フジ決戦での天空要塞ダモクレスとの戦いを終えて数日、神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、大量破壊兵器フレイヤによって消失したペンドラゴンに代わって、改めて帝都と定めた古都ヴラニクスに再建された宮殿の執務室で、戦後処理と、ゼロ・レクイエムのためのデータの偽造、およびデマをネットで飛ばしたり、さらには後に残る者たちへの今後の指針となるべきものを遺すべく、その日もまた忙しなく過ごしていた。
そんなある日の夜、宮殿に忍び込もうとしている二つの小さな影があった。
その二つの影は、見回りの衛士を避けるようにして、未だ煌々と明かりのついている皇帝執務室を目指した。
執務室の窓まで辿り着くと、そこには窓に背を向け、大きな執務机に向かって必死に書類をさばいている皇帝ルルーシュの姿があった。
影の一つが思い切ったように窓をコンコンと叩く。
その音にはっとしたように振り向いたルルーシュは、窓の外に二人の子供の姿を認めて目を見開いた。
「何者だ、一体どうやってこんなところまでやって来た」
本来ならば即座に近衛でも呼ぶべきだったのだろうが、まだ子供であったために、ルルーシュはそこまでの必要はないかと、椅子から立ち上がり、窓辺に近付いて声を掛けた。
「僕たち、どうしても貴方に聞いてほしいことがあってやって来たんです。入れていただけませんか?」
二人のうち、黒髪に琥珀の瞳を持った、何処かしらルルーシュに面差しの似た少年がそう告げた。
ルルーシュは逡巡した後、窓を開けて二人を執務室内に招き入れた。
「招かれざる客だ、茶や菓子はないぞ」
「そんなことはいいんです、とにかく貴方に私たちの話を聞いていただきたいだけなので」
緑色の髪と紫電の瞳、面差しが何処かしらC.C.に似ている少女が告げた。
「それで、おまえたちのような子供がこんな時間にこんなところへ、一体何を言いに来たと?」
「「ゼロ・レクイエムを止めてください」」
二人は声を揃えてそう告げた。その言葉にルルーシュは目を見開く。
「何故それを知っている!?」
驚愕の表情を浮かべながらルルーシュは問い返した。
「簡単に信じてはいただけないかもしれませんが、僕たちはロイド博士の造った時間を超える機械、タイムマシンを使って今よりも未来の世界からやって来たんです」
「タイムマシン?」
何を荒唐無稽なことを、とルルーシュは一笑した。
「本当のことです。どうしても貴方にゼロ・レクイエムを止めてほしくて、その一心でやってきました」
「……仮におまえたちの言うことを認めたとして、どうしてゼロ・レクイエムを止めなければならない? ゼロ・レクイエムによって全ての憎しみを俺一人に集め負の連鎖を断ち切る、それがゼロ・レクイエムの目的。後には優しい世界が残されるはずだ」
「それは貴方の思いよがりです!」
そう言って、二人は新聞と思しきものを差し出した。
その日付は確かに現在のものではなかった。こんな子供がこれ程手の込んだことを出来ようはずもない。そしてまたロイドならば、タイムマシンくらい造れるかもしれない、との思いがルルーシュの脳裏を過った。
「貴方亡き後、合衆国日本は黒の騎士団の事務総長だった扇要を首相として迎え、政治家としての能力なんかこれっぽっちもない扇の下で戦後復興もままなっていません」
「ブリタニアは貴方の妹のナナリーが代表になりましたが、なんといっても彼女がフレイヤでペンドラゴンを消滅させた事実は貴方の捏造をもってしても変えることが出来ず、虐殺者として非難を浴び、政局は思うように動いていません」
「超合集国連合も、本当のゼロであった貴方亡き後、枢木スザクのゼロの下ではシュナイゼルの補佐があっても、今一つ纏まりを欠き、それどころか己の国の利益を求めて脱退する国が相次いで崩壊の危機にあります」
「貴方が後のためにと遺したものは殆ど役に立っていません。世界は貴方が望んだ優しい世界どころか、混沌に満ちています」
「だからお願いです、ゼロ・レクイエムを止めて、貴方が世界を導いていってください。その方がずっといいんです。今ならまだ引き返せるでしょう?」
二人の口から次々と語られる内容に、ルルーシュは唖然とした。そしてまた、先に二人から渡された新聞に目をやれば、各地での反政府行動のデモや暴動、超合集国連合の凋落が見て取れる。
「君たちは一体何者なんだ……?」
いまさらのようにルルーシュは二人に問うた。
「僕たちは貴方とC.C.の間に出来た子供です」
「ゼロ・レクイエムの前に、貴方は温もりを求めてC.C.を抱いた。その時にC.C.は私たちを身籠ったんです」
「不老不死者のC.C.にそんなことがあるはずないと今考えているんでしょうけど、C.C.はもう不老不死じゃありません。貴方が、神に未来を、明日を望んだ時から、C.C.の止まっていた時間も動き始めたんです」
「C.C.は、母さまはいつも私たちに貴方のことを、為してきたことを、望んでいたことを話して聞かせてくれました。その話と、私たちが生きている世界のあまりの乖離に、私たちは決心したんです、貴方にゼロ・レクイエムを止めてもらおうって」
「そのためにロイド博士を説得して、タイムマシンを造ってもらいました。お願いです、ルルーシュ陛下、いえ、父さま、計画を止めてください」
「……そんなこと、いまさら出来るはずがない。そんなことをしたら俺は……」
二人の言葉にルルーシュは狼狽えた。
「今ならまだ間に合います。お願いです、父さま、計画を止めてください。そのために、そのためだけに僕たちは、信じてもらうことは出来ないかもしれないと思いつつもこうしてやって来たんです」
「……俺は……」
「計画を止めても誰も咎めやしないさ」
ふいに執務室の扉の方から女の声がした。
振り向けば、そこに立っているのはC.C.だった。
「C.C.……」
「まあ、枢木は文句を言うかもしれんが、反対するのは奴くらいのものだろう。他の者は皆、おまえに生きていてもらいたいと思っている。あのニーナも含めてな」
「「母さま!」」
心強い味方を得たというように、二人の子供の顔に笑顔が浮かぶ。
三人に近付いて来たC.C.が、二人の子供の顔を見下ろした。
「そうか、おまえたちが私とルルーシュの子供か?」
何もかも理解っているとでもいうように、C.C.は二人に語り掛けた。
「「はい!」」
C.C.の問い掛けに、二人は揃って頷いた。
「ルルーシュ、どのみちたった一人が悪を背負って逝ったとしても、後に残されるのはやはり私利私欲に満ちた世界でしかない。おまえの望むような優しい世界はそう簡単に出来るものではない」
「簡単なものでないことくらは俺にだって分かっている。だが……」
「おまえはよくやって来たし、現在もやっている。このままおまえが世界を、おまえの望むような世界に変革していくのが一番穏便な方法だろう」
「母さまの仰る通りです、父さま!」
「お願いです、ゼロ・レクイエムを止めて、父さまが世界を導いて、本当の優しい世界を創ってください!」
二人はルルーシュに取りすがるようにして話し続けた。
「おまえたち……」
「言うべきことは言いました、後は父さまがお決めになることです」
「私たちは私たちの世界へ帰ります。私たちの世界はもう変えられないけど、でもこの世界は、まだ変えられるんです」
その言葉にルルーシュは眉を寄せた。
「どういうことだ? 仮に今の世界が変われば、おまえたちの元の世界も変わるのではないのか?」
「いいえ」男の子の方が首を振った。「世界はそんなに簡単な存在じゃありません」
「世界には幾つもの分岐点があって、そうして世界は何十にも何百にも展開していくんです。私たちの世界はゼロ・レクイエムが為された世界です。ゼロレクイエムの為されない世界は、また違った世界を形作っていくでしょう。もっともこれはまだあくまでロイド博士の推測の域でしかありませんが」
「おまえたちは、それでいいのか……?」
「はい」
「父さまと母さまが幸せな未来を創ってください。それが私たちの望みです」
「無理に戻る必要はないのではないのか?」
C.C.が口を挟んだ。
「戻らないと、向こうの母さまを一人にしてしまいます。だから僕たちは戻ります」
「いい子だな、おまえたち」
そう言って、C.C.は二人を抱き締めた。
「未来の私に伝えてくれ、ゼロ・レクイエムはなんとしても止めると」
「C.C.!」
「それが全てを懸けてここへやって来たおまえたちに報いる道だからな」
「はい、母さま」
「お願いします、母さま」
C.C.の腕から抜け出た二人は、やって来た時と同じように、ルルーシュが止める間もなく窓から外に出ていった。
「C.C.!」
後に残されたルルーシュはC.C.を睨み付ける。
「さて、ロイドたちにゼロ・レクイエムの中止を伝えてくるとしようか」
「待て! まだ俺は……」
「世界の混沌を招くような真似はしたくはないだろう? ルルーシュ」
そう言い残してC.C.も執務室を後にした。
後に一人残されたルルーシュは、ゼロ・レクイエムは止めるしかないのかと、ただ途方に暮れるしか出来なかった。
── The End
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