エリア11総督クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊を前にした時、ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、カプセルの中に捕らわれていた少女によって庇われ、そのまま少女の声なき声に応え、ギアスという名の力── 絶対遵守── を得た。
数日後、妹のナナリーと二人で居住しているアッシュフォード学園のクラブハウスで夕食の後、TVでテロのニュースを聞いていたナナリーが唐突にルルーシュに告げた。
「お兄さま、お兄さまがブリタニアを憎んでいるのは分かっていますけれど、テロリストになんか決してならないでくださいね」
「え?」
ナナリーの言葉に、ルルーシュは唖然として目を見開き、言葉を返せなかった。
絶対遵守という力を得て、これでブリタニアに対抗していくことが出来ると、自分だけの組織を作り上げようとしていた矢先で、誰も知るはずのないことなのに、何故いきなりナナリーからそんな言葉が発せられたのか、ルルーシュには分からなかった。
「ナナリー、一体何を言っているんだ?」
「お兄さまがギアスという力を得て、黒の騎士団を創り上げ、ブリタニアに反旗を翻そうとしているのは分かっています。人の意思を捻じ曲げる力を持ち、その力で立ち向かおうとしていることも。でもたとえそれが私の望む“優しい世界”のためであろうとしても、私にとっての“優しい世界”はお兄さまがいてこそなのですから、危ない真似はしないでくださいね」
「ナナリー……?」
ルルーシュはナナリーの言葉に戸惑った。どうしてギアスのことはもちろん、自分がこれからやろうとしていることを知っているのだろうかと。
実はその日の朝、ナナリーは一つの、夢と片付けるにはあまりにもリアルな夢を見て目が覚めた。
そして先日の異母兄でもあるクロヴィス総督の死と、それに伴う総督の暗殺犯として捕らわれた名誉ブリタニア人枢木スザクの、謎の仮面の人物による奪還に照らし合わせて、自分が夢と思ったものが実は夢ではなく、過去に合ったこと、これから先の未来に起こること、すなわち自分の意識が逆行したのだとナナリーは悟ったのだ。
クロヴィスの死は免れなかったが、これから先起こることはまだ防げる。謎の仮面の人物── ゼロ── と、彼の率いる黒の騎士団によるテロ行為を未然に防ぐことは出来る。そのためにもゼロとなる兄を止めなければならないと、ナナリーはそう強く思った。
ナナリーのその思いは、翌日アッシュフォード学園に編入してきたスザクの存在によってさらに強くなった。何故ならその再会も含めて、全て記憶のままだったのだから。
ナナリーはクラブハウスの居住棟にあるテラスでルルーシュと二人、スザクと語らいながら、ルルーシュに分からぬように気をつけながら、スザクに一枚の紙を手渡した。それは自分の世話をしてくれている咲世子に頼んで書いてもらった、『ルルーシュに知られないようにして二人だけで話をしたい』との内容のものだった。
その日の夜、ナナリーが自分の部屋に戻って休んでいると、窓にコンという何かの当たった音がした。
窓辺に寄ってみると、そこに人の気配があった。ナナリーはそっと窓を開く。
「スザクさん、ですか?」
「そうだよ、ナナリー」
声を潜めて問い掛けるナナリーに、スザクもまた声を潜めて返した。
「どうぞ入ってらしてください」
ナナリーのその声に、スザクは窓枠に足を掛け、勢いをつけて部屋の中に足を踏み入れた。
「こんな時間にごめんね、ナナリー。でも他に方法を思いつかなかったから」
「いいえ、ご無理を言ったのは私の方ですから」
「君がルルーシュに内緒で、ということは、話はルルーシュのことだね?」
スザクは時間がもったいないとでもいうようにいきなり話題を切り出した。
「そうです。実はスザクさんを解放した仮面の男、ゼロはお兄さまなんです」
ナナリーの言葉に、スザクは一瞬目を見開き、それから頷いた。
「君も記憶があるんだね」
「も、ということは、スザクさんもあるんですか?」
「ああ。軍事法廷から解放された日の翌日に、目が覚めたら思い出していた。最初は夢かもと思ったんだけど、クロヴィス総督暗殺の件以来のことと、君も、となると本当のことなんだね」
スザクはどうしたものかと思案したような口ぶりでナナリーに告げた。
「スザクさん、今ならまだ間に合うと思うんです。まだお兄さまを止められると。だって黒の騎士団はまだ出てきていませんもの」
「!」
ナナリーのその言葉に、スザクは虚をつかれたようだった。そして思う。
確かにナナリーの言う通り、黒の騎士団はまだ活動を始めていない。いや、まだ表に出てきていない。ならばまだ間に合う。今ならば、ルルーシュがゼロとして本格的に活動を開始する前の今ならば、まだ止められる。あの悲劇── “行政特区日本“での虐殺とユーフェミアの死── を防ぐことが出来ると。
「お願いです、スザクさん。お兄さまを何としてもゼロとなることから止めてください」
「もちろんだよナナリー。そのためにも、黒の騎士団の中核となるテロ組織、扇グループを早々に摘発しよう。そうすればルルーシュの計算は狂ってくるはずだ」
「お願いします」
目も見えず足も動かないナナリーには、スザクに頼むしか今は方法を考え付かなかった。しかしその一方で、本国に自分たちの生存を知らせたらどうなるのだろうかと、それを考えてもいた。
その頃、カレン・シュタットフェルトこと紅月カレンを含む扇をはじめとした扇グループの数名が、ナナリーやスザクと同様に逆行をしていた。
先日の枢木スザク奪回事件の後、彼らは互いに夢を見たような顔をして会っていた。そして互いの持つ夢かと思った記憶を話し合い、繋ぎ合わせていく。そして彼らはそれがこれから先の未来に起こる事実だと、さらには世界のためには、ゼロの為そうとしていることを防がねばならないという結論に達した。しかし一体どうやってそれを防げばいいというのか。
そこでカレンがルルーシュと同じ学園のクラスメイトであること、そしてまた、ブリタニア人としての顔を持つことから何か出来ないかということになった。
結論からいえば、彼らはルルーシュを記憶の中でしたように、ブリタニアに売ることにしたのである。ブリタニアの死んだとされている第11皇子、その身柄を売って、引き換えにたとえ一部であろうと日本を取り戻そうと。
ルルーシュの思惑から外れたところで、ナナリーとスザクが、そして本来なら黒の騎士団の中核となるべき扇グループが動いていた。
ナナリーはスザクを通して彼の上司であるロイドから、本国の宰相シュナイゼルに、扇グループはカレン・シュタットフェルトが政庁に出向いて、第11皇子ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと第6皇女ナナリー・ヴィ・ブリタニアの生存を告げたのである。
報告を受けたシュナイゼルと、エリア11政庁の動きは素早かった。
本国からはシュナイゼル自らがエリア11を電撃訪問し、彼が到着する前に政庁に勤務する官僚や軍人たちがアッシュフォード学園を訪れ、ルルーシュとナナリーを政庁へと連れ去った。
それを見送る人の姿の中にスザクを見つけたルルーシュは叫んだ。
「スザク! おまえか、おまえが俺を、俺たちを売ったのか! あれ程俺たちはブリタニアから隠れていると、アッシュフォードに匿われていると言ったのに!!」
「これが世界のためなんだよ、ルルーシュ。君が道を誤らないために、これから起きるだろう悲劇を生みださないためにも」
そのスザクの言葉を耳にしながら、ルルーシュはナナリー共々政庁からの迎えの車に押し込まれた。
総督のコーネリアとその妹であり副総督でもあるユーフェミアは、笑みを浮かべながらルルーシュとナナリーを出迎えた。
「ルルーシュ、ナナリー、二人共よく無事で生きていてくれた」
「嬉しいわ、またこうして会うことが出来て。本国のお異母兄さまたちも喜んでいて、シュナイゼルお異母兄さま自ら、二人を迎えに来られるって連絡があったのよ」
総督の執務室に案内されたルルーシュは、二人のその言葉に愕然とし、またその内容に怒りを覚えて睨みつけた。
「いまさら、俺たちに一体何の用があるっていうんです! 死んでこいと日本に送られた俺たちに、また何処かの国への人質になれとでも仰るんですか!」
「お兄さま、何を仰ってるんです。そんなこと、あるはずありません」
ナナリーはルルーシュの叫びを否定した。記憶の中で、本国に戻ったナナリーは父である皇帝シャルルから大切に扱われ、自分の望んだエリア11の総督になることも許してもらっていた。そんな父が、ルルーシュの言うような扱いを、自分たちに対してするはずがないとの思いがある。
「ルルーシュ、七年前は何も出来なかったが今は違う。私はこうしてエリアの総督を預かる身、シュナイゼル異母兄上に至っては帝国宰相だ。今度はおまえたちを護ってみせる。何処へもやったりさせない」
「ならば変わりにブリタニアの版図を拡げるための手足になれということですか!」
ルルーシュが憎々しげに応える。
「ルルーシュ、もう以前のようなことは起こらないわ、私たちが貴方たち兄妹を護ってみせる。今までの苦労を労ってあげられるわ」
コーネリアも、そのコーネリアに護られブリタニア皇室の闇を知らないユーフェミアも、ルルーシュの言うようなことは起こらないと告げる。そしてナナリーさえも。
ルルーシュは悲しくなった。ナナリーは自分たちが置かれている立場を、何故自分たちが隠れ住まなければならなかったかを分かっていなかったのかと。
そして与えられた部屋で眠ることなど出来ずに、何とか打開する方法はないものかと、ギアスでどうにか出来ないかと考えて、一睡もせずに夜を明かしたルルーシュを待っていたのは、本国から急ぎ到着したシュナイゼルだった。
シュナイゼルは満面の、本心からの笑みを浮かべて、自分を睨みつけるルルーシュを抱き寄せた。
「嬉しいよルルーシュ、君が生きていてくれて。オデュッセウス異母兄上やギネヴィア異母姉上、ああ、それにカリーヌも君の生存を知ってとても喜んでいる。一刻も早く君の無事な姿を見たいと言っておられた。ゆっくり時間をとってあげられなくて済まないが、早速本国に帰ろう、皆喜んで出迎えてくれるよ」
そうして促されるまま、何も出来ないままにルルーシュとナナリーは、シュナイゼルや彼の副官であるカノン、彼らのSPと共に機上の人となった。
本国に帰還したルルーシュたちを待っていたのは、確かにシュナイゼルの告げたような、異母兄、異母姉、異母妹の喜びも顕な出迎えだった。
けれどそれはルルーシュに対してだけで、ナナリーに対してはおざなりなものでしかなかった。目も見えず足も不自由なナナリーは、皇帝シャルルの言うところの弱者以外の何者でしかなく、また、彼らが待っていたのはルルーシュのみだったからだ。
彼らは誰もが以前のまだ幼かったルルーシュの可愛さ、愛しさ、聡明さを覚えていたし、今は亡きマリアンヌによく似た美貌を持つルルーシュを、七年前の不幸を防げなかったことへの詫びも含めて溺愛したが、ナナリーはあくまでそのおまけでしかなかった。
どうして、とナナリーは思う。記憶の中、自分は大切にされていたのに、何故、今の自分はまるで存在しない者のように扱われるのだろうと。
一方、その頃のエリア11では、スザクが皇族のルルーシュの意思に反した行いを取ったことを理由に処分を受け、また、第11皇子であるルルーシュを売ることでブリタニアに恩を売り、その見返りに日本の一部でもその返還をと望んでいた扇グループは、コーネリア率いるブリタニア軍に一網打尽にされた。それはカレンも含めてのことで、扇たちにとっては想定外の出来事だった。
何故だ、何故、悪魔の皇子を売ってやった自分たちがこんなめに遭わなければならないのかと、最後まで疑念にかられながら、ブリタニア人としての顔を持つカレンを含めて扇グループは壊滅した。
一つ道を違えただけでその後の運命は大きく変わる。
ルルーシュは才能も認められて帝国宰相シュナイゼルの補佐となり、一方、かつての記憶の中でエリア11の総督にまでなったナナリーはアリエスの離宮に籠って暮らす日々を送り、スザクは第7世代KMFランスロットのデヴァイサーからも解任され、軍からも追放されて唯の一名誉ブリタニア人となり、黒の騎士団の幹部を構成するはずだった扇グループは全滅の道を辿ったのだった。
── The End
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