弾 劾




 ユーフェミアの死の直接の原因は、ゼロによる銃撃である。
 そしてそれを招いたのは、ユーフェミアの“行政特区日本”の開会式典における騙し討ちのような日本人虐殺にある。エリア11のテロリスト、黒の騎士団の指令であるゼロは、それを見過ごすことは出来なかった。だから日本人虐殺を命じたユーフェミアを己の手に掛けた。
 ユーフェミアがそのような事態を招いたのは、決して彼女自身が望んだことなどではなく、ギアスという異能の力によるものだということを、今のコーネリアは承知している。そしてそれを為したのがゼロであることも。
 だが、ゼロの正体もまた、コーネリアは察した。そしてそうである以上、たとえ誰よりも慈しんだ大切な実妹を手に掛けた相手とはいえ、憎みきれなかった。
 何故なら、異母弟(おとうと)のルルーシュが母国たるブリタニアを憎み、牙を剥いて仮面のテロリスト── ゼロとなったのは、他ならぬブリタニアという国家自体、君主たる皇帝であり、ルルーシュの実父であるシャルル・ジ・ブリタニア、そしてルルーシュの母であるマリアンヌ皇妃の死後、幼い兄妹二人を守ってやることの出来なかった、自分たち年長者にその責任があるのだから。
 加えて、かつてのルルーシュとユーフェミアの関係。かつての二人の仲と、ルルーシュの性格を考えれば、進んで日本人の虐殺を命じたなどとは到底思えない。きっと何か事情があったのだろうと思う。
 そしてコーネリアの憎しみは、ギアスの研究をしているギアス嚮団と、何よりも選任騎士という立場にありながら、ユーフェミアを守りきれなかった、否、守らなかった枢木スザクへと自然と向いていった。
 そんなある日、ギアス嚮団を求めて総督を務めていたエリア11を出奔していたコーネリアは、枢木スザクが皇帝の騎士、すなわち帝国最高位の騎士であるラウンズに任命されたことを知り、慌てて本国ブリタニアにとって返した。



 本国のペンドラゴン宮殿に戻ったコーネリアは、何よりも真っ先にスザクの所在を確かめた。
 スザクがラウンズたちの控室にいると知ったコーネリアは、とるものもとりあえず、急ぎその控室へと向かった。本来ならば皇女であるコーネリアがスザクを呼び出してもよいようなものだが、今の彼女にはその手続きも煩わしかったのだ。
 ラウンズたちの控室に赴くや、ノックもなしに思いきりその部屋の扉を開く。
 入ってきたのが第2皇女コーネリアであると分かったその部屋にいたラウンズたちは、いっせいに彼女の前に膝を折った。ラウンズは確かに皇帝直属の騎士であり、帝国最高位の地位にはあるが、それはあくまで臣下としてであって、皇族は皆その上にいる。上に立つ皇族に膝を折るのはラウンズといえど当然のことなのである。
 部屋の中を見回し、スザクの姿を認めたコーネリアはその前に進み出た。
「枢木スザク! 貴様は何をした、いや、何をしている!?」
 突然のコーネリアの怒声に、スザクはおもむろに不思議そうな面を上げた。
「コーネリア皇女殿下?」
 他のラウンズたちも何事かと顔を上げて様子を見守る。
「貴様はユフィの選任騎士という立場にありながら、その意味を理解せず、何ら役目を果たさず、あの()を守ることもせずに一体何をしていた!?」
 スザクはコーネリアの言葉に面食らったような表情を見せた。
「ぼ、僕が何をしなかったと仰るのです。僕はユフィの、いえ、ユーフェミア皇女殿下の騎士として殿下をお守り致しました」
「ならば何故、ユフィがゼロの手にかかった時その場にいなかった!?」
「それは……」
「それは何だ?」
「ランスロットのデヴァイサーとして、黒の騎士団のKMFと戦って……」
「そのために貴様はユフィの傍を離れて、ユフィを守らなかったと言うのか! あの娘の選任騎士でありながら! しかも一体なんだ。ユフィが死んだとなるや、ゼロ捕縛の功績を盾にラウンズとして取り立てられることを望むとは! 貴様はブリタニア皇族の選任騎士というものを一体なんだと心得ている!!」
「僕は僕の為したことの褒賞として当然のことを皇帝陛下に願い出て、それが叶えられただけです」
 スザクの言葉に、見守っていた他のラウンズたちは皆大きな溜息を吐いた。
「ブリタニアの、皇族の選任騎士にとって主はただ一人。その主を守ることも出来なかった者が、その主が死んだとなるや、たとえ相手が皇帝陛下であろうと、他の者の騎士となるなど、ブリタニアの騎士たる者のすることではない! 貴様は騎士を知らない! 騎士を名乗る資格などない! ラウンズに取り立てられたのは、推測するに皇帝陛下の気まぐれであろうが、それを当然のことなどと口にするな! 貴様はユフィを足蹴にした。ユフィの死を己の出世の足がかりにしただけだ! それの一体何処がユフィの選任騎士だ! 私はそんなことのために貴様に騎士候の位を授けてやったのではないぞ!」
 コーネリアの糾弾は続く。
 しかしブリタニアの、皇族の選任騎士のなんたるか、その本質を理解していないスザクはただ戸惑いの表情を浮かべるに過ぎず、他のラウンズたちの方がコーネリアの彼を責める言葉に理があるとして、彼に対して同情や擁護などをすることなく、侮蔑、嫌悪するかのような視線を向ける。
 室内の空気が変わったことに、スザクはきょろきょろと視線を彷徨わせた。
「枢木! 騎士のなんたるかを知らぬ貴様に騎士を名乗る資格はない! ましてやラウンズなどもっての外! 所詮貴様はナンバーズに過ぎない! ラウンズを返上してとっととエリア11に帰り、ナンバーズとして生きろ! それがユフィを守れなかった、いや、守らなかった貴様の取るべき道だ!」
「何を仰るのです! ユフィを殺したゼロを追えと仰ったのはコーネリア様ではありませんか!? そして僕はご命令通りにゼロを追って捕え、皇帝陛下の前に突き出しました。なのに何故そんなふうに責められなければならないのですか!?」
 コーネリアの言葉にスザクは反論した。いかにラウンズとはいえ、皇族に反論するなどあってはならないことであるのに。ましてやユーフェミアを愛称で呼んだことに、気付いてさえいない。
 スザクのしていることは全て許されざることであり、騎士たる者のすべきことではないのだ。
「だから貴様は騎士を理解していないと言っているのだ! 主を乗り換える騎士などブリタニアには存在しない! 主の死を足がかりに出世を乞う者もいない! 主を愛称で呼ぶ者もいない! だが貴様は悉くそのしないことをしているではないか! たとえユフィがマスコミを通じて、私に何の相談も無しに突然に決めて発表してしまったこととはいえ、貴様をユフィの騎士として認めたことが何よりの私の間違いだった! 貴様を騎士に任じたことがユフィの不幸だった。常にユフィの傍にいることなく、シュナイゼル異母兄(あにうえ)直轄の特派に籍を置き続け、ユフィが許したからといって、ユフィの存在を疎かにし、あの娘を愛称で呼び、一般の学校に通い続けた、そんな貴様がユフィの騎士であったことは一度もない! 何度でも言う! 貴様は騎士ではない、ただの名前だけの、騎士たる資格は何一つ持たぬ者だ! ラウンズになるなど烏滸がましい! 貴様はまず己の功を誇る前に己の失態を恥じろ! 本来の果たすべき責任を果たさなかったことを責めろ! それが貴様が第一にすべきことだ!」
 コーネリアは一気にまくしたてた。
 そのコーネリアの言葉に、スザクは反論の余地を持たなかった。コーネリアの言う通り、確かにスザクは常にユーフェミアの傍にいることはなかった。ユーフェミアの希望と許しの下、彼女を愛称で呼び、アッシュフォード学園に通い続けた。それを騎士たる者がすべきことではなかったと言われれば、それに言い返す言葉はない。そしてまた、ユーフェミアが殺された時、何よりも自分が彼女の傍にいなかったのは紛れもない事実なのだ。ユーフェミアのすぐ傍で彼女を守っていれば防げたかもしれない彼女の死を、スザクは防げなかった。防がなかった。ゆえに守らなかったと言われれば、それに反する言葉もないのだ。
 コーネリアはまだ言い足りない気分でありながらも、それでも言うべきことを言った気になり、全ての元凶といっていいであろうギアス嚮団を探すべく、後に残されたスザクや他のラウンズたちのことなど気にも留めないように、ラウンズの控室を後にし、再びそのまま宮殿を、本国を去った。
 ラウンズたちの控室には気まずい雰囲気だけが残された。
 コーネリアの言葉から、スザクが騎士として為すべきことをしていなかったこと、そしてまた騎士としてはあり得ぬことをしていたと知らされた他のラウンズたちの、冷たい視線だけが彼を見下していた。

── The End




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