続・朱禁城の花婿




「皇帝陛下、この度の宰相の失態についてお伺いいたしたいのですが」
 そう切り出したのは皇位継承権第1位のオデュッセウスであった。
 第1皇子で継承権も第1位とはいえ、第2皇子でありブリタニアという大帝国の宰相を務めるシュナイゼルの陰に隠れるようにして、次の皇帝はシュナイゼルだろうと誰もが思っているような状態の中、玉座の間と呼ばれる大広間で、退室しようとした皇帝に対するオデュッセウスのその言動、皇帝への問い掛けに、そこに居並ぶ他の皇族たちはもちろん、貴族や文武百官の者たちも驚きを隠せなかった。
「失態とは?」
 皇帝は玉座に改めて座り直し、威厳をもってオデュッセウスに問い返した。
「今回、私と中華連邦の象徴である天子との婚姻により、穏便に中華連邦を我がブリタニアに併呑するはずでした。しかし、実際にはそれは不手際に終わっています。明らかにゼロというテロリストによる情報戦に敗れてのものです。
 結果を見れば一目瞭然。私と天子の婚姻は成立せず、テロリストのデヴァイサー一人とそのKMFを手に入れたとはいえ、それは中華連邦の人間が捕えたものを譲り受けただけ。そして本来ならば丸ごと手に入るはずだった中華連邦は、その極一部を割譲されたのみ。
 これが今回の計略を図った宰相の失態でないというなら、一体何だと言うのでしょう。そして失態である以上、それに咎めがいくのは当然のこと。
 それに、あの朱禁城でのラウンズたちの態度も、決して誉められたものではありませんでした。あの場は朱禁城内、その主は中華の天子であり、主役は私と婚約者となった天子であったにもかかわらず、ラウンズとはいえ一招待客に過ぎない立場で、他に大勢の招待客がいる前で、同じく招待客の一人に過ぎない宰相に膝を折って見せたのです。例え陛下の命により宰相の指揮下に入るとはいえ、私と天子を蔑ろにしたかのような場所柄を弁えないその態度、そしてそれを許したかのように、当然のことのように受け止め、咎めることをしなかった宰相にも問題があると思われます。
 それらの点につき、是非とも皇帝陛下のご意見を伺いたく思います」
 普段の穏当なオデュッセウスからは考えられない饒舌さとその内容に、広間はざわめいた。
 どう聞いても、その内容はシュナイゼルを追い落とそうとしているようにしか聞こえない。
 これまで母皇妃の実家の地位の高さと、加えて、ただ生まれの早さから第1皇子として皇位継承権第1位という地位にいるだけで、政治能力はないと思われ、凡庸と称されてきたオデュッセウスの言動とは掛け離れたものだった。
「ふむ。確かにそなたの言うことは一理ある」
 そう頷くと、皇帝はその視線をシュナイゼルに移した。
「シュナイゼル、オデュッセウスの申すことに対して何か言うことはあるか?」
「……いえ」
 シュナイゼルは静かに首を横に振った。
「全てはオデュッセウス殿下の仰られる通り、私の不徳のいたすところでした。ブリタニアの不利益にこそならなかったものの、確かにこの度の計画はご破算になったのですから」
 そう告げて、シュナイゼルはオデュッセウスの言葉を認めた。
「ふむ。ならばシュナイゼル、儂としては確かにそなたを咎めねばならぬな。が、どうしたものか」
 皇帝は考えこむふりをした。頭の中では既に決まっているのだろう。
 ブリタニアの国是は弱肉強食。それは皇族間でも同じこと。今回のオデュッセウスの言動はそれに叶ったものと言える。そしてそういった行動を取ったということは、オデュッセウスにはそれなりの自信があるのだろうと思われる。
「ではシュナイゼル、そなたは暫く宰相職を退()くがよい。その間はオデュッセウスがその役目を務めよ。それが出来ると思うからこその此度(こたび)の言であろう」
「畏まりました」
「謹んでご命令をお受けいたします」
 それぞれにそう応えて、二人は皇帝に礼を取った。
「問題の件のラウンズたちにも暫く謹慎を申し渡そう。立場や状況を考えず序列を乱すなど、許されることではない」
 これによって皇位継承争いは、第2位という立場ながら実質的第1位であったシュナイゼルが後退し、名実共にオデュッセウスがリードすることが確実となったといえよう。後はシュナイゼルの代わりに宰相職を務めることとなったオデュッセウスの力量如何だ。
 そしてラウンズの三人も、前線から後方に退くこととなった。それは、特にセブンの枢木スザクにしてみれば、出世の道を、ワンへの道を絶たれたことに近いと言っていいことだろう。
 皇帝が退室した後、大広間はざわめきたった。
 シュナイゼルの後見貴族たちは大いに落胆し、オデュッセウスを担ぐ貴族たちは意気軒昂となった。これでオデュッセウスが立派に宰相職を務めて活躍してくれれば、もともと継承権第1位であることから考えれば、彼が次の皇帝となるのは確実となる。問題はその力量なのだが、先刻始めて見せたオデュッセウスの言動は、それを裏打ちするかのようであった。実際のところ、それなりの覚悟と自信がなければ彼も行動に出なかっただろうというのが、その場にいた者の大方の見解である。
 いずれにしろオデュッセウスは今まで思われていたような凡庸な存在ではなく、爪を、牙を隠していただけなのだと、皆、今までの認識を改めた。
 そして肝心の当人たちであるが。
 シュナイゼルは特に何も気にしているようには見受けられなかった。元々彼自身が虚無の性質(たち)であり、あまり物事に執着などしたことがない。宰相という立場にあったから国のために働いていたに過ぎないのであって、やりたくてやっていたわけではなく、辞めろと言われればそのまま受け入れるだけだ。
 一方のオデュッセウスは、満足した部分と不満とが入り混じっていた。
 オデュッセウスは、朱禁城で出会ったゼロが、かつて彼が最も慈しんだ、ブリタニアの日本侵攻の折りに死んだとされていた異母弟(おとうと)── ルルーシュ── だと気付いていた。それが今回の行動に出た一番の理由である。だからシュナイゼルを退()けられたことには満足しているが、ラウンズの、特にゼロを売ってその地位を手に入れたナンバーズ上がりのセブンの存在が気に入らない。ただの謹慎処分など手緩い。出来るものならその地位を剥奪してやりたい気分なのだ。シュナイゼルに代わって宰相職を得た今、今後のことを考えれば、その彼に対して命令を下すことも出てくるだろう。その時はせいぜい無理難題を押し付けて、いずれラウンズから引きずり降ろしてやるのも面白いかもしれない、などと、目の端に明らかに落胆して蒼褪めた、なんとも言えない表情をしているその枢木スザクを目に留めながらそう考えてもみる。
 愛しい異母弟のために今まで被っていた凡庸さを捨て、その爪と牙を、本性を剥き出しにしたオデュッセウスを宰相としたことが、ブリタニアにとって吉となるか凶となるか、それはまだ誰にも分からない。ただ一人、オデュッセウス本人を除いては。

── The End




【INDEX】