擦れ違い




 天空要塞ダモクレスの中にある空中庭園、そこで、ルルーシュのギアスに掛けられたナナリーは、兄であるルルーシュにフレイヤのスイッチを手渡した。
 その時、ナナリーの中にふいに流れ込んできた様々な情報。それは一瞬にしてナナリーをギアスに掛けられた状態から戻した。
「お、お兄さま……」
 兄を呼ぶナナリーの声が震える。
 そんなナナリーを無視するかのように、ルルーシュはダモクレスのスイッチを手に庭園を後にした、ナナリーを一人置いて。



「お兄さま、どうして……」
 ナナリーの中に流れ込んできた情報は、一瞬のことではあったが、また同時に膨大な量でもあった。
 皇帝である父に「生きてなどいない」と怒鳴られるルルーシュ。
 子供の頃のナナリーを庇ってスザクに殴られるルルーシュ。
 買い物に出掛けては品物を売ってもらえなかったり、近所の子供たちに殴られるルルーシュ。
 アッシュフォードに庇護されてからも、いつ皇室に売られるか、見つか連れ戻されることになるか、あるいは殺されるか、その可能性に神経を張りつめるルルーシュ。
 異母兄(あに)クロヴィス総督の親衛隊員に殺されかけるルルーシュ。
 C.C.から力を与えられるルルーシュ。
 クロヴィスを殺したルルーシュ。
 クロヴィス殺害容疑者として連行されるスザクを救い出すルルーシュ。
“優しい世界”を望むナナリーのためにゼロとなって()ち上がったルルーシュ、その真意。
 行政特区でのギアスの暴走と、それに伴い異母妹(いもうと)であるユーフェミアを殺したルルーシュ。
 ナナリーを浚われてブラック・リベリオンの現場から神根島に渡り、そこでスザクに裏切り者として撃たれるルルーシュ。
 拘束服で床の上に這いつくばらされ、父のギアスで記憶を改竄されるルルーシュ。
 偽りの弟との生活を送るルルーシュ。
 黒の騎士団の残党に救い出され、C.C.によって記憶を取り戻し、再びゼロとなったルルーシュ。
 ナナリーからゼロとしての自分を否定されて自棄になったルルーシュ。
 エリア11の総督として赴任したナナリーのために、己の支持者を引き連れて中華に亡命したルルーシュ。
 黒の騎士団に裏切られ、偽りの弟の命と引き換えに、その命を救われたルルーシュ。
 父と母が望んだこと、ラグナレクの接続を阻み、歪んだ存在である両親を消滅させたルルーシュ。
 ブリタニアの皇帝となり、他の皇族や貴族たちの既得権益を奪い、ナンバーズ制度を廃止したルルーシュ。
 ブリタニアの帝都ペンドラゴンにフレイヤを落されて呆然となったルルーシュ。
 ナナリーの生存に戸惑い、喜び、そして絶望したルルーシュ。
 シュナイゼルと戦い、勝利して、そして世界をその手にしながら、自分の死を願うルルーシュ。



 全ては自分(ナナリー)が望んだ“優しい世界”が始まりであり、ギアスの暴走からユーフェミアを殺さざるを得なくなり、スザクにユーフェミアの仇としてその生を否定されたことが決め手となったのだ。
 ルルーシュは死に逝こうとしている。
 それが自分に伝わったことの全て。
 自分が望んだ“優しい世界”を残して一人で逝こうとしている。
 どうして? 何故? 悪いのは自分。
 異母兄に騙されて、ペンドラゴンの民は避難させたと信じてフレイヤの投下を承認した自分。
 兄の真意に少しも気付くことなく敵対した自分。
 なのにその兄は、そんな自分のために、そして世界のために犠牲に、人柱になろうとしている。



 牢に投獄されたナナリーがどんなに望んでも、ルルーシュがナナリーの元を訪れることはなかった。
 どんなに叫んでもその声は届かない。
 ルルーシュは、兄は何も悪いことなどないのに、どうして一人で罪を背負おうなどというのか、どうしたら止められるのか、それだけをナナリーは考える。
 そうして日が過ぎて、その間にも、ルルーシュは自分が死ぬための工作を続けているのかと思うと、ナナリーはただあまりにも切なすぎて、兄の生き様が憐れすぎて涙が止まらなくなる。
「お願いです、これが最後です、だからお兄さまに会わせてください、お願いします」
 必死に頼み込み、明日が処刑の日とされた前日、これが最後だからと声を嗄らして守衛に頼み込んだ。
 ナナリーの願いが神に聞き届けられたのか、その日の夕方、ルルーシュはナナリーの前に姿を現した。
「やっと来てくださったのですね、お兄さま」
「いよいよ明日だな、ナナリー」
「そうです、明日です、お兄さま」
「覚悟は出来たようだな。それとも単に諦めただけか?」
 ルルーシュはナナリーが己の真意に気付いているとも知らず、強気な発言をする。
「お兄さま、止めてください」
「止める? いまさら命乞いか? やはり諦められないか」
「違います、お兄さまのやろうとしていることを! ゼロ・レクイエムを止めてください!!」
 ナナリーの言葉に、ルルーシュは顔色を変え息を呑んだ。
「ナ、ナナリー……、どうしてそれを……!?」
「ダモクレスの庭園でお兄さまに触れた時に全て分かりました。お兄さまの真意、これからやろうとしていること、多分その全てを。今ならまだ間に合います、止めてください」
「な、何を馬鹿なことを……」
 知られていると知って、ルルーシュの言葉が震える。
「悪いのは私です、お兄さまが死ぬ必要なんてありません! どうか止めてください、生きてください! お願いです、お兄さま!」
 ナナリーは牢の格子に片手で縋りつき、残る片手を必死にルルーシュに向ける。その瞳からは涙が溢れ出ていた。
「お兄さま、計画を止めてください! お兄さま、お願いだから、止めて……」
 ナナリーの声が次第に涙声になっていく。
「……もう遅い。もう止めることなど出来はしない。俺が憎しみの、負の連鎖を止める。そうしたらおまえの望んだ“優しい世界”が訪れる。その世界でおまえはおまえの幸せを見つけろ、ナナリー」
 ナナリーがどうしてか全てを承知していることを理解したルルーシュは、ナナリーの言葉を跳ね除けることが出来ずに、自分がナナリーに望むことを言葉に乗せた。
「お兄さまの犠牲の上で成り立つ世界なんて()りません! お兄さまのいない世界なんて……! お願い、や、めて……」
 髪を振り乱し、ナナリーは必死に叫ぶ。涙が飛び散る。
 ルルーシュはジェレミアを伴わなかったことを、控室に残してきたことを後悔した。ジェレミアがいれば、彼のキャンセラーを用いてナナリーにもう一度、知ったことを忘れるようにギアスを掛けられたのにと。
 今からでも遅くない、ジェレミアを呼ぼう、そしてナナリーに掛けたギアスを解除して、改めてもう一度ギアスを掛けなおそう、そうルルーシュは考えた。
「お、兄さま……」
 ルルーシュはナナリーの入れられた牢から一歩引いた。
「お兄さま!」
 ルルーシュは瞳を細めて涙を流し続ける妹を慈しみを込めて見つめた。
「おまえは幸せにおなり。それだけが俺の望みだ」
 そう言って、ルルーシュは懐から携帯を取り出した。



 翌日、ゼロ・レクイエムの最後の幕が上がる──

── The End




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