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神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの第５皇妃マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアの長子であるルルーシュは、高校を卒業すると同時に異母兄である第２皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアが務める宰相の補佐に任じられ、その務めを良く果たしていた。そこにはルルーシュの秘書役を務める、彼の双子の妹であるリリーシャの存在もあった。
マリアンヌは元々庶民から軍人となり、軍功を挙げて騎士候となり、遂にはシャルルに見初められて皇妃となった存在であり、その庶民出という出自から、宮廷内では、つまり皇族や貴族たちからは、その息子であり娘であるルルーシュ、リリーシャ、ナナリー共々、侮って見られていた。皇族とはいっても一段劣る存在なのだと。
しかし帝国宰相の補佐としてその手腕を発揮し始めた頃から、ルルーシュと、その秘書としてよく務めを果たしているリリーシャに対しては、いささか見る目が変わり始めていた。
力量を認められてのことである。弱肉強食が国是であるブリタニアとして考えれば、優秀な能力を持つ彼らは認めてしかるべき存在ということになったのである。
しかしナナリーについては、その見る目は厳しさを増している。
いつまでも兄であるルルーシュについて回り、例えば第６皇女のカリーヌが主催した茶会にルルーシュとリリーシャの二人を招いたところ、呼んでもいないのにナナリーがくっついてきたりしている。
周囲からはいつまでたっても兄離れ出来ない、周りを見ることの出来ない困った皇女というレッテルが貼られている。
多少なりとも周囲の自分を見る目が冷たく厳しいものであることに気付いてか、高校を卒業したら直ぐに何か公の仕事に就くことが出来るよう、ナナリーは父である皇帝シャルルに頼み込んでいた。それも出来るだけ兄であるルルーシュの近くでと。自分が能力のあるところを見せることが出来れば、周囲の自分に対する評価、見る目も変わってくる、何よりも兄に認めてもらえると思ってのことである。
シャルルはそれ程までに言うということは己の能力に自信あってのことだろうと、ナナリーの頼みを受け入れた。もちろん能力がなかったなら、娘といえども切り捨てるつもりで。そんなシャルルの思惑には気付かず、願いを聞き届けてもらえたということだけで、ナナリーは既に自分にはそれだけの能力があるのだと有頂天になっていた。
これで兄に認められる、リリーシャだけではなく自分もやれるのだと見てもらえる、それだけをナナリーは考えていた。ナナリー自身の能力は未だ認められていないにもかかわらず、既に認められた気になっていた。
高校を卒業すると、ナナリーは国務省に籍を置くこととなった。
それでは話が違う、自分がいたいのは兄であるルルーシュの傍、すなわち宰相府なのだと、そうシャルルに訴えたが、シャルルはルルーシュは外交にも携わっている故をもって、その助けとなるのだから違ってはいないと取り合わなかった。
シャルルの対応に不満は覚えたものの、それでも兄がしている公務に関与出来るのならと、ナナリーはその点は諦めて妥協し、受け入れた。
そしてナナリーは第７皇女という身分もあって、親善外交特使として諸外国へ出されることになった。
これではちっとも兄の傍にいられない、とナナリーは泣き喚いたが、シャルルに聞き入れられることはなかった。
そんなナナリーに、ルルーシュは「おまえの成果を期待しているよ」と告げた。
ルルーシュにしてみれば外交特使としてナナリーが少しでも役に立ってくれるなら、周囲のナナリーに対する見方も変わるし、ブリタニアの外交を考えればナナリーが能力を発揮してくれることが望ましいと、それだけの意味で告げたのだが、それを言われたナナリーはそうではなかった。
ナナリーは自分は兄に期待されている、兄の期待に応えなければ、との思いを強くした。
そんなナナリーを、姉のリリーシャが冷やかに見ているのに彼女は気付いていない。
リリーシャにはナナリーが自分の能力を過剰評価しているのが見えていた。兄のルルーシュやリリーシャが出来ているから自分も出来る、そう思い込んでいるのがリリーシャには簡単に見てとれた。それが分からない兄でもないであろうに、何故そんなおだてるようなことを告げたのかと首を捻る。自分に見えていることが自分よりも遥かに優秀な兄に分からないはずがないのにと。
もちろんルルーシュとて、ナナリーの自身に対する過剰評価には気付いていたが、それでもブリタニアの皇女として、親善のための外交特使程度であるならば十分に務まるであろうと考えていたに過ぎない。そしてそんなナナリーの、皇女として相応しい対応をするよう、そのためのやる気を引き出そうという考えも一つにはあった。
そしてナナリーの初の仕事。
極東地域で、国は面積としては小さいとはいえ、経済大国として決して粗略には扱えない、しかし最近関係が悪化してきている日本に、親善のためとして赴かされることとなった。
俄然ナナリーは張り切っている。関係が悪化してきているならなおのこと、自分の力でブリタニアとの関係を良い方向へ持っていくことが出来れば、自分の能力を示すことが出来るし、何よりも兄の手助けになる。場合によってはリリーシャより役に立つと見てもらえるかもしれないと考えたのだ。
しかしそうして赴いた日本でナナリーに与えられた役目は、親善を名目とした慰問や茶会などへの出席が主であり、正直、ナナリーにとっては期待外れも甚だしかった。
だがそんな中で、日本の皇族との晩餐会が催されるということになり、ナナリーはブリタニアの代表として見下されるようなこと、見劣りするようなこと、辱めるようなことは出来ないと俄然やる気を出した。やる気を出し過ぎたのが悪かったのかもしれない。
簡単に言ってしまえば、ナナリーは失敗したのだ。
如何にブリタニアが素晴らしい国か、如何に自分の兄が素晴らしいか、日本がブリタニアと親しくすれば如何に日本にとって利益になるか、それを話したつもりだった。だがやり過ぎた。日本の政治家たちも出席している席で、ナナリーの話した内容は、まるでブリタニアが日本を見下し、自分たちに仕えるならきっと良いことがあると、そう聞く者には聞こえるものだったのだ。
もちろんブリタニアを卑下するようなことを言う必要はないが、相手の国を貶めるような発言をするべきではないし、第一、そんな発言をするような席でもなかった。政治の席ではなく、日本の皇族主催による親善のための席。つまり日本ではブリタニアと違って、あくまで政治とは一線を画している皇族との晩餐会であるということを、もっと自覚するべきだった。ナナリーがしたことは、如何に彼女が日本のことを知らずに来日しているかを示し、そしてその言動はマナー違反もいいところだったのである。しかしナナリーは自分の発言に自信を持っており、それがマナー違反だなどとは思いもしない。それで相手国である日本に、ブリタニアに対する好印象を持たれるように出来ようはずがない。
晩餐会の様子そのものはマスコミには流れなかったが、そこでの遣り取りがどのようなものであったか、マスコミは徹底的に取材して報道した。
すなわち、このようなマナーも知らず、我が国を見下すような発言をする皇女を送り込んで来るブリタニアと親善を深める必要などないと。
日本での報道を知ったルルーシュは即座に対応した。自らが日本に赴き、晩餐会を主催した皇族に頭を垂れたのである。
結果としてルルーシュのその対応の仕方は日本に好印象を与えることとなったが、だからといってナナリーのしでかしたことが認められたわけでも、無かったことにされたわけでもない。
ナナリーが帰国したブリタニア本国、ことに宮廷では、わざわざ宰相補佐であるルルーシュが出掛けて頭を下げる羽目になるなど、碌に役目を果たせないどころかブリタニアを貶めたとして、ナナリーに対するバッシングが激しくなった。
ルルーシュとリリーシャの能力が認められていなければ、ナナリーだけではない、ルルーシュとリリーシャに対する、ひいてはヴィ家に対するバッシングが起きてもおかしくなかった。
しかしナナリーは自分が悪かったなどとは気付いてもいない。自分の行動が日本でどのように報道されたのか、何故ルルーシュが跳ぶようにして日本に行ったのか、何一つ理解していない。それがさらにナナリーに対するバッシングを強くする。
それらのことの次第を受け、ナナリーは政治に対する能力はもちろん、皇族としての品位にも欠けるとして、シャルルはナナリーを表舞台から即座に引き下ろし、とある貴族の元への降嫁を告げる。
「どうして？ 私はブリタニアの皇女として、お兄さまの妹として立派に役目を果たしたはずよ。なのに何故役職を奪われて、しかもいきなり結婚なんてしなければならないの!? どうして、お兄さま？ 私はお兄さまのお役に立ちたいの、お兄さまの傍にいたいのに！」
ここ最近、ルルーシュの能力の高さ故に彼に傾倒しつつあるカリーヌが催した、ルルーシュを労うための茶会で、また呼ばれもしないのに現れたナナリーはルルーシュを問い詰めた。
「ルルーシュお異母兄さまもリリーシャお異母姉さまも大変ね、こんなにまでブリタニアの皇女に相応しくない頑是ない我儘な妹を持って」
カリーヌがナナリーを嘲るように口にする。
「なんですって!?」
「第一、私は貴方を呼んだ覚えはなくってよ。ルルーシュお異母兄さまを呼ぶと、貴方っていつも呼んでもいないのにくっついてくるのよね。私はルルーシュお異母兄さまだけでいいのに。貴方は自覚すべきだわ、ナナリー。貴方にはお異母兄さまやお異母姉さまのような能力なんてないってことを。いつまでもお異母兄さまにつきまとっていたら、お異母兄さまがご迷惑よ。さっさと下級貴族にでもなんでも降嫁して、この宮殿から出て私たちの目に触れないようにしてちょうだい。それが一番貴方が役立つ方法よ」
カリーヌの遠慮のない言葉に、ナナリーはかっと怒りを頭に上らせた。しかしそこにいる他の誰も、実兄であるルルーシュさえも困ったような顔をするだけで、ナナリーを庇う者は一人としていなかった。
ルルーシュの自分を見るその困ったような、カリーヌの言葉を肯定するかのような表情に、ナナリーは冷水を浴びせられたように思った。
「……私の何が悪いっていうの……？ 私はただお兄さまの傍にいたいだけなのに……」
ナナリーの呟きだけがその場に響いた。
── The End
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