凱 旋




 神聖ブリタニア帝国第11皇子にして、今は亡き第3皇子クロヴィスの実弟、ルルーシュ・ラ・ブリタニアは、高校卒業と同時に、かつての日本、現在はブリタニアの11番目の植民地となっているエリア11の総督に任命された。
 実際にはそれより半年程前に、既に父である皇帝よりその旨が伝えられており、ルルーシュはクロヴィスを失った地ということからの、母であるガブリエッラ皇妃の猛反対を押し切って、エリア11のトウキョウ租界にあるアッシュフォード学園に編入し、お忍びで現状を視察、総督となって以降の自身の方針を定めていった。
 そして総督となるや、兄クロヴィスを守れなかった分もルルーシュを守りたいと、以前からルルーシュの騎士となることを志望してきていた、エリア11に駐屯する部隊に所属し、純血派を組織してそれなりの地位を得ていたジェレミア・ゴットバルト辺境伯を己の騎士に任じた。
 しかしそれは、以前、第2皇女コーネリアが総督を務めていた際、副総督としてあったユーフェミアがナンバーズ上がりの名誉ブリタニア人である枢木スザクを騎士とすることを、マスコミを通して突然発表し、その騎士叙任式をTV放映させた時とは大違いに、ニュースの中ではTVや新聞などでも簡単に取り上げられただけで、派手な広報もなく、地味な、しかし正しく格式に則ったものであり、両方の式典に列席した者たちは、これこそ皇族の選任騎士の叙任式であると褒め称えた。
 そして主従はその評価に相応しく、ルルーシュはこれぞ皇族、といった威厳を保ち、騎士となったジェレミアは常に主であるルルーシュの傍らにあってその身を守った。
 その点でも、ユーフェミアとその騎士となった枢木スザクの関係を見知っている者からすれば大違いである。
 何故なら、枢木スザクは常に主の傍にあることなく、本来なら常に主の傍らにあるべきところを、主の許しを得て学校に通い、第2皇子にして帝国宰相シュナイゼルの直轄組織である特別派遣嚮導技術部── 特派── に席を置き続け、さらにユーフェミアのことを、本人が望んだからとはいえ、愛称で呼んでいたのである。それがどれ程に異なことであったか、政庁に勤める者たちはルルーシュとジェレミアの主従としての姿に改めて気付かされたものである。
 ただその者たちも、首を傾げることが一つだけあった。
 ルルーシュは己の侍女として、一人の名誉ブリタニア人の女性を置いたのである。
 それは純血派を結成した程のジェレミアならば、決して愉快なことではなく、甚だ不本意な、不愉快なことであろうと思われたのだが、彼はその人事に対して何ら不満を見せなかった。それは主であるルルーシュが決めたことだから、という簡単な理由によるものではなく、寧ろ当然のこととして受け入れている様子であった。
 ジェレミアがその名誉ブリタニア人── 篠崎咲世子── を受け入れたのには、きちんとした理由がある。
 それは、既にルルーシュがエリア11の高校に、身分を隠し一般人として編入して在籍していた際に、その学校を創立したアッシュフォード家が、ルルーシュのために用意したメイド兼警護役としての咲世子を、ルルーシュ本人から紹介されており、ルルーシュがアッシュフォード学園に滞在中、租界内はもちろん、果てはゲットーにまで足を延ばした際、彼女がその警護役として十分すぎる程にその役目を果たしていたことを知っていたからである。
 つまり、元々アッシュフォード家に仕えていたメイドを、ルルーシュがそのまま譲り受けた次第だ。
 アッシュフォード家は大公爵の身分を持ち、ヴィ家の後見であって、ルルーシュのラ家とは政治的には対立するといってもいい立場であったが、エリア11内においては、本来の当主であるルーベンが本国に滞在している現在、実質上のアッシュフォード家の当主ともいえるミレイ・アッシュフォードは、気分を害することもなく、咲世子の希望もあって、彼女がそのまま総督となったルルーシュに仕えることを許したのである。
 そうして基本的に大勢の侍従や侍女たちに世話をやかれるのを好まないルルーシュは、ミレイの了承を取り付けられたことから、咲世子一人を己の侍女とした次第だ。
 その経緯と咲世子の実力を知っているからこそ、ジェレミアはその人事に不満などなく、寧ろ喜んで受け入れたのである。それだけジェレミアが篠崎咲世子という人物を、名誉ブリタニア人という色眼鏡で見ることなく、純粋に人物評価をし、認めたということでもある。
 高校時代の最後の半年を、エリア11で一般人の学生のふりをして、限られた範囲内ではあったがエリア内を観て回ったルルーシュは、このエリアに何が足りないのか、何が必要なのかを、総督となる時には既に大凡把握し終えていた。
 もちろん下から上がってくる書類は十分に検討されたものであり、それを蔑ろにする気はルルーシュにはなかったが、それでも己の目で直に確かめていただけに、検案事項としてルルーシュの元に上がってきた時には、殆ど即座に判断を下せたし、場合によってはルルーシュの方から指示を出し、時間を無駄にすることなく有効に活用した。それ故に、本国では以前に総督であったコーネリアの働きによってテロ活動こそ鎮静化したものの、エリア11が衛星エリアになるにはまだまだ時間がかかるだろうと思われていたところを、ルルーシュは僅か一年余りで実現させたのである。
 若干18歳で総督となり、その上、僅か一年余りでエリア11を衛星エリアにまで昇格させたルルーシュの手腕は見事といってよく、政敵ともいえる他の皇族やその後見貴族たちはともかく、基本的に、本国では好印象、高評価をもって迎えられた。
 母のガブリエッラ皇妃は、長子であるクロヴィスが暗殺された場所ということで、当初はルルーシュがそのエリア11の総督に任じられたことに酷く不安を覚えていたが、結果としてはルルーシュは己の有能さを周囲に知らしめることが出来たわけで、一時期のクロヴィスが亡くなった当時の皇妃の不安定さは治まり、今では意気高揚となっていた。
 そんな母の様子を伝え聞いたルルーシュは苦笑したものだ、あれ程に猛反対していたのにと。
 こうしてルルーシュはエリア11の衛星エリア昇格を手土産に本国へ帰還することとなり、それに当たっては、アッシュフォード学園への編入以来、一年半以上も己に仕えてくれている咲世子を伴うこととした。宮廷の者たちは咲世子が名誉ブリタニア人ということでいい顔はしないだろうが、それを黙らせるだけの実力を、既にルルーシュは示している。文句など言わせるつもりは毛頭ない。
 ルルーシュの意向を受けてジェレミアが反対することもなく、咲世子もまた「仰せのままに」とこれを受け入れて同行することとなった。
 ルルーシュにしてみれば、選任騎士であるジェレミアは当然のことだが、咲世子もまた、彼にとっては己の身を任せることの出来る、十分に信頼しうる存在となっていたのだから、その彼女を同行させることが叶ったのは本望であった。
 そしてルルーシュにとって本国への帰還は、凱旋するようなものであった。実際、ルルーシュの帰国の際の出迎えはそれに相応しいものだった。正直、ルルーシュは亡くなった兄クロヴィスと違い、あまり派手なことが好きなほうではないが、己の実力を認められてのことと、今回は彼にしては珍しく、その派手な出迎えを素直に受け入れた。
 エリア11の件を受けて、次のルルーシュの公務に関しては、長らく空席となっている枢密院の枢機卿に指名されるのではないか、というのが宮廷内でのもっぱらの噂である。枢機卿となれば帝国宰相である第2皇子シュナイゼルとの二本柱で国を支えていく存在と認められることに繋がり、ルルーシュも悪い気はしない。それだけ己が評価され認められたということであり、それによって得られるものは、有形無形にかかわらず大きなものがあるのだから。
 そんなふうにルルーシュが帰国した一方で、かつてユーフェミアの騎士となり、彼女の帰国に伴ってブリタニア本国にやってきていた枢木スザクは、ルルーシュが実力でもって認めさせて連れ帰った咲世子と異なり、宮廷での評判は、元々が低かったものがさらに低くなっている。
 どういった経緯か周囲の者に知らされることはなかったが、ユーフェミアは帰国後暫くして、スザクを己の騎士から解任したのである。それだけならスザクはエリア11に戻るなり、名誉と付くとはいえブリタニア人であることに変わりはないのだから、軍に入りなおすなりすれば良かっただろう。ところがスザクは第6皇女ナナリーの騎士となったのである。
 ナナリーがユーフェミアが解任した騎士を己の騎士としたことに、周囲は空いた口が塞がらないといった状態だった。皇族に仕える騎士にとって主はただ一人であり、それは同時に主たる者にとっても── 諸事情、たとえば騎士の不慮の死亡や、そこまでいかずとも負傷や病により役目を果たせなくなった時など、必ずしも絶対とは言い切れない場合もあるが、基本的に── 騎士はただ一人なのである。
 それを、ナナリーはまるで最初からそのつもりだったかのように、ユーフェミアから解任されたスザクを己の騎士として任命し、彼も当然の如くそれを受け入れて彼女に従った。
 その在り様にスザクは尻軽と謗られ、ナナリーは皇族でありながら道理を知らぬ者と、騎士というものがどういった存在かあまりにも軽く見ているのだと、周囲から蔑みの目で見られている。そしてなお悪いことに、二人ともその事実に気が付いていない。それがさらに二人に対する評価を下げている。
 帰国後、それらの状況を知ったルルーシュは呆れたように大きな溜息を吐いた。
 ユーフェミアがスザクを解任し、その彼をナナリーが拾うに至った理由をルルーシュは知っていたが、そのことが周囲にどう認識されているか未だに知らずにいるのかと、ほとほと呆れ果てていた。そんな騎士とはいえない騎士に、そして異腹とはいえ妹に、己がある意味同類と思われていたのかと思うと、何やら腹が立ってもくる。しかしそれを笑って無かったこととし、度量の広さを示すのが己のためかとも思う。
 そうして同じエリア出身の名誉ブリタニア人同士でありながら、スザクと咲世子では周囲の対応が全く異なっていく。
 咲世子はいずれは枢機卿になるであろうといわれているルルーシュに献身的に仕え、彼の騎士であるジェレミアが、辺境伯── ゴットバルト家の当主── としてどうしても己の領地に戻らねばならぬ時など、彼の代わりに騎士の如くルルーシュの傍らにあった。
 そんな咲世子とスザクを比較するのはルルーシュに対して失礼だという意見がもっぱらであり、その話がまたさらにナナリーとスザクの立場を悪くする。完全に悪循環でしかない。
 しかしそんな事態を招いたのは、他ならぬ何も理解していないナナリーとスザク、二人の自己責任であって、ルルーシュが関与することではない。
 今は次の公務が決まるまでの短い休暇をのんびり過ごそう、などとルルーシュは考えている。その傍らには、常にルルーシュが誰よりも信頼する己の騎士たるジェレミアと、侍女である咲世子の双方、あるいは必ず、そのどちらかの姿があった。

── The End




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