目を向けた。
 いい天気だ、と思う。
 世界は、かつてに比べればほんの少しだけ優しくなったような気がする。主が望んだように。
 久し振りに共犯者と共に顔を見せに訪れるという、ジェレミアにとって誰よりも大切な存在のことを思って彼は()を細めて小さく微笑(わら)った。
 この世界は、貴方の思うようになりましたか、と声に出さずに、誰にともなく問い掛けながら。

── The End




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