神聖ブリタニア帝国が掲げる国是は、一言で言えば“弱肉強食”である。
ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、その国是を否定し、妹ナナリーの望む“優しい世界”を創るために、絶対遵守という異能を手に入れたことをきっかけとして、仮面のテロリスト“ゼロ”となった。
しかしルルーシュは“行政特区日本”における日本人虐殺を契機とした一斉蜂起── ブラック・リベリオン── の際、かねてより彼── ゼロ── の手法を否定し、主であったユーフェミア第3皇女の仇としてゼロを追う幼馴染の枢木スザクによって、その存在自体すら否定され、捕えられて、ブリタニア皇帝、すなわち彼の実父たるシャルル・ジ・ブリタニアの前に引きずり出された。
シャルルはルルーシュに対し、己の持つギアスによって彼の記憶を書き換えた。
そしてほぼ一年── 。
ゼロは復活した。それはC.C,によって奪われた記憶を取り戻したルルーシュである。しかしそれを悟られぬように、その事実を確認すべく、アッシュフォード学園に皇帝直属の騎士たるラウンズの一人として復学したスザクの目を欺きながら、今度こそ優しい世界を、そのためにまずはエリア11となっているかつての日本をブリタニアから解放することを第一の目標として、ルルーシュは活動を再開した。
そんなブリタニアの11番目の植民地であるエリア11に、新しい総督がやってくる。
それはルルーシュの実妹であり、ブラック・リベリオンの際に何者かの手によって浚われた、ナナリー・ランペルージことナナリー・ヴィ・ブリタニアであった。
エリア11へ向かう途中の太平洋上、浮遊艦の中で、ルルーシュはゼロとして、エリア11の新総督ナナリーと対面した。
そこでナナリーはゼロを否定した。ゼロの掲げるものは理解出来るが、その手法は認められない、武力をもってしてではなく、もっと優しい方法で世界は変えていけるはずだと。
そしてナナリーは着任したエリア11での最初の就任演説の際、ユーフェミアが行おうとした“行政特区日本”の設立を、再建することを宣言し、ゼロと黒の騎士団に対して協力を要請した。
しかしゼロには、ルルーシュにはそれは認められるものではなかった。何故なら、ルルーシュはナナリーが言うような手法では、世界を、ブリタニアを変えることなど出来ないと理解していたからだ。
結果、ルルーシュは妹であるナナリーと対決することを避け、己に従う者たちを率いてエリア11を離れ、中華連邦からの借地である蓬莱島に身を引いた。そしてその蓬莱島を“合衆国日本”として、キョウト六家の最後の一人である、まだ幼いといって差し支えはなかったが、その立場から、皇神楽耶を代表として独立を宣言した。
蓬莱島の居住区の中にある私室で、一人考え込んでいたルルーシュに声がかかった。
「兄さん」
ルルーシュの記憶の無かった一年の間、ルルーシュの監視のために弟として傍にいたロロである。
「ロロか」
仮面を外していたルルーシュが振り向いてその名を呼んだ。
「もう充分だよ、兄さんはよくやってる。ナナリーは枢木スザクと一緒にやっていくと言ったんでしょう? もう彼女には枢木がいて、兄さんはいなくてもいいんだ。そんなナナリーのことを、それ程までに気に掛ける必要はないよ。ナナリーは兄さんを否定したんだから」
一年という、決して長くはないが短いともいえない間に、ロロを弟と信じて疑ってもいなかったルルーシュから与えられ続けた愛情に応えるかのように、ロロはブリタニアを、彼が所属するギアス嚮団を裏切り、ルルーシュの協力者となっていた。それ以上に、たとえ血の繋がりはなくとも、自分を認めてもらって、本当の弟と言ってもらえる存在になろうとしていた。
「僕たちは僕たちでやっていけばいいんだ。そうでしょう? これ以上、兄さんがナナリーのための犠牲になる必要はないよ」
任務につくにあたり、ルルーシュの過酷とも、悲惨ともいえる過去を資料から知ったロロは、彼の膝に縋りつきながら訴える。
そんなロロにルルーシュは絆される。記憶が戻った頃は、利用するだけ利用して、いずれは使い捨ててやるつもりだったのに、ルルーシュの心の中にもまた、ロロと同様に一年という間に降り積もったものがあった。
「……そうだな、ナナリーにはナナリーの道がある。俺に、俺たちに俺たちの道があるように」
窓の外、遠くエリア11の方向を見つめながら、ルルーシュは頷いた。自分たちはあくまでこの道を貫くと。
エリア11では、ナナリーの提唱した“行政特区日本”は結局ゼロの協力を得ることが出来ず、言い倒れに終わっていた。総督とはいえ、ナナリーには何の実績もなく、ましてや一年前の特区虐殺ということが尾を引いて、ブリタニアの皇女の言葉を信じるイレブン── 日本人── はいなかったのだ。結果としてナナリーの唱えた行政特区は、黒の騎士団の協力、つまりは参加の代わりの条件とした「ゼロは国外追放」という約定の下に、ゼロをはじめとする黒の騎士団や彼らに従う者たちを、ゼロの奸計の下、合法的に出国させただけに終わってしまった。
自分を信じてもらえないという事実に直面しながらも、それでもナナリーはスザクと共に別の方向から自分たちの望む優しい世界を創っていこうと努力した。努力すればきっといつか信じてもらえる、報われる日がくると信じて。
しかしナナリーの補佐をするのは、ラウンズとはいえ、元をただせばナンバーズ、名誉ブリタニア人であり、しかも主が死んだ直後にゼロを捕まえたことの褒賞としてラウンズの地位を得た、ブリタニアの騎士たる者の本質を何一つ理解していないと言っていいスザクだ。そんなスザクに対し、政庁に勤めるブリタニア人の官僚をはじめとする者たちや、エリア11に駐留するブリタニアの軍人たちは、心の底から彼に従っているということはない。彼らが従うのは、あくまでスザクの後ろにいる皇帝シャルルである。
そして、真実エリア11のことを考えて政策を打ち出すローマイヤたちを、その政策がイレブンの為になるものではない、というただ一点においてのみ判断し、詳細を聞くことも、代替案を出すこともなく、ただ否定し続ける。ナナリーにとっては、その政策がイレブンのためになるものかどうかだけが大事なことであって、肝心の、総督が治めるべき存在である租界に住まうブリタニア人のことがおざなりにされている。そんな状態で満足な政策は何一つ決まらず、進められることもなく、結果、臣下である行政官僚たちの信頼を得られようはずもなく、必然的に統治は一向に進まない。
ナナリーは皇帝の寵が篤かった、今は亡き、“閃光”の名を冠され、今尚、民衆からの人気も高く、多くの軍人たちからも尊敬をもって見られている第5皇妃マリアンヌの娘だが、自身は目が見えず足も不自由で皇位継承権も低い。そんなナナリーに対して、相手が皇族であるとして、ローマイヤをはじめ、表面上は従ってはいても、心の中ではブリタニアの国是に反する政策を進めようとする姿に、反感を持つ者が現れるのも致し方ないといえよう。
ナナリーもスザクも、自分たちが臣下や部下たちからそのように見られ、受け止められているなどとは少しも考えることなく、自分たちは正しいことをしているのだ、ゼロのように間違った方法ではなく、正しい方法で世界を、まずはこのエリア11を優しい地に変えていくのだと思い詰めていた。ゼロを否定した自分たちにとってはそれしかないのだという思いもあった。
だが、ナナリーやスザクのその思いがどれ程強くとも、ブリタニアの国是が、それが染み込んだ国民の意識が、そう簡単に変わるはずもない。変えるためには力によって覆し、また納得させるしかないのだが、そのような方法をナナリーやスザクは思いもよらない。寧ろそれを行おうとしているゼロと黒の騎士団の在り方を否定している。
しかしそれは、あくまでもナナリーとスザクのみにとっての考えであり、自分たち以外の他者の意見や考えを考慮することなく、自分たちの基準だけで正しいことをしているはずなのに思うようにいかない現実に、ナナリーもスザクも、どうして、と誰にともなく問い掛ける。何故自分たちの考えを理解してもらえないのかと問い掛ける。こんなはずではなかったのにと。自分たちの考えを理解してもらおうと何ら努力もしないままに。それで一体どうやって自分たちの考えを、意思を他者に理解してもらえるなどと思っているのか。
「スザクさん……」
「ナナリー」
「どうして私たちの言うことを、やろうとしていることを、この政庁にいる人たちや日本人の皆さんに信じてもらえないんでしょうか。私たちに何が足りないというのでしょう?」
「……ゼロのせいだ。あいつがいるからだ」
スザクはエリア11を去ったゼロに、その全ての責任を押し付けるようにナナリーに答えた。
スザクがそうして皇族であり総督であるナナリーを呼び捨てにしていることも、政庁に勤める者たちに、これだからナンバーズ上がりは、と思われ、そしてまたナンバーズ上がりの騎士に自分を呼び捨てにさせているナナリーを侮らせる一因になっていることなど、二人とも思い至りもしない。
「どうして誰も私たちの言うことを認めてくれないのでしょう。何故夢見ているだけだなどと言われなければならないのでしょう?」
二人の周囲に己たちの考えを理解させるための努力がないという以外の点について簡単に一言で言うなら、ナナリーとスザクにそれだけの力が無いからだ。それにつきる。何も難しいことはない。つまり二人にその立場に相応しい力があると認められていないという、単純この上ない理由からだ。
力が全てのブリタニアであれば、たとえ皇族といえど、単に皇位継承権の順位のみではなく、その能力の有無によっても端から見られる。逆に言えば、能力によって皇位継承順位も変わるのだが。そしてあの皇子は、あの皇女は力が有る、無い、と判断される。それでなくとも元々ナナリーの皇位継承権は、その身に抱える身体障害の問題もあって底辺に近い位置にあり、周囲は、単に今は亡き寵妃マリアンヌの娘だから、エリア11の総督になりたいというナナリーのお願いという名の我儘が聞き届けられただけで、彼女自身に力があるわけではないと判断している。スザクに対しては、所詮はナンバーズ上がりの名誉に過ぎず、ラウンズに取り立てられた経緯もあって、臣下としては帝国では最高位にあるとはいえ、とてもラウンズとして相応しいとはいえないという嘲りや侮りが、どうしても無くならない。
力の無い者に従っても己には何の益も無いと思えば、対応もおざなりに、表面だけのものになる。そしてそんな対応をしても、ナナリーはもちろん、スザクにもそれを見抜くだけの能力はない。皆それが分かるから、官僚や軍人たちの対応は益々二人の思惑から外れ、そしてまた侮られていくのだ。
彼らはブリタニアの臣民であり、従うのはブリタニアの皇帝であり、その皇帝が唱える国是である。
弱肉強食、力が全てだと言われている中で、それを否定する者が認められるはずがない。それがナナリーにもスザクにも分かっていない。
「どうしたら私たちの望む優しい世界を創ることが出来るんでしょうか」
ナナリーのその問い掛けに、スザクは答えを持たない。
ゼロを、その彼の方法を否定したということは、力で変える方法を否定しているということであり、いまさら否定した方法を取ることは出来ない。たとえ力づくでやるしかないのだと分かったとしても。
総督室の中に、ナナリーの深い溜息が零れていく。
そしてナナリーが知ることはない。
兄であるルルーシュが、ナナリーが否定したゼロ本人であることはもちろん、既に実の妹である自分ではなく、偽りの弟の手を取っていることを。
── The End
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